剣マニアの情報
山道を歩きながら、アーニィがトヨに説明を始めた。
「この山の中に洞窟があるらしいんだ。そこにとんでもない剣があるっていうのが村で伝わっている噂なんだ」
「それは有名な話なのか?」
「村中の人はみんな知っているらしい」
「そうか……」
トヨが口元を歪める。
「どうした?」
「いや、そんなに有名な話なら、もうすでにその剣は取られている可能性もあるのではないかと思ってな」
トヨの推測にアーニィは首を振って答える。
「それはない」
「なぜそうと分かる?」
「その剣の伝承が噂されてから実に数百年は経っている。この大陸を今の国が統一したくらいからなんだが、今までその剣を持ち帰って来た人が村に帰ってきたとか、山の向こうに降りたとか、そう言った話が一切ないんだよ」
「ただ単に持ち帰ったことを隠しているとかではないのか?」
「そんなことはないだろう。今までにその剣を求めて洞窟に向かった商人やら剣士は随分たくさんいたらしい。それが揃いもそろって帰ってきたこともないんだ。もし、剣を誰かが取っていたとしたら、その洞窟にたどり着いた次の人が村に行ったりしてもう剣は取られた後だった、とか報告しそうなもんだろう? それですらないからこそ、まだその洞窟に剣が残っているのは殆ど確実だと言ってもいい」
「なるほどな……しかし、たかが剣を取りに行くのに命を落とすことが多いと言うのは、かなり道中が険しいのだろうな」
「いーや、そんなことはなさそうだぜ?」
トヨとアーニィの二人は、山の山頂部まで登っていた。もうすでに山を下りる下り坂にもかかっているのだが、トヨの危惧を否定したアーニィは、そんな下りの人工的に舗装された道の脇にある林の方を指さしていた。
「あれを見てみろよ」
「ん? ……あれは」
トヨも立ち止まって、アーニィが指さしたその林の一部を見た。生い茂った木々と、根元に生えたたくさんの背の高い葉っぱの茂みの中に、不自然なくらいに葉の生えていない、湿った土のむき出しになった部分があった。さらにそれは奥の方にどんどん伸びていて、まるで道のようだった。
「どうやら、先人たちが切り開いてくれた、洞窟に向かう道らしいな」
「ただのけもの道ではないのか?」
「はは、よぉく見てみろよ。あの道に沿って生えている木をに、ちょっとだけ切り傷が付いているだろう?」
アーニィが指さした木々のいくつかに木肌に切り傷が付いていた。
「むっ、確かに……」
「へへ、迷わないように道しるべでも付けていたのかもしれないし、お前みたいに疑り深い奴がもしものために残しておいたしるしかもしれない。ま、どちらにせよ、人が通った道では間違いないな。どうやら、たどり着くまではあんまり険しい道のりにはならないらしいぞ」
アーニィは気楽そうに口元に笑みを浮かべながら、林の中に切り開かれた道を歩き出した。トヨも、それに着いて行く。
「じゃあ、いったい何があってたくさんの犠牲者を出しているのだ……」
独り言のようにつぶやいたトヨの疑問に、アーニィが答える。
「ドラゴンだよ」
彼の出した言葉に、トヨは「はぁ!?」と素っ頓狂な声を上げて続ける。
「ドラゴンなんぞ、架空の生物だろう。そんなものがいるわけがない」
「まぁ、そう思うよな。俺だってそう思うぜ。でも、伝承ではドラゴンが剣を守っていると言われているんだ」
「だからと言って、それをそのまま真に受けることは、私にはできんな」
「はは、まぁ俺もそうなんだけど。でも、もしかしたらオオトカゲとかそう言うもんかもしれない。ただ、たどり着いた洞窟に何かがあることは間違いなんだろうけどな……」
二人が、アーニィを先頭にして、トヨがそれに着いて行く形で歩いていると、急にトヨの方が立ち止った。
「……ん? どうした」
トヨが後ろからついて来ていないことを察したアーニィは振り返った。トヨの方は、口を閉じてキョロキョロとあたりを見回している。
「どうしたんだよ、トヨ」
道を少し逆戻りして、アーニィがトヨに問いかける。
「静かに! お前は聞こえなかったか?」
トヨは緊張感たっぷりに、アーニィを制止した。
「え? 何がだよ」
しかし、アーニィは何がなんだかさっぱり分かっていないようで、そのまま足おとをがさがさと立てながらトヨの方に近づき、しかも説明をしていたときの名残か、声を張っていた。
そして、アーニィがトヨの目の前にくる瞬間に、がさがさ! と大きな音が林の間を縫って近づいてきている。アーニィもそれに気が付いた。
「な、なんだ!?」
「くっ、バカ! お前のせいで気付かれてしまったじゃないか!!」
「だ、だからなんにだよ! きちんと説明してくれよ」
「もうそんな暇はない。アーニィ、せーのと私が言ったら、後ろに飛び退くんだ」
