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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
51/104

攻めと守り

 果たして、アタシはこれに慣れることができるだろうか。

 再び、自分へと打ち付けられようとしている掌底を見ながら、ジュリアはふとそう思った。腕でガードをしようにも間に合わない。わずかに顔を引き、首を回して、衝撃をほんの少しだけ抑えることしかできなかった。

 今度は右頬を打たれた。頭が後ろに倒れ、首の右側がぴんと張る。血管やら皮膚やらが引きちぎれてしまいそうだった。背中から倒れ込んだために、骨は折れずに済んだ。代わりに打ちつけた背と尻にはあざができているだろう。

 ジュリアの視線がくらくらと揺らぐ。それでもまだ意識は失わない。失う訳にはいかなかった。

 自分の役割は、男を倒すことだった。対面して、それができないと悟った。目的を変えて、この男を足止めすると決めた。

 ただでさえ、格好つけてメガネを見送ったのに、一つを諦め、もう一つを諦めてしまったら、バカみたいに無様じゃないの。

 彼女の意志が気力を支え、気力が意識と体を支える。ジュリアはのそり、と立ち上がった。

「うむ、これはどういうことか。もう衝突していてもいいはずだが……どうやら、状況が変わったらしいなぁ……心配は、しなくてもいい。逆走していても、作戦に変わりはない。一応、早く動かすか。ああ、後、これ以上アイツに構っていても仕方がない。あちらは放っておこう」

 サルときたら、またもぼそぼそと独り言をつぶやいている。後方の空を眺め、うんうんと唸っていた。どうも、自分のことなど眼中にはないと見え、ジュリアはむかっ腹が立った。

「アンタさぁ……アタシみたいないい女が付き合ってやってんのよぉ……女を前にして、そんな態度取ったら、嫌われちゃうわよ……」

 切れる息。ふらつく足。体中が限界を告げる。だが、言葉は心意気はまだ強がり続ける。

「ああ、心配だなぁ……やっぱりそろそろ、あっちに行かなくちゃなぁ……」

 ジュリアへ、サルはやっと目を向けた。




 馬車に乗っているときよりも、自分は速く進めている。トヨはそう思った。自分の足で走っているための錯覚だった。体を動かしている方が、ただ待つよりも焦りは体力のように消耗しているのだ。

 影の気配が消えるペースが上がっている。アーニィが再び優勢になったのだろう。そう思えば、頬が緩みそうになる。

 しかし、安心はできない。いつまた、影の消失が途絶えるかもわからない。途絶えた時には、最悪の事態も可能性としてはなくはないのだ。

 もっと速く辿り着かねば。

 トヨは足に力を籠め、車輪のように速く回そうと試みる。

 その時、彼女は気付いた。自分達を追ってくる影たちが、速度を上げてトヨの背後に迫っていることに。

 それどころか、前方にも影の姿が見えて来ていた。恐らくアーニィのいる位置にも影たちはいる。今見えている影たちは先頭にいる奴らだ。アーニィは随分と後ろの方で戦っているようだ。

 挟み撃ち。最悪の形になってしまった。すぐに目の前の影たちに突入するだろう。じきに後ろからも追いつかれてしまうだろう。

 だからなんだ。私はアーニィの元へと早急に辿り着かねばならない。邪魔なものは全て、斬りつくしてやる。

 トヨは背に背負ったエンシェントを抜いた。目に移る影たちは次第に大きくなった。近づきつつある。

 そして、人の背丈と変わらぬほどに見えた。

「うおおおおおお!!!」

 トヨが大剣を振るった。

 激突。トヨが影たちに突入したのだ。

 正面の影たちが、何体も同時にまるで鎌で刈られた草のように両断された。

 まだ、影たちはその先に群れを作っている。そこへ、トヨはさらに突き進み、更なる攻撃を加えようと、ブレードを反転させ、今度は先ほど振ったのとは逆の方へと、剣を振ろうと考えた。

 が、それは行えなかった。

 後方、間近に影が迫っていることを感じた。ブレードを反転させずに、そのまま振り返りざまにエンシェントを振るう。

 トヨの目には、真後ろにいた二体の影が、エンシェントで胴と腰とで真っ二つに断たれたのを写す。柄に限りなく近い部分で断ち切られており、かなりの接近を許していたことを知った。

