必要な死
じたばたと少女があがく。地面の草がそれにつれて揺れるが、ジュリアに強く右腕を押さえつけられているために、逃れることはできないでいた。
「早速聞きたいことがあるんだけど、あなた言葉分かるかしら?」
じたばたと少女はあがく。
「ダメみたいだ。トドメを刺そう」
その様子を眺めるトヨが、待ちきれ無さそうに言う。
「うっさいわね! すぐにトドメトドメって、物騒な事言わないでよ。あたしはこの子を殺す気なんてないの。だから、安心しなさい」
途中からは少女へ向けて言っていた。それでもまだ、少女は暴れ続けている。
「はぁ、ちょっとは大人しくなりなさいよ。これは、言葉が通じないのかしらね」
「なぁ、ジュリア」
ジュリアの横へアーニィが立つ。
「なに?」
「この子って……」
あらためて、アーニィは少女の姿をじっと眺める。特に気になったのは、少女の肌の色だった。
赤茶けた色をしているが、これはもともとそういう色ではないと、アーニィはしっていた。日焼けしないとこのような色にはならない。
その上、このような色になるのは限られてもいる。そして、アーニィとジュリアは、同じように日焼けをしたとしても、このような色になることはない。
「外国の子か?」
導き出される答えはこれしかない。この上言葉も通じていないのが、それを裏付けている。
「でしょうね」
ジュリアはそれにすぐに答える。
「なんで、そんな外国の子がここに」
「あたりは付けているわ。でも、確証が欲しいの。だから質問しようと思っていたのに、これじゃあね」
ジュリアの目に諦めの色が浮かんだ。
その時だった。
「逃げる。逃げて見せる」
アーニィ達とは違う声が響いた。それに該当する人間は一人しかいない。
押さえつけられている少女に二人が目を向けると、少女は先ほどまでと打って変わって、じっと動かなくなっていた。
「なによ。こっちの言葉しゃべれるじゃないの」
じゃあ、改めて質問を、と言いかけたジュリアの口がこわばって何もしゃべれなくなる。少女の目がそうさせたのだ。前髪の合間から覗いた目は、少女らしからぬ冷たく、恐ろしい三白眼であった。
「逃げる! 生きて見せる!」
少女は叫んだ直後に、左手に持った鈍剣を放り投げる。
ただ、それはジュリアへも、アーニィへも向けられていなかった。彼女の真正面、つまりは空高くへと投げられたのだ。
「ど、どこに狙いを付けてるんだこいつ……」
その動きを見た瞬間に身構えていたアーニィは、へっぴり腰になりながらも、少女をいぶかしげに眺める。
「攻撃……じゃなかったわよね」
怪しんでいるのはジュリアも同じだった。
「手元が狂ったんじゃないか?」
「そうかしら? なんだか胸騒ぎがするわ。この子の目、何かをしてやろうって言う魂胆が見え透けてるんだもの」
ジュリアにそう言われた彼女の眼は、宙へと向けられている。
宙、そういえば少女は初め、宙から落ちて来て奇襲を掛けたのではなかったか。
「なるほど、あの剣を空から落として、私たちの脳天に直撃させようってつもりね」
そう思い至ったジュリアは、体の位置を大きくずらした。
「落ちて来る前に場所を移動すればどうってことないわね。さ、言葉が分かるのなら私の質問を聞いてもらうわよ」
ジュリアは勝ち誇った顔でそう告げる。
だが、アーニィは違った。なぜならばmそのジュリアの憶測はあまりにも単純すぎるからだった。
そんな簡単に避けられるようなことをするだろうか。少女の表情は、ジュリアが場所を移動したにもかかわらず、全く気にしていないように変わっていない。いや、むしろ今もなお宙から落ちてくる剣を見て、待っているようだ。
こんな動くこともできない切羽詰まった状況であるのにも関わらず、だ。
「動けない?」
それに気が付いた時、アーニィは少女の狙いが分かった。それはブレードの重い、勢いを付ければ付けるほどにキレ味が増す鈍剣にはうってつけの策だ。
「ジュリアっ!!」
アーニィはその狙いに気を付かせようと、ジュリアの名前を呼びつつ、自身の剣を抜こうと背中に手を伸ばす。
だが、その時は既に遅かった。鈍剣がものすごいスピードで落下し、少女の腕に直撃をする。
同時に、鮮血をほとばしらせながら、少女の右腕が飛んだ。
少女の狙いは、自身を打ちとめているジュリアを狙う訳ではなく、今一番自分の体の中で足手まといになっている右腕を、根元から切り取ることにあったのだ。
「……う」
それはみごとに成功した。うめき声を洩らし、即座に立ち上がる。相当な痛みが腕だけではなく、全身に響くように波及していることだろう。全身がしびれでもしそうな痛みのはずなのに、二人に背を向けて歩き出していた。
「はじめっからこれを狙っていたんだ。ジュリア、どうする!?」
ジュリアは、アーニィのその言葉を聞き流して、転げ落ちている右腕を見下ろしていた。