トヨが鋭い剣幕で言い放つ。アーニィは何がなんだかさっぱり分かっていなかったけれど、今、自分たちに向かって何かが迫っていて、トヨにはそれが何か分かっているようなので、ここはトヨに従うのがいいだろうと思い、トヨの言うとおりにすることにした。
「……」
「……」
トヨが黙って耳を澄ませている。アーニィも固唾をのんでそれを見守っていると、物音はさらに近づいてきて、さらに、どすどす、というはっきりとした足音までもが耳に届いて来ていた。
「よし、今だ。せーのっ!!」
トヨがタイミングを見計らって、合図を出した。アーニィは言われたとおりに、トヨが言葉を発したのと同時に後ろに飛び退いた。
瞬間、現れたのは白く鋭い牙。茂みの中から先っちょだけを出した牙に続いて、大きな穴の開いた鼻が出てきて、それはあっという間に黒い毛におおわれた本体までもを現した。
大きな猪が、彼らにめがけて突進してきていたのだった。しかし、それはトヨとアーニィが同時に飛び退いたことにより、突進する対象を逃していた。
「でやあああっ!!!」
トヨは、飛び退いてから、大猪が姿を現すのと同時に、大剣エンシェントを抜き出して、黒い体毛の纏った巨体に振り下ろす。
「ぎゅっ!!!」
大猪は、振り下ろされた大剣により、胴を思いっきり叩かれて、苦しそうな断末魔を右格上げて、どすんと倒れてしまった。
「ふぎゅー、ふぎゅー」
まだ小さくお腹のあたりを上下させて、呼吸音を洩らしていた。
「こ、こんなのが俺達に向かって来てたのか……」
大きさは大体二メートル半と言ったところ。アーニィは気が付かなかったらと思うと、肝を冷やした。
「どうやら、道中も気を抜けんらしいな」
トヨはそう言いながら、大猪の頭のあたりに、再び大剣エンシェントを振り下ろした。
ぐしゃっ、と鈍い音を立つ、猪は頭を砕かれてもうぴくりとも動かなくなった。
「おいおい、とどめまで刺すなんて……残酷な奴だなぁ」
アーニィは血の匂いに眉を顰め、鼻を摘まみながらトヨへの非難を口にした。
「ふん。残酷なものか。もし、こいつをこのまま放置しておいたら、どうなると思う?」
「そら、野生に帰って行くはずだろう?」
「そうだな。だが、野生に帰ったとして、自らに手を出した敵がまだ自分の縄張りにいると思ったらどうだ? 安心して生きていけるはずがなかろう。こいつは私たちの通った跡を、匂いをたどってやってくるはずだ。また、私たちを襲うだろう。生物の基本として自分たちの生活を害するものを放置するはずがあるまい」
「……まぁ、そっか。俺達の身を守るためにも、ここで殺すのが得策ってことか」
「そうだ。分かるじゃないか。都会の奴らはすっかり平和ボケしていて、そんなことも分からないのかと思ったぞ」
「それぐらい分かるさ。っていうか、俺は別に都会人じゃないし。それにさっきの村だって都会でもなんでもないぞ?」
「む、そうなのか? 私の居たところにはあんな建物も店も何もなかったからてっきり都会だと思っていたぞ」
「……いったい、どんだけド田舎に住んでいたんだよ」
「さ、そんなこと気にしてないで早くいくぞ」
アーニィの横をトヨが素通りしていく。
「おい、待てよ」
アーニィがそれに着いて行く。さっきとまでとは逆の並び順だ。どしどしと進んで行くトヨ、その後に付くアーニィはついさっきの大猪に襲われたこともあってか、あたりをきょろきょろと見ながら、怯えているように歩いていた。
「そんなに警戒せずとも、しばらくは大丈夫そうだ」
「……しばらく、か」
絶対にもう襲われない、ということではない以上、また何かに襲われることを覚悟していなくてはならいと考えると、アーニィはがっくりと肩を落とすのだった。
「ふん。怖いのか獣に襲われるのが」
「あ、当たり前だろ。あんなのに剣を突き立てたら……うえぇ、血を拭っても獣臭いにおいが付きそうだ……」
「……襲われるのが怖いのではなく、剣に匂いが付くのが怖いのだな……はぁ、呆れるしかないぞ」
トヨがはぁ、とはっきりと聞こえるため息を吐いた。
「……む?」
トヨが何かに気付いたように立ち止まった。
「わ! な、なんだよトヨ、ま、まさか、また何かが襲ってきているのか?」
アーニィはぶんぶんと頭を振り取り乱す。しかし、トヨの方はアーニィの方を振り返るだけだった。
「なんも来ておらん。全く、間抜けな態度を取りよって……」
「じゃ、じゃあ、いったいなんなんだよ」
何も来ていないと聞いて安心して、落ち着きを取り戻すアーニィ。
「そう言えば、お前がなんで付いて来ているのかと思ってな」
「……え?」
「……もしや、私にそのドラゴンだかなんだと言われている、剣の守り手の退治を押し付けようとしているのではないか?」
「……あははは、そ、そんなことないだろう?」
アーニィは不自然に笑った。
