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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
45/104

アーニィとジュリア

 すっかりと日が落ち、港町にも石切りの町にも夜が訪れる。トヨと別れたアーニィとジュリアが何をしていたか、と言えば、何もしていなかったと言うのが正しいだろう。

 まるで抜け殻になったように適当に歩くアーニィを、ジュリアは追いかけ、時間だけがただただ過ぎて行った。華やかな町と言われている港町は、海外から輸入してきた商品を売る店が並び、物珍しそうに見ているこの国の人間の相手をしていた。外国人の相手は、通りや広場で踊っている派手なドレスを来たダンサーや楽師の役目であった。

 活気に満ちてきた港町はどこを歩いていても音楽が聞こえ、街行く人達もそれに心を躍らせる陽気な空気でいっぱいだった。

 ただ、それはアーニィにとっては不都合極まりないこと。この町で唯一と言ってもいいくらいに暗い気持ちに沈んでいる彼には、どうしてもここの空気が合わなかった。

 足は自然と町の外へと向いて行く。とは言っても、道が分かるのは石切りの町、あの作業員たちがいる町までだけだった。

 朝に通った住宅街は閑散としており、階段を下りれば、あっという間に昨日来たばかりの崖の下まで帰っていた。

 しかし、その先にはどこへ行けばいいやら。このままふらふらっと町の外まで出てしまってもアーニィは構わなかった。

 けれど、ジュリアがそれを押し留めた。

「気分が晴れないままどこかに行こうとすんなっ! ほら、ここで休んどきなさいなっ!」

 とこれまで追いかけて来ていただけだったジュリアが、アーニィの手を引いて、彼を押し込んだのは、昨晩宿泊した安宿だった。

 ベッドが二つ並んでいるだけの質素な作りの、石造りの一室。昨日よりはグレードダウンしているようだが、それも今のアーニィは気にならない。むしろ、この何もなさすぎる部屋の方が、落ち着けるような気がしていた。

 そうして、アーニィは夜になるまでずっとその部屋で、ベッドに腰を掛けてぼーっと過ごしていたのだった。ジュリアはジュリアで、余計なことを言うなんて無粋なことはしたくなかったようで、宿の外で一仕事を済ませ、夜になって再び帰ってきた。

 きぃ、と軋むドアをジュリアが閉める。奥のベッドの、これまた向かい側の端に腰かけていたアーニィはジュリアが帰って来ても、振り返りはしなかった。

 夜の湿った風を送ってくる、四角くくり抜いただけの掌の大きさ程の窓からは、外の喧騒まで届けてくる。男達が呑めや騒げとがははと笑い、がんがんと歌う、ヤケクソも混じった陽気な声が混ざり合ったものだ。

 そんなものが聞こえてくるせいか、ぼーっと頭を下げて床の辺りを見ているアーニィの後姿が、あまりに寂しく感じる。メガネの背中って、こんなに小さかったっけ? とジュリアが冗談抜きに思うくらいだ。

