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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
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追跡者

「や~、外の空気ってなんておいしいのかしらね~」

 よいしょ、とゴミ箱の中から出てきたジュリア。胸元のポケットから香水を取り出し、それを自分の首元に吹きかけながら気持ちよさそうな顔をする。

 甘い匂い、ではあるが、強烈な匂いで、嗅ぎ慣れてはいないアーニィは渋い顔をする。折角外に出て爽やかな空気の中に出られたというのに、鼻に付くキツイ香を嗅がされては、ゴミ箱の中に居ても、外に居ても変わらないじゃないか。

「何よその顔は~。アタシに助けてもらわなくっちゃ、アンタは確実にパクられてたのよ? ちょっとは感謝しなさいな」

 不満そうな言葉だが、ジュリアはケタケタと笑っていた。恩でも着せようと言うのか、それとも今の状況を愉快に楽しんでいるだけなのか。ただ、アーニィにとってはこの女が不可解なことに間違いはない。

「助けられたのは事実だけどさ、アンタに素直に感謝するのはどうしても癪だぜ」

 そもそも、山をねぐらにしていたはずの山賊がなぜこんなところにいるのか、アーニィはそればっかりが気がかりだった。

「どうして、俺を助けたんだ?」

「困っている人を見かけたら助けようって、人間なら誰でも思うことでしょ?」

 ジュリアは一層ケタケタと笑う。

「うっそくせ~」

「人を疑うだなんてひどーい! 助けて損したじゃないの」

 いったい、どの口が言うのか。人を騙し、人を困らせて金品を奪い取る山賊の女はガツン、と傍にあるゴミ箱を八つ当たりをするかのように蹴りつけた。石の箱だったが、ずずず、と僅かに動く。箱が動いた背後には、三本ほどの棒のようなものの端がちらりと見えており、箱の下の地面には、人の頭位の穴が掘られていた。

 その穴へとジュリアは手を突っ込む。何が目的か分からないその行動にアーニィは警戒し、腰に携えてある二本の剣に手を当てる。

 ジュリアがすっ、と穴から手を取り出したのは、布の袋だった。アーニィが目を凝らしてみると、袋は中に何かを詰め込まれているのか、角ばったものが、袋を尖らせている。

「これが無事でよかったわ~。ここの連中捜査がザルすぎんのよねぇ~」

 ジュリアが袋を掴んでいたのとは逆の方の手を動かす。すると遠くで、きぃ、という音が鳴った。音の方を見てみると、あの高い壁に設置された扉が開いていた。あれを見て、兵士はアーニィが住居の奥へと逃げたのだと勘違いしたのだろう。

 まさか、と思ってジュリアの手元をよく見てみると、日光をきらりと反射している、細長いものが見えた。それは糸だった。注視しなければ見えないほどの糸。それが、ジュリアの手元から、扉へと伸びている。ジュリアが手を振ると扉が動く。つまり、兵士を撒いたのもジュリアのおかげという訳だ。

「用意周到な奴だ」

 アーニィはジュリアによって助けられた。だが、こんなことを用意していたのも自分を助けるためではないだろうとも彼はよく分かっていた。もう一度、ジュリアの持つ袋に目をやる。

「何よ、これはアンタには関係ないでしょ?」

 ジュリアはアーニィの目線に気付き、ファーの付いている袖の無いジャケットの内ポケットへと袋をしまった。相変わらず愉快そうな顔をしてはいるが、袋への注視は嫌がっているような態度だ。

