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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
30/104

合流

「アンタ!! この!! 槍が!!! いくら!! かかったと!! 思ってんの!!!」

 路地裏で、アーニィのマウントポジションを陣取ったジュリアが、穂先を失った槍でひたすらにアーニィを殴りつけていた。

 初めこそ腹部に集中していたが、それだけでは飽き足らなかったのか、ついに顔面にまで攻撃は及んでいた。アーニィの顔は面白い位にぼろぼろになっている。

「ぶっ!! べほっ!!」

 アーニィはなすすべなく、殴られ続けていた。もちろん、逃げるすべが何もないからだ。もう、意識が無くなりつつある。それまでに何か抜け出す策を考えつかなければ、と思いつつも、身動きが取れなく、しかも絶え間なく激痛に襲われるせいか、思考がちっともまとまらない。

 このまま、殺されてしまうのだろうか。

 そう思ったときだった。眼鏡を失い、ぼんやりとかすんでしまった視界の端、ちょうどジュリアの後方の高い位置からジュリアの頭の辺りに向かって、飛んでくる何かを見つけた。それがぐんぐんと速度を上げながら、近づいてくる。

 ぼんやりとした視界でも、それが人であることにアーニィは気が付いた。

「しかも! 勝った気になって!! 調子に!!! のべっ!!!!!」

 だが、気が付いたからと言って、それをどうすることもできなかった。忠告もできなかった。そのために、それはジュリアの背中に見事に命中した。

 ジュリアが倒れ込む。からん、と槍だったものを手放し、転がる音が空しく響く。アーニィの目には、ジュリアが倒れ込むのがスローモーションのように見えた。どんどん彼の顔に近づいてくるのは、ジュリアの豊満な胸だった。

 むぎゅり、とアーニィの顔がジュリアの胸に押しつぶされる。勢いがあったために、鼻頭に激痛が走るが、なんとも幸せな、莫大な包容力に包まれたような、嬉しい柔らかさがアーニィの顔を包み込んだ。

「いっつ~~~、何すんのよ!! っていうか重い!!!」

 アーニィの頭頂部の辺りで、ジュリアの怒号が響いた。胸に顔が触れていることは、あまり気にしていないらしく、突如背中に飛び込んできた人間に怒りをぶつけている。胸を見られただけでかなり怒っていたんだから、事故とはいえ顔を埋めたとあっては、本当に殺されてしまうのではないかと思ったから、アーニィは内心少しほっとしていた。

 だが、その安心感も突然の声に、驚きに変った。

「む。誰だお前は。危ないじゃないか」

 尊大な態度が良く表れている、凛とした声。押しつぶされているアーニィはそれだけで、落ちてきた人間に気が付いた。

 とすん、とジュリアの背中が軽くなる。やっと降りてくれたらしい。

「危ないって……上から急に落ちてくるアンタの方がよっぽどあぶな……って、あー!!!!」

 体を起こしたジュリアが、背中に落ちてきたそいつを目にして、大声を上げた。

「と、トヨ……」

 ぼんやりとしか見えていなかったが、長い黒髪に、袖の無い服から見えている腕の色は褐色。服装こそ変わっているが、そいつは間違いなくトヨだった。

「ん、アーニィじゃないか。こんなところで何をしている」

 それはこっちのセリフだ、とアーニィは思う。彼は手で近くの地面を探り、メガネを見つけ、かけ直す。強盗殺人容疑を掛けられても、この少女ならばぴんぴんしていることだろうと思っていたから、クリアな視界でトヨの姿を見ると、彼女はところどころに切り傷を負っていて、血を流していているのに驚いた。まだ、固まっていないところを見るに、かなり新しめの傷らしいと分かる。

「トヨ、お前その傷だらけじゃないか」

「アーニィだってボロボロだぞ」

 二人の間に、妙な空気が流れる。昨晩喧嘩したことを二人は思い出していたが、ボロボロのお互いの姿を見ると、そんなことは忘れて、お互いを心配していた。

「……なにアタシのこと無視してんのよアンタら!」

 そんな空気の中で、ジュリアが自らの存在感を取り戻すように声を上げた。

「む、アーニィ誰だコイツ。知り合いか?」

「あ、アンタ! まさかこの私を覚えていないって言うの!! キーッ!! 美人で有名な山賊女王のこのアタシを……」

 と、ジュリアが何かを言いかけた時に、ふと、トヨが何かを思い出したように口を開いた。

「お前たち、そこにいると危ないぞ」

 ふぇ、と二人は素っ頓狂な声を上げる。「わ!」とそれを見たアーニィはさらに声を上げる。

 ジュリアも、彼が視線を向けている後方を見た。ちょうど、彼女の頭上。トヨが落ちてきた方角だ。ジュリアもそれを見るとさすがに「げ!」と自称美人には似つかわしくない声が漏れてしまう。

