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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
49/104

追いかける二人

 アーニィはまっすぐひた走る。短いリズムで繰り返す呼吸と走る足音が、がらんと静かになった作業員の街に、唯一の心臓の鼓動のように響く。青い夜空がそのまま色を落としているように、影も日向も青く染められた石造りの家々が横目に流れて行き、ついに切れ目が見える。ノルストダムの西の端だ。

 やっとここまできた。家々の列が途絶え、細い路地の先に街の外へと続く終着点が見える。

 この先に街で発生した影たちがいるはずだ、トヨを追いかけて。

 走っている間も、早く追いつきたい、トヨの身に迫っている危険を教えたい、トヨを守らなくちゃいけない、と次々に思い浮かぶ思考がアーニィを焦らしていた。長く走っていたように感じていたが、実際には疲れも忘れて全力で走っていたために、ほんの十数分ほどしか時間は経過していない。

 アーニィが町の外へと躍り出る。

 予想通りの異様な光景が町の外には広がっていた。地平線のような平面を影たちが一つの軍隊のように行進している。

 アーニィは目を細めて、先を見ようとするが、トヨの姿は視認できなかった。影たちが前にも横にも連なり、先に見える景色を塞いでしまっているからだ。

 地面にある人の影をそのままぺりぺりと引きはがし、厚みを持った立体の黒い人間となった、サルと呼ばれる男の持つ妖刀の力で生み出されている影たち。

 今も走って行進しているようだが、スピードは街を出ようとしていた時よりも遅い。これならば、アーニィが追いつくことも追い抜くこともできそうだ。

 しかし、十や二十では足りないほどの数がいる影たちを、そのまま追い抜くことは物理的に難しい。広大な土地であるために迂回をして追い越すことも不可能ではない。もっとも、それでは時間がかかってしまいそうだが。

 いち早く、アーニィはトヨの元に到着しなけれなならない。彼女に現状を伝え、守るためにも。

 アーニィはトヨのことを思う。守ろうだなんて思ったが、トヨの奴はこの影たちを見れば、自分で戦おうとしてしまうに違いない。さすがにこの数だと、トヨ一人でさばききるのは難しいとは思うが。

 それならば、わざわざ迂回をする必要もない。もし仮に、迂回をして影たちが来る前にトヨにこのことを伝えたとしても、戦いは避けられまい。早く行くには直進するのが一番。目の前には敵となる影たちがいる。要は、この邪魔な奴らを排除してしまえばいいのだ。

 直線のルートも作れるだろうし、影たちの数を減らすこともでき、後々楽に戦うことができるようにもなる。

「よし、やるか」

 アーニィは気合を入れて、背中の長剣エクスカリバーと、腰にさしいている剣の中で最も長い得物を手に取る。故郷を出たときから使用しているミドルソードだ。

 とことん、攻撃あるのみ。

 突き進むなら、守りなんて必要ない。影たちはのっぺらぼうでどちらに目がついているかさっぱりわからないが、恐らくはこちらに背後を見せていることだろう。

 奇襲で道を切り開く。そう決めたアーニィが走り出した。

 影たちの間近までは、ほんの数分も走れば追いつくことができた。随分とのろまに走る奴らだ。目の前に迫った影の背中をきっ、と睨みつけ、剣を握る両手に力を籠める。

 長剣を手にした右手を、影の背中目がけて横に振り抜いた。

 ズバッ、と目の前の影、それから左右一体ずつの別の影にもブレードが突き刺さり、影の体を切り裂く。左右の影は背骨から脇腹にかけて裂かれ、正面の影は上半身と下半身で真っ二つに両断される。

 そいつらは行進から取り残され、地面に倒れた。その影たちが消えゆく様に、アーニィは目も向けなかった。足を止めずに先を急ぐ。

 足元で完全に影が消えた時には、既に次の影の背へ剣を振るっていた。今度は左手のミドルソードで、正面と左側の影を切る。両手を伸ばし、大きく広げる形になりながらもそのまま進み、今度は両方の剣を腰に戻すように振り抜く。三体の影が切り裂かれ、倒れた。

