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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
24/104

変る

アーニィはゆっくりと目を開けた。目に飛び込んでくる景色は、薄暗い中にぼんやりと黄色い光に照らされている木造の屋根だった。

「ここ……は……」

 アーニィは昼の王都の大通りでトヨを助けるために気を失ったはずだった。体を起こして見れば、この場所は昨晩泊まった宿屋の中で、外からは光が差し込んでいない。どうやら、夜になっているようだ。

「それぐらい、見ても分からんのか?」

 トヨの声がした。アーニィは彼女が意識を取り戻していることを知り、嬉しさと驚きの入り混じった表情で声のした方を見た。

 隣のベッドで座っているトヨは裸だった。

「……って、お前、服着ろよっ!!」

「服は仕立て直し中だ。それに、今は湯上りだ」

 寝起きで早々、アーニィは頭を抱える。トヨが助かったことに対する喜びも半減してしまった。

「……はぁ、じゃあせめて……」

 アーニィは自分に掛かっていたシーツを取って、ベッドから立ち上がり、トヨの横に座った。

「む?」

 トヨの右手には鞘に入ったカタナが握られていた。そのため、右手が出るようにして、アーニィがトヨにシーツを掛けてやる。

「む……動きづらいぞ」

 首元でシーツの端と端が結ばれる。トヨはうっとおしそうに眉間にしわを寄せた。

「じゃあ動くな」

「む、分かった」

 やけに聞き分けが良かった。トヨの素直な返事に戸惑って、二人も他の人が心の中に入ったものだからいかれちまったのかと、アーニィが疑問に思っていると、アーニィの胸元に、ことん、と濡れた髪に包まれた頭が触れた。

「……トヨ?」

 頭からはふんわりと石鹸の香りが漂っていた。それに加えて甘酸っぱい臭いも。それを嗅ぐとアーニィは不意にくらっとしてしまう。女の子の匂いだ。

「一人じゃ……ないんだな」

 トヨは目を閉じて、自分が口にしたことをしみじみと噛みしめるように、アーニィの方に体重を寄せた。

 トヨも心の中での出来事をきちんと覚えているのだろうか、とアーニィは疑問に思う。

「あ、ああ」

 まるで心の中で出会った純粋なトヨが、ここに現れているようだった。トヨは子供が甘えるように全体重をアーニィに寄せる。そんな彼女の姿に、アーニィは言葉を失ってしまう。けれど、沈黙には耐えられない。どうにか何かを言おうとして、必死に言葉を探していると、トヨが頭を動かして、アーニィを見上げた。

「なぁ、アーニィ」

「な、なんだ?」

 トヨが自分の胸元に手を当てる。

「この前からずっと気になってたんだが、胸が小さいのは悪い事なのか?」

 ついアーニィはきょとんとしてしまう。トヨは以外にも深刻そうな顔をしていた。しかし、これまでのトヨの態度から、そんなことを気にしていようとは、想像もしていなかった。

「え……それは……」

「ずっと言われるんだ。胸が小さい、胸が小さいと。非難されるみたいで嫌なんだが、大きくないとダメなのか?」

 やっと沈黙を破って、会話の糸口を見いだせると思ったのに、容易に言葉は選べない。アーニィはむしろ、胸が大きい方が好きなのだが。どう言えばいいのか。神経質に考えすぎて、アーニィはついつい言いよどんでしまう。

「そりゃあ、大きい方がいいに越したことはないだろうけど……」

 アーニィは素直に自分の気持ちを言った。それを聞いているトヨは、そうか、とアーニィの考えなど知ったことではない、と言いたげな無関心を装っているのに、心なしか残念そうに口を尖らせているように見えた。

「あ、や、でも、小さくったってトヨが悪いわけじゃないよ! うん、小さくったって魅力的なのは変わらないし、トヨはトヨなんだ。胸の大きさ云々でトヨの何かが変わるわけじゃないだろう?」

「む、まぁ、そうだな。使命を果たすのに胸の大きさは関係ないからな。む、なら良かった」

 どうやらトヨは納得したようだった。何に納得したのかは不明だが、猫のように満足そうに目を細めるトヨを見て、アーニィはほっと胸をなでおろした。とりあえずの回答で、一応正解したらしい。

「何がいいんだか……ん?」

 そうして、安心感が出たからかアーニィはトヨの持っているカタナにやっと注視することになった。

「トヨ。その手に持っているカタナ、オニキリマルか?」

「ああ」

「ムツキさんに返さなかったのかよ」

「当然だ、返すつもりもない。ムツキは明日必ず返せと言っていたがな」

 オニキリマルを持っている右手を振り上げながら、毅然と言い放つトヨ。アーニィの脳裏に、目覚めたばかりのトヨにカタナを返せと迫るムツキと、それを強引に拒む彼女の姿が容易に浮かんだ。明日は必ずカタナを返して謝ろう。アーニィはそう誓って、最初の難関であるトヨの説得に掛かる。

