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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
26/104

残滓

朝日が昇り始め、街が夜の顔から、朝の顔に変ろうとしているとき、アーニィもトヨも、ぐっすりと眠っていた。別段、トヨは目覚めが早い方ではないし、アーニィも早朝に起きて何かをする習慣は一切持っていない。つまり、二人とも起きる気配はこの時までは全くなかった。

 しかし、ベッドの上で、肩まですっぽりとシーツで覆い、気持ちよさそうに目を閉じていたトヨの顔が、突如として歪んだ。どこかが痛んでいるときのように、眉間にしわを寄せ、歯を食いしばると、かっ、と目を見開いて、体を起こした。

はらり、とシーツが肩からずれ落ちる。当然、服は昨日破れたばかりだから、彼女はまだ素っ裸だった。涼しそうな格好のトヨの頬に、汗がつーっと伝う。

「この気配……いる、まだこの街にいるんだ!」

 全身に刺々しく突き刺さり、皮膚の表面をぴりぴりと痺れさせるような、敵意や殺意をひとまとめにしたようなまがまがしい気配。トヨの感じ取っているそれは、昨晩に感じたあの気配、妖刀の気配だった。

 トヨはベッドから飛び降り、寝台の横に立てかけておいたエンシェントを掴むと、首を回して隣のベッドを見た。

「おい! アーニィ起き……」

 とっさに、アーニィを起こそうと声を荒げたが、寸前に思いとどまった。昨晩のことがトヨの頭に浮かぶ。昨日の晩にも感じたこの気配を、あの妖刀の気配を取り逃してしまったのは、アーニィが制止したからだ。あの一瞬の制止が無ければ、夜のうちに妖刀を壊すことができたかもしれないのに。

 また、邪魔をされてしまうかもしれん。トヨはそう思うと、アーニィを寝かせたまま放置して、部屋の外に飛び出してしまった。無論、素っ裸のままで。


 番頭のおかみの朝は早い。垂れた目を見開いて唯一の出入り口をじっと見つめている。それが彼女の朝一の仕事だ。最底辺の安宿だからと、料金を払わずに出ていく不逞な輩がたくさんいるからだ。そのような輩をおかみは放っておくつもりは全くない。どんな大きな男であろうと、喉笛に噛みつく勢いで食い止め、文字通り、タダでは帰さないつもりだ。

 だが、目の前を素っ裸の少女が勢いよく走り抜けたときには、あまりの驚きに、目を見開いたまま動けなくなってしまった。

「ちょっと!! 待ちなよアンタ!!!」

 ぺたぺたと石造りの道を裸足で走る少女、つまりはトヨを、おかみは大声を上げて呼び止めた。トヨはぴたりと立ち止まり、尻を向けながら首だけを回して、番頭の方を見る。

「なんだ!! 私は急いでいるんだ!!」

 トヨは酷く苛立っている様子で、おかみに怒鳴り返す。だが、自分の身の丈よりも高く、ふくよかで体積も何倍もありそうなおかみの全身が出てきたときに、トヨは向き直って剣を握った。

「まさか、これがクマという生き物か。人里にはいないと聞いていたが、まさかこんなところで……」

「誰がクマだい! とぼけたこと言ってんじゃないよ!! それよりも、そんな恰好で外に出ていくなんて、バカなことはおよしよ!」

 そう言われて、トヨは視線を自分の体に落とし、きょろきょろと全身を改める。もう一度顔を上げておかみの方を振り向いた時に、はて、何が悪いのか、と言った具合に首をかしげてしまう。なんておかしな娘なんだ、とおかみは思わずため息を吐いた。

「ちょっと待ってな」

 おかみが再び番頭の奥に隠れると、私はここで待っていなければダメなのだろうか、とトヨは一瞬思った。待つ時間ももったいない、すぐにでも……、と行動に移そうとしたときに、おかみは戻ってきた。両手には、きちんとたたまれた洋服と靴を持っており、それをトヨに差し出す。

「ほら、これを着て行きなさい。昨日アンタ達を連れてきたお爺さんが、わざわざ届けてくれたもんだよ」

「私を? ……ああ、ムツキの爺さんか」

 トヨは服を受け取る。わざわざこのような物を買ってくるなんて、意外と面倒見がいいらしい。少なくとも、服を着ていないとまた止められてしまうと思ったトヨは、ひとまずそれらに袖を通した。

 青いワンピースと、ホットパンツ、それからレギンスと靴を履く。動き易そうで良い服だと思うが、トヨはひらひらしているのが気に入らなかった。ワンピースの裾をおへその辺りまで持ち上げて、結びつけると、納得した顔をする。