 断末魔も挙げない影たちは、仲間たちが倒れていることにも、アーニィが自分たちの群れに侵入したことにも気付かない。まっすぐ進んでいるだけだ。

 それをいいことに、アーニィは次々と影を切り裂き、先へと進む。

 これなら、迂回をするよりも早くトヨの元に到着できそうだ。アーニィはそう思いながら、再度剣を振るった。



「威勢よく啖呵切っちゃったけど、こりゃ面倒なことになったわね」

 少し時間はさかのぼる。アーニィが走りだし、見る見るうちに路地へと消えていくのを見届けてから、ジュリアは棒立ちになり、困ったわね、と頭を搔いていた。

 本体は私が探す、とは言ったものの、その本体の居場所なんて、ジュリアには皆目見当がつかなかった。

 まっすぐ進んでいれば、米粒のように小さくなりながらも、街の外へと進んでいる後姿が見えているだろう。しかし、街道の先を見るが、その姿は無い。だからその線は除外。

 残るのは、東西のどちらかの路地へと侵入したかだが、どちらに侵入したかは分からず、しかも路地はいくつもあるために、選択肢があまりにも多すぎる。

 はてさて、どうしたものか……。

「はぁ、逃げたいわねぇ、こういうときは」

 どうしようかと考えるうちに、ジュリアがぼやいた。そもそも義理や何やらも無い以上、タダの口約束でしかない。これまでの彼女だったら、さっさと逃げてしまっていただろう。

 しかし、逃げてしまいたいと思っても、実行する気にはなれなかった。

「ま、見つけられない可能性も高いし、適当に探して見ますか」

 ジュリアは街道を進み、なんとなく西にある路地の中から、進む道を選んだ。


「ん~、やはり数が多すぎたか。動かしづらい……」

 いた。何かしらの店の裏なのか、痛んだ木箱が二、三段積まれている建物と、何の変哲もない灰色の壁に挟まれた裏路地。その真ん中をぽつぽつ歩く茶色いローブの男の後ろ姿をジュリアは発見した。

 短く刈り込んだ後頭部。こちらを振り向けば、不健康そうに痩せ細った神経質な悪人面も見えるだろう。今は一人、ぼそぼそと呟くことに夢中でジュリアが近づいていることにも、彼女がいきなり目的の男を見つけてしまって驚いているのにも、気が付いていない。

 運があるのか運が無いのか。確率で言えばよほど低いはずなのに。見つけてしまった以上は約束を反故にできないわね。とジュリアは心底面倒くさいと思いながらも、自身の武器を手にする。

 アーニィとの戦いで穂先の折れてしまった槍。普段は三つの棒に分けているのだが、今や組み立ててもただの棒にしかならない。殺傷能力も格段に落ちて、ほぼないに等しい。

 が、それでも十分。ジュリアはそう判断した。前に出会ったあのサルと名乗る男には今は獲物を持っていないのだ。

 丸腰相手であれば、活路は見いだせる。それに、こちらに背を向けている相手になら奇襲も掛けられる。

――悪く、思わないでよね。

ジュリアは足音を立てぬよう、抜き足忍び足でサルへと詰め寄る。まるで東の地平線の向こうから登ろうとしている太陽のように静かに、そして速く。彼女がこれまでに行ってきた窃盗、強盗、恐喝、襲撃に散々役に立ってきた、山賊独特の息を殺した歩行法だ。

穂先の無い槍の届く距離へと到達した。さらに大きく一歩踏み出し、重い一撃を後頭部に食らわせられるように、振り上げる。

 サルはこちらの様子に気付く素振りも無い。相変わらず「速いな。もう少しスピードを上げよう」とか「やはり整列させた方が安定する」なとどわけのわからないことを呟いている。チャンスは、今だ。

 勢いよく、後頭部を砕くつもりで、ジュリアが穂先の無い槍を振り下ろす。

 が、ジュリアの一撃は空を切った。

 ふわり、とまるで夜風に揺れる木の葉先のように、ゆったりとした動きで、ジュリアの攻撃を予測していたかのようにサルが避けたのだった。

「残念」

 ジュリアの方を振り向いたサルは、細い目をより細め、薄い唇を横に伸ばし、不気味な笑みを浮かべ、振り向きざまにジュリアの穂先の無い槍を片手で掴んだ。

「気付かれてたっ!? いつから……」

 再度驚き、ジュリアはサルを見返す。穂先の無い槍はぴくりとも動かない。片手ながらも、強烈な腕力で、押さえつけられている。

「俺は心配性なんだ。いつもいつも、心配で心配で仕方がないんだぁ~、だから、周囲に対する警戒心も、ちょいと人より過剰で……。君が足音を殺した辺りから、ずうっと気付いていたよ」

