表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
28/104

襲撃者の影

 トヨの入った路地は、アーニィの入っていた路地とは違い、かなり入り組んでいる。トヨは、右に曲がり、左に曲がり、ひたすらに影を追跡し続けている。その時間は一時間以上にも及んでいた。

 明らかに通常の追跡とは異なっていた。一時間以上も全力疾走を続けるトヨの底なしの体力も普通とは言い難いのだが、それ以上に異様なのは影の方だった。

 細長い路地に数本の脇道がある。住宅の入り口や、ちょうど住宅のお尻部分が並び、いくつもの枝分かれを作っているのだ。その中の一つ。手前から数えて五つ目の右側に伸びている道から、影の頭頂部がひょっこりと出ている。トヨは、ちょうどその影のある位置から妖刀の気配も感じている。

「次こそはっ!」

 トヨは影に向かって猛ダッシュする。ぐんぐんと影に近づくが、動く気配は全くない。そして、トヨが影を踏むような大股で、最後の一歩を踏み出す。

 しかし、トヨの足が地面に着く直前に、影はひゅっ、と引っ込んでしまう。トヨは影も何もない、ただの石畳みに足の裏を付けた。

「むぅ……」

 トヨは悔しそうに唸った。首を動かして、影の進んで行ったであろう方向へと目を向ける。

 その先は、また長い路地だった。けれども、次の角も十分に見える距離だった。そこは十字路になっており、そのうちの左側の角から、またもや影が頭だけを出している。

 まるで、追いつけないトヨの姿を確認して、嘲っているようだ。これが、ここに至るまでも、何度も何度も繰り返されている。トヨは追いつけないだけではなく、バカにされている気がして余計に悔しくなり、歯を強く噛みしめていた。

 全く持って追いつくことができない。普通の人間ならば、とうのとっくに追いついているはずだ。トヨの素早さならば容易な事。なのだが、この影の主はどうにもおかしい。

 どうして、あんな一瞬であんなところにまで進むことができるのだろうか。少なくとも、トヨが走っても数十秒はかかるような曲がり角に、ほんの一瞬で進んでしまう。これもまた、何度も繰り返していることだった。

 そんなバカなことがあるものか、とトヨも思っていた。時間的にも物理的にもできるようなことではない。だが、それが目の前で成し遂げられている以上、現実のことだと受け入れるしかない。

 それに、トヨにはそんな摩訶不思議なことを引き起こしてしまう原因に心あたりがあった。妖刀だ。妖刀ならば、不可解な事だってやってのける何かがある。知識としても、自身の体験としても、トヨは良く知っていた。

「妖刀め、手間をかけさせてくれる!」

 妖刀の仕業に間違いない。そうは確信するが、あの影の主に追いつくための手立てに行き着いたではない。

 できることはたった一つ。トヨは再び駆け出した。とにかく、追い続けるしかない。


 さらに数時間、トヨは走り続けた。それでも、トヨの体力も足腰も衰えることを知らないようで、走るペースを維持している。立ち止まったことも一度もない。それなのに、影との距離は全く縮まらなかった。

 常人ならば、ちっとも追いつかない相手に、体力的にも精神的にも疲労し、すっかり諦めてしまっていることだろう。

 だが、トヨは違う。天井知らずの体力がある。絶対に成し遂げなくてはならない使命がある。妖刀を破壊すること。そのために、彼女はくじけることなく一直線に走り続けるのだ。

 再び影に追いつきそうになるが、近づくと途端に引っ込み、角を曲がれば、また道先にある角で、影の頭が出ている。

 トヨは次の道に入った途端に目を細めた。背の高い住宅が立ち並び、狭くなった空にある、小さく見える太陽がトヨの目をめがけて、一直線に光を放っていた。

 薄く開いた目で、影の方へと視線を移す。影は、道の左側にある次の角から頭を見せていた。影の全くない道の中では、頭の形は、地面にくりぬいた穴のように酷く目立っていた。

 トヨは眉間にしわを寄せる。太陽の向きは真正面だ。それなのに、影は右側に伸びている。影は光を受けて、光の進行方向に伸びるものだ。その法則を、あの頭はみごとに無視している。ただでさえ奇妙だったものが、より一層理解しがたいものに思える。だが、それも原因は妖刀であることに違いはない。トヨが行うことはただ一つだけだ。