「おい! 逃げられてしまうぞ! くそっ、私は追うぞ!」
これまで静観をしていたトヨが、エンシェントを手に追いかけようとする。
少女はまだ遠くには行っておらず、逃げているとはいえ、これまでのスピードもなく、身を隠すことも無く走っているだけだ。
今ならば間に合う。トヨが走り出そうとしたときに、ジュリアがやっと口を開いた。
「追わなくていいわ」
「だがっ!!」
「追わなくても、あの出血量じゃ、そのうち死んでしまうわ」
少女が進んで行った方向に、大量の血痕が地面にうねる亀裂のように続いている。今もなお、多量の血が失われていることだろう。治療なんかもできるわけがない。少女に舞っているのは、死のみだ。
ジュリアは残されたままの右腕の傍の地面に刺さっている鈍剣を拾い上げる。
「はい、これ」
ジュリアは顔をうつむかせながら、鈍剣をアーニィに手渡した。
「あ……すまない」
ジュリアは少女を殺すつもりはないと言っていた。それは少女を安心させ、攻撃を止めるための口実だったかもしれないが、限りなく本心に近いものだと、アーニィは思った。
「じゃ、行くわよ」
鈍剣を受け渡すと、ジュリアはすぐにそう言った。
「行くって、どこに?」
「ハンターの家よ」
声を上げたジュリアの目に、強い力がこもり、ギラギラと輝いているのをアーニィは見逃さなかった。
コンコン、とドアがノックされる。ろうそくのわずかな明かりがこの部屋の頼りでしかない程、いい時間の深夜だった。
椅子に座り、起きたままこの時を待っていたハルトは、テーブルに立てかけた松葉杖に手を伸ばす。
その時、ガチャリとドアが開いた。
「おや、まだ俺は何も言っていないんだが」
ハルトの反応を差し置いて、ジュリア、アーニィ、トヨの三人は部屋の中に入る。昼間に通されたのと同じ部屋だが、暗がりにあって、わずかな明かりしかないためか、酷く殺風景に見えた。
まぁいい、とハルトは片方の口元を釣り上げる。待ち望んでいた吉報が帰ってきたということには、変わりはない。
「起きていたのね、アンタ」
先頭にいたジュリアが椅子に腰かけ、何をするともなくただじっとハルトを睨みつけている。
「そろそろ来るだろうとは思っていたからね」
「それは、あの少女がかしら。それとも私たち?」
「どっちでも構わないさ」
そう、とジュリアが言うと、彼女はテーブルの上へ、手にした物を置いた。そいつは酷く匂い、見るのも嫌な液体をぼとぼとと落としている、少女の腕だった。
「殺したのか?」
テーブルに置かれた腕を一瞥すると、ハルトは冷淡に言った。
「ええ、きっと今頃は死んでるでしょうね」
「そうか。そいつは良かった」
ハルトが何気なく言ったそれに、思わず体が動いたのはアーニィだった。
「ちょっと! なんなんですか良かったって!!」
ハルトはうっとしそうにアーニィを見る。
「その言葉通りさ。あいつが死んでくれたおかげで、これから動物たちが無意味に死ぬことが無くなる。良かったと言うのにこれ以上のことはないと思うが?」
「でも、死んじゃってるですよ、人が一人。ハルトさん、必要な死以外はいらないっていってたじゃないですか!」
アーニィは昼間のハルトの言葉を思い出す。ろうそくに照らされるハルトの顔は陰影がはっきりしていて、先祖の誇りを口にした同一人物には見えないくらい位に、人相が違って見えた。
「だから、その不要な死が、あの女が死んで無くなるんだ。だったら、そいつは必要な死だろう?」
アーニィの心に次々と胸糞悪い感情が湧きあがってくる。それは怒りだ。彼は怒りに任せて次の言葉を飛ばそうとする。
その直前に、彼の手が握られた。手を握ったのは椅子から手を伸ばしているジュリアだった。
彼女を見ると、強いまなざしでアーニィを見返していた。その眼光に彼は言葉を飲み込む。ジュリアが無言でアーニィを黙らせた。
「あら、あの女って、ご存じなのね。あの女の子のこと」
ジュリアはまるでゆするときのように言う。
「ああ、いろいろとあってな」
「その「いろいろ」アタシが当ててあげましょうか?」
ジュリアがにやりと含み笑いを浮かべる。ハルトは押し黙るが、決してジュリアに言われたことに動揺をしている風ではなかった。
だから、ジュリアは遠慮なく確信へと踏み込んで行く。
「あの子、アンタが買ったのよね」
「か、買ったって、それって……」
動揺をしたのはアーニィだった。
「人身売買よ。アンタは知らないの? 北の町、ダストラームでは良くあることよ。海外から連れてきた女の子を商売目的で買うの」
北の町。そこはこの大陸の中のどこよりも華やかな町だとは聞いていたが、アーニィはそんなことちっとも知らなかった。
「ああ。目的は違うから女ばっかでいいのが見つかるのも一苦労だったよ」