「まぁ、弱いお前のことだから、この強い私にそんな大役を押し付けるのも無理はないだろう。だが、それだけではお前が付いてくる理由にはならん」
「ま、まぁ、そうだなぁ」
「お前、洞窟にある剣を横取りしようとしているな」
「……そ、そんなこと」
「剣マニアとして、洞窟に何百年も眠っている剣と聞いたら、欲しがらないわけがなかろう」
「ギクッ」
「……わかりやすい奴め……。まぁいい。もしもカタナでなかったら、お前に譲ってやる」
「ほ、ほんとか!?」
さっきまでそわそわとした表情を浮かべていたアーニィだったが、譲ってやると聞いて、あっさりとにこやかな顔になった。
「……食いつきよって」
あ、とアーニィはぼろを出してしまったことに気付いた。
「ふん、お前だって間抜けじゃないか。まぁいい。本当にカタナじゃなければお前にやるが、カタナの場合は……」
そこで、トヨは言いよどんだ。
「場合は?」
「ん、あ、いや、なんでもない」
トヨはさっと、前を向き直って歩き始めた。
「おいおい! そこまで言ってだんまりはないだろう?」
アーニィはここぞチャンスだ、と言わんばかりにさっき見透かされたことを仕返しするかのようにいたずらな笑みを浮かべながらトヨの後ろについた。
「うるさい! それ以上は言えん! これ以上詮索するなら、たとえカタナでなくともお前にくれてやらんぞ!」
「ちょ、それは困る」
「じゃあ、これ以上は聞くな」
「はーい」
アーニィは残念そうな顔をしながら、歩き出した。もうさっきまでの警戒心は薄れたのか、きょろきょろとあたりを見回すようなことはしなくなっていた。
二人はとうとうその洞窟にたどり着いた。入り口の前に立っているが、真っ暗な洞窟の内部から、ごうごう、と何かの猛々しい鳴き声のようなものが聞こえてきていた。
「は、ははは、ま、まさかこれがドラゴンの鳴き声ってことなのか?」
アーニィはその音にびびって、震えた声でトヨに聞く。
「ふん、きっと洞窟の内部に他の穴でも開いているのだろう。風が吹いていて、その音が洞窟内に反響して鳴き声みたいに大きくて禍々しいものに聞こえるだけだ」
トヨは冷静にドラゴンがいない方向で分析していた。
「さ、中に入るぞ」
トヨは大股で一歩踏み出して、洞窟の中に入って行く。
「ふぅ、覚悟を決めるか。ま、アイツがいればなんとかるだろう。ぐへへ、中にはいったいどんな剣が待っているんだろうなぁ」
アーニィは剣マニア特有の笑みを浮かべながら、ぐんぐんと先に進んで行くトヨの後を追うのだった。
洞窟の内部は、外から見れば暗かったけれど、中に入ると意外と明るかった。それも、だんだんと奥に入っていくと余計に明るくなっていく。
「不思議な洞窟だな」
「不思議なもんか。この洞窟にはきっとライト光石が埋まっているんだ」
「ライト光石?」
「ああ。灯りを宿す鉱石って言われていてな、特別なことをしないでも延々と光っていられる鉱石なんだ」
「ほう、便利なものがあるのだな」
「だが、一つだけ欠点がある」
「それはなんだ?」
「加工がし辛くて、どう頑張っても剣に精製できないってことだ。くぅ……光る剣なんてあればかっこいいんだろうけどなぁ~」
「はぁ、貴様の基準だとそれが欠点なのか……私には理解できんな」
二人は、耳に届くごうごう、という轟音が近づいているのを感じていた。洞窟の内部に蝙蝠やら虫やらを見ることは無かった。何もいない不気味な洞窟。二人はひんやりとした空気の中を、どんどん進んで行った。すると、一際まばゆい明かりが曲がりくねった道の先から見えているのに気付いた。
「なにかあるな」
トヨは駆けだした。
「あ! こら待て!」
アーニィもそれについて駆け出す。くねくねと曲がった道を左へ右へと曲がって行くと、まるで洞窟の内部に部屋が作られたかと思うような、大きな空間に出た。
そして……
「ごぅ……ぐるぅ……」
「……な!?」
「嘘だろ……まさかこいつは……」
二人は目を疑った。まさか、本当にこいつがいるだなんてと、二人は同じことを思った。赤銅色のうろこに覆われ、長い首を動かしながら、黄色い宝石のような眼を輝かせている頭部を所狭しと振り回している。そして、ふとましい胴体は、その部屋の床を覆い尽くさんばかりの大きさで、正面からでは逞しい、立派な爪を三本ずつ生やした前足しか見えない。
「……ドラゴン」
トヨがそう零すと、大剣エンシェントに手を掛けた。
「こいつは……でけぇな。まるで、道を塞いでいるみたいだ」
ドラゴンは、その背中に生えた翼を、思いっきり広げると、爆音をまき散らす咆哮を上げた。
「あわわわわ」
「ふん、こいつを倒さねば、剣は手に入らないということだな」
慌てふためくアーニィ、大剣エンシェントを抜いて、構えるトヨ。
洞窟の中での死闘が、始まろうとしていた。
ども、作者です。日付をまたぐときに更新するのを忘れていました。