 トヨは大剣エンシェントの柄に手を当て、影の元に駆け寄る。また影は首を引っ込めてしまうが、トヨはそれに気取られず、すぐに曲がって先を見据える。

 その一帯はこれまでとは大きく違っていた。建物の影が石畳の地面を覆い、薄暗くなっている。そして何より、これ以上先に枝分かれをする角が一つもなかった。行き止まりだ。

 トヨは走るペースを落とし、先に進んだ。道は細長いままで、細長いコの字のようになっていた。

 その奥まった場所のど真ん中に、一際暗い人の影があった。影を作る本体となる人も、光源も見当たらない。影だけが、地面に描かれた落書きのようにそこにあった。

 トヨは余計に訳がわからなくなり、小難しそうな顔をしていた。なぜ、あそこに影ができているのか、人がいなくとも影と言うものはできるものなのだろうか。それに感じるのだ。その影から妖刀の気配を。

 トヨが影を睨みつけていると、影はひとりでに動き出した。まるで笑っているかのように、手を大きく動かして、お腹の辺りに当てている。そして、ぺりぺりと剥がれるように、影は立ち上がった。

 今まで自分のいた平面の世界から、立体の世界へと文字通り立ち上がる影。トヨは大剣を抜いて警戒する。目を丸くしながらまだまだ影に視線を注ぎ続けた。

 影は顔も体表にも全く凹凸がない。平面に描かれた絵画がそのまま立ち上がったかのような、真っ黒な人型だった。

 影はやはり笑っているらしい。小刻みに肩と頭を動かしている。

「何を笑っているのだ……」

 トヨが影に向かってぼやくと、それが聞こえたのか、ぴたりと動きを止めた。そして、背筋を伸ばして両手をお腹から離す。その片方の手に、真っ黒な、それこそ影のような、カタナを握っていた。

 妖刀だ。トヨは即座にそう判断する。その途端にトヨは動き出していた。

 地面を強く蹴り、大剣を頭上に振りかぶり、影に向かって突撃する。大剣が届く範囲には簡単に到達することができた。

 トヨの攻撃体勢を目視したのだろう。影はカタナを頭上で横に寝かして構えた。刃を上にした、防御の体勢だ。

「そんな細いカタナで、受け切れるものかっ!!!」

 トヨは勢いを乗せ、大剣を振り下ろす。妖刀ごとたたっきるつもりだ。

 黒い刃と、錆がなくなったエンシェントの白銀の刃が触れる。鉄同士が触れ合い、火花がちる……と、トヨはそう思っていた。

 しかし、自身の振り下ろしたエンシェントの刃は、黒い刀身へと侵入する。まるで、柔らかい肉を両断するかのように、エンシェントの刃は妖刀を真っ二つに切り裂いた。勢いはそれでも死なない。カタナと同じように、持ち主である影も、エンシェントは両断してしまう。

 頭から二つに分断された影はそれぞれが左右に倒れ、地面に触れると、建物の影に同化してしまうように霧散していった。

 一番驚いているのはトヨだった。手に残る切り裂いた感覚。初めてだった。これまでは、全て叩ききっているという感覚だった。対象に刃が侵入していく感覚。何物にも遮られることなく、振り抜けたこと。後に残った真っ二つになった対象。どれをとっても、竹を割ったような、スカッとした爽快なものだった。

 なんとも言い難い快感だった。その上、このような感覚を得られるようになったのも、昨日の夜にエンシェントの錆が一部無くなったからだ。妖刀を破壊すれば、エンシェントは強くなる。トヨはそう確信した。

 もう、先ほどまで感じていた妖刀の気配はすっかりなくなっていた。

「ということは、妖刀の破壊には成功したのか」

 期待を込めた眼差しで、トヨはエンシェントを眺めた。妖刀を破壊したのだから、エンシェントに何かしらの変化があるはず。

 そう思って見続けるのだが、エンシェントはうんともすんとも言わず、何一つとして変化をしない。

「おかしいな……!?」

 ぞわり、と背後から嫌な気配を感じた。

「バカな……」

 そんなことはあり得ない、と思いながらも、後ろを振り返る。背後の壁に、円形の真っ黒な影ができていた。インクなどで描かれた落書きではない。漆黒の円は、波立つ水面のようにゆらゆらと揺らめいている。

 それは一瞬のことだった。円の影から頭が生えてきた。先ほどの影と全く同じ、真っ黒な頭。それが出てきたと思ったら、次に首、肩、胴、そして下半身と、まるで水中から飛び出してくるかの如く飛び出し、トヨへ向けて突進する。