 かなり近づいていたため、二人は一斉にその場から離れた。ずどん、と二人が先ほどまでいた場所に、トヨの武器、エンシェントが見事に突き刺さっていた。

「なんでお前の剣が空から落ちてくんだよ!!!」

「なんでアンタの剣が空から落ちてくんのよ!!!」

 九死に一生を得た二人は、怒号に似た叫びでトヨを問いただす。

「投げたからだ。それも分からんのか」

「分かるか!!!」

 トヨの返答にも、二人は同時に反応した。

「ったく、ホントにこの二人はアタシをコケにして……」

 ジュリアはトヨの反応に怒り心頭だ。アーニィはそう言えばこんなわけのわからない奴なのだ、とちゃっかり受け入れている。ともかく、トヨに出会えて一安心と言ったところなのだ。

「なぁ、アーニィ。私はアイツに何かしたのか?」

 トヨは、相変わらずマイペースだ。

「あー、説明するとアイツも怒りそうだし、もう覚えていないならいいか」

「よくなーい!!!」

 ジュリアは青筋を浮かべて、かなり苛立っているようだが、すぐには攻撃をしてこなかった。武器も壊されてしまった上で、トヨと戦うことはできないと判断しているからだ。だが、このまま逃げることも考えてはいなかった。

 そんなことはさておき、アーニィはトヨの腕を見る。

「大丈夫か、その腕」

「お前こそ、顔中ボコボコだ」

「いいんだ。これはすぐ治る。そっちは血が出過ぎてる。止血はしないのか?」

「む……そんな暇はなかった。それに、血を止められそうなのは服しかない。これを脱いで止血をしたら、またアーニィは怒るのだろう?」

 トヨが、所かまわず脱ぐことを止めた。アーニィが昨日、いろいろと言っておいたからだろう。恥じらいを持ってくれたわけではないようだが、そんな風に素直に言うことを聞いてくれて、胸の内がぽっと、暖かくなる。

「トヨ……」

 嬉しさに、顔がほころんだ。

「ほころんだ、じゃなーい!!! 何アタシのこと放置してくれてんのよアンタらは!!!」

 和やかな雰囲気を醸し出している二人に、ジュリアも止めどない苛立ちを爆発させた。もういい加減にどついてやろうか、そう思って槍だった棒を再び手につかんだ時だった。

「!? な、何よアイツら」

 ジュリアの視界に、真っ黒い人型の何かが映った。不気味な人型は三体。それだけでも何かの見間違いかと思いたいのに、それが壁際から生えてきたように見えたのだから、自分の目が本当にどうにかなったのかと思ってしまった。

「やはり、まだ追って来ていたか」

「まさか……トヨ、あいつらと戦っていたのか?」

「ああ。屋根の上で戦ってたら、落とされた」

 だから落ちて来たのか、とアーニィは心の中で納得する。が、そんなことをしている場合ではない。影は、刻々とアーニィ達に近づいて来ていた。

「気味悪いわねぇ。ま、アタシには関係ないからここら辺で逃げさせてもらうわ」

 くるり、とジュリアが振り返る。

「……無理だぞ」

 だが、振り返った先には、また新たな影たちが現れ、道を塞いでいた。トヨの言う通り、ジュリアにも、ここに居る誰にも逃げ出すことは無理らしい。

「アンタ、余計なもん連れてきたわね……」

 ジュリアが、棒を構える。

「む。お前は余計なことをしなくていい。知らない奴の力を借りるほど、私は弱くはない」

「だから、なんでアタシのこと覚えてないのよ!!」

「とりあえず、二人とも伏せろっ!」

 トヨの一言を合図にするかのように、影たちが一斉に三人に襲いかかった。

「アタシがアンタの言うこと聞く義理なんて……」

 ない、と断言したかったが、トヨが背後に回すように、エンシェントを振りかざすのを見ると、自分達の頭上目がけて大剣を振り抜くのだと分かり、ジュリアも、アーニィも頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 ぶおん、と空気を真っ二つに切り裂くような音が二人の耳を掠める。トヨは少し飛び上がり、エンシェントを最大限の長さに伸ばしながら一回転していた。白銀の刃に触れた複数体の影たちは切り裂かれ、音もなく地面に落ちる。