 態度、それからジュリアが山賊だと言うこと、それを考えるとアーニィの頭の中に、おのずと中身の答えが浮かんだ。

「その袋の中身、宝石だろ」

 ジュリアは一瞬目を丸くするが、すぐに笑顔になってぱちぱちと拍手をする。

「正解正解!」

 女の子らしい、可愛げのある態度だ。しかし、それだけならばただの明るい女の子の言動だっただろう。けれど、この女は普通の女なんかじゃない。

「それも、さっきの香水も盗品だろ。ったく、どこからかっさらってきたんだ?」

「また正解! すっごーい、良く分かってんじゃん眼鏡~」

 ジュリアはまたケタケタと笑い声を上げる。それがアーニィは嫌に不気味に感じる。こんなに笑いながら、この女は盗みや殺しを働いて来たのだろう。この笑顔は誰かの不幸の上に立っている人間の笑顔だ。

「じゃあ、もう一つおまけに言い当ててやるよ。お前、兵士に追われてたんだろ」

 アーニィがびしっ、と指摘する。笑い声はぴたりと止んだ。

「俺が兵士から逃げているときに、前の大通りからも兵士が大勢出てきたんだ。おかしいと思ったぜ。兵士がぞろぞろと固まって動くときは何かしらの事件があったときだ。おそらく、もう一つの事件があったんだろ。お前が起こした窃盗ってのがな」

「そうそう。すごいねぇ~アンタ。その眼鏡は知的な証拠かしら? ヘマしちゃってさ~、で、ここの隠れ家に逃げ込んできたわけ。そこにアンタがやって来たから助けてあげたのよ」

 アーニィの推理を聞き、ジュリアはにたりと笑った。無邪気な笑顔ではない、不気味な笑顔を浮かべて、アーニィを見据えている。

「本っ当に勘がいいわね。それなら、アタシがアンタを助けてやった理由も分かるかな?」

「さぁな。そんなこと分かるわけ……」

 アーニィが言いかけたとき、ジュリアが動いた。ゴミ箱の裏にある棒状の物を手に取る。少し短めの三つの棒。ただ、そのうちの一つの先端には刃が取り付けられている。

 アーニィはジュリアと前に出会ったことを思い出す。トヨと戦っていた勇ましい彼女の姿を。彼女の持っていた得物のことを。

 思い出した途端に、ジュリアの持っているものの正体に気が付いた。がしゃん、がしゃんと留め具を合わせると、ジュリアの持っていたものが一本の槍へと姿を変えた。

 アーニィはとっさに剣を抜いた。しかし、それよりもジュリアの槍の切っ先がアーニィの首元に到達するのが早かった。剣で防ぐこともできず、両手に持った二本の剣が目的を失って停止している。

「分かんないの? それなら質問を変えてあげる。私がここに来た理由は分かるかしら?」

 もう、ジュリアの顔に笑みはない。いつでも喉笛に刃物を突き立てられる、冷徹な殺人者の顔だ。

「……俺達を追って来たってのか?」

 盗みだけが理由ではない。それでは、自分を助ける理由を見いだせない。アーニィの答えに、ジュリアは満足げに頷く。

「そう、正解」

 まだ槍は喉に刺さっていない。いつでも殺せるような状況でこんなことをするときの相手の意図は何か。それは尋問だ。

「……何か、まだ俺が言い当てることでも残ってるのか?」

「こんな状況で良くもそんな皮肉っぽいことが言えるわね。変に肝の座ってる奴」

 まー、いいわ、とジュリアは続ける。

「聞きたいことがあんのよアンタに。あのちっこい女、ドコ?」

「……狙いは、トヨか。どうしてアイツを?」

「勘がいいんだからそれぐらい自分で考え……いや、やっぱいいわ。前のことなんて思い出さずに、今すぐあのチビのことを教えなさい」

 ジュリアの歯切れの悪い答えに、アーニィは引っかかった。この前に何があったのだったか。

 確か、ジュリアはトヨと戦って、かなり善戦していた。槍は剣には有利に戦える。ただ、それは圧倒的なリーチの差があってこそだ。有利に戦えるのは普通の剣を相手にしたときのみ。トヨの規格外のロングリーチの大剣、エンシェントの前には有利に戦うことはできず、結局は破れてしまった。その幕切れは……。

