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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
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石切りの町

 トヨ、アーニィ、ジュリアの三人が道の無いサバンナを抜け、街道に出会ったときにはもう既に昼を過ぎていた。ハルトから頂戴した水は残っているが、肉は十分な量があったにも関わらず、トヨが殆ど全てを一人で平らげてしまっていた。

 こいつはいったい何を考えているんだ、とアーニィとジュリアはイラつきながらも、もはや前に進むしかない、餓えをしのぐには北の町、ノルストダムに到着しなければならなかった。

 そんな二人の表情が明るくなったのは、もう日が傾きかけたころだった。見渡す限りの平面の景色の中に、山のようなものが前方に見えてきた。

 近づいていくにつれて、それは山ではなく切り立ったがけであり、その手前、崖の足もとに広がる街並みまでもがその姿を現した。次第に大きくなるそれらに、アーニィとジュリアは共に歓喜の声を上げ、トヨは一人、難しそうな顔をしていた。

 とにもかくにも、彼らは北の町、ノルストダムに無事到着したのだった。

「随分と時間が掛かっちまったなぁ。でも、これでやっと腹ごしらえができる」

 アーニィは腹をさする。腹の虫ももう鳴き疲れてしまったが、空腹だけは絶えずお腹に訴えられ続けていたが、それも一安心である。

「ここになら嫌って程食堂があるわ。しかも値段が安い! 貧乏人には最高の町よ」

「貧乏人は余計だ」

 ジュリアにツッコミを入れつつも、アーニィは町を見渡す。外の街道から一直線に続く道は、真正面に遠くそびえ立つ崖まで繋がっている。

 しかし、この崖は実に綺麗な断面をしていた。まるで鋭い切れ味のナイフで切り取ったパンケーキみたいだ、とアーニィは思う。

 視線を落とせば、街道に沿って家が立ち並んでいる。もう既に家の正面に明かりをつけており、道に面している建物は全て、道側に人が二人は通れるくらいの大きな扉を構えている。その上看板を店頭に置いておいたり、屋根の近くから木の幹のような棒切れで支えていたりと、一目で見てすべてが何かの店であることが分かる。しかも、大体がジョッキの絵を描いていたり、メニューを簡単に書き出していたり、と酒場や食堂ばかりだ。

 人も多く活気づいている。ただ、気になるのはすれ違う人の殆どが、筋骨隆々の大人の男達で、皆が質素な麻の服を着ている。女性もいるにはいるが、こちらは全て、派手そうなドレスに身を包んで「そこのあなた、うちで飲んで行かない?」と通りかかる男達に話しかけている。そこらのお店の呼び込みのようだ。