 アーニィがトヨを引き渡さないための理由が、ジュリアが思っていた通りだったら、そりゃあ落ち込むのは仕方がないことだけれど、それにしても引き摺り過ぎだ。

 どうして男って、落ち込むと女以上に長引かせるのかしらね。

 あまりにも情けない後ろ姿に、ジュリアは歩み寄る。

「よっ、アンタ何か食べた?」

 とっかかりにあたりさわりのないことを聞く。アーニィは顔だけを動かして、左後ろに立ったジュリアを一度見て、

「……いいや」

 と答えてまた視線を戻す。

「じゃあ、なんか食べに行きましょうよ。あ、お金の心配はいらないわよ。一仕事してきたアタシの奢りにしてあげるからさ」

「遠慮しとく」

 ジュリアが誘い出そうとしたが、アーニィは梃子でも動かないらしい。やっぱりね、とこの反応はジュリアの予想の範疇であった。

 ジュリアはさらに近寄り、アーニィの隣に腰かけた。

「じゃあ、アタシもいいや」

「遠慮するなよ」

「それはアタシのセリフでしょ? 全く、いつまでもうじうじうじうじしちゃってさぁ」

「うじうじなんてしてない」

「どこに否定する要素があんのよ!」

 やれやれ、こいつは随分と重症だわ、とジュリアはため息を吐く。別にこんなメガネのメンタルケアなんてしたくはないんだけど、こう一人だけで落ち込んでいるのを見ると、放っておけないのよね。そう思うのは、ジュリアがこれまでに山賊の頭領として生きてきて、自然と身に付いた仲間のいたわりの情と、放っておくことができない姉御肌な性格ゆえだろう。

 ただ、こんなパターンは初めてだった。同年代の男で、しかも落ち込んでいる理由がジュリアの予想しているそれであったら、これまでにそんなことで気落ちしている男を慰めてやったことはない。だから、どう切り出したらいいものか、少々悩んだ。

 けれど、元来そんなことで頭を使うような性分でもない。

「アンタさ、あのチビのこと好きだったんでしょ?」

 だから、単刀直入に言うことにした。

「はあ!?」

 やっとアーニィが暗く沈んだ顔以外の表情を見せた。ジュリアがどうしてそんなことを言ったのか、理解に苦しんでいるような眉を八の字に曲げて大口を上げた表情だ。

「そうだったんでしょ? だから、あんなに必死になって他の男に連れてかれるのを止めようとしたり、頼りないとか言われて落ち込んでたんでしょ?」

 ジュリアの指摘は、逐一アーニィに嫌なことを思い出させる。

「ちげぇよ。そんなんじゃない……」

「そうなの? じゃあ、あのチビのことどう思ってたのよ」

「どうって、そりゃ、ただ単に、アイツと一緒にいればレアものの剣に出会えると思っていて……」

「そう言うんじゃなくって、アイツに対してどういう気持ちを抱いていたかを聞いてるのよ」

 うーん、としばしアーニィは考えた。まず真っ先に出てきたのは、言うことを聞いてくれないトヨの姿だった。

「昨日も言った通り、アイツは子供っぽい。そう、子供だよ子供。突拍子もないことをするし、バカみたいに頑固で石頭で、危なっかしい」

「危なっかしい?」

「アイツは決まりもなんも分かっちゃいないし、バカみたいにデカい相手とか、凄い数の相手に無謀に突っ込んで行く。まぁ、戦いに関しては強いから心配ないけど、戦うこと以外の警戒心がまるでない。ほら、ジュリアも昨日見ただろ?」

 そう言われ、ジュリアは昨日の夜のことを思い出す。危なっかしい事と言えば、一つしかなかった。

「あ~、風呂上りに全裸で歩き回ってたわね。確かに、あれは……もしかしてさ、前にチビの裸を見たことがあるって言ってたけど、それって王都に泊まった時?」

「……」

 またアーニィがむすっとする。ふとあの時のトヨの裸を思い出してしまって、イエスともノーとも言えなかった。

「へぇ~、じゃあ、その時に女の子として意識しちゃったとか!」

「それは……ない」

「言い淀んじゃって~。まぁ、そう言うことにしときましょう。で、そんな子供っぽくて危なっかしい裸を見たこともある女の子に対してのあなたの気持ちはどうだったの?」

「気持ち?」

「そう。例えば、放っておけないとか」

「……ああ、放っておけないのはそうだな。アイツが無茶をしそうなときは止めたいと思うし……そうしなきゃ俺達だって困るし……」

「じゃあ、どうしてあのエースって男と決闘しようと思ったの? あのチビを賭けてさ」

「……アイツ、全然危険そうだとか思ってなかったから、騙されると思ってから……その、守んなくちゃなって、思った」

 アーニィは区切り区切りにそう述べた。

「守る、ねぇ。ふふ、男らしくていいじゃないの。身の危険を感じない無防備な女の子を守ってあげたいだなんてさ、嫌いじゃないわ」

「茶化すなよ……」

 言いながら、アーニィはしばし考えた。トヨに最後の言葉を告げられてから、ずっとずっと感じていたのは、悲しみでも怒りでもなかった。ずっとずっと、胸に穴が開いたような虚しさだけを、ひたすらに感じるばかり。その正体が何なのか、アーニィにはさっぱりと分かってはいなかった。