 アーニィは、はっとする。トヨとジュリアとの戦いは、実にあっけない幕切れだったのだ。つい昨日もトヨが素晴らしい光景を見せていたものだから、アーニィはすっかりと忘れていた。

 アーニィはトヨのもの以外にも、明るい太陽の下にさらされた、女性の肌を目の当たりにしていた。それが紛れもない、目の前にいるジュリアの上半身だった。

 喉笛に槍を突きつけられながらも、目線が凄みを利かせた表情のジュリアの顔からアーニィの目線は下がっていく。ジャケットのファーに正面以外を囲まれた首、ジャケットの間から見えている鎖骨、そして、さらしのような黒い布で寄せられたトヨの何倍もある大きな胸。それが作る縦に伸びた谷間。

 ごくり、とアーニィが喉を鳴らす。そうだ、これが、この巨乳が白日の下に晒されたのだ。拘束から解き放たれ、自由になったことを喜ぶかのように揺れた、形のいい双丘をアーニィは思い出していた。

 得てして、このようなことを想像している男の表情と言うものは、マヌケと表す以上に適切な言葉は無い。男である以上、アーニィも間抜けな顔を晒さずにはいられない。

「頭の中ではさ~ぞ素晴らしい光景が浮かんでいるんでしょうね~」

 もちろん、目の前にいるジュリアは、アーニィの呆けた表情を見逃すことはなく、何を考えているのかも、熱視線から丸わかりだった。

 アーニィがジュリアの言葉で我に返る。ぱちくりと一度瞬きをして、目線をジュリアの顔に戻す。

 そこに、鬼がいた。尋常ではない怒りが、ジュリアに鬼のような表情を可能にさせていた。彼女の形相に、目をぎょっとさせる。

「頭ん中で人のおっぱい想像して、揉みしだいて、挟みまくって、舐めまくって、散々弄ぶんじゃないわよ!!!!」

 いやいや、それは被害妄想が激しすぎる、というかあまりにも具体的かつ飛躍しすぎているぞ!! とアーニィが突っ込む暇さえなかった。

 刺される! アーニィは瞬時にそう思う。が、ジュリアはすぐにそうしなかった。いつでも喉笛を刺せるような状態であったのにも関わらず、ジュリアは槍を一旦引いた。

 槍でハチの巣になるくらい突き刺しまくって、苦しめて苦しめて、じっくりじわじわとなぶり殺しにする、ジュリアはそうするつもりだった。それは、顔にも表れている通りの怒りと、アーニィのことを戦える奴ではないと見くびっての行動だった。

 だが、その一瞬をアーニィは見逃さない。訪れたのはピンチではなくチャンス。すぐにアーニィは手にした剣をかざす。

 きぃん、と剣と槍の刃が触れ合う。それと同時に、アーニィは力の限り槍を押しのけ、弾いた。ジュリアはそのアーニィの一瞬の行動に、目を丸くしていた。状況を即座に判断し、行動に移すこともできるとは思ってもいなかった。

 防がれた槍は弾かれ、的であるアーニィからわずかに逸れていた。すぐに引いて体勢を立て直し、二回目の攻撃を入れたいところだったが、勢いの付けた突きは、弾かれてしまった反動を受けている。完全に相手を刺した際に逃さないようにしっかりと柄を握り、両手を伸ばし切っていた。

 相手は剣士だ。だから、懐に潜り込まれさえしなければ攻撃されることはない。その安心感と、油断が、一撃に力を籠めさせていた。弾かれたせいで、体の正面を相手に向けている、大きな隙を生んでしまっていた。

 アーニィの足が動く。飛び込まれるとジュリアは覚悟していた。けれど、足の動いた先はジュリアの前方に向かっている。つまり、アーニィは後退したのだ。

 こんなところでドンパチやり合うつもりは、アーニィには毛頭ない。むしろ、剣のブレードをすり減らしてしまいかねない行動は、できるだけ避けていたいと考えていた。そしてたどり着いた結論は、逃げること。剣マニアとしての矜持を貫くためにも、優先すべきは自分の命と剣だった。

