孤独の少女
「……んぅ……」
小さく呻きながら、閉じた目をより一層強く噤む。アーニィに意識が戻った。長く眠っていた後のように体が重い。
「ここは……」
目を開けて、ぼーっとした頭がだんだんはっきりすると、周りの景色が目に映る。サラサラの黄色い砂の上に寝転んでおり、正面には一つの家よりも大きな岩があり、洞穴のような暗い穴が開いていた。それだけではどこにいるのか分からない。アーニィは体を起こして、あたりの景色を見渡す。実に珍妙な風景だった。砂場と岩以外には何もない。上空もまわりの真っ暗な夜空のような風景が広がっている。
これらを見て、アーニィは自分が今どこにいるのかを思い出した。
「ここが、トヨの心の中か」
現実とかけ離れた光景もそれなら納得がいく。けれどここはあまりにも殺風景だ。アーニィの目当ての盗人の姿も無い。
「……俺はどうすりゃいいんだ?」
うまく心の中に入れたらしいが、早速手詰まりだった。
「てええええええいっ!!!」
途方に暮れていると、声が聞こえてきた。子供の、女の子の声だ。岩の中の洞穴からする。
しかも、その声には聞き覚えがあった。ただ、幼い気がする。不審に思いながらも、アーニィは洞穴の中へ顔を覗かせた。
たん、たん、たん、と子気味の良い音がする。薄暗い中を見上げてみると人影が、壁を蹴って反対側の壁へ、そしてまた逆の壁へ、それを繰り返しながらその人影は上へと登っていた。
「すげぇ身体能力……まさか」
アーニィはこの人影が誰だか、予測がついた。しかし、発せられる声の幼さが気にかかる。そして、その人影が岩の内部の一番上に差し掛かると、またも声が発せられた。
「てえええええいっ!!!」
声は洞窟内で反響する。それから、人影が勢いよく落下してきた。
姿がはっきりと見える。それは確かにトヨだった。服装にも覚えがある。少しだけ違いがあるとすれば、袖があり、スカートも全面が裂かれていないところだ。そして、その手にはしっかりと細身の剣が握られていた。
「うわっ!?」
アーニィの真横を剣が掠める。勢いのままに少女が振り下ろしたのだ。
「む? 誰だ貴様、鍛練の邪魔だ」
尊大な態度で話す点もトヨと同じ。けれど、彼女の姿は今までアーニィが見てきたトヨの姿よりも一回り幼い点だ。
「トヨかっ!?」
ここはトヨの心の中だ。その中にトヨがいる。アーニィは怪しがる。変な話だが、心の中と言うものが一体全体どんなものかもともと見当もついていない。納得するしかないだろう。
「で、誰なんだ貴様は」
トヨがアーニィに問いただす。
「俺だよ、アーニィだ」
「アーニィ?」
トヨが首をかしげる。
「もしかして、俺を知らないのか?」
さっきまで一緒に居たのに、と残念がるアーニィ。それを後押しするようにトヨが頷いた。
「知らんな」
トヨはあっさりと一蹴する。心の中のトヨが自分のことを知らない。少しおかしい気もするが、今目の前にいるトヨが見た目通りの、アーニィと出会う前のトヨであるのなら、彼について知らなくてもおかしくは無い。というより、そうとしか考えられそうになかった。
「まぁいい。誰だろうが、とにかく出て行ってくれ。修行の邪魔になるし、誰とも話すなとも言われているんだ」
トヨがアーニィを突っぱねるように言って、再び剣を振り始める。
「ていっ!! てえええいっ!!」
「修行?」
「ていっ!! ああ。私は将来使命を果たさねばならんのだ。だから、旅立つときまで修行するのだ」
トヨは素振りをしながら答える。使命、修行と口にする。ストイックさはたとえ子供の成りをしていても変わりは無いらしい。
「それにしても、誰とも話すな、だなんて少し厳しすぎやしないか?」
「……さぁ、私には使命があるのだ。無駄口を叩くな、ということだろう」
そう答えるトヨは、ストイックなのか、それとも歳不相応に可愛げがないだけなのか。
「……ねぇ、一緒に遊ぼうよ」
アーニィがどうコメントすべきか悩んでいると、どこからともなく声が聞こえてきた。遠くから響いてくるような声で、アーニィは洞穴から外に出て、あたりを見渡す。
すると、真っ暗な星空のような夜空に、何か映像のようなものが浮かんでいた。声もそれから聞こえているらしい。