 しゃがみ込んだ二人が地面に落ちた影を見てみると、腰から上と下で、真っ二つになって、地面に転がっていた。

「うっはー、酷い事するわね……」

「山賊のお前が言うかよ」

 ともかく、前方と後方を見て、自分たちを襲った相手が全滅したことを確認すると、二人は立ち上がった。

 二人はなおも、奇妙な黒い人型だったものを見続けていた。血が出ていない。それに気づくと、これが生き物でもなんでもない、異形のものだと気付き、怪訝そうな顔をする。

「なぁ、トヨ、こいつらなんなんだよ」

「知らん」

 まぁ、そう答えるだろうと、アーニィの予想通りの答えだった。それならば、こんなおかしなことを起こすものは一つしかない。アーニィは質問を変えて、再度トヨに尋ねる。

「妖刀が関わっているのか」

「む」

 こくり、とトヨが頷く。トヨ自身は、その確固たる証拠を得てはいないのだが、妖刀関連のことに間違いないとは確信していた。

「あ! ちょっと、見てみなさいよ!」

 ジュリアが指をさす。先ほどトヨが倒した奴らが、地面に溶けていくように消えていく。

「消えちゃった!? なんなのよアイツら!」

「だから知らんと言っているだろう。人の話はちゃんと聞くがいい」

 いや、お前が言うなよ。と喉から出かかったのを、アーニィは噛み殺した。ぎぎぎ、と歯ぎしりをしながら、ジュリアがトヨを睨みつけているのも気にかかるが、それよりも、トヨに聞いておきたいことがあった。

「トヨ、お前、まさかムツキの爺さんを殺してないだろうな」

 重たい口調で切り出してみるが、トヨはふん、と鼻で笑いながら、

「殺すわけないだろう。むしろ、生きていた方が良かった。あいつが生きていれば、すぐにでも妖刀を壊せたろうに」

 トヨは、嘘を吐くような奴じゃない。素直な子だと思っているからこそ、アーニィはほっと息を吐いて、彼女の言葉を信じた。

「じゃあ、こいつらが犯人なのかな」

「なんじゃないか?」

「これまたふわふわした答えで……。まぁ、こいつらもひとまず倒したし、当面の問題は解決かな」

 アーニィは完全に安心しきっていた。

「……いや、それにはまだ早いぞ、アーニィ」

 だが、そんなアーニィへ、トヨは厳しいことを言う。彼女は再び、剣を構えていた。トヨは知っているが、アーニィ達はただこの影を倒しても、何の意味がないことを知らないのだ。

 トヨが一心に見つめる先に、また影たちが現れていた。

「な、何体いるんだよこいつら!」

 影は十人ほどいる。その人数をトヨ一人でさばききれるのか、アーニィは不安だった。自分自身の剣を抜いた。

「なんなのよ……得体のしれない奴らと戦っちゃってさ……」

 ジュリアは後ずさりする。自分自身には関係ない。ジュリアはそう思いつつ、後ろを振り向いた。影たちはいない、しん、と静まり返った一本道の路地が続いているだけだ。

 逃げるなら今のうち。体を反転させれば、すぐにダッシュで逃げよう。そう決心していた。

 けれど、彼女の視界の端に、地面をうごめく円形の影を捉えた。それは、トヨの背後でぴたりと止まると、人の形となって、ぺりぺりとはがれるように、立ち上がり、立体的な真っ黒な人型になった。

 しかも、影は手にしているカタナを振り上げている。

 トヨは振り向きもしない。まさか、気が付いていないのだろうか、とふとジュリアは思う。こんなところで、トヨは殺されるのか。小生意気なあのチビは、自分自身の手で殺したい。だからこそ、山を下りて、わざわざアイツを追いかけてきたのだ。