「む、これで文句はあるまい」

 トヨは胸を張って、自分の服装を見せる。おかみもほっと一安心した顔で服を着たトヨを見る。だが、

「い~や、まだあるわよ」

 と笑顔で見送るようなことはしなかった。

「どうしてだ? 服は着たぞ?」

 服を着れば文句はないはずだと信じきっていたトヨは、なぜ、と疑問符を浮かべる。おかみは何も持っていない右手を差出し、掌を上に向けて開いた。

「お代だよ。出て行きたいんなら宿賃を置いて行きな」

 お代、ああ、金のことか、とトヨは服の胸のあたりに手を当てる。だが、着たばかりの服にトヨが昨日まで持ち歩いていた金塊入りの袋が入っているわけがない。そもそも、昨日宿に帰ってきた時点で、全裸にされたトヨは、エンシェント以外の持ち物を持っていなかった。

「ない」

 そうと分かれば、トヨは実に素直に、きっぱりと事実を言い放つ。

「じゃあ、外には出せないね」

「それは……」

 困る、と言いよどむ。無理やりにでも逃げてるしかないか、とも思ったときに、トヨはふと、アーニィの存在を思い出した。

「お代は連れに任せてあるんだった。そいつからもらってくれ」

 もちろん、嘘である。そんな約束をした覚えも、会話も一切なかった。

「ああ、連れがいたんだったね。じゃあ、そいつからもらうことにするよ」

 だが、アーニィに邪魔をされたことに対する良い仕返しが思いついたことと、自分にしてはうまくいきそうな言い訳ができたことに自信を持ったトヨのしたり顔を見て、おかみはこれ以上追及することはしなかった。

「ああ、そうしてくれ。では、私は急ぐのでな」

 踵を返し、トヨは急いで店の外に駆け出す。その後ろ姿を見ながら、おかみは疲れた顔をしてため息をついた。

「やれやれ、変な子だったねぇ。お礼の一つも言ってくれないのかい」

 ともかく、彼女のお代の当てはまだ宿にいる。おかみはそいつが出てくる時に、二人分を取り立ててやればいい。どすどすと足音を立てながら、彼女は再び番頭に戻り、鋭い視線で監視をする仕事に戻った。


 幸運なことに、トヨはまだ妖刀の気配を感じ取っていた。それは、少なくとも遠くはないところに妖刀があるということを示している。トヨはまだ人の少ない大通りを全力で走り抜ける。新品の靴はまだ硬く、トヨのつま先を痛めつける。だが、彼女がそれを気にすることはなかった。頭の中は妖刀のことで一色に染まっていたからだ。

 途中で脇道へと曲がる。でてきた通りは、昨日アーニィと共に来た高級商店街だった。気配の位置は全く動かない。妖刀に近づく、またとないチャンスだ。トヨはさらに進んで、昨日も立ち寄った店の前で立ち止まった。

「やはり、ここにはまだ妖刀があったか」

 トヨは自分の背よりもはるかに高い扉を見上げる。立ち尽くすのは、ムツキに店の前。通りには彼女しかいなかった。南方からはうっすらと声が聞こえ始めている。朝を迎えた王都の人々が、活動を始めている証拠だ。けれども、彼女はそれを全く気にせず、どん、と両手で扉を押す。すると、扉は不気味にぎぃ、と軋みながら開いた。鍵はかかっていなかった。

「おい、ムツ……」

 鍵のことを気に留めることもなく、トヨはここの店主の名前を呼ぼうとした。だが、唐突に口をつぐんで、表情をこわばらせた。

 つーん、と鼻に付く、生理的に嫌な臭いが店に充満している。きょろきょろと店内を見渡してみる。昨日と変わらない立てかけられたカタナ、店棚に置かれたカタナ、昨日盗人に壊されてしまったガラスケースまでもそのままだ。もう少し目を凝らしてみると、奥へと続く重たそうな扉だけが半開きにされているのを発見した。ここだけは、昨日と違っている。

 トヨはためらうことなく扉へと近寄り、その向こうへと踏み出した。

 臭いの元は、一切日の入らない石造りの部屋の中にあった。まるで夜の寒さを閉じ込めたような冷たい空気でいっぱいのここは鍛冶場らしい。炉とハンマーと大きなペンチのような道具が、夜風の冷たさをため込んでいるかのように、しんと冷え切っている。そして、この部屋の真ん中にムツキの死体が、大雨の後の水たまりのような血だまりの中でうつ伏せに倒れている。トヨは強烈になった血の鉄臭さに顔をしかめるが、特に驚きはしなかったし、それに近寄ることもしなかった。

 異様に多い血が、彼の死を物語っている。背中は無傷で、血の海に沈んでいる体表には夥しい傷が刻まれていることだろう。このようなことをトヨは知らない。もう既に、ムツキの遺体には目を向けていないからだった。