 油断をしていたわけではない。絶えず、影の気配は感じていた。わずかな時間で詰め寄られていたのだ。

 トヨの前進は止まっていた。そのために、また同じことが生じていた。再び背に影たちが迫るのを感じ、またも振り向きざまに斬る。次も、そのまた次も。

 目が回りそうだ。いや、何よりもこのままでは一歩も進むことができない。

 再度影を斬った時に、トヨはアーニィのいる位置へと意識を集中させた。

 影の気配が、消えていない。どきり、と胸に針を突き刺されたような嫌な痛みが沈む。最悪の可能性もある。だが、そうではない可能性もまだある。

 早く、速く進まねばならない。

 トヨはアーニィのいる方を向き、足を踏み出して、その方の影を蹴散らした。

 走る。しかし、後方からの攻撃は避け切れはしなかった。わずかに横に跳び、位置を変えて抵抗するも、遅れた右腕に縦一閃の切り傷ができた。深い傷ではなかった。

 トヨは気にせずに進む。先ほど考えた攻撃方法で、一度、もう一度と影を斬り捨てる。背後からの攻撃は止まない。気配を感じられる分、避けることはできなくはなかった。

 何度かは攻撃を難なく避けられた。何度かは攻撃を喰らってしまう。背に、腕に、肩に、血が流れる。

 それどころか、横からの攻撃も増えてきた。

 それらを避けるために飛び、何列かの影たちを飛ばして、着地地点にいる影たちへ向けて、エンシェントを振るった。

 首が飛ぶ。頭が半分に割れる。肩から上が切取られる。数多くの影が消えるのと同時に、トヨが着地をした。

 そのわずかな隙に、左から黒いカタナの切っ先が突きつけられた。

 左肩に、異物の侵入してくる嫌な感覚と、鋭い痛み。

「ぐ、あああああああ!!!」

 だが、痛みにひるむ暇はない。大剣は左手に握っていたが、それを落としもしなかった。そのまま左へと振り抜き、トヨは自身を攻撃した影とその付近にいた影たちを斬り倒す。

 突き刺されていた黒いカタナが消えると、間髪を入れずに前方へとエンシェントを薙ぎ払う。生まれたわずかな空間へ、トヨは進む。攻撃を受けながらも、それらを防ごうともしない。とにかく、猪突猛進。前進あるのみだ。



 アーニィの攻撃が、影に防がれる。二本の剣のもう片方で追撃を成そうとするが、別の影からの攻撃を察知し、残った剣はそれを防ぐことに使わざるを得なかった。

 アーニィの進撃は停滞していた。影たちの攻撃は止めどない。それらを防ぐだけで、彼には手一杯だった。

 何とか隙を見いだせるまで、待たなければならない。再び、じれったさを感じ、無理にでも隙を作ってやるか、と彼に思わせた。

 だが、ここに来るまででもう、随分と多くの傷を負っていた。随分と多くの血を流していた。無茶をすれば、こちらにも隙ができる。そこを突かれた時に、致命傷を避けることができるのか。先へ先へと結果ばかりを求めようとする頭の中で、片隅に残っていた冷静な部分が警鐘を鳴らす。

 アーニィが従うのは後者だった。死んでしまっては、元も子もない。それでも、個々でもたついてはいられない。冷静を焦りが打ち破るのは時間の問題だった。

 と、アーニィが一つの影の攻撃を右手の長剣で受け止めた時だった。すぐさま次の攻撃がどちらにくるのか、空を切る音、地面と影の足が擦れる音を耳で警戒し、目で見える部分は素早く両目を動かして、様子をうかがう。

 予期していた音は聞こえなかった。想像していた景色は見えなかった。

 周りにいた影たちが、カタナを下した。それどころか、これまでとは全く違う、見違えたような速度で走り出した。人が走るのよりは早い。少なくとも、素早さに定評のあるトヨと同程度には速かった。そして、何よりも予想だにしなかったのは、影たちの顔があるであろう頭の面が、自分を向いていないことだった。

 一心に、先を見ている。そして、その方へと走っている。

 もしや、とアーニィの脳裏に嫌な空想がよぎる。これまでに相当進んできた。それと同じ位の時間、影たちに足止めをされていた。その間に、トヨのいる場所まで影たちは近づいてしまっていたのだろうか。