映っている映像にようなものには、二人の子供の姿があった。一方は、先ほどまで目にしていた幼いトヨで、もう一人は誰とも知れない女の子だった。
その女の子が口を開く。
「ねぇ、一緒に遊ぼうよー」
「…………あ、あ……」
その女の子の問いに、トヨはそれを聞いて視線をあちらこちらに揺らしていた。それから、意を決したように口を開く。その表情は心なしか少しだけ口角が上がっていて、嬉しそうだった。
「コラッ! あの方に話しかけちゃダメじゃないの!」
けれど、トヨの言葉に大人の女性の声がおっかぶせられる。
「ママー、どうして?」
女の子が振り返る。表情はまるで影が落ちているように見えない。そして、夜空には姿は見えないが、大人の女性の声、女の子の母親らしい人が女の子の質問に答える。
「あの方はね私たちの希望の星なのよ。あなたなんかに構っている時間なんてもったいないわ」
それを聞いて、みるみる表情が変わって行くのはトヨだった。ほんのりとした笑みも、あっという間に固い仏頂面になってしまっていた。
「そうか。私には修行以外の時間はいらないのだな」
トヨはそう呟いて、後ろを向いた。
次に、そんなトヨの背中に多数の声が浴びせられた。
「彼女こそ、我々の悲願の子じゃ」
「あの子なら、我らが悲願を叶えてくれるだろう」
「ああ、早く彼女が旅立つ日が楽しみだ」
大人たちの声だ。全てトヨに向けて期待を込めた言葉だった。
「そうか。私は、使命を果たさねばならんのだな。修行しなければ……」
そう言って、トヨは肩を落として歩き出す。
そして剣を振り始める。ただひたすらに彼女の求めるものは強さ。けれど、求める理由は空しいほどに寂しいものだった。
アーニィは不憫に思って、つい口を開く。
「なぁ、ほんとに誰とも話しちゃいけないのか?」
「ああ、厳しく言いつけられてる」
「でも、今話してるよな」
「む……不可抗力だ。もう喋らん」
アーニィは苦笑する。どうやら、御しやすいのは変わっていないようだ。
「寂しいなぁ、俺はもっとお前とお話ししたいんだけど」
「……でも、しゃべらんぞ」
「お前だってしゃべりたいんじゃないのか? 大丈夫だって、ここなら俺以外は誰もいない。ちょっとくらいはバレないって。なんなら、トヨが話すのを俺が許可してやる」
「む……偉そうなことを……だが……そうだな。お前がそこまで言うならお前と話してやる」
仕方ない、仕方ないとぼそぼそと言いつつも、トヨは少し嬉しそうだった。剣を振るのを止めて、アーニィの方へ向き直る。
「……」
「……」
しかし、二人とも黙りこくってしまう。
「なぁ、トヨ。なんで何も話さないんだ?」
「いや。いざ何かを話せと言われても、何を話せばいいのかちっとも分からんのだ」
ああ、とアーニィは納得する。ここはアーニィがリードして話題を振った方が良さそうな場面だった。
かといって、何を話せば……と、アーニィはトヨの格好に視線を移す。
「そう言えば、その恰好……」
トヨの格好は、どことなくコサンジの格好と似ていた。広がった袖の付いた袖、ハカマと言っていたスカート状の赤い履き物。
「ああ。この格好か。どうも動きづらくてなぁ。袖とスカートを取りたいんだ」
「それなら、袖を切ってスカートの前を切ればいんじゃないか?」
「いいな、それ。じゃあ、早速……」
トヨはそう言って、剣でスカートの前を切り裂こうとする。
「お前、その下には何か履いてるのか?」
「ん? 何も履いてないぞ」
「だったら、今は斬らないでくれ。目のやり場に困る」
「む、分かった。なら今は止めておく」
どこかずれているのも相変わらずだった。
「そうしてくれると助かる。でも、きっと似合うぞ」
「む、そいつは良かった」
アーニィが褒めると、トヨは嬉しそうに笑った。幼い姿である分、トヨの感情表現も素直で無邪気そのもののように思える。あまり見慣れなかったせいか、新鮮な光景だった。アーニィもつられて顔が緩む。
と、二人が笑っているときだった。ざっ、ざっ、と砂を踏む足音が聞こえてきた。
「誰だっ!?」
トヨとアーニィが洞穴の入り口の方を振り返る。そこに盗人が立っていた。
アーニィはそのとき自分がここに来た理由を思い出す。
「そうだ。あいつを倒さないと、トヨは目覚めないんだ」