「北の町は華やかな町って聞いていたんだけどな。華やかは華やかだけど、なんか思っていたのと違うな」

 アーニィの思い描いていたのは、酒場や食堂はもちろんのこと、街の至る所で音楽が流れ、ダンサーが踊っているような、陽気できらびやかな町だった。

 アーニィのつぶやきを聞いて、やれやれ、と肩をすくめたジュリアが、

「当たり前じゃないの。だってここはノルストダムの下町。石切りの町、作業員の町だもん」

 と説明する。

「そうなのか?」

 頭に疑問符を浮かべるアーニィに、こいつはしっかりと教育を受けて来たのかしら、とジュリアは半ばあきれながら、より詳しく、簡潔に付け加えた。

「ほら、あの崖があるでしょう? あそこから石を切り取ったり、一部の洞窟から鉄鉱石を獲るのよ。王都は石造りの家が多かったでしょう?」

「ああ、ほぼすべてが石でできてるな」

「それは全部この町で獲られたものも使っているのよ。昔は立派な石山だったらしいけど、長い年月をかけてここまで削り取ったの」

「へぇ~、そうだったのか。鉄鉱石は剣の材料になるから、ここで獲れるってことは知っていたけど、石切り場でもあったのか」

「あんた、西の出身なんでしょう? 勉強はしてこなかったのかしら。山賊のアタシだって知ってるって言うのに、常識よ?」

「いやぁ、最低限の教育は受けたつもりだけど、剣以外のことはさっぱりで……」

 照れくさそうに、首の後ろを搔くアーニィ。

「あっきれた。本当に剣バカなのね」

「剣バカじゃない、剣マニアだ」

 どっちも同じよ、とジュリアは隣の男がとことん馬鹿らしいと思った。まぁ、男なんて何かに夢中になることがあれば、バカになるものね。

 そんな風に納得している間に、会話に取り残されていたトヨが、先頭を切ってまっすぐ進んで行く。

「お、おいトヨ、待ってくれよ。どうしてそんなに急ぐんだ。先に飯にしようぜ?」

 アーニィの提案は、トヨにとっても魅力的なものだった。一人だけ何切れも何切れも燻製肉を食べた癖に、彼女のお腹も空っぽだった。

 しかし、今の彼女には食事以上に優先すべきことがあった。

「あの崖の向こうから妖刀の強い気配を感じるんだ。飯は後でいい」

 振り返ったトヨが告げる。今までぶすっとしていたのは、妖刀の気配を肌を焦がすように感じていたからであった。

「マジかよ……」

 妖刀はトヨにとって何よりも重要な旅の目的。ともあれば彼女はなかなか折れてはくれないだろう。しかし、また戦いにでもなれば、空腹のままではどうしようもないのではないか、とアーニィは懸念する。

「崖の向こうってことは、ノルストダムの本町、港町の方ね」

「港町? ああ、そっか。こっちが下町なら、例の華やかな町ってのはそっちの方だったのか」

「ええ、そうよ。この国の交易の中心地だから、異国情緒にあふれる商業の町。さいっこうの狩り場よ」

 ジュリアの言う狩り場は、間違いなく盗みの格好の場所、ということだろう。常識云々はお前の方が無いんじゃないか、とは思い浮かびつつも、アーニィは口にはしなかった。

「でも、今の私たちだったら、港の方には行けないわよ」

 ジュリアの言った一言に、アーニィとトヨの視線が集中した。


 ジュリアはどうせ無理だけど、と言いつつ、ノルストダムの港町へと続く、崖を切り取って作られた階段まで案内した。見的町はちょうどこの階段を登った先にあるのだが、三人は階段に踏み出すことができずに、立ち往生することとなった。

「むっ! どうしてだ! どうして私たちを通さぬのだ!!」

 トヨは沸騰した湯のようにかんかんになりながら、目の前の男に激昂する。男は鎧に身を包んだ兵士だった。

「だから、さっきから言ってるだろ! 下町から本町に行くためには通行料を支払う決まりになっているんだ!」

 それを聞いて、ねっ、とジュリアはアーニィに目配せする。二人は説明を聞いて、さっさと諦めてしまった。

「なんてったって、アタシら一文無しだもんね」

 キャハハ、とジュリアは実に気楽そうに笑う。その反面、アーニィは顔を青白くしていた。

「なぁ、ジュリア。一文無しってことは、金がびた一文ないってことだよな」

「そうよ。アンタ、そんなことも分からないくらいバカだったの? いつも偉そうなこと言ってるけど、あのチビと同じじゃない」

「意味ぐらい分かってるっての! 金が無いってことは、ここを通れないどころか、俺達は飯も食えないし、宿にも泊まれないってことだろ! もう日も落ち始めてる……ああ~、なんでそんな大事なことを忘れてたんだ俺はぁ~」

 がっくし、と肩を落とし、項垂れるアーニィ。

「そうよね~、先立つものが無いと、何もできないわねぇ」

 しかし、ジュリアはまるで他人事だ。

「そうだ。お前宝石持ってただろ。あれ売って金を作れよ」

「嫌よ、あれはアタシのものだもん。アンタ達のために換金したくないわ。むしろアンタの背中や腰にある剣を売っちゃいなさいよ」

「無理に決まってんだろ! これは俺の命よりも大切な……」

「はいはい、どうせそんなことだろうと思ったわよ。そうねぇ……手が無いわけではないわ」

「え?」

 ジュリアには何やら打開策があるらしい。金銭に関することだが、アーニィは何やら嫌な予感もする。しかし、彼女に頼る以外に何の手立てもないのが現状だった。

「任せてくれるかしら?」

「分かった。任せる」

 アーニィにはそう答えるしかない。

「じゃあ、トヨを……って、何やってんだお前!」

 トヨの方に目を向けると、彼女は何と大剣エンシェントを抜いて、兵士と対峙していた。兵士は兵士で、自分の剣を抜いて、「何をする貴様!!」と怒鳴り声を上げている。

「む、何をって、正面突破に決まっているだろう」

「決まっているだろう、じゃねーよ!! ここでも問題を起こしてくれるな!」

「問題って、私は起こした記憶が無いぞ」

「ああもう! 起こしてなくとも、今まさに起こそうとしてるじゃねーか! ジュリアに言い手があるらしいんだ。だから剣を納めてくれ!」

「……むぅ、アーニィが言うのなら……。おい、貴様、命拾いをしたな」

「バカなこと言ってんじゃねぇよ!」

 アーニィの説得が通じたのか、トヨもエンシェントを納め、アーニィ達の方へと戻ってくる。階段の見張りをしている兵士は「次やったらただじゃおかないからな!」なんて言っているが、トヨを止めなければ、ただでは済まないのは彼の方だっただろう。