 でも、ジュリアに指摘されて、もしかしたら、本当にトヨのことを意識していたのかもしれない、男として彼女を守ろうとか思っていたのかもしれない。そう思ったら、自分の感情がすぅ、と受け入れられたような気がした。

「でも、残念ねぇ。そんな女の子も、今や他の男の手の中。もう夜も遅いし今頃は腕の中かもしれないわねぇ……」

 言いながら、あ、これは失言だったかも、と思い、急いでジュリアはアーニィの方を見た。茶化した流れの所為か、ついつい悪ふざけの冗談めかした言葉が出て来てしまった。

「……」

 アーニィはジュリアをにらんでいた。

「ごめんごめん」

 ジュリアは慌てて謝る。

「ヘンな事言うなよ……」

 アーニィはジュリアの言ったことをとがめることはなかった。その代わり、睨みつけていた険しい目を緩めていくのと同時に、ほろり、と両目から涙を零した。

 自分の気持ちに見当がついたせいか、空しく何も感じなかった心に、緩やかに悲しみが注ぎ込まれていた。許容量を超え、涙として目から溢れ出てきたのだった。

 アーニィの人生での初めての失恋だった。初めての恋が、よもや失った後に気が付くとは、予想だにはしていなかったが、初めて感じる苦しみや悲しみは、どう頑張っても制御をすることなどできない。

 一度出てきた涙を追いかけるように、次から次へと目から熱い物が流れ出てくる。そうとう格好悪いな、俺。そうは思っても、涙は止まらない。

「……全く、男らしくないわね」

 まぁ、でも、そんな好きだった相手にいらないとまで言われちゃったんだもんね。泣くのも仕方のないわね。と、言葉とは裏腹に、彼女はベッドに膝を乗り上げ、アーニィにさらに詰め寄った。

 そして、ぎゅう、と抱きしめる。ちょうどアーニィの顔が彼女の胸に当たるような恰好だった。

「泣きなよ、思いっきり。落ち着くまでこうしといてあげるからさ」

 ジュリアが優しく声をかける。鼻は詰まり始めているが、甘い匂いが鼻の奥を突いてくる。柔らかさが顔中を包んで、変な感じだった。普段のアーニィだったら、こんなことをされたら、落ち着くも何もないと言ってしまうのだが、

「……いいよ。離れてくれよ」

 と力なく言うことしかできなかった。

「強がんなくっていいの。辛いんでしょ? 苦しいんでしょ? 無理しなくたっていいのよ」

 ジュリアがぽんぽん、とアーニィの背中の、首の付け根の辺りを優しく叩く。

 その行動の所為か、それとも顔中を包んでいる母性の塊のせいか、アーニィは小さい頃の記憶にある、気が安らいでいく感覚を思い出した。故郷にいる母親に甘やかされているときの、時期は分からないが、遠い昔に体験していた記憶。その時に感じたものと同じ感情が、彼の最後の堰を外してしまった。

 アーニィは泣いた。ジュリアに抱きしめながら、子供のように泣いた。アンタもアタシにしてみれば子供みたいなもんね、と思いながらも、ジュリアは彼を馬鹿にすることもせず、慈悲深い気持ちで、放っておけない子供を抱きしめつづけた。

 体中の水分が涙になってしまいそうなくらい泣いたが、彼は最後まで声を上げなかった。それは彼なりの、男としての強がりであった。

ども、作者です。本年度最後の更新です。


丁度中間あたりですね。とは言っても、これから分量がかなり少なくなるので、実質2話目ぐらいからこの章は半分くらい過ぎています。そろそろ、章をまとめなくっちゃなぁ。

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