 にたぁ、とする彼の表情に、ジュリアは安堵の色を見た。心配性らしいが、その分心配の種を無くすと随分と安心するらしい。

「そう……じゃあ」

 ぱっ、とジュリアは穂先の無い槍から手を離した。即座に一歩踏み込み、さらにもう一歩を踏み込む要領で、サルの横っ腹を目がけて蹴りを放つ。

「また残念」

 と、表情を変えずに、サルはまたもするりと身を捻ってそれを避ける。

「やっぱり、心配はすればするほどいいもんだなぁ。心配は人の危機回避本能の現れ。心配すればするほど、起こり得る危険に対する対処応報を思いつく……」

 サルはもっともらしく言うが、ジュリアは鼻で笑い返す。

「あら、じゃあ私かあのメガネがあんたを追ってくるってことは心配していなかったんじゃないのかしら? 心配してたら、あの時私たちを潰しておいた方が、あんたも安心できたんじゃなくって?」

「……俺も、まだまだだなぁ。君たちはミコと関係ないと思って、何の心配もしていなかった…君の言う通り」

 挑発するために言ったことだが、サルにあっさりと認められてしまい、ジュリアは眉をひそめる。

 サルがぽい、とジュリアの穂先の無い槍を自分の後方へと放り投げる。

「だから、次からはちゃんと後顧の憂いは叩かなくちゃあなぁ」

 からん、と地面に穂先の無い槍が落ちる。その音と同時に、サルが動いた。

 素早くこちらへと迫っている彼に、殺気が入り混じる。

 相手の攻撃が来ることを察知したジュリアは、避けるためにもサルの動向を見ようとするが、相手の素早さの方が一枚上手だった。

 目で追うよりも早く、ジュリアの目前にサルは立っていた。右ひじを曲げ、肩よりも後ろに引き、開いた掌が肩に並ぶ。

 掌底打ち。その構えと判断したときには、掌底が鼻さきにあった。

 ジュリアの鼻と唇を潰すように、掌底打ちが命中した。鼻先から顔全体に鈍い痛みが走ったかと思えば、背中にごん、と衝撃を受ける。一撃でジュリアは張り倒されたのだった。

 避ける隙もなかった。防ぐ暇もなかった。だらだらと鼻血が流れ、口の中までも鉄の味が広まる。

 意識を失っていないのが、ありがたくもあり憎らしくもあった。「ふぅ」とサルが息をついたのがジュリアは聞いた。

 痛みをこらえながら、とっさに立ち上がる。

「安心するのは、まだ早いわよっ!!!」

 低い姿勢のままに、起き抜けに左の拳をサルの腹部にめがけて突き出す。

 拳は当たった。が、命中したのはサルの右掌であり、即座に掴まれる。勢いは十分にあったと思ったが、難なく受け止められてしまった。

 そして、今度はサルの足が、ジュリアの腹部にめり込む。さほど勢いづけられてはいないようだが、つま先がじり、とねじ込まれ、胃液でも吐き出してしまいそうに痛む。

 この男、強い。

 がくりと膝をつきながら、ジュリアは改めて思う。このままじゃ、メガネとの約束普通に果たせそうもないじゃないの。

「ん、んん? これはいったいどういうことだ?」

 突然、サルが困惑しているように言う。

「なぜだ、なぜ数が減っている……六つか、いやもう十は超えている……。追いついたか? 違う、それもあり得ない。ならば……」

 きっ、と鋭い目がジュリアへと向けられる。

「まさか、お前は俺の注意を引くために俺を追っていたというのか。その隙に、俺の影たちを……」

 そうは言われても、ジュリアにはさっぱりわからない。何やら彼にとって不味いことが起きているのは察することができるが、一体何が起きているのか。

「……これは少し、動きに修正を入れなくっちゃあな。ああ、心配だ心配だ。このまま数を減らされたら、ミコを討てなくなる……心配を消すためにも、俺も向かう必要があるかもしれん」

