嫌いな奴
サバンナの夜は、まだまだ続く。途中、どうしても寝たいとぐずるのトヨのために、三人は一度適当な木陰で休み、仮眠を取ることにした。
とは言ったものの、ジュリアとアーニィは昼にもたっぷりと寝ていたために、眠気などちっともなかった。
「おい、ジュリア……」
ジュリアはごくっ、ごくっ、と喉を鳴らしながら川の水筒に入った水を煽っていた。
「酒じゃないんだから、そんなに飲むなよ。明日の分も残さなくっちゃいけないんだからな」
「ぷはっ。分かってるわよ。昼間飲めなかった分を今補給してるの。それに、飲まないとやってらんないわよ」
ジュリアの気分はすっかりやさぐれた酔っ払いのそれである。
「しっかし、良く気付いたな。あの女の子が買われた子だって」
「外国人なんて、そうそうこの国には入って来ないもの。それに、あの年齢の子じゃそれ以外に考えられないわ」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんなのよ」
それを見抜けたのは、彼女がいろいろと裏の事情に精通していたから、というのもあるのだろう。自分は何も知らないから、ああいう男にうまく利用されてしまうんだろうな、とアーニィは反省した。
「ジュリア、結構キレてただろ」
「そう見えた?」
「ああ。人身売買とか、山賊の癖に嫌いなんだな」
「嫌いなのはそこじゃないわ。人身売買って、だいたい人さらいがするもんよ。親から急に切り離されて、あの子、相当不安だったに違いないわ」
アーニィは、ジュリアがそう言う理由も、内で憤慨していたであろう理由も、なんとなくわかった。
ジュリアも両親に捨てられた。本当の親がイアに気持ちも、会うことのできない辛さも、加のjは十分に知っているに違いない。
今もアンニュイな顔をしているが、あのときのジュリアの顔はかなり険しいものだった。
「何よ、アタシの顔になんかついてんの?」
気づけば、アーニィはジュリアの顔をじっと見ていた。
「あ、いや、何も……」
「そう。だったらじろじろ見ないでよ。いくらアタシが美人だからって、失礼よ」
「ナルシスとめ……あの子、やっぱ死んじゃったのかな?」
「さぁね」
「あの子も、離れ離れになった両親に会いたいって思ってたのかな」
「そう思わない子供はいないわ。子供の内はね」
そう言うジュリアは、今でも会いたいと思わないのか。少し疑問に思ったが、アーニィは言わなかった。
さすがに、そこまで聞くのは無粋だろう。所詮は運命共同体なのだから。
「あのさ、アーニィ」
ジュリアが急にもったいぶった口振りで切り出した。
「な、なんだい?」
そのせいで、なぜか口調が変になる。アーニィはどぎまぎとしており、妙な緊張感があたりに漂っていた。ジュリアは、少し聞き辛そうな、アンニュイな表情を浮かべている。
聞いてもいいのか、あるいは言ってもいいのか、もじもじとしながら決めかねている風である。
これは、まさか……いや、万が一だからこそあり得るのか!?
なんて思っていると、覚悟を決めたようにジュリアが問いかける。
「あのチビの裸を見たって、本当なの?」
なぜ、今その話なのだろうか。もう随分と前のことだぞぉ?
「あ、いや、それは……」
アーニィも歯切れが悪い。さっきの妙な期待と緊張のせいか、言うのが躊躇われるようなことでもあるためか、どうしても言い淀んでしまう。
「はっきり言いなさい」
ジュリアもさっきまでのアンニュイはどこに消えてしまったのやら。語気を強めて命令口調でアーニィに詰め寄る。
「あ……はい、本当です」
アーニィはついに事実を述べた。ああ、行ってしまった。もしや、これをダシにこれから散々弄り倒されてしまうのだろうか。
そんな最悪の事態を想像するも、肝心のジュリアの方は、弄るようなことはしてこず、思案顔になっていた。
「ど、どしたの?」
「昼間に言ってたわよね、あの子の肌が全部褐色だったって」
「そ、そうだった……よ」
問いかけられるとどうしても思い出してしまう。アーニィはこれでも、思い出さないように我慢しているのだが、男の性と言うのか、一度見た裸はしっかりと目に焼き付いていた。
「変ねぇ」
ジュリアはうーん、と唸る。
「な、何が変なんだよ?」
俺が覚えているのが変なのか? それとも裸を目撃した癖に何もしなかった意気地なしの俺が変だって言いたいのか? と、アーニィは種々様々な疑問を思い浮かべるが、考えてもどうしようもない。
ジュリアへと問い詰めると、彼の方へと視線が返ってくる。
「あの子の出身って、この大陸よね」
「砂漠の方だよ。言わなかったか?」
「聞いたわよ。今の歯確認。でも、おかしいのよねぇ」
「だから、おかしいって、何が?」
アーニィには何が何だかさっぱり分からない。いい加減に説明してほしいものだ。
そう思っていたおかげか、ジュリアがアーニィの悩みの種に答えてくれた。
「あの子、この国の人間の肌をしていないのよ」
「……なんだって!?」
少し遅れて、アーニィは驚いた。
「それに、砂漠にはムラが一つあるだけ。そこの出身者も私たちと同じ肌の色をしているわ」
「おいおい、そんなわけ……いや、そう言えば、砂漠にはいくつかの遺跡があるって聞いたことはあるが、集落があるってのは聞いたことがないぞ!」
「でしょう! そうしたら、あの子って一体何者なのかしら。なんか妙にズレているし、私たちと同じ人種でもないのよ」
アーニィは、トヨの方に目を向ける。
トヨはそんな二人の会話も耳に入らないのか、くぅくぅとのんきに寝息を立てて、木の根元に寄りかかっている。
そんな少女に対し、アーニィは次々と疑問を膨らましていく。
謎の多い奴だが、本当にこいつは何者なのだろうか。
頭の中をどんどん支配していく疑問を聞けないまま、長い夜は更けていった。
ども、作者です。これと次は短いです。