 影は手に持った物をトヨへ目がけて突き出した。これもまた、先ほどと同様の真っ黒なカタナ。トヨが壊したはずの妖刀だった。

 トヨも目視してすぐに反応を示す。体を横に傾け、地面を強く蹴る。横っ飛びで回避を試みる。

 カタナの切っ先は、トヨの胸のあたりを狙っていた。トヨが回避したことにより、影の思い通り、串刺しにはならなかったが、それでも、後に付いてくるトヨの片腕に掠めることはできていた。

「くっ……」

 トヨが痛みに目を細める。血はどろりと流れ、褐色の肌を濃い赤に染めるが、腕は切断されていない。

 これならばどうということはない、とトヨは着地し、さらに移動する。行き止まりの奥にまで来てしまった。しかし、トヨに向かって飛びついた影は、勢いを殺し切れず、着地に失敗して、ごろごろと転がり、無様な姿をさらしていた。

 再び、あの影を葬るチャンスだ。トヨはエンシェントを構え、一直線に向かっていく。

 その時、真横に妖刀の気配を感じた。見開いた目だけを動かして横を見てみると、そこには、さらにもう一体の影がのっそりと立っていた。

「なっ……!?」

 同じ影が二体。それに手にはもう一本の妖刀を持っている。影の形も妖刀の形も、これまでと全く同じだ。目を丸くしているトヨへ、影は妖刀を横なぎに振るった。

 トヨは身をかがめる。トヨの長い髪の一部が、妖刀によって切られ、四方に舞った。だが、体には傷一つ負っていない。

 もう一度横に立っていた影を見上げると、振り切ったカタナを持ち替え、切り返そうとしている。反撃を喰らう訳にはいかない。だが、道の幅が狭すぎる。これでは、全長の三メートルを超えるエンシェントを縦に振り下ろすことも、横なぎに振ることもできない。

 トヨは、片足を伸ばし、影の横っ腹に思いっきり蹴りを入れた。

 影は軽く、トヨの蹴りでも、ぽん、ぽん、とまるでボールのように跳ねとんだ。

 それも途中で止まり、影は立ち上がる。同時に、先ほど飛び掛かって来た影の方も立ち上がっていた。

 トヨがここまでやってきた一本道の出入り口に、二つの影が立つ。トヨは、追跡時の高速移動の要領で自分の隣までやってきていれば、と僅かながらに望んでいたが、紛れもなく、影は二つある。つまり、新たにこの影は発生したとしか考えられない。

「全く、不可解なものだな」

 トヨは両手でエンシェントの柄を掴む。一つ一つはそこまで強いわけじゃない。トヨならば、二体くらいの影ならば、余裕で倒せるだろうし、その自信もあった。

 だが、トヨはまたしても、妖刀の気配を感じた。前方からだが、それが一つや二つではない。三つ、四つ、全部で五つの気配をトヨは感じ取っていた。

 ずずず、と地面からあと三つの影の人間が姿を現す。

「バカな……妖刀は七本のはずだ……。こんなにあるはずがない!」

 影たちはゆったりとした動きで、トヨへと詰め寄る。

「くそっ……」

 トヨはエンシェントを再び背負うと、すぐに行動を起こした。跳躍し、右の壁へ飛び掛かる。そして、壁に到達する直前に方向を変えて、今度は壁を蹴って左の壁へと飛ぶ。それを繰り返し、トヨは建物の屋上へと出るつもりだった。

 五体の影はそれを見上げていた。すっ、と縮んで、地面に潜るように円形の影になると、猛スピードで壁へと進む。そして、壁をスルスルと登り、トヨを追いかけた。

 トヨは、無事に屋上に出ることができた。それと同時に、屋上に立ったトヨの後方から、追いかけてきた二つの影が飛び上がる。

「む、ここまで来たか。だが、私にとっても好都合だ!」

 トヨはそう言うと、エンシェントの柄を手にして、思いっきり横なぎに振り回した。ぶん、という力強い音と共に、二つの影は胴の辺りで真っ二つに切断される。

「ここなら、我慢することなく剣を触れる。さぁ、かかって来い!」

 トヨの言葉に反応するように、屋上に円形の影が現れ、すぐに人の形へと変化し、立ち上がった。

 しかも、また影の数は増えていた。今度は十体もいる。それでもトヨは、にたり、と笑った。

「何体でも構わん。私が切り尽くしてくれるっ!!」

 トヨの目は、闘争心の炎でメラメラと燃え滾っているようだった。

ども、作者です。トヨの話はどうも地の文が多くなります。もうちょっと会話主体のお話も書いてみたいな、と思いつつ、次のお話を考えています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