トヨとエース
「って、ことは、昨日取り逃した妖刀は、その三人が持っている妖刀である可能性が高いわけだ」
「いや、その三人の妖刀だと断言して良い。それ以外に、妖刀が動くだなんて考えられない」
アーニィのいる安宿にジュリアが帰って来たのとほぼ同じ時間。エースが招待した館で、トヨは食事を取っていた。
エースの館は、この町でも一番に大きい、あの先のとがった屋根を持つ塔を敷地に持っている、とにかく贅を凝らした豪邸だ。食事をするにも嫌に大きな部屋と、馬鹿でかいテーブルを使っている。そして、大量の肉料理を召使たちが次々と運び込んでいるのだから、この一回の食事でどれだけの金がかかっているのか、想像もつかない。一師団の団長というだけでできるような贅沢でもない。これを可能にしているのは、そもそもエースが、貴族の家系でもある、と言うことが関係しているが、まぁ、それにしても金の使い過ぎである。
それくらいにトヨをもてなしているのだ。それにエースは、割と浮かれてもいる。アーニィに負けてしまったことは想定外だったが、それ以外のことは概ね順調にことは進んでいる。喜んでもらってある程度警戒を解かせて、あとは今晩で勝負を決めるだけ。その上、トヨがこちらに対して警戒を抱いているかも定かではなく、むしろ無防備に限りなく近い。自分の口で言った以上、トヨの妖刀探しとやらに協力をするのはやぶさかではないが、その前に交換条件として十分に堪能させてもらう。それも困難ではなさそうなもんだから、エースはにたりと笑うのを抑えられない。
「昨日移動したのなら、まだそう遠くには行っていないはずだ。ただ、どちらに逃げたか分からんせいで、追いかけようもない……おい、聞いているのか?」
テーブルを挟んで正面に座るエースがあまりにもにたりと笑っており、ちゃんと話を聞いているのか心配になったトヨが尋ねる。
「ん、ああ、聞いている。どこに妖刀があるのか、今は分からないんだろう?」
エースは表情をシャキッとさせて要点をまとめる。気を抜いてはいたが、完全に呆けていたわけではない。
「なら、俺が一つ意見を言ってやる。今日はもう遅い。がむしゃらにどこかに進むよりかは、ここで休んで行くといい」
当然、背景には休んでいる間にちゃっかり手を出してしまおうという意図が隠れているのだが、意見自体はまっとうだ。
「しかし、これ以上時間を浪費するわけには……」
「明日の朝にこの町を出ても遅くはないさ。なんなら、もう一つ俺に良い意見がある」
「聞かせてくれ」
「その男達とやらの目的は分からんが、王都からこの北の町ノルストダムとこの大陸の大きな町を行き来して、それをキミが追っているのならば、キミがまだ行っていない都市へと訪れると、もしかしたら出会えるかもしれん」
「まだ行っていない都市?」
「そう。しかも都合のいいことに、大陸の都市はあと一つ。西の都市だけだ」
「西……」
西へはまだトヨは行ったことはない。
「しかも西の都市は王都よりもここよりも歴史の古い町だ。もしかしたら、お前が探している妖刀が別にあるかもしれん。どうだ、悪い案じゃないだろう?」
「そうだな……可能性があるならそうしよう。で、その西の都市に行くのに、どれくらい時間がかかる?」
「いつでも馬車を出せるように用意してある。明日の朝に出れば、二日後には必ず到着する」
馬車か。歩きよりは間違いなく早く到着できるな。そう考えると、これまでと比べればはるかに状況が良くなる。これからはもっと妖刀を探しやすくなるだろう。アーニィと一緒にいた時とは大きな違いだ。
そうだ、アーニィよりもこの男の方が頼りになる。私の判断は間違っていなかったのだ。アーニィの言うことなんて、聞かなくて良かったのだ。
そう思いながら納得しようとするトヨであったが、表情は暗かった。それどころか、先ほどまでばくばくと食べていた料理にまで、手を出さなくなってしまう。