「なぁ、トヨ。オニキリマルは返そうぜ。あの人のおかげでトヨも助かったんだから、恩をあだで返すようなことはよそうぜ」

 再び振り向いたトヨは、また拗ねたような顔をする。

「む……まぁ、それはそうだが、ここでみすみす妖刀を逃してしまうなど……」

 説得は難しいかもしれない。アーニィはさっさとそれを察した。

「ダメダメっ! 仕方ない」

 強硬手段をとるしかなさそうだと判断。アーニィは背後から手を伸ばして、トヨのオニキリマルをかすめ取った。トヨは油断していたのか、あっさりとオニキリマルを取られてしまい、しまった! と目を丸くしていた。

「あ! こら、返せっ!」

 トヨが体を反転させる一瞬、アーニィにかけていた体重がなくなり、体が軽くなった。そのわずかな隙間で、アーニィは隣のベッドに移動した。

「わっ!?」

 後ろに座っていたアーニィに飛びつこうとしたトヨが、ぼすん、とベッドの上にうつ伏せに倒れる。

「ダメだ。俺が当分こいつを預かっておく」

 返さないつもりなら、トヨなら壊してしまいかねない。そんなことをさせてしまえば、剣マニアとして立つ瀬がない上に、ムツキに合わせる顔も無い。ここはなんとしてでも、死守しないと。

「むむむ……貴様……」

 トヨが犬歯を剥きだしにして、アーニィを睨む。

「おー、こわっ」

 アーニィはトヨから目を逸らし、オニキリマルを鞘から抜き出した。オニキリマルは黒々とした刀身を緩やかな弧状に曲げている。その絶妙なバランスも、黒い刀身がランプの赤い光に輝くさまも、名刀だとも言われるゆえんだと、アーニィは思った。それになにより軽い。これなら、あの盗人の男でも簡単に振るえる訳だ。

「うわぁ……やっぱり、いいカタナだなぁ。いままでカタナは専門外だったけど、これを期に剣図鑑にカタナの項目を増やすのも検討しようかなぁ……ぐへへ」

 アーニィがだらしなく笑う。

「やっぱり、お前はただカタナを、オニキリマルを触りたかっただけなんじゃないかっ!!」

「違うぞ、ちゃんとトヨから守ってるんだよ」

「む! 私のことをなんだと思ってるんだ!」

「カタナを壊す野蛮人」

「なんだとっ!? じゃあ、ちゃんと守って見せろっ!!!」

 トヨがむくりと起き上り、壁に立てかけてあった大剣エンシェントに手を伸ばす。

「なっ!? ちょっと、何すんだよ!?」

 アーニィの質問にも答えず、トヨはエンシェントを持って構えた。大剣の切っ先がアーニィに向けられる。

「ふん。守ると言ったんだ、守って見せろっ!」

 と、トヨがエンシェントを振りかざす。それに脊髄反射するかのように、アーニィはオニキリマルをかざしてしまう。

「しまっ……」

 つい出してしまった腕をひっこめることもできず、トヨからの攻撃をオニキリマルで受け止めてしまう。

 がちん、とエンシェントとオニキリマルが接触する。するとオニキリマルの輝きが鈍くくすみ始めた。

「!?」

 そして、そのまま刀身がどんどん赤くさびていき、ぼろぼろと崩れ落ちてしまった。

「な、なんてことをしてくれたんだトヨっ!!」

 突然のことにトヨを責めるアーニィ。

「わ、私のせいじゃないっ!」

 だが、トヨ自身も訳が分からず焦っている様子だ。しかし、アーニィにはトヨが不思議な術でも使ったようにしか思えなかった。

「そんなわけがあるか! エンシェントに触れた途端に崩れちまったんだぞ!」

「エンシェントにこんなことができるなんて私も初めて知ったんだ! わざとじゃ……!?」

 口論する間に、エンシェントもまた突然ぼろぼろと錆を落とし始めた。

「なっ!? エンシェントもかっ!?」

 トヨも大口を開けて驚く。エンシェントはオニキリマルとは違い、刀身すべてが崩れるようなことはなかった。赤い錆が一部剥げて落ちる。鋭く尖った白銀の刃が空気に晒されていた。