「なに、言ってんの、かしらね、アンタ」

「とぼけたって無駄だぞ。お前の仲間が、俺の影たちを追って、斬って、ミコの元へ行こうとしているのはもう俺にバレているんだからな」

「へぇ、アイツが……」

 もう、あの影に追いついたのね。意外とやるじゃないの。感心しながら、再び立ち上がる。

「今の影たちでどう対処できるかも心配だぁ……早く、早く追いかけないと……でも、ここの心配事も、潰しておかないと、心配で心配でたまらないなぁ……」

 サルは随分と心配しているらしい。先ほどまでのにたりとした表情は消えうせ、気でもくるっているかのように、心配だ、心配だ、と呟いている。

 様子がおかしくなっている。もしかしたら、こいつを倒すことができるかもしれない。わずかながらに、ジュリアには光明が見えた気がした。

 少なくとも、メガネのとこに行かせないようにした方が、いいかもしれないわね。

 ジュリアは両手の拳を握り、膝を軽く曲げて構える。

「潰して御覧なさいよ、アンタの心配事。でも、その前にアタシがたっぷりと時間稼ぎしてあげるから、付き合ってもらうわよ」

 再び、ジュリアは挑発をするようにそう言った。




 トヨはじーっと前を見続ける。気配は感じる。最も強い一つだけの妖刀の気配と、それよりも弱い、無数の影の気配。

 影の気配は後方からも感じる。前方も後方も次第に近づいていた。前方の気配へは自分たちが馬車で、後方からは影たちが歩いている。

 そして、本丸である妖刀の気配は、前方の影を目標として進んでいるようだった。

 影の姿はまだ見えない。

 ぎり、とトヨは奥歯を噛みしめた。嫌な歯ぎしりが耳の奥に直接響く。

「もっと速く進め!!」

 トヨは堪らず叫び声を上げた。

「だから、もう全速力で走ってやっている!! 少しは我慢しろっ!」

 返答したのは、名実ともにこの国で最強の剣士エース。彼は今、馬車を操っている。その上、小娘に何度も何度も速く、速くと命令されているのだから、肩書も思わず号泣してしまいそうなくらいに情けない。もっとも、エースはそんなことは全く思っていないのだが。

 エースの返答も、これまでと全く変わりがない。トヨは眉をひそめた。

 このままでは、妖刀に追いつくことなど間違いなく不可能だ。妖刀との距離、その速さと馬車の速度から逆算しても、埋めることのできない差があることを彼女は認識していた。

 追いつけなければ使命を果たせない。妖刀が影たちに合流すれば、さらに遠ざかる。影たちに足止めされ、後方から迫っている影たちにも追いつかれてしまう。

 挟み撃ち。トヨは焦っていた。前と後ろの影たち全員が自分に襲いかかったとして、自分自身でどこまで戦えるのか、分からない。前にもほんの十数体ほどと戦ったが、影たちは厄介だ。

 自分一人で敵うのか。いや、どのような相手でも倒さなければならない。だが、確実ではない。影たちに襲われようとも、あの妖刀だけは何としても破壊しなければならない。

 それだけが自分の使命。それだけが自分の生きる理由。

 何としてでも、早く妖刀に追いつかなければ。

「降りて、走るか……」 

 馬車よりも速く走れないことは、トヨ自身も分かってはいたが、何もしないで追いつくのを待ち続けるのはもどかしく、もう我慢ならなくなっていた。

 トヨがエンシェントを手に、馬車から飛び降りようかと考えていた時だった。

「……む!?」

 思わず、トヨは振り向いた。馬車の壁があるせいで、背後の様子はまったく見えないが、感じる気配がわずかながらにも、視線の先の光景をトヨに想像させた。

 自分達を追いかけている影の軍団。その数は、おおよそ先に待ち構えている影たちと同じ位の数だろう。丁寧に整列し、走っているのか歩いているのか判別できないほどの速度でこちらに近づいている影たちの、一番後ろ。真ん中か少し右に寄っているあたりの影の気配が、一つ、二つ、三つ、と次々と消えている。

 誰かが、影を倒している。それ以外に影が突然に消えてしまう理由が、トヨには思いつかなかった。

 この現象に驚きながらも、トヨは一つの疑問に思い当たる。

 では、いったい誰が影を倒していると言うのだ。

 故郷のトヨの仲間……ではない。トヨは使命として全てを任されている。ならば、影の存在を知っている他の誰かだろう。

「まさか……アーニィ、あいつか!?」

 アーニィ以外に誰がいると言うのか。だが、なぜそのようなことをする。アーニィには、もう妖刀に関わる理由などないはずだ。影たちは危険だ。アーニィでも敵わない。わざわざ死にに来ているようなものだ。

 分からない。トヨにはアーニィが今、なぜ、自分たちを追うように進んでいるのか、影たちにはむかっているのか、全く想像がつかない。

 止めろ。来てくれるなアーニィ。お前が、その数を相手にできるわけがないだろう。逃げろ、早く……。

 しかし、トヨの思いは届く訳がない。アーニィは一つ、また一つと影を蹴散らし、馬車を追いかける。

 馬車は進む。アーニィとの距離が離れる。妖刀の気配には追いつかない。近づいているのは、前方の無数の影だけだ。

 しかし、トヨは妖刀に近づけないことよりも、前方の影たちに近づいていることよりも、後方のアーニィに意識は集中していた。

 どうしても、放っておけないのであった。



ども、作者です。


やっと次のお話。って言っても、前のお話と地続きですが。

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