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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
52/104

百影操刀ヒザマル

アーニィとトヨの攻防は、もはや一方的ですらあった。トヨの攻撃で、まるで砂塵のように簡単に舞い上げられる影たち。的確な動きと判断力で防ぐトヨの防御は、まさに鉄壁であった。

 無事作戦通りの挟み撃ちに成功した影たちであったが、判断力も無い影たちは、何も考えずに突進し、無様に蹴散らされることのみ。勝ち目はないが、それですらも判断できない。

 アーニィとトヨは優勢に立ちながらも、隙はなかった。お互いに補い合い、長所を行使し合う戦い方に影たちは叶いもしない。

 アーニィを守れている。トヨを守れている。何よりも、二人のその気持ちが傷にも体力の消耗にも耐えうる力を与えていた。

 負けるはずもない。そう思いながら戦っている最中、トヨは感じ取った。

 猛スピードで動く、一つの大きな気配。影たちとは比べものにもならない、強烈な気配が近づいてきている。いや、近づきつつも離れている。こちらへ向かってはいるが、自分達を避けようと動いている。

 妖刀が動いているのだ。

 トヨを避けようとしているあたり、妖刀の目的は自分達ではない。すると、どこへ向かおうというのか。しかし、チャンスには違いなかった。

「アーニィ」

 背中合わせにトヨが呼びつける。

「なんだ、トヨ」

「左側へ移動しながら戦えるか? 妖刀がそっちへ移動しようとしている」

「妖刀が? どうして……」

「分からん。ただ、人とは思えぬ速度で妖刀の気配は動いている。恐らく、高速で動ける影に持ち運ばせているのだろう」

「影が? ……そうか。もしかしたら、影が向かう先に持ち主の男がいるかもしれない。あいつ、街の方にいやがったんだ」

 あいつが、こちらに来ている。なら……ジュリアは……。

「街に? なぜ……む!」

 言葉を交わしている間に、影たちが再び迫っていた。それらを二人は瞬時に蹴散らす。

「説明している暇はなさそうだな、トヨ。分かった。移動しながら戦う」

「すまない、頼むぞっ!」

 トヨが先に駆け、影たちを蹴散らす。守りもなく突き進む彼女への影からの攻撃をアーニィが防ぎ、追いかける。

 トヨは本来はもっと速く走れるだろう。だが、速度はアーニィに合わせていた。少しずつ、少しずつだが、すれ違うであろう位置を目がけて、二人は進んだ。


 しかし、二人の目的は叶わなかった。トヨは、自分達の目標とした地点を、妖刀の気配が通り過ぎたのを感じた。影たちの層が、思っていたよりも厚かったのだ。手早く切り倒すことに成功していたが、速度もあまりにも違い過ぎた。

「不味い、先を越された」

「なら、追いかけよう」

「分かった」

 トヨとアーニィは方向を変える。影たちはばったばったと切り倒されていく。トヨ達は妖刀を追いかける。妖刀は凄まじい速度で、街の方へと向かう。

 そして、その様子を遠目からサルは眺めていた。

「なんてこった……俺の、俺の作戦がぁ、失敗しちまうだぁなんてぇ……ああ、なぜ、なぜ、俺は心配しなかったんだぁ……」

 歩きながら、サルは頭を抱える。自身の見通しの甘さを嘆いた。間違ったのはどこか。そもそもの作戦を立てた時か。いや、その時点ではまだ大丈夫だ。多数の影の攻撃を、ミコが防げるはずもないことは、サルが良く分かっていた。

 だとすると、自分の失敗はあの時、メガネの青年と出会ったときに潰さなかったことだ。それが、今になって足を引っ張ってしまっているのだ。

「ああぁ、なんて、なんてことをしちまったんだぁ。心配することのない完璧な作戦だったのになぁ……」

 と、嘆く彼の目の前に、小さな小さな影が到着する。下半身がなく、真っ黒な円から上半身が生えている。足が無い分、動きが速い。そして、意識を完全にこいつに向けていたせいで、他の影たちの動きがあまりにも単調になってしまっていた。

 影は発生させた時点で、性能が決まってしまう。しかし、全てで百体までの影を出すことができる。

 それが、黒い刃を持つ妖刀「百影操刀ヒザマル」に秘められた力。

「ちくしょう……百体も扱ったのが、初めてのせいだったのが、ダメだったのかなぁ。それか、こいつにばかり意識を向け続けていたのがいけなかったのかなぁ……いや、もう終わったことは、心配していちゃダメだなぁ……」