 瞠目しているのはアーニィも同じだった。

「どうなってるんだよこれは……」

 アーニィが説明を求めるようにトヨに聞くが、ぱちくりと瞬きをするトヨも何が何だか分かっていない。

「む……まぁ、結果的には妖刀の一本を壊せたから良しと言うことに……」

「いいわけあるかっ! ムツキさんになんて言えばいんだよ……」

 どうせ、事の説明をするのはアーニィの役目になる。むしろ、トヨに任せれば何を言うか変わったものでもないから、彼がするのが適当なのだった。

「……むっ!?」

 畳み掛けるように、トヨが背筋をぴん、と伸ばす。

「どうした、トヨ?」

 アーニィの問いにトヨは答えず、シーツを払いのけて窓の方へと駆け出した。トヨが再び素っ裸になり、アーニィは目を逸らした。

「ちょ、お前、急にどうしたんだよっ!?」

 開け放された窓から夜空の下に広がる町並みを凝視するトヨに、アーニィは尋常ではない空気を感じ取った。

「また、感じるんだ……一つ、二つ……いや、四……つ?」

 トヨは夜の涼やかな空気の中にぴりぴりと鋭い気配を感じていた。さっきまで身近でびりびりと感じていたのと同じものだ。

「まさか……妖刀か!?」

 振り返ったトヨの額に、薄らと水滴が浮かんでいた。濡れた髪から零れるものではない。冷や汗だ。焦りに満ちた表情にアーニィは自分の問いの答えを知った。間違いなく、トヨは妖刀の気を感じ取っていたるのだと。

「こうしちゃおれん!」

 トヨが素っ裸のままで走り出す。ドアの方に向かう彼女の手をアーニィはとっさに掴んだ。

「こ、コラッ! 待てよトヨ! 服も着ないで外にでるのは危険だ!」

 アーニィの指摘は至極まっとうなことであったが、トヨはアーニィの手を振りほどこうとじたばたと抵抗する。

「離せっ! こうしている間にもどんどん遠くなって行く。早く追いつかないと……」

 そう言っている間にトヨの抵抗が収まった。

「感じ……なくなった」

「えっ!?」

 トヨはがっくりとうなだれているが、アーニィはほっとしていた。

「くっ……お前がじゃなしなければ……」

安堵の息を吐いたアーニィをトヨが睨み返した。

「そんな言い方は無いだろう? そんな恰好で外に出て身に危険が及ぶのはお前なんだから……」

「うるさいっ! 私なら平気だっ! 余計な事ばっかりして」

 ばちん、とトヨがアーニィを振りほどいて自分のベッドにぼすん、と飛び乗った。そのまま、彼女は布団にくるまって拗ねるように背を向けてしまった。

「……ったく、自分勝手なことばっかり言いやがって……」

 アーニィも腹が立ってくる。自分が誰に助けてもらったのか、その恩をトヨは忘れているのではないのだろうか、と口を尖らせる。

 ともかく、これ以上今日は何も起こらなそうだった。アーニィも自分のベッドにトヨへ背を向けて寝転ぶ。眠気は無いが、明日になるまでこのままでいるほうが、お互いのためだろう。アーニィはトヨが寝息を立てはじめるまで、意識を保ったままベッドで寝転んでいた。朝になれば二人のヒートアップした不満も晴れていることを願って。


ども、作者です。このページを開いてくれて、ありがとうございます。


やっと、終わりました第三話。書いてから長い事放置していたので、内容については若干うろ覚えなところがありますが、章の最後なので、ちょっと振り返りをします。


まず、非常に良かったと思うのは、今まで0件だったブックマークが増えたことです(笑)


このお話のPV数はめちゃくちゃ少なくて、更新どうしようか、と悩むレベルだったのですが、なんとか、ブックマークをしてもらえて、もっともっと書くか、とモチベーションを保つことができました。


本当にありがとうございました。


といいつつも、ブックマークが増えたときに更新をした回が、「あれ」だったので、更新する前から増えるだろうな、と予想はしていました。1件くらいだと思っていたのに、3件も一気に増えたので、あぁ、やっぱりこういうシーンは必要なんだな、と思った次第です。


もっとも、あの回は1話目を書く前から絶対に入れなくてはならないシーンだ、とずっとずっと思っていたので、狙っていた、という訳ではありませんが。


いいですよね、無頓着な娘って。ちょっと度が過ぎてはいますが(笑)


ともかく、ブックマークをしてくれた方のためにも、初めてページを開いた、という方にも、楽しんで読んでいただけるものが書けるよう、今後も努力していきたいと思います。


最後に、次回以降のことなのですが、


章ごとに大体8部ずつに分けて更新するようにしていますが、次の章は、1話分多い、9部構成となっています。書いている途中は全く気が付かなかったのですが、お話が9つに分けられてしまっていた、といううっかりが原因です。


ちょっとだけ長めになりますが、ぜひまた読んでいただけたらと思います。ここまで読んでいただいた方、誠にありがとうございます。では、また。

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