 ただ、その行動は訪れたチャンスをピンチに変えてしまう愚行だった。

「逃げようだなんて調子のいいこと考えてんじゃないわよ!!」

 だん、とジュリアは地面を強く蹴りつけ、駆け出す。ちょうど、アーニィが方向転換をしようとしていた時だ。ジュリアはたった数歩駆け出しただけで、アーニィを槍の射程距離に入れる。

 ジュリアの二回目の攻撃が迫っているのを、アーニィは目にする。再びアーニィは剣で攻撃を防ぐ。が、触れた直後に槍は引かれ、弾くことができなかった。槍が引かれている間に、ジュリアは移動し、アーニィの右側に併走していた。すかさず、次のジュリアの攻撃がアーニィへと向けられる。それも難なくアーニィは防ぐものの、弾くことはやはりできなかった。ジュリアに隙を生じさせるのはできない。そう察すると同時に、アーニィは急停止した。

 ジュリアが、アーニィの目の前に、ここから逃げられる唯一の退路の一本道を塞ぐように仁王立ちしていた。

「さ、これで逃げられない……ってね!!!」

 ジュリアが槍を構え、攻撃の態勢を取る。ぎらりと光る銀の槍先が、アーニィ目がけて突き出される。アーニィはそれを剣で防ぐも、やはり槍はすぐに引っ込む。だが、それだけでは終わらずに、さらにもう一撃が畳み掛けられる。

「くっ……」

 きぃん、きぃん、と何度も何度も鉄が触れ合い、火花が散る。ジュリアの高速の槍の連撃に顔をゆがめる。二本の短剣でさばき続けてはいるが、ジュリアは連撃をしつつ、じわりじわりと距離を詰めており、アーニィは徐々に後退させられていた。このままでは壁に押しやられ、逃げ場を失ってしまうし、剣も刃こぼれしてしまう。一撃一撃を確実に防ぎながらも、彼はピンチに立たされていた。なんとか、うまく抜け出す手段を講じなければならない。

 ジュリアは、油断を完全に拭い去り、本気でアーニィを殺してしまうつもりだった。連撃で隙を作り出して、そこを素早く突く。有利である槍を使っている以上、彼女に分があるのは間違いない。ただ、全ての攻撃を確実にさばかれている現状は予想外だった。壁際まで追い込めば、と思いながらも、アーニィがいつ、抜け出す策を思いつくかは分からない。できるだけ早くとどめを刺さなくては、と焦っていた。

 そして、その瞬間が訪れた。アーニィにそう簡単に隙はできない。そう判断したジュリアが行動に出る。

「いい加減に、死になさいっってーの!!!」

 渾身の一撃がくる。アーニィは彼女の叫びからそう判断した。これを防げば、再び弾いて、ジュリアに大きな隙を作らせることができる。

 槍が突きだされる。弓矢のように、空気に穴を開けるかのごとく、素早い突きだった。勢いのついた威力の高い突きに間違いない、アーニィは攻撃の来る位置を予測して、二本の剣を重ねあわせ、防御の構えを取る。槍の狙いは、喉の辺りだった。