 もうすぐそこにトヨがいる。影たちの目標だ。トヨへと襲いかかろうとしているのではないか。

 トヨの元へと集っている。トヨを討とうとしている。ならば、自分に手間などかけるはずもない。

 アーニィの左右を影が通り過ぎようとする。その二つの影を、アーニィは通りぬけざまに斬り捨てた。

「行かせるか……行かせるもんかっ!!」

 アーニィは走り出した。自分へと攻撃をされないだけ、進みは速い。時折横を通る影に両手の剣を突き立て、斬りつけ、排除しながら、前方の影の背中を追いかける。



 トヨが右下から右上へ向けて大剣エンシェントを切り上げる。真っ二つに斬られた影の上部分が、勢いよく飛び上がった。

 それに目もくれずにトヨは走る。背後からの攻撃に対処はしない。ジグザグに走りながら、ほんの少し避けるだけ。回避しきれないことが多く、もう随分と怪我が増えていた。頬にまで、わずかな切り傷ができていた。

 それもまた、彼女は気にしない。それよりも、自分以外の手によって影が消されていることを彼女は気配から察知していた。しかも、距離がかなり近い。もう少しだ。もう少し先にアーニィがいる。トヨは絵を強く握り、前方の新たな影に再びエンシェントを振り抜いた。

 アーニィは。左右を通る影たちを討ちながら進み、颯爽と走る影たちを追いかけていたが、ついにその背に追いついた。

 影たちは彼よりも速く進んでいた。追いつけたのは、影たちが一塊になって詰まっていたからだ。

 今以上、進むことができないらしい。それが意味することは、影たちが目標に追いついたことだ。

 すなわち、影たちはもうトヨへと到達していることを表している。

 力いっぱい、アーニィは二本の剣で、前方の影を斬りつけた。もうすぐそこにトヨがいる。そして、影に追いつかれているのならば、もう既に戦いになっていることだろう。

 アーニィは躍起になり、影たちを斬りまくる。トヨがいるはずだ。だが、肝心の位置は分からない。正面にいるのか、それとも左右のどちらかにずれたところにいるのか。直進してすれ違いになるわけにもいかない。アーニィはあたりを見渡しながら、影を斬る。

 その最中、ちょうど真正面、影たちの集団の頭を超えて、影の首、頭と首を含めた肩から上が宙を舞ったのを目にした。

 自然にそのようなことが起こるわけがない。

「トヨか、あそこにトヨがいるんだな!」

 アーニィは先ほどの光景が見えた方の影を蹴散らし、進む。どうやらまだ無事らしい。

 安心が胸を風のように通り抜ける。そして、ことさらに強く、彼女に会いたいと言う気持ちが強くなった。

「トヨ!! トヨおおおおお!!」

 トヨは、エンシェントを大げさに振り回し、前方と左右の影を斬り裂いた時に、アーニィの叫び声を聞いた。

 影の消える気配で、随分近くにいることは察していた。だが、こうやって、彼の声を耳にすると、近づいていることを実感する。

 影の消える位置から察するに、距離にして数メートルも離れてはいない。あと数列、前方の影を打ち破れば、アーニィと出会えるとトヨは確信する。

 右手からの攻撃を避け、トヨが左から右へ、大剣を横に薙いだ。

 アーニィは、真正面の影へ、地面と平行に倒した剣を突き刺した。そして、刺さった直後に、両方の剣を左右に開くように振るった。

 二人の正面の影が、真っ二つに切り裂かれた。

 視界が、開く。二人の前に、影は立っていなかった。

 アーニィは、大剣を両手に持ち、振り抜いた後の姿のトヨを見た。

 トヨは、両手の剣を左右に開いた形で、自身を目にして、目を丸くしているアーニィの姿を見た。トヨもまた、同じ表情をしていた。

 対面。待ちに待った瞬間だ。二人ともに、様々な感情が溢れてくる。

 やっと会えた。足元に血が滴っている。怪我をしたのか? まさか、ここにくるまで、無茶をしたんじゃないか? というか、なぜトヨがここに……。

 バカ者。随分と怪我をしちえるじゃないか。そんな姿になってまで、私を追ってくるなど。でも、無事でよかった。殺されていなくて良かった。無茶をして……なぜ、追いかけようと思ったのだ。

 お互いの頭に流れる思考。

「トヨ! どうして!?」

「アーニィ、なぜ!?」

 問うている内容は違うが、様々な思考から選び取られた言葉は、お互いに同じ意味をするものだった。

 が、その先を二人が続ける間も、答える間もなかった。

 トヨは見た。アーニィの背後に影たちが迫っているのを。

 アーニィは見た。トヨの後ろで、黒いカタナを振り下ろそうとしている二体の影の姿を。

 同時に、二人は即座に駆けだした。

 互いにすれ違う。目に移るのは影の姿。

 アーニィは、トヨへと迫ろうとしていた影の攻撃を両手の剣で受け止める。

 トヨは、アーニィの後ろにいた影たちを大剣エンシェントで切り払った。

 直後、トヨが振り向く。アーニィは攻撃を受け止めている影たちへと、狙いを定めて、ジャンプをし、アーニィの頭上へと飛び上がる。

「アーニィ! 下がれっ!」

 次に、影たちの頭めがけて、大剣を振るった。アーニィはトヨに言われるままに下がる。その時、左右の影が、着地しようとするトヨへ狙いを定めてカタナを突きつけようとしているのを目にした。