 しかし、王都に引き続いてこの町でも指名手配となってしまうのはどうしても避けたいことだった。何せ行動がし辛くなるし、場合によってはアーニィの故郷にまで、汚名が轟いてしまうかもしれない。

 ともかく、トヨを止めることができたのは、誰にとっても嬉しい事であった。


 さて、私にいい案がある、と言われてアーニィとジュリアがやって来たのは、通りの店の隙間に作られた路地を十分程度先に進んだ場所にある、古ぼけた店であった。

 トヨがいると面倒だから、とトヨは店の前で待機させている。ゆえに店内に入ったのは、アーニィとジュリアの二人だけであったが、店内に並ぶのは衣装ばかり。しかも、かなりきわどいまるで下着のような布面積の少ないものに、マントのようなひらひらや、石よりも軽いが、綺麗に光を反射する装飾品が散りばめられているものばかり。要するに女性用の、ダンサーや娼婦が着用するいやらしい衣装しかなかった。

 むしろ、自分の方が店頭にいた方が良かったんじゃないか、とアーニィは場違いな雰囲気にドギマギとしていた。

「なぁ、どうしてこんなところに……」

 ジュリアの意図が全く分からないアーニィが小声でそれを尋ねようとする。しかし、話の最中で中断してしまった。

 どきり、と心臓が跳ね上がりそうだった。なんと、ジュリアが急にアーニィの腕にしがみつくように絡んできたのである。

サバンナでは触ることを拒んだジュリアの胸が、ぐいぐいと押し付けられる。この幸せな柔らかさなら、男が触りたいと思うのも納得である。

「すっごーい、あれなんて殆ど隠す場所がないじゃなーい。ダーリンはやっぱり、ああいうのが好みかしらぁ?」

 そして、さらにはジュリアが砂糖菓子のような甘ったるい声で、店内を見渡しながらそんなことを言った。

「え!? だ、ダーリン!?」

 無論、あまりにも突然なことに、アーニィはただただ狼狽するばかりであった。

「いいから適当に合わせなさい」

 ぼそっ、とジュリアがアーニィに耳打ちをする。そんなことを言われても……と思うのだが、ここはジュリアに頼るしかない。ならば、彼女の言うことを聞く以外に、アーニィに選択肢はなかった。

「そ、そうだなー。もっときわどいのでもいいかなー、あははー」

 ドへたくそな、棒読みの演技であった。

「もう、ダーリンのエッチ!」

 なぜ、不当にスケベの烙印を押されなくてはなんのか。自問自答してみるが、アーニィにはさっぱり分からない。

 そもそも、どうしてこんなことを、と思って辺りを見渡してみると、店の奥のカウンターに、椅子に腰かけている老婆の姿を発見した。

 老婆、とは言っても白髪の髪以外からはそれが分からないくらいに、顔立ちなどはまだまだ若々しさを保っていた。だいたい、髪以外のいでたちを見れば、四十代か五十代くらいにしか見えないほどだ。そんな老婆が、パイプで煙草を吸いながら、鋭い目をギラリとこちらへと向けていた。明らかに客に向けるそれではない。まるでいちゃついているような男女二人が現れたら、そんな顔をするのも納得できなくはない。当然、いちゃついている男女はアーニィとジュリアの自分達である。

「じゃあ、コレ買っちゃうね~」

 と、ジュリアは適当な衣装を手に取る。おいおい、金ないだろ、買えないだろ。とアーニィは喉元まで出かかったが、するすると腕を離したジュリアが、ここからは任せなさい、と言わんばかりにウィンクをしたために、言葉を飲み込んだ。

 いったい、何をすると言うのだろうか。アーニィが見守っていると、ジュリアはカウンターの前の、衣装が何着も畳まれて置いてある店棚に手をかけ、老婆に持っていた衣装を突きつけた。