「どうした?」
エースは唐突に食べるのを止めてしまったトヨへ、声をかける。
「いや、なんでもない」
なんでもないことはなかった。アーニィと一緒にいる必要なんてそもそもなかったのに、アイツの言うことを聞いて、妖刀をまた逃してしまうような事態になる可能性を排除して、これからは使命の達成に専念できるというのに、なぜだろう。心がざわつく。落ち着いてくれない。
なんだか、変だ。トヨはこれまでに感じたことのない感情に困惑していた。
それからトヨは食事に全く手を付けず、話すためにも口を開かなかった。協力をしてくれるエースに対しては、大体のことをは説明しておいたから、特に必要な会話もなかったから、トヨとしては会話が無くとも構わなかった。
エースはと言えば、何やら様子の変わったトヨを訝しがってはいたが、少し警戒をし始めたのか、と思ったくらいで、特に深くは考えなかった。食後に酒を飲み、葉巻を吸いながら気分を高揚させるのに努めていた。
夜も良い時間になり、エースはトヨを部屋へと通した。自分の寝室であったが、一応客室だと伝えて送り届け、自身は身を清めるべく、地下に作ってある大浴場へと一人で向かった。彼は大事な夜戦の前には、自分一人で身を清めないと気が済まない性質なのだ。
一人残されたトヨは、部屋の奥、自身の身長の何倍もある窓の下にある、月の明かりをてらてらと照り返している高級そうな木の椅子に腰かけながら、しばし外を眺めていた。背に背負って運んできたエンシェントを窓際に立てかけると、体が軽くなる。
その反面、気持ちは重たいままだった。どうしてこうも気が重たいのか。アンニュイな顔で夜空を見ながら、その理由を考える。
やはり、アーニィのことを頭に浮かべると、心のざわつきが激しくなった。しかし、どうしてそんな気持ちになってしまうのだろう。そればかりは、どれだけ考えても分からない。ざわざわと胸の中がかゆくなるばっかりで、どう考えても、原因には出会えない。
ずっとずっと続くそんな胸の内に、気分はどんどんと沈むばかりだった。
何も解決しない思案をひたすらに続けているだけで、何十分も経過していた。ドアが開き、エースが戻ってくる。
「お前にも浴場を使わせてやる。体を洗ってこい」
戻るなりに、すぐにエースが命令する。
「……いい」
「……そうか。まぁ、俺はお互いに清潔にしておいた方が好みなんだが……まぁ、俺は気にしないさ」
何を気にしないのだろうか。
「ところで、どうしてここに戻って来たんだ? 客間だろう?」
「ああ、客間だが、俺もここで眠るんだ。それが最高のもてなしってやつさ」
当然、嘘である。
「そうか。でも、ベッドは一つだぞ?」
「一緒に寝るんだよ」
「そうか。一緒に寝るのか」
無論、お互いに全く違う意味での寝るを想像している。トヨ的には、一緒に寝ることの意味はさっぱり分からないのだが、そう言うものなのか、と納得した。
早速、と言った様子でエースはベッドに移る。気には留めていなかったが、エースの格好は赤いバスローブを羽織っただけで、もう準備万端だった。
さぁ、いつでも来い。臨戦態勢を整えて、ベッドで横になるエースだったが、トヨは未だに椅子から動こうとはしない。
「どうした? こっちに来いよ」
と、エースが直接誘うと、トヨが椅子から降りた。
「なぁ、この建物で一番高いところはどこだ?」
しかし、トヨはエースの期待しないことを尋ねた。まぁ、そこまで急ぐことでもあるまい。どうせ、逃げやしないんだ。とエースは思い、彼女の質問に普通に答える。
「塔だ。道順を教えてやる。この部屋を出て、左に道なりに進んで行けばいずれ着く」
「そうか。分かった」
トヨは返事をして部屋を出て行き、エースの言うとおりに進んで行った。