 トヨの目に映るのは、鍛冶場の奥にある二つの細長い木箱だった。大きさはちょうど、カタナが一振り分入るくらい。それらに視線を集中させながら、ごくり、とトヨは喉を鳴らす。寒い部屋の中なのに、汗が頬を伝う。

 血の匂いなど、もはや感じてはいなかった。ありとあらゆる感覚を遮断し、木箱から漂う、ここまでの道しるべとなった気配に集中していた。だが、それは集中をしなくてはならないほどの、薄らとした弱々しい気配でもあった。

「やはり、まだ持っていたんだな……だが……」

 言いかけて、トヨは続きを喉の奥にしまいこんだ。憶測で何かを決めてしまうのは止しておうたほうがいい。目の前のことに集中すべきだと、彼女は足を一歩、二歩と踏み出し、木箱に近寄る。木箱の蓋は開けられており、後数歩近づけば、中身が覗けそうだった。

 三歩目、四歩目とさらに進み、五歩目を踏みしめたところでトヨは立ち止まった。彼女がほっ、と一息吐く。トヨの見下ろす木箱の中身は、赤い布が丁寧に三つ折りされて、入っているだけだった。

 ここに妖刀はない。緊張から解放されて顔を弛緩させるトヨだったが、彼女にとっては残念な事に違いはない。トヨは念のために赤い布に手を置いてみるが、見た目通りの平面さに、その下に何もないことを改めて確認した。

 だが、気が付いたことはそれだけではない。ほんのわずかに妖刀の気配を持っていたのは、この布と木箱だということもだ。昨日触れたオニキリマルとは明らかに気配が弱い。きっと木箱の中に妖刀を保存していたのだろう。トヨが感じ取っていたのは、弱々しい妖刀の残滓だったのだ。

 トヨは布に触れた手を、ホットパンツで拭う。そうしなければ、自分自身にも、妖刀の面妖な気配が手にこびり付いてしまいそうな気がしたからだ。

 妖刀はなかった。そうと分かれば、これ以上ここに居る理由は無い。

「だが……」

 そうとは分かっていても、トヨは歩き出さなかった。眉間にしわを寄せて、ふと考え込む。

 残滓は、残り香のように木箱から漂う気配は、今もなお、さらに弱々しいものになっていく。時間が経つほどに、妖刀があった痕跡が消えてしまっているようだ。

 じゃあ、この箱から妖刀が無くなってしまったのは、いつのことだろうか。少なくとも、この残滓を感じたのはこの店に入り、石造りの鍛冶場に足を踏み入れてからのこと。

 それならば、ここに来るまでに感じていた気配は? トヨは思い出す。店に近づくまでは、強い気配を感じていたのではなかったか。

 トヨがはっとする。それと同時に、ズズ、と後方から石の擦れる音が聞こえた。即座に振り向くと、開いた扉から漏れている光の範囲がわずかに大きくなっているのに気が付いた。

 扉が開いた。だが、石の扉が風や何かでひとりでに開く訳がない。誰かが、扉を開いたのだ。

 トヨはエンシェントの柄を掴み、素早く鍛冶場から外に出る。再び戻ってきた店内には、朝日の爽やかな光が充満していた。トヨが開いたままにしていた店先の扉から光が溢れている。

 思わずトヨは目を細めた。その光の中に一際黒いものが映る。明るさに慣れてきた目を開くと、それはくっきりとした形としてトヨの目に映った。

 人の頭の影だった。真っ黒な人の頭が、扉の先の、商店街の石畳に横向きで張り付いている。ちょうど頭頂部が左に向き、顎の方は右に向いて、首から下は店の壁のせいで見えなくなっている。ただ、影には違いないが、まるで真っ黒のインクで落書きをしたような、異様な黒さだった。

 トヨに見つかったことに気が付いたのか、影はスルスルと首の方へ向かって引っ込んでしまった。どうやら、通りを誰かが歩いているらしい。それに尻尾のように影が付き従っているのだろう。影は途中まで大通りに向かって進むと、途中で折れ曲がった。

 それを、トヨは店の中から、影の姿を一切見ないでも知ることができた。にやり、とトヨは口角を上げる。

「そうか。妖刀がここになかったのは、私が来る前にアイツに盗まれたからか!」

 トヨが勢いよく、通りへと躍り出る。影はムツキの店に一番近い路地から、またひょっこりと頭を出していた。影は、トヨが通りに出るのを待っていたようだ。だが、トヨの姿を確認したのか、影はさっと通りの中へと姿を消した。

「待て!」

 トヨは叫びながら再び走り出す。妖刀の気配と共に逃げていく影を、その本体の持つ妖刀を破壊するために。


ども、作者です。こちらは定期更新ができていている。ただし、時間は遅くなる。でも、遅くした方がPV数が上がっている。もしかしたら、このままこの時間に更新するのが通常になるかもしれないです。

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