「おばあちゃん、これいくら?」

「さんびゃく……」

「たっかーい! もうちょっとまけてよ~」

 そうやって、だだをこねる子供のように値引こうとする姿は、さながら普通の町娘のそれだった。

 しかし、老婆は首を振る。それにジュリアはまた異議申し立てをし、値切ろうとする。それを何度も何度も繰り返しているが、それに何の意味があるのか、アーニィにはさっぱりだった。何せ、値切ってもらったところで買うための金はないのだから。

「もーいー! あーきらーめたっ!」

 そして、粘りに粘り続けた値下げ交渉が、ジュリアがさじを投げることで終結した。ぽいっと、目の前の棚に先ほどの衣装を放り投げ、アーニィの元へと戻ってくる。

「行きましょ、ダーリン」

 頬を膨らませながら、またも腕を組まれる。

「お、おい……」

「いいから、行きましょっ!」

 何が何だか本当に分からないアーニィを、ジュリアはぐいぐいと引っ張っていき、ついには店の外にまで出てしまった。

「ジュリア、お前何がしたかったんだよ」

 アーニィの指摘ももっともである。ジュリアのしたことは、アーニィに胸を押し付け、いちゃつき、衣装を手に取って、値段交渉をし、あっさりと諦めただけであった。結局、何もできてはいない。

「ふっふーん、作戦の第一段階は大成功よ。じゃじゃーん」

 そう言って、ジュリアはどこに隠していたのか、布地の少ない服を取り出した。それは、店に合ったものと似ている、どころか、まさしく店にあった衣装そのものだった。

「お、お前それ……まさか盗んだのか!? いつの間に!?」

「企業秘密。山賊にかかれば、あんなちゃっちい店から商品を盗むなんて、お茶の子さいさいよ」

 そう言えばこいつは山賊だったな、山賊の考える案に法令順守を期待する方が間違っていたな、ああ、なんで俺はそれに気が付かなかったのだろうか、とアーニィは後悔した。

 あの老婆に非常に申し訳が立たない。今から謝りに行くべきだろうかとも思うけれど、よくよく考えれば自分だってその盗みの片棒を担いでしまったのである。

「はぁ……バレたら俺もお縄を頂戴されちまうなぁ」

「大丈夫、バレないわよ。それに、バレたところであんな場末の店だもの。盗まれた分を取り返すよりは、もっと売った方がいいから、アタシらを追いかけたりしないわよ」

 主要核の実行犯は相変わらず気楽そうだ。

「でも、そんな衣装盗んでどうすんだ? 売って金にでもするのか?」

「売ったって大したお金にならないわよ。あの店だって相当ぼってたわ。でも、アタシらがぼって売ろうとしたって、この町で買ってくれる女の子を見つけるのは無理ね」

「じゃあ、どうすんだよ」

「またまたアタシにまっかせなさい。じゃ、あのチビを連れてきて。町の奥に行くから」

 まぁ、どうせさっきと同じようなまっとうな方法ではないとは思うが、アーニィに金を作る手段があると言う訳ではない。結局、ここでも任せるしかないのだ。アーニィは言われたとおり、店の前で暇そうに突っ立っていたトヨを呼び、ジュリアの後に続いて、路地の奥へと進んで行った。


 路地の奥、そこはちょうど、この町で働く作業員たちがゆったりと夜を過ごす、住宅地であった。あたりの家々は石造りではあるが、表面が風化し、角なんて丸くなっているようなボロボロのものばかりだ。

 その、家と家が作る一つの路地へ、ジュリアが入る。人通りは全くなく、路地の奥からも手前からも誰一人として来るようなことはないだろう。

 そこで行われたことは、ジュリアのお着替えであった。二人で見張っときなさい、そんでもって、メガネは絶対に振り向かないこと、と言われ、アーニィもトヨも言う通りに見張りを行った。もっとも、誰一人として来ることはなかったのだが。

「さ、終わったわよ」

 ひょいひょい、と二人の合間を縫って、ジュリアが路地から出てきた。ジュリアの格好は何とも煽情的だ。ただでさえメロンやスイカのようなまるまるとした胸が寄せ挙げられ、男の目を吸い寄せる谷間を作っている。寄せ挙げている布地だってかなり面積が少なく、少し動いただけで全部がこぼれ出てしまいそうだ。

 全身を見せるようにくるりと回れば、ほぼほぼ透明なスカートの奥に、大事なところだけを隠し、残りは全部見えているお尻が見えた。アーニィの目には眼福でもあり、毒でもあった。