道なりに進んで行き、塔の一階部分に着く。階段がらせん状に続いており、踊り場のような平面な場所には、うちがわに作られた部屋へのドアがあった。それを全部無視しながら、トヨがまっすぐに登っていくと、最上階に着いた。
最上階はとんがった屋根の真下にあり、何も置いていない平面な部屋と、ガラス戸も付いていない窓が二か所る。トヨはそのうちのひとつから顔出して、枠に膝を就いて頬杖を突きながら、外を眺めた。
まっすぐに見える景色は、手前から上がっていく坂と、そこに作られた家々。頂上に達すれば、さらに同じような形の家がひたすらに立ち並んで、その奥からは綿毛のように広がっている明かりが見えた。崖の先の、石切りの従業員たちが暮らす街の明かりだ。
昨日はあの町で私はアーニィ達といたのだな。それを眺めながら、トヨはふとそんなことを思う。アーニィはもうこの町から出て行ってしまったのだろうか。それともまだ、この港町か、あの安宿のある従業員たちの町にいるのだろうか。そう言えば、アイツはこれからどうするのだろう? アーニィは剣がどうのこうのという目的があって旅をしていたらしいから、その旅を再開するのだろうか。そうしたら、妖刀を探している最中に、また会うことになるのだろうか。
もしも出会ったら、なんと言おう。もしもその時に使命を達成していたら、思い切って自慢でもしてやろうか。お前と離れたおかげで、こうも簡単に使命を達成できたぞ。そう言ったら、またアーニィは怒るのだろうか。
ついさっきのことだったのに、怒鳴られてたことがもう懐かしい昔のことのようだ。もちろん、不満だった。あいつのせいで、あいつのせいで……と思う反面、アーニィと衝突したときに感じていた心憎さが、ちっとも湧いてこない。
それどころか、もう一度あったら、なんて考えてしまうなんて、どうかしている。自分がアーニィから離れることを選んだのに。どうしてそんなことを考えてしまったのだろう。
またも考え込むが、やはり納得のいく回答は思い浮かばず、うーん、うーんと悩み続けるばかりだった。
知恵熱でも出てしまいそうなほどに考え込む頭を、潮の香りの混ざった夜風が冷やしてくれる。幾分かは心地よく、思考にふけっている間中は、ずっと同じ姿勢で、何も変わらない街並みをじぃと眺めつづけていた。
トヨは夢中で自分がどうしてこうも心がざわざわするのかを考え続けた。夜の暗さが、朝の訪れを知らせてくれる、青々とした淡い光に混ざって行くのにも、気付かないくらいに集中していた。
けれども、そんな思考が突如として中断される。
「……!?」
トヨが右斜め前の方へと視線を移した。つー、とこめかみに汗が浮かぶ。
感じる。かなり遠くにはあるが、一日ぶりに感じるこの気配は……他のどれよりもはっきりと、ちくりと肌に刺さるような強い気配は、間違いない。本物の妖刀の気配だ!
それに気が付くとトヨは走り出し、塔の階段を駆け下りる。元に来た道も全力で駆け抜け、先ほどエースに通された部屋へと突入する。
「おい! 起きろっ!!!」
部屋いっぱいにトヨの叫び声が響く。
「……んっ、なんだぁ?」
さすがに待ちくたびれたのか、エースは普通に寝入っていた。しかし、思い切りたたき起こされると、ぐしゃぐしゃに崩れた銀髪の生えた頭を搔きながら体を起こす。
「今すぐ馬車を、いや、馬でいい。出せるか?」
トヨが聞くが、そう言われても寝起きの頭には、何が何やらさっぱりわからない。しかし、そんなことはお構いなしにトヨが畳み掛ける。
「妖刀だ! 妖刀の気配を感じたんだ!! 逃すわけにはいかない、すぐに出るぞ!!」
そう訴えかけるトヨだったが、エースがトヨの言っていることを理解し、準備を済ませて馬屋の方へと向かうまでには、数分を要した。
ども、作者です。
更新再開します。週一更新で3ヶ月分は確実に続きますので、またよろしくお願いします。
それにしても、中途半端な場所で区切っていましたね。