それをハルトはあっさりと認める。
アーニィの背にぞっと寒気を感じた。ハルトから底知れぬ気味の悪さを、どす黒い何かを感じ取っていた。
「さぞかしお高い買い物だったんでしょうね」
「貯えもすっからかんさ」
「すっからかんになったのは蓄えだけじゃないでしょ。家具も全部うっぱらって、その金で買ったんでしょ」
暗がりの中の部屋にはテーブルとイス、それからろうそくを刺している燭台程度しかない。あまりにも広いこの部屋にはそぐわない程に質素すぎる。
「しかも、一人や二人じゃないわね。もっとたくさん、何人も何人も……。でないとこんなに物を売るはずがないもの」
「ちょ、ちょっと待ってくれよジュリア!」
あまりにショッキングなことにアーニィは困惑し続けていた。けれど、冷静に一つのことを指摘する。
「ここに暮らしてたのはハルトさんだけだ。そんなに何人も買ったって言うなら、その人達はいったい……」
「死んだよ」
アーニィの疑問に、ハルトは息を吐くように答えた。
「言い訳じゃないが、俺はハンターにするために女を買ったんだ。ま、みんな狩の途中で死んじまった」
「まさか……それじゃあ」
アーニィの目に、一つの景色が浮かんだ。夜のサバンナの中に、溶け込むことのできない不自然に作られた人の手の入った場所。
丘の上の墓地。
「そういや、あそこから見張ってもらってたな」
十や二十では足りないくらいの墓が立っていた。つまり、それだけの……。
にもかかわらず、どうしてかこの男は、ちっとも悪びれた様子を見せようとはしない。
「お前、自分のやったことが何か分かってんのかよ!」
アーニィは殴りかかりたい気持ちを、声を荒げるだけに留め、口でぶつける。
「分かってるさ。だが、全ては誇りのためだ」
そう言って、ハルトは松葉杖を取って立ち上がり、アーニィへ正面を向けた。
「子供もいない、片足も無い。こんな俺でも、何台も続く我がハンターの誇りを守りとおさなければならないのだ。そのためにはあいつらが必要だった。何度も失敗したが、その死だって、俺や俺達の誇りのためには必要な死だ」
アーニィの目に映るのは、誇りのために生きた男の雄大な立ち姿だ。それは、自分の憧れの姿でもあった。
しかし、その足元を見れば、片足の周りに死屍累々が積み重なった上で、やっと立てているように見えた。
「そんなことで守る誇りなんて……」
「やり方が重要なんじゃない、守ることこそに意味がある」
アーニィがしゃべる途中に、ハルトが割って入る。それで、アーニィは言葉を失ってしまった。その醜悪さがもはや何を言っても変わらないと、感じてしまったから。
ハルトは再び、椅子に座りなおる。
「だが、お前らへの感謝を忘れはしない。あの女は、俺の元から逃げ出した唯一の人間だった」
「あの子、何者なの?」
「さぁ。売り手が言うには、どっかの国の殺しの組織の末端だって話だが、どうかな。ま、狩りも優秀だったから、殺すには惜しかったな」
惜しいだなんて、どの口がいうのか。
「で、さっきの続きだが、報酬は出口の所に置いてある。ここから北の町に行くまでに十分な水と肉だ。一晩寝た後にでも、持って行きな」
そういうと、ハルトはふわぁ、と大あくびをかました。
「アンタみたいなのと一夜を共にするなんて、ごめんだ」
アーニィはハルトに背を向け、部屋を出ていく。そのまま外へと出るのだろう。
「む、もう出るのか? 私は眠たいんだが」
「ダメよ。アンタも外でなさい」
「ジュリア、お前は眠たくはないのか?」
「いいから、早く出ろ!!」
トヨは一人、マイペースなことを言いながら、渋々アーニィに続いて部屋を出て行った。
部屋に、ジュリアとハルトが残る。
「アンタって、バカね」
ジュリアがハルトへ侮蔑を籠めた眼差しを向ける。
「使命だか誇りだかなんだか知らないけど、そんなことのために生きるなんてバカよ」
「……そうか?」
「そうよ。そのうち、あの子みたいなのに復讐されるわよ。あの子、アンタを憎んでいたに違いないわ」
「ふん。どうしてそう思うんだ?」
「あの子、毎晩動物を殺していたのは、アンタを餓死させるためだったと思うからよ」
「ははは、そいつは少し間接的過ぎるな」
強がっちゃって、とジュリアは能天気に笑うハルトに一層激しい嫌悪を覚えた。
だが、それだけだ。ジュリアはハルトに背を向け、アーニィ達を追う。
ドタバタと足音を立てて遠ざかる彼女の足音を聞きながら、ハルトは立ち上がり、ろうそくの火を消して回った。
「アイツは、俺なんか眼中になかったと思うんだがなぁ」
一人でぽつり、とコボし、最後の火を消すと部屋が暗くなる。
完全な常闇ともならず、窓から月上りが差して、部屋が濃紺に染まる。
外を見ると、今日は満月であった。
ども、作者です。う~ん、更新できない日ができてしまうかもしれない。