 下がってはいたが、トヨの着地点にはまだ近い。アーニィは一歩進み、左右から近寄る影たちの胴へ向けて、二本の剣を同時に振り抜いた。

 ずばっ、と二体の影が同時に両断され、ちょうどトヨも無事に着地した。

「すまない、アーニィ」

 トヨが振り返り、謝辞を述べる。

「どうも……前からまた来ているぞ」

「分かっている。お前の後ろにもいる。そっちは任せろ」

 トヨはそう言って、アーニィの脇を抜けて彼の背後に立ち、大剣を横に薙いだ。

 アーニィは、前から迫っていた影のカタナの攻撃を防いだ。

 似たような行動を二人は繰り返す。トヨが影を斬り、アーニィがトヨへと攻撃しようとしている影のカタナを受け止める。

 完全なパターン化した動きだったが、それは影も同じだった。攻めと守り。役割分担された二人の行動は、実に効果的であった。

 影たちの攻撃を受けることなく、次から次へと影を蹴散らしていく。自然とお互いがお互いの役割を、特徴を熟知し、素早く斬り倒す。その様は圧巻であった。


「ん? ……これは、まさか」

 サルのこめかみに冷や汗が垂れる。自分の作り出した影が消えている。次から次へと、これまでにも消されてはいたが、それと比較してもかなり速い速度で消されている。

 どういうことだ。離れていれば、様子を確実に判別することもできない。

「何が起こっている……心配だぁ、ああ、心配だなぁ……」

「よそ見……してんじゃないわよっ!!」

 遠い西の空を見つめ、独り言ばかり言うサルへ、ジュリアが拳を突きつける。が、その拳に速度は無い。何度もサルの掌底を受け続け、体力を消耗しきっているジュリアには、サルを満足に打つだけの力は、残っていなかった。

 難なくサルは避ける。

―――このまま、こいつと遊ぶ時間が惜しい。心配だ。心配の種を取り除きに行かなくては……。

 サルはもう容赦をしなくなった。

 攻撃を避けざまに、左手の掌底を喰らわせる。殴る力もないジュリアには当然避ける余力もない。

 目でも負えぬ速さで、彼女の腹部にサルの掌底は叩き込まれた。

 後方にもふきとばない、重く鋭い一撃は、ジュリアのみぞおちに入ると、背中にまで衝撃が到達したかにも思えた。

 ジュリアは体を折り曲げ、肺に残った空気をも全部掃出し、ぐったりとサルの腕に乗りかかる。サルはそんなジュリアを煩わしそうに一瞥すると、左側へと突き飛ばした。

 ジュリアは住宅の傍に置かれていた木箱に倒れ込む。積んであった木箱は崩れ落ち、がらがらと音を立てる。ジュリアは一番下の木箱に尻もちをつくと、めきめきと板が割れ、箱の中へとめり込んだ。

「ふん」

 とサルは鼻を鳴らし、ジュリアのことなどどうでもいいといった風に、すぐさま走り出した。向かうのは西。アーニィや影、ひいてはトヨのいる方角だ。

 待ちなさいよ、とジュリアは口を動かす。しかし、声は出なかった。

 意識がもうろうとしていく。足止めも、もうここまでか、とジュリアは悟った。

 体は動かない。足も手もちっとも上げられない。

 ざっ、と誰かが近づく足音がした。かろうじて動く首をその音の方へと向けると、とこかで見たような妙齢の女性が立っていた。

 この女、どこで見たのかしら。

 ジュリアはふとそう思うも、思い出そうとはしなかった。そんなことをしても無駄だった。その女が、自分の来たであろう後方へと首を向けると、何かを口走った。それも、ジュリアの耳には届かない。

 薄れゆく意識の最中、瞼は重くなり、まるで眠りに落ちるように目を閉じる。ジュリアが最後に耳にしたのは、断端度近づく、かしゃん、かしゃんと鉄同士が触れ合うような足音だった。


ども、作者です。


一応、盛り上がりのシーンですね。

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