 気が付くと、手にした棒を両手で握り、トヨの背後にいる影への脳天へと叩きつけていた。

 ごっ、と鈍い音がする。手に伝わる感触は、紛れもなく人の脳天に鈍器を当てた時のそれと全く同じであった。

 音も立てず。影は崩れ落ちた。影が退くと、振り向いてジュリアを見ているトヨと目があった。

「……チッ、後ろにいるのくらい、気付きなさいよ」

「ん? なんだ、協力してくれなくとも、何とかできたのに」

「いちいちイラつくこと言ってくれるわね、アンタは」

 助けてやった、というのに、トヨは相変わらず、感謝の言葉も口にしない。やっぱり、助けない方が良かったかしら、とジュリアは頭の片隅で思った。

「おい! 来るぞっ!」

 アーニィの声に反応し、前方を見ると、影たちが一斉に襲いかかって来ていた。

「私一人で大丈夫だ」

 突進してくる影たちへ、トヨも突撃する。大剣の攻撃範囲内に到達するや否や、横に構え、水平に振り抜いた。

 殆どの影が、その一撃で、真っ二つに切り裂かれる。しかし、全ての影を倒せたわけではなかった。三体の影が、トヨの攻撃をジャンプして避けていた。

 影たちはそれぞれに飛ぶ方向が違う。一体は真上に、一体は右側に向かいながら飛び、一体は左側に向かいながら飛んでいる。三方向からの挟撃をかけるつもりのようだ。

 一気に回転しながら剣を振れば、一掃できるかもしれない。それでも、トヨは真正面にいる、真上にジャンプした影だけに狙いを定め、縦に大剣を構えていた。

 トヨの耳に、後方からの足音が届く。それが近づいてくるのに合わせ、トヨも剣を振り下ろした。

 ずばっ、と爽快な音が聞こえそうなほど、影が真っ二つに断ち切られる。振り下ろしたエンシェントを持ち上げ、トヨが振り返ると、左右から攻撃を仕掛けてきた影たちを、ジュリアとアーニィが、一体ずつ倒していた。

「む、手を貸さずともいいと言ったであろう」

「体が勝手に動いたのよ。アンタを助けるためじゃないわ」

 ジュリアは、影の頭部に叩きつけた棒を片手に持ちかえる。ぷい、と顔をそむける彼女は、あまり素直ではない子に違いない。そうアーニィは思いながら、背中から抜き出していた長剣を、再び鞘に納めた。

「変わって俺から礼を言うよ。ありがとう」

 さっきまでぼこぼこにしていた相手に言うのも変だが、と思いつつも、トヨを助けてくれたのも、敵を一体倒してくれたのも事実だ。

「アンタよりも、アタシはこっちに礼を言ってもらいたいんだけどねぇ」

「む、恩着せがましいな。性格悪いぞお前」

「アンタよりよっぽどいいわよっ!!」

「はいはい、いがみ合いはその辺にして、今のうちに逃げよう」

 アーニィの提言に、トヨは首を振った。

「アイツらはどこででも湧いてくる。逃げたところに意味はないぞ」

「虫みたいなやつらね」

「素直に死んでくれるだけ、虫の方がいい」

「アタシは嫌よ、虫なんて。足がいっぱいあるなんて、気持ち悪すぎるわ」

「あーもう! 二人ともそんなこと言ってる場合じゃないっての! 今なら逃げ道に敵はいないんだから……」

 アーニィは目線を、路地へと続く方へと向ける。そこには影はいなかった。ただ、影以外のものがそこに立っていた。茶色のローブを被り、しかもフードまで被っている、実に不可解な格好をした人間だった。

「な、何だアイツ?」

 つられて、二人もその人物を見る。すぐに、トヨが剣を構えた。

「……アイツからも感じる」

 男の格好から、纏う雰囲気から、明らかに異常なものを、アーニィも感じ取る。アーニィはまさかと思い、トヨに尋ねる。

「妖刀か!?」

 こくり、と言葉もなくトヨが頷いた。

「あー! 次から次へと変なのが湧いて出てくるわねー!! 何よこいつ! もういい加減にしてよ! アタシはさっさとこのチビを殺したいってのに……」

 ジュリアにしてみれば、何が何だか分からない奴が、また増えたと言うだけだ。それでも、山暮らしの中で幾度となく死線を潜り抜けてきたせいか、妙に冴えわたっている勘が、こう告げていた。この男はできる、と。

 男がゆったりとした動きでフードを外した。逆立った漆黒の短髪に、色素の薄い肌。顔は堀が深く、眉毛が無い。細く鋭い目つきは、昔話に出てくる悪魔のようで、簡単に言えば、悪人顔だった。

 悪人顔が、大きな口を開いた。

「ああ~、心配で心配で来てみれば、やぁっぱり倒し切れてないじゃないか! あいつらで倒し切れないだなんて、かなりできる奴らだ! だぁから俺はここでこいつらを殺しておくべきだと言ったんだぁ、確実性を考えるなら、絶対にそうした方がいい!」

 男は、大げさに肩を落としながら、涙声で、独り言のように叫んだ。

 こいつは本当に変な奴だ。三人は同時に思った。


ども、作者です。何とか火曜日に間に合いました。

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