 そう言って、サルはヒザマルを手に取った。

「消された分は補給しよう。さっきの影よりも強く、力を注いでやる」

 ヒザマルを鞘から抜き、黒い刀身をあらわにする。ぽたり、ぽたりと、まるで墨のようなものが落ち、そこから新たな影たちが発生する。

「さぁ、俺の心配の種を、無くしてくれ。ゆけっ! 影たちよ!! ミコとその仲間を討ち取れいっ!!」

 サルは雄々しく叫ぶと、影たちが勢いよく走りだした。



「影の気配が増えたっ!」

「声も聞こえたぞ! あのサルって男に妖刀が渡ったってことじゃないか?」

「そう考えていいだろう。私たちが倒した分と、同じ位には増えている……厄介だな」

「でも、数が多いだけだろう? なら今まで通りやるだけさ。それよりも、サルを倒さなくちゃ、いつまでの影が増え続けるだけだ。影よりもアイツを倒すことに集中した方がいいだろうな」

「そうだな。アイツを倒さねば、何も解決しまい。それに、妖刀がそっちにあるのなら、私はいずれ、奴と戦い妖刀を壊さねばならん。いくぞ、アーニィ」

「ああっ!」

 戦いながら、言葉を交わし、二人は妖刀が、サルがいるところを目指す。

 影たちを蹴散らし、進んで行くにつれ、かなり層が薄くなったように見えた。どうやら、もう随分と先にいた影たちは蹴散らしていたらしい。後三度ほどトヨが攻撃をすると、影の集団から抜け出すことができた。

 が、その先には再び影たちの姿が。その数はまたこれまでの影の一つの群れが、襲いかかってきているようであった。

「守りは頼むぞ、アーニィ」

「分かってるって!」

 二人は、影たちの真正面に特攻した。

 まず、トヨが影たちへ向けて、やはり横なぎに大剣エンシェントを払う。左から、一体、二体と胴を切り裂く。そして、三体目に差し掛かった時だ。

 影が、トヨの攻撃を跳び上がって避けた。

「なにっ!?」

 驚きの声を上げるトヨへ、その影は振り抜いてできた隙を突こうと、こちらも直進してくる。

「危ないっ!!」

 アーニィはとっさにトヨの前へと出て、その影の攻撃を防いだ。ずしり、と右手に思い圧がかかる。これまでの影とは比べものにならないパワーだ。

 突きをしてきた影へは、アーニィがもう片方の剣を突き刺し、消失させる。

 そして、今度は一体の影に集中していたアーニィへ、左側から影たちが迫った。

「むぅ……」

 それを、今度はトヨが防ぐ。大剣を横にして縦切りを防ぎ、前へと押して影を跳ね返した。その隙をついて、トヨが斬る。

 先ほどまでの影が相手であれば、最低でも三体か、固まっていれば六体かそれ以上の影を一度に葬ることができていた。

 だが、この影はそうはいかなかった。良くても二体までしか倒せない。残りは避けるか、カタナで受け止められてしまう。

 おかげで先に進むことも困難になっていた。それどころか、アーニィも自身へと迫ってくる影を対処するので手一杯になっている。

「こいつら、強いぞ!」

「あやつの仕業だろう……厄介な奴らめ」

 そして、いつの間にやら先頭の集団と戦っていた筈なのに、気付けば取り囲まれていた。これまでの単純な行動ばかりをする影たちとはわけが違っている。

 さらに、二人ともがお互いをカバーし合っているのではなく、各個でそれぞれの相手をしてしまっていることも、先へ進むことを阻害している大きな理由となっていた。

 唯一、お互いに背中合わせにし、死角を補い合っていることだけが、現状で最善の策となっていた。だが、その陣形も少し大きく良ければ、崩されてしまう恐れがある。つまり、自由に避けることができなくもなっているのだ。