 が、構えた剣に、衝撃は届かなかった。槍は、剣の丁度手前で停止していた。

「かかったわね、フェイントよ!!」

 アーニィが停止した槍を目にしたときには、既に槍がわずかに引かれ、次の攻撃に映っていた。槍の狙いは、アーニィの腹部だった。

「いっけえええええ!!!!」

 罠にかかった。これならば間違いなく、アーニィに攻撃を食らわせられる。ジュリアは雄叫びを挙げ、勝利を確信する。

 しかし、ジュリアの行動を見たアーニィはいたって冷静だった。驚き一つ見せず、むしろにたりとも笑っているほどだ。

「バカはお前の方だ!!」

 アーニィは槍が到達する前に、地面を蹴りつけ、後方に飛び退いた。槍はアーニィを捉えることなく制止する。アーニィは槍が届かない位置まで後退していた。

「防御向きの二刀流の奴がよ、たった一か所に攻撃する武器に対して、両方の剣で守るだなんて、変だとは思わなかったのか?」

「わざと隙を作って攻撃を誘導したってわけね……ちょっと、焦り過ぎちゃったてわ。反省反省。でも、後退したのは失敗だったんじゃないの? 踏み込んで来れば、私に一撃食らわせられたかもしれないのに」

 ジュリアの言う通り、攻撃の誘導に成功したのならば、そこで攻め入れば、ジュリアには確実に隙が生まれていたことだろう。そこを突いて、攻撃することはできたのかもしれない。だが、アーニィはそれを自ら拒んだ。左右にも避けることはできていただろうし、避けてすぐに懐へ飛び込むことは可能だった。アーニィはふぅ、と息を吐きながら、片方の剣をしまった。

「俺は人を切るのは嫌なんだ。剣が血で汚れるし、骨にまで触れたら確実に刃こぼれする。それだけは、絶対に許せない」

「……変な奴。かっこつけてるつもりなの? 全然かっこよくない。というか理解しがたいんですけど」

「るっせぇ! これが俺のポリシーなんだよ!」

「バッカみたい。まぁ、いいわ。言っとくけど、アタシは死なない限り、アンタをここから逃がすつもりはないわ」

「殺さない限り逃げられないってか。いーや、俺はお前を殺さずにここから逃げ出してやる」

「できるかしら?」

「できるさ。俺にはこいつがあるからな!」

 アーニィは新たに剣を抜く。腰にさした鞘から抜き出すと、ずしり、と右手に重量がかかる。他の剣よりもはるかに重たい短剣を、ジュリアに向かって付きつける。

 ジュリアはその剣を見ると眉をひそめた。

「何よ、その変な剣。アタシを舐めてんの?」

 まるで斬る、という剣の能力を捨ててしまったかのような、ブレードの太い剣。ジュリアの目には新しいものであり、実に奇天烈なものとしか思えなかった。アーニィが手にした県は先ほどアーニィが購入した鈍剣だった。

「本気も本気さ。こいつさえあれば、お前から逃げられるんだよ」

 自信満々の表情で告げるアーニィ。これはコケにされているのだろうか、とジュリアは思う。

「いや、絶対にバカにされてるわコレ。はぁ~、イライラするぅ……。絶対に殺してやるんだから!!」

 ジュリアが槍を構え、距離を詰める。目は本気だ。もう一切の手加減も油断もしない、その意思を宿した、恐ろしくもまっすぐな目をしている。それを迎え撃つアーニィも、両足をしっかりと踏ん張って、二本の剣を構える。

 槍の届く範囲に来ると、ジュリアは連続で攻撃を繰り出す。アーニィはそれを先ほどまでと同じ要領でさばく、が、今度は一歩も下がらない。ここで蹴りを付けるためにも、もう引き下がれなかった。

 一撃一撃を剣で合わせる。狙いを付けられた攻撃の位置を、瞬間で判断し、剣を合わせて動かす。これまで通りの防御方法である程度は防ぐことができた。

「今まで通りにはいかないわよ!!」

 ただ、それはジュリアの攻撃に変化が現れ始めるまでだった。

 ジュリアの槍が、ななめに構えられる。狙いつけたのは太ももの辺りだった。それをすぐに判断したアーニィは剣を動かす。が、槍が突きだされた予想通りの位置に攻撃が来たが、剣に手ごたえは来なかった。

 再度のフェイントだった。すぐに次の攻撃がくる、が、喉の辺りを狙ったジュリアの突きに、もう片方の剣を合わせる。が、またしても槍と剣は触れ合わない。さらなるフェイントののちに、三度目の攻撃が放たれた。