「む? 何を言っている。私はこうしてちゃんと起きているぞ」
きょとん、とした顔でトヨが言う。一体どう言ったものかと、悩んだ挙句、
「え、あ、ああ。そうだな。ここにいるトヨはな」
と、テキトーにはぐらかした。
のんきに二人が話している間にも、盗人は手にしたカタナを振りかざして近寄っていた。
「我らが安息のために。我らが安息のために」
盗人が呻くようにつぶやく。
「さっきまでとは様子が違う」
あの飄々としていた盗人の様子が今は見れない。まるで、何かに操られているのか、別の何かになってしまっているようだった。
「我らが安息のために。我らが安息のために」
盗人はそれしかしゃべらない。
「なぁ、アイツはなんだ? お前の仲間か?」
「いいや。あれは悪い奴だ」
「そうか。なら……」
トヨが剣を構える。しかし、それをアーニィが手を前にかざして制止する。
「む?」
トヨがアーニィを見上げる。
「ここは俺に任せてくれ。俺がケリをつける。それ、貸してくれ」
「む? あ、ああ」
トヨがアーニィに剣を渡す。
「サンキュー」
アーニィが剣を構える。
「我らが安息のために。我らが安息のために」
盗人が迫りくる。
「できるのか。お前」
「ああ。任せろよ」
「我らが、安息のために!」
盗人がアーニィに向かって飛び掛かる。カタナを胸部に突き立てるように、切っ先を向けた。
「やっぱり、お前はただのド素人だな!」
それを、アーニィは左に飛び退いてあっさり避ける。
「でやあああああああっ!!!」
盗人の隙だらけの脇腹に、アーニィの強烈な横切りがさく裂する。
「ぬあっ!!?」
剣を振り抜いても、盗人の体から血は吹き出ない。が、盗人はその場で倒れ伏した。
「わ、我らの……安息の……ため……」
盗人は細かな光の粒子となってこの場から消え去った。
「ふぅ。ま、ざっとこんなもんかな」
アーニィが腰に手を当てて、ポーズを決める。
「む、こんなにあっさり倒すとは……結構強いんだな」
トヨから褒められるとは、アーニィはいつも弱いだのなんだの言われているせいか、何となく照れくさそうにはにかんでいた。
「ま、まぁな。でも、トヨがこの調子で修行を続けていけば、俺ぐらいならあっさりとこえられるんじゃないか?」
照れ隠しに言ったことであったが、トヨはそのままの受け取ったらしく、目を輝かせる。年相応の反応ができるんだな、とアーニィはふふ、と笑った。
「そうか? なら頑張ってやるか」
そんな子供っぽい反応を笑われたトヨもまた、照れ隠しに冷静さを装う。
と、トヨが意気込んだ時だった。アーニィの体が、先ほどの盗人と同じように少しずつ細かな粒子になって消え始めていた。
「な!? お前、どうしたんだっ!?」
自分の姿を見下ろし、アーニィはすぐに合点がいった。
「あ、もしかして、目的を達成したから、ここにはもう居られないのか……」
「……そう、か。お前はもう、どこかに行ってしまうのか」
トヨがうつむいて唇を噛んでいた。それは、さっき夜空に映った映像のトヨの顔と同じだった。
「私は、また一人に……」
そこで、アーニィは気付いた。トヨはずっとこんな寂しさを使命と一緒に背負い続けていたのだと。いつから彼女が使命を負わされたのかは知らない。けれど、心の中に深く根付いてしまっているため、随分長い期間苦しめられていたのだろう。
そんなトヨに、アーニィは優しく声を掛ける。
「大丈夫だよ、トヨ。またすぐに会える。俺と出会ったらもう二度と寂しい思いはさせない」
「……本当か?」
見上げるトヨの目にはうっすらと涙が滲んでいた。
「ああ。必ずだ。だから、もっと修行して強くなってくれよ。これからも、お前が誰にも負けないくらいに」
「うん。分かった。約束する」
トヨがそう言ったとき、からん、と地面にアーニィの持っていた剣が落ちた。アーニィの姿は粒子となってしまい、もうここにはない。けれど、彼の旅立ちをトヨは笑顔で見送っていた。
ども、作者です。やったね、ロリっこだよ! 無事、来週で3章の終わりです。さらに、4章も無事描き終えることができました!!! 直しをやりさえすれば、再来週から4章の更新ができそうです。直しさえ・・・・・・でき・・・・・れば・・・・・