 先にも進むことができず、防戦一方となっている。厳しい状況だった。

 何とか打開の策を……。そう考えながら、影たちと対面し合っているときだった。

 耳に、キィーンと酷く不快な音が届いた。一度ならず、二度も、何度も。それはまるで、金属同士をこすり合わせているような音だった。どんどん近づいてきている。

 その音は、少し遅れてサルの耳へも届いていた。

「なんだ、この音は……」

 尋常ならざる音に、サルの脳裏に不安がよぎる。何かが近づいてきている、が何かが分からない。

「心配だ、心配だぁ……何が、何が起きているんだぁ?」

 音は、次第に大きくなっていく。

 キィン、キィン、キン、キィン。まるでリズムを刻んでいるようなその音。それに似通っている音に、アーニィは思い至った。

 剣だ。剣と剣が触れ合い、刃を合わせた時の音だ。短い間にリズムを刻んでいる、というよりは、いくつもの剣が合わさっているように思えるほど連続している。

 いったい何が近づいているのか。それは、アーニィには分からなかった。

 ただ、野性味の強いトヨはその音から感じる並々ならぬ異様さに、ぶるり、と背筋を震わせていた。

「来る……アーニィ、ふせろっ!!!」

 トヨがそう言った直後だった。ぶわっ、と影が空へと舞いあがった。しかもそれは上半身だけで、胸の辺りから腹へかけてまるで野菜を切った時のように綺麗な切れ跡ができてる。

 そのようなのが一体、二体、とどんどん増えていく。その影たちはアーニィやトヨが振り切って帰げてきた影たちだった。

 相変わらず金属音は止まない。それどころか、音と音との間隔は短くなり、もはや人の出せる種類の音ではなかった。

「なんだ、アレ!?」

「いいから伏せろっ!!」

 トヨは振り返り、アーニィの背に飛びついて、彼を無理やり押し倒した。

 どさっ、と倒れた時、それは轟音を立ててトヨ達の間近を通った。

 まるで一つの空気の塊のような、風だった。日中でも見えそうにもないが、夜中だと余計に見づらい。しかし、巻き上げられる砂や、影のおかげでわずかに顔を置上げた二人でも、それを確認できた。

 風が波のように突進してきている。それだけではない。その風の周りから絶えずあの音が鳴り続けているのだ。その風が通り抜けた後を見れば、地面がえぐれている。さながら、剣で作った切り傷のような跡だ。

 そして、その風に乗せられた影は、ふわりを浮いたかと思えば、腕が、足が、首が、胴がスパンと斬り飛ばされる。それらの部位もふわりと浮いて、落ちてくるまもなく消失した。

 この風に、まるで刃がついているようだ。音から、影が斬られる光景から二人はそう思った。

 多数の影たちが、舞い上げられ、斬られていく。その光景を目の当たりにしたサルは、それが自分の方へと迫っていることを知った。

 とっさに、二体の影を発生させる。風はトヨとアーニィを襲っている影の集団までも蹴散らした。

 先ほど発生させた影が、風を受け止める。この二体は、他の影とは違い、容易にはふきとばなかった。

 しかし、しばらくはこらえていたものの、その二体も飛ばされ、ずたずたに切り裂かれる。風はサルの目の前に到達した。

 サルは、その風の本質を見抜いた。妖刀ヒザマルを構え、風へ突き立てる。サルは手ごたえを感じた。切っ先に、刃が当たる感覚。気を抜けば、妖刀を落としてしまいそうだった。

 それでも、サルはちょうど妖刀の上部に風の刃が触れると同時に、妖刀を切り上げる。

 風の軌道が変わった。風はサルの横をそれ、空高く舞い上がって行く。空にまで到達したときには、まだ青く染まる雲の真ん中にどでかい風穴を開けていた。

「なんということだ……」

 サルが真正面を見ると、風の通った後はまるで嵐が通った後のように更地と化していた。草もあっただろうが、完全に刈り取られ、砂っぽい地面があるばかり。さらにその地面にも無数の切り跡が付けられている。

 当然、風の通り道にいた影たちは完全に無くなっていた。人ごみをかき分けられたかのように、影の集団は真っ二つに割れていたのだ。

 そして、そのかなり遠い先、一人の男が立ってるのを、サルは見とめた。

「いったい何が起こったんだ……」

「アーニィ、それを気にするよりも、ほら、道ができたぞ。ここからなら、速く先へ進める」

 トヨとアーニィの丁度そばに風の通り道はできていた。確かに、そこからならばサルの元へも続いている。

「行こう、アーニィ」

「ああ」

 アーニィが承諾すると、トヨを先頭にして走る。影たちもそれを追いかけるが、それにも構わず二人は全速力で走り抜ける。

「いたぞっ!! 先に妖刀を持った男がいる!」

 トヨが遠くで妖刀を抜いて立ち尽くすサルを見つけた。それを聞いたアーニィも全速力で、トヨの後を追いかける。


 遠く、影たちの軍団からもはるかに離れた場所。そこから、自分の作った影の軍団の割れ目を走る少女と青年の姿が見える。米粒程度にしか見えないが、少女は背も小さいせいか、それよりもさらに小さく見えていた。