 次はフェイントか、それとも攻撃か。アーニィは瞬時に選択を迫られる。また防ぐか、それともフェイントと見越し、次の行動に移るか。避ける訳にはいかない、避けてフェイントならば、隙を突かれる。ならば、防ぐしかない。

 アーニィは決断した。しかし、その構えは、これまでの構えとは違い、剣の面を槍の先に向けている。さらに、それだけでは終わらない。

 アーニィは、剣の面を槍に向けたまま、ジュリアへ向かって大きな一歩を踏み出した。

 ジュリアは驚いた顔をする。既に差し向けた槍の先は、構わず突進する。フェイントのつもりだった。フェイントは常に同じ位置で制止するように、適切なポイントで腕に力を籠めて制止させ、即座に引っ込めるというやり方だった。相手を騙すためには、途中で速度は落とせない。途中までは本気の突きでなければならない。しかし、その停止地点より前に、アーニィは踏み込んできた。

 すぐには止められない。槍と剣がついに衝突した。アーニィはその衝突の前にも、さらなる行動をとった。槍の切っ先ではなく、逆Vの字になっている一辺にぴたりと合うように、面を傾ける。そして、触れ合ったと同時に、力強く押した。

 槍が、わずかに斜めに逸れる。アーニィはその槍の傾きに合わせ、体を僅かに回転させる。

「これで、終わりじゃないわよ!!」

 ジュリアも、この状況は予想外であったが、まだあきらめてはいない。槍の刃は、横なぎに振れば、アーニィに当てることは可能であった。切っ先を当てるよう、半円を描くように槍を振るう。

 ただ、それよりも早くに、アーニィは次の行動を取っていた。それこそ、アーニィの狙いの行動。大きく一本の剣を振りかぶる。その剣は勢いを付けて、近づいてくる槍の先を目がけて振り下ろされた。

 がきん、と金属同士が触れ合う音がする。両者の手にしびれが走る。武器と武器が衝突し合った。力の限りを尽くした一撃同士の衝突の威力はこれまでとは違う衝撃を、武器の持ち主にも与えていた。

 ジュリアの目には、槍に向かって剣を振り下ろしたアーニィが見えていた。衝突で、ジュリアの攻撃は勢いを失いってしまった。

 受け止められた。だが、まだ次の攻撃をすれば……、そう思ったときだった。

 きらり、と目の前に鈍く輝く銀色の金属が目に入った。それは高いところから落ちて来たのか、くるくると回って、重力に引かれている。そして、地面に落ちて、からん、と音を立てた。

 ジュリアは驚愕をあらわにしていた。声も挙げず、地面に転がるそれをただただ見つめている。

 落ちてきたのは槍の穂、先端部分の刃だった。まさか、と思い槍を引くと、最先端は、穂と柄の付け根である、口金しか残っていない。口金は名前の通り金属でつくられ、槍の穂をはめる部分だ。槍の穂にはお尻の部分に、それこそ尻尾のようにまっすぐ伸びた、口金に差し込む部分がある。抜けてしまわないように、という工夫だ。

 ジュリアが口金の先端を見てみる。先端は斜めに傾斜している。木の枝をナイフで斜めに切り落としたときのような、綺麗な切れ口だ。中央にはまだ、槍の穂の一部だった、口金に嵌める部分が残っている。そこはちょうど、アーニィの剣と触れ合った部分だ。

 つまり、あの眼鏡の男は、アーニィは、金属製の口金と槍の穂を、同時に切り落として見せたと言うことだ。

 アーニィは剣を振り下ろした体勢のままでいたが、ふぅ、とほっとしたような息を洩らすと、振り下ろした剣を上げて見せる。それは、ジュリアが変な剣と馬鹿にした、鈍剣であった。