「ど~う? 似合うでしょ?」

 前に口にしていた恥じらいはどこにったのやら。腰をくねっとまげ、両腕で胸を挟み込んだ挑発的なポーズをアーニィに見せつける。

「寒くないのか?」

 トヨにはなぜこんなにきわどい衣装があるのかさえも理解できていないらしく、的外れなことを聞く。

「全然。さ、早く通りに戻るわよ」

「そんな恰好でか?」

「こんな格好だからよ」

 ジュリアは愉快そうにスキップなんかをしながら、さっさと元来た道を戻って行く。サバンナの暑さにやられて、彼女は痴女になってしまったのだろうか、とアーニィは心配になった。


 三人の目的を思い出すと、お金を作るということだ。そして今、そのためのジュリアの案が実行に移されていた。

 アーニィとトヨは路地の中で待機をしており、ジュリアだけが町の外と町の象徴とも言える崖を繋ぐ通りに出ていた。

 作業員ばかりが通るこの道にいるのは、ほぼ全員が男だ。そんな場所に煽情的な格好をした、スタイル抜群のジュリアが立っているだけで、視線が集中するのは当然のことであった。

 さあて、早速やりますか。

 ジュリアは店で商品を物色するように、自分の方へと視線を向ける男達を眺めた。正直なところ、誰でも良かったので、一番近くにいる赤い髪の男へと近づいた。

「ハ~イ、お兄さん。アタシのことちらちらと見ていたでしょ」

「い、いや、そんなことは……」

 屈強な体つきをしているが、男はジュリアを前にして相当緊張しているようだ。顔を真っ赤にして、どっきどっきと心臓の音が外にも聞こえて来そうだった。視線も、身をかがめてわざと強調させたジュリアの胸へと注がれている。

 これは余裕ね、とジュリアは早々に勝負を掛けた。

「そんなに気になるかしら、アタシのここ」

 両腕を挟むように動かすだけで、胸がぽよん、ぽよん、とまるで水面のように揺れる。

「そ、そりゃあ……」

 もうひと押し。

「気になるんだったらぁ……見るだけよりは、触れてみた方がいいとは思わない?」

 女の魅力を前面に押し出しながらの、まるで肌を舐めつけるようなねっとりとした声でそんなことを言われ、男の理性のたがは外れてしまった。

「い、いいのか」

「ちょっと高くつくけど、いいかしら?」

「高いのか!? 今の持ち合わせはこれぐらいしか……」

 と、男が財布から金を取り出す。それですべてではない、とはジュリアにも分かっていたが、率直に割としけている。

 この町じゃこんなものか。

「いいわ。それで、でも好きなだけされちゃった後に、逃げられちゃうのは嫌だから、先に半分、前金として貰ってもいいかしら?」

「も、もちろんっ!」

 いやはや。冷静に考えればこんな甘い話があるものか、気付きそうなものではあるが、理性が脳内から死滅した男は全く思いつきもしなかった。

「じゃあ、この先の路地の一番奥で待っていてね」

 ジュリアは適当に一番近くの路地を指さし、男にそう言う。

「い、一緒に来てくれないのか?」

 これにはさすがの思考の停止している男も引っかかった。騙されるのでは? と一瞬は思ったのだが、

「ええ、準備があるの。お互いに一晩ずっと愉しめるように……ね」

 ジュリアがウィンクをし、されには投げキッスまで飛ばすと、一瞬のひらめきも露と消え、前金を手渡すと大急ぎで指定された路地の奥へと走って行った。

「バカね、アタシはそんな安い女じゃないわよ」

 男の間抜けな後姿を見送りながら、ジュリアは悪い笑みを浮かべる。言わずとも分かると思うが、前金だけを奪ってジュリアはそそくさとその場を後にした。

 しかし、一回の触る触る詐欺では心もとない。手に持った貨幣を見ても、今夜の宿泊代と食事代に使うだけですっからかんになってしまう程。三人分の通行料にはまだまだ足りていなかった。

「ま、いいわ。これぐらいチョロイんだもん、荒稼ぎしちゃおっ」

 そう言って、ジュリアは早速次のターゲットを絞り込み、同じように誘惑をするのであった。



 ジュリアが詐欺でお金を稼いでいる最中、アーニィとトヨは完全に手持無沙汰だった。日はもう完全に落ちている。食事もろくにとっていないせいか、アーニィはひもじく、それに加えて昼間の疲れがどっと出始めたのか、強い眠気に襲われていた。

