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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
20/104

盗人とオニキリマル