「ふぅ~、さっすが鈍剣だぜ。普通に使う分には切れ味は無いけど、勢いをつけて斬りつければ、重さもプラスして鉄でも切り落とせる。ん~~~! 良い剣だ!!」

 大変、嬉しそうな表情で、アーニィは鈍剣のブレードを改めるように眺めると、「刃こぼれなし」と言って、鞘に戻した。

 そして、ジュリアに体ごと顔を向けて言った。

「お前の武器はもうこれで使えない。っつーわけで、俺は逃げさせてもらうからな!」

 達成感に満ち溢れた、すがすがしい笑顔でたたた、と走り出す。武器が壊れた以上、ジュリアに殺されることはない。それに、ジュリアは槍の先端を見ながら、ぼーっと突っ立っていた。

 武器を壊されるのは、相当な敗北感を伴うものだ。それをアーニィは知っていたし、できることなら、誰かに味あわせたくはないと思っている。けれど、今回のようなケースは別だ。命のやり取りをするよりは、よっぽどましだ。アーニィはそう信じている。

 ジュリアの脇をアーニィは難なく通り過ぎる。このまままっすぐ行けば、無事通路に出られる。兵士に見つかったらどうしよう、などと先のことは考えていないが、とりあえずここから抜け出すことが先決だ。

「ア・ン・タ・ねぇ~~~~」

 が、無事には通り過ぎることはできなかった。ジュリアに背を向け、完全に油断しきっていたアーニィの視界が、急にぼやける。

 同時に、頬骨の辺りに激痛が走る。何かに打たれた、と気付いた時には、衝撃で横向きに倒れていた。かしゃん、と自分の倒れた後に何か軽い物が落ちた音をアーニィは聞いた。視界はぼやけて、あたりを見回してもその正体ははっきりとした形では見えない。それでも、自分の眼鏡であることに間違いないとは、アーニィは気付いた。

 眼鏡はどこだ。アーニィが頭の近くに手を伸ばす。そんな彼の腰のあたりに、ずしん、と何かがのしかかる。

「がっ!!!」

 腰の、それもちょうど股関節の側面あたりに何かが乗っかると、それは強い力でアーニィを仰向けに反転させてしまう。

 眼鏡が無くとも、ある程度の情景は判別できる。アーニィは自分の腰のあたりに何が起こったのかと裸眼で見てみると、そこにはジュリアがのしかかっている。

 重たい。だが、下半身同士が触れ合う柔らかさをアーニィは直に感じて、いい気持ちになってしまった。それも、彼女が両手を大きく振り上げている姿を見るまでの一瞬の出来事だった。

「こんのおおおおおお!!!!」

 ジュリアの両腕が振り下ろされる。ごすん、と鳩尾の辺りに、衝撃が走る。へこんだ鳩尾の辺りからは、槍が生えてる。もちろん、穂は付いていないので刺さってはいない。けれど、丸い鈍器をぶつけられた鈍痛は、刺し傷にも負けず劣らずの痛みだ。

「武器が壊れたからって、アタシが逃がすと思ったの?」

 アーニィの腹に落とした槍をジュリアが持ち上げる。どうやら、槍の石突で殴りつけたらしい。そして、もう一度鳩尾を殴る。げほっ、とアーニィが胸の空気を吐き出すと、さらにまた一撃。それを、何度も何度も繰り返す。その最中、ジュリアが叫び声を上げた。

「この槍!!! けっこう!!! 高かったんだからあああああああ!! よくも!!!! 壊してくれたわねぇ!!! ただじゃあ!! 置かないんだからあああっ!!!!」

 怒りの籠った慟哭が、王都の路地に響き渡った。

ども、作者です。どうも本格的に火曜日更新になってしまいそうです。(^_^;)


一話分で一万時を超えているのか、と思うと今回はそれなりに長いですね。まぁ、ただ単に戦闘描写が長すぎるだけですが。。。。。

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