「ったく、そこにいたか」

 と、零したのは短く刈り込んだ髪が銀色にきらめく男、エースだった。上品そうな赤い服装もボロボロで、肉体も損傷を受けている。それもそのはずで、猛スピードの馬車から投げ出され、何度も全身を強く打ったのだ。生きているのが不思議なくらい。

 が、現に生きている。左腕はだらんと垂れ下がっており、骨が折れている様子だ。足は何とか丈夫そうで、擦り切れたズボンから血が流れ出ているのが、見て取れるくらいだ。

 右腕。そこだけは傷こそあれどもまともに動かせているらしい。そして、その右手に剣が握られていた。

 実に奇妙な剣だ。風車のような刃が、一つ、二つ、三つと付いているのがブレード。長さこそ普通の剣と変わりはないが、明らかに普通の剣ではない。

「ふん。俺が空けてやった穴を……。後一発だけだな。やはりこれは片手で使うような代物ではない」

 走るトヨ達を、影たちが追う。今は追いつかれてはいないが、すぐに追いつかれてしまうだろう。

 そうはさせない。自分ができる協力はここまでだが、それで十分に彼女の、トヨの助けとなるはずだ。

 エースは剣を構える。右手を上げ、一度後方に下げる。ひじに痛みが走り、エースは眉をひそめる。

 やはり、この剣を扱うのはかなりの力が必要だ。エースは改めてそう思った。が、躊躇う必要もない。可愛らしい女の手助けとなるのは、悪い心地はしなかった。例え、片腕が使い物にならなくなったとしても、だ。

 エースは剣を振るった。上から前へ、三日月を描くように、振り下ろし、振り上げる。

 からから、からから、とブレードの風車が回る。

 剣を振るった後に、それらが爆風を生み出し、前方へと先ほどと同じような刃の風を生み出した。

 エースブレイド・ティルフィング。直進するトルネードを巻き起こす剣。それが、このエースの使うこの国で最強の剣であった。


 後方で影たちが宙を舞う。風はトヨ達の後ろをかすめるように斜めに進んで、影たちを蹴散らした。それらは、たなびく髪や舞い上がり、打ち付けられる砂粒などから感じられた。

 どこの誰がこんなことをしているのか。振り返りもせずに進んでいるため、二人とも誰の仕業なのかを確認してはいない。こんなことができる人間、それには二人とも当たりを付けてはいた。

 アーニィはこんなふざけた真似ができるようなものは、国の秘宝とも呼べるあの剣しかない。エース・ブレイド、ティルフィング。ならば、エースだろう、と。

 トヨはこの場にいる人間は他に一人しかいない。トヨはエースの無事に安心しながら、走っていた。


 二人が立ち止まる。トヨとアーニィは、影たちの追撃からついに逃れることができた。ついにこの時が来たか、とトヨは大剣エンシェントの柄を強く握りしめる。

 アーニィは一方の剣を納め、短剣に持ち変える。彼が最も得意とする型ができるように備える。

 二人の視線の先で仁王立ちするのは、サル。黒い刀身の妖刀ヒザマルを右手に持ち、二人がここまでたどり着いてしまったことに、酷く狼狽していた。

「ああぁ~、なんて、なんてことだ……俺の、俺の作戦がぁ……ああ、心配だ、心配だぁ……」

哀しそうな顔で言葉をつぐむ。その様子と声だけを聴いていれば、拍子抜けしてしまって全身から力が抜け落ちてしまいそうだ。

 だが、実際に気を抜いてしまうのはサルという男を知らぬ者か、はたまた剣も戦いも知らぬ者だけだろう。

 現に、トヨとアーニィは手に汗を握り、相手の様子をうかがっていた。

 隙が無い。こんな情けないことばかりを口にしているのに、油断をすれば一瞬で喉元を切り裂かれてしまいそうだ。ただ独り言を言っているだけなのに、一見チャンスのように見えても攻勢に出られないのは、そのような訳があった。

「まぁいい……ここで全てを終わらせれば、これからは心配をする必要はなくなるんだ」

 サルは右手のヒザマルの切っ先を地面へと向けると、顔立ち通りの残忍な表情を取り、こう、言った。

「百影操刀ヒザマルの真価、見せてやるよ」


ども、作者です。


山です。山場です。無事に盛り上げられているのか……。

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