「ふわぁ」

 大あくびがついつい漏れてしまう。

 その隣で、トヨは相変わらず難しい顔をしながら、ちらちらと崖のある方角へと目をやっていた。

 あれから随分と時間が経っているが、妖刀の気配はまだ港町の方にあるらしい。アーニィはトヨの態度から察した。よほど気になっているのは、トヨの焦りからだろう。

 だが、例え今すぐジュリアが用意する金を持ってきたとして、すぐさま港町の方へと行くことには、アーニィは否定的だった。夕方にも思ったが、飯も食っていないために、あの妖刀を持った男達と対峙したとしても、十分に戦うことはできないだろう。疲れも出始めているからなおさらだ。トヨはジュリアが戻り次第、本町へ向かおうとするだろう。口にこそ出してはいないが、トヨもそう思っていた。

 それは危険すぎる。どうせなら、今日のところは諦めておいた方がいい。アーニィはトヨに対して、そう諭すべきかどうか悩んでいた。使命に燃える彼女の気持ちが分からないでもないからこその、悩みであった。

 今の内言うべきかどうか、と逡巡している内にジュリアが帰ってきた。

「や~、おっまたせ~。めっちゃ稼いで来たよ~」

 ジュリアは目に見えて上機嫌で、いつの間に見つけたのやら、拳ほどの大きさの茶色い布の袋を見せつける。ぱんっぱんに膨れ上がっている袋には、貨幣が目いっぱい詰まっていた。一体どれほどの男が犠牲になったのか。手法を知らないアーニィ達には想像もつかなかった。まぁ、ろくな方法ではない、とアーニィは思っていたため、褒めていいか嘆けばいいのか、反応には困っていた。

「遅いぞ!!」

 一方、トヨは目を吊り上げて、ジュリアへ怒鳴りつけた。

「ちょっと、いきなり怒鳴りつけるのはないんじゃないの? アンタらにお金の当てがないから、アタシが骨折ってあげたのよ? ねぎらいの言葉ぐらいちょうだいよ」

「む、随分と待たされたんだ。妖刀を持った奴らに逃げられないか、ひやひやしていたぞ。お前をねぎらう時間だってもったいない」

 ジュリアもトヨの態度に不満を言うが、トヨがジュリア以上に不満を述べる。あまりにも自分勝手な主張で、アーニィも口を挟む。

「トヨ、お前が使命のために焦るのは分かるけど、トヨが妖刀の後を追うためには、ジュリアの助力が必要だろう?」

「そうよ、そうよ。このお金だって、アタシが自分で稼いで来たものだしぃ、アンタの使命とかのために使わないことだってできるのよぉ?」

 アーニィが味方に付き、ジュリアも勢いづいてトヨに自分の優位性を示す様なことを言う。

「む……」

 それへの反応は、しかめっ面の不満顔だった。そのままの顔で、トヨはアーニィに視線を移す。睨みつけている訳ではなく、どうすればいいのか、とこれからの行動への指示を求めているような目であった。

「ねぎらってやりなよ、トヨ」

「……む、アーニィが言うなら……。すまない、ジュリア。ご苦労だった」

 アーニィの返答に、しぶしぶではあるが、トヨはジュリアへとねぎらいの言葉を告げた。そんな反応が子供っぽくてしおらしかった。

「そうそう、それでいいのよ~。でさでさ、アタシお腹ぺこぺこなのよ~、どこかでご飯たべちゃわない? もちろんアタシの奢りで」

「それはダメだ! 時間が無いと言ってるだろう! 今すぐにでも崖の向こうに行くぞ!」

 さっきまでのしおらしさはどこに行ったのやら、トヨはジュリアの提案に、またも険しい表情で反論を述べる。

「だからさぁ、このお金はアタシのお金でしょ! アンタよりもアタシに決定権があるべきよ」

 ジュリアの方も譲らない。アーニィとしても、ジュリアに味方をしたいところだが、先ほどトヨへ謝罪を促した手前、またも敵に回るのは憚られた。あまりにも彼女に反対をし過ぎてしまうのも、トヨの不満を駆り立てるだけになりかねない。

「崖の上に行くくらいならいいんじゃないか?」

 今度はアーニィへジュリアが恨めしそうな目を見せる。

「どっちの味方なのよアンタは」

「どっちの味方とか、どうでもいいだろ。強いて言うなら、どっちにも不都合が無いようにしたい中立派だよ」

「アンタだってお腹空いてるんじゃないの?」

「腹ペコだよ……でも、飯を食うんだったら、別にこの町にいることに拘る必要はないだろう?」

「別にアタシは拘ってる気はないけど……はぁ、向うの店は結構値が張るのよ。それに、腹ごなしぐらいはしておかないと、アイツらとであってもろくに戦えないわよ」

 ここに来て、ジュリアがアーニィと同意見を口にした。思わず、アーニィの口元がほころぶ。

「む、軟弱者め」

「この空腹に悩まされる原因を作ったのはアンタでしょ!」

「まぁまぁ、でも、トヨだって腹が減ってるだろ?」

 アーニィはなだめつつ、トヨへ尋ねる。トヨは良く食うから、昼間に食べただけの燻製肉程度で、十分だとは思えないし、それなりに時間が経過しているから、空腹を感じていないわけがない。

「まぁ、腹は減っているが……だからと言って、戦えない程ではない。それにもたもたしていたら、妖刀を取り逃してしまうかもしれんのだ。飯を食う時間など……」

「備えあれば憂いなしだ。あの影を出してくる妖刀使いだって、結構強かっただろ? 使命を果たしたいのなら、準備をしっかりとしておくこと。腹ごなしぐらいしても良くないか?」

「むぅ……」

 トヨが口を尖らせ、唸り声を上げる。すぐに反論を言わずに眉をひそめているあたりは、彼女がアーニィの言うことに対して、多少は説得力を感じてどうすべきか悩んでいると思われる。アーニィはもうひと押しかな、と思っていたが、彼の言葉を待たずにトヨが言った。

「分かった。私が妖刀の気配を感じている内はいつでも追いかけられる。アーニィがいうのなら、飯を食う時間くらい作ってもいい」

「よし、ありがとうなトヨ」

「でも、第一に崖の上に行くからな。急ぐぞ」

 譲歩をしてはくれたが、トヨはまだまだ納得しきっていないのか、不機嫌そうな表情を崩してはいなかった。そんな顔をしながら、トヨはそそくさと歩いて行く。

「はぁ、あの頑固チビ、めんどくさいわねぇ。にしても、随分と手なずけているじゃないの」

「頑固だけど、きちんと説明すれば理解してくれる、子供みたいなやつなんだよ」

「じゃあ、アタシは子供は苦手ね」

 ついて来なけりゃよかったかなぁ、とジュリアが苦い顔をする。別にこのままジュリアがついてくる理由もないし、なんだったらこれから別行動をとってもいいとアーニィは思うのだが、とりあえずは苦笑いを返しておいた。


 多少の衝突こそあったが、決めた通りに夕方は立ち往生を喰らってしまった、本町へと通じる階段の前まで、三人は再び到着した。

 ジュリアの作戦によって、金は無事に調達することができた。これ以上本町へと行くにあたって、障害は何一つとしてない。

 と、思っていたのだが。

「むぅ……なぜだ!!! 金はあるんだぞ!!」

 夕方と同じように、トヨの怒号が再び階段の前に響いた。

「ダメだ! 夜間の下町から本町への行き来は禁止されている! 帰った帰った!」

 鎧姿のため外見は全く同じだが、夕方の兵士とは違うらしく、ここで番をしている兵士が、強気な態度でトヨを追い払う。

「知ってたか、ジュリア?」

「んーん」

「もしかして、山賊御用達の裏道とかってあったりしないか?」

「あったら地道にお金稼ぎなんてしないわよ」

 ジュリアの返答に、はぁ、とアーニィはため息を零す。そんな決まりがあるだなんて、全く知らなかった。他の打開策も一切ない。今日は本町に行くのは不可能である。となると……。

「仕方ない、強行突破するしか……」

 トヨがまるで最後の手段のようにかなり物騒なことを口走るのも、容易に想像の着くことだった。

「トヨ、ストップストップ!」

 今にも剣を抜こうとしているトヨを、アーニィが慌てて制止する。

「何をする! 許しを得て通ることができないのなら、強行突破するしかないだろう!」

「どうしてそこに直結するんだよ!?」

 しかし、トヨの言うことも実はもっともらしいことではあった。何の手段も無い以上は、ここを無理やり通り抜ける以外には、本日中に本町へ行く方法はない。そう、あくまでも本日中は。

「すいません、明日の朝だったらいつから通ることができますか?」

 トヨの前に出て、アーニィは兵士に尋ねる。兵士は強行突破だなんて物騒なことを発言するトヨと、その仲間らしいアーニィに対して、あからさまな不信感を抱いていた。こいつらは危険人物なのでは、と思うのだが、訪ねてきた男、アーニィの方は比較的善良そうな顔をしている。大量に剣を持っていることを除けば、信用しても大丈夫だと彼は判断した。

 しばらく間を置いて、

「日の出から一時間後からだ」

 と答える。アーニィは満足げに頷き、例を言ってトヨへと向き直った。

「明日? 日の出? おい、アーニィ!! お前いったい何をするつもりなんだ!」

 自分のあずかり知らぬ話をしていたアーニィへ、これまでは自分にばかり向けられていた質問をする。

「本町に行くのはもう諦めようぜ。言われている通り、今日はもう本町へ行くのは許されないことなんだ。下町で一晩休んで、明日また出直そう」

 なっ、とアーニィの提案にトヨは目を丸くして声を上げた。さすがに、今日は諦めると言う考えはなく、そう提案されるのも予想外だった。

「何を言っている!! さっき決めたじゃないか! 絶対に今日中に行く! 妖刀を追いかけるんだ!!」

 その提案は何が何でも受け入れたくない。トヨは怒鳴り散らすが、状況的に彼女の主張や意志が通じないことは明らかである。なのに頑なに意志を曲げないトヨは、さながら子供がわがままを言っているようなものだった。

「例えアーニィが言うことでも、それは聞き入れない! 私は強行突破するからな!」

 しまいにはこんなことまでも言ってしまう。ほんと、駄々をこねる子供ね、と傍から眺めているだけのジュリアは呆れ返っていた。

「強行突破をしたら、大きな問題になる」

「構わん、私には関係ない! 困るのはお前たちだけだ!」

「俺達だけじゃない。トヨだって困るぞ」

「困らん!」

「考えてみろ。またこの前みたいに自由に町を歩けなくなれば、また追い回されるようになったら、妖刀を探すのにだって支障が出る」

「……む」

「お前だったら兵士だろうがなんだろうが平気で倒すことはできるだろう。でも、大量に追い回されて、そいつらの相手をしている内に、妖刀を持っている奴が逃げちまうことだってあるんじゃないか? それに、今日中に絶対に妖刀を探し出す必要もないだろう? もしかしたら、明日も本町にいるかもしれない」

「……むぅ」

 アーニィの話に耳を傾けていたトヨの表情がみるみる変わっていく。すぐにでも飛び掛かろうとしていた、まるで獣が威嚇をしているような怒り顔が、苛立ちこそ抜けてはいないが、眉を顰め、口をへの字に曲げる。さっきまでは頭に血が昇ったが、ふー、と鼻息が聞こえるくらいの大きな息を吐き、少し冷静になったようだ。もっとも、決まりのせいで通ることができないことも、アーニィの説明が十分に納得できるものだとは、かんかんに熱せられた頭でも、理解はできていた。

「……分かった。アーニィが言うのなら、今日は諦める」

 それを受け入れるための余裕が少し足りなかっただけだったのだ。しかし、アーニィに諭され、どういっても彼が自分の言うことを受け入れられないと分かると、今回ばかりは仕方がない、とトヨも思うことができた。

「明日は朝一番に行くからな。後、今諦めたせいで妖刀を逃したら、許さないからな」

 まるで捨て台詞を吐くように言うと、完全にヒートダウンしたらしく。トヨはアーニィに背を向けてとぼとぼと歩き出した。

 ふぅ、と事なきを得たことに、アーニィは安堵の息を洩らす。ジュリアを見れば、退屈していたのか、やっと終わったのね、ふわぁ、と大口を開けてあくびを零していた。

 結局、三人はこの下町で一晩を過ごした。適当に入った食堂では、ヤケクソ気味にトヨが大量の肉料理を食べ、本町に行くためのお金が無くなったらどうするの! とジュリアに怒られていた。

 なんとか、出費は最小限に抑えられたものの、三人分の通行料を確保するために、泊まった宿は下町の中でも最低クラスのおんぼろ宿で、その上たった一室だけしか借りることができなかった。

ども、作者です。久しぶりに次の章のお話です。章分けはまだしていませんが。

また、久しぶりに書いたせいか、前に書いたことと違うことをモロに書いている部分があります。まぁ、大丈夫でしょ(笑)

後で前に書いた方を直したいと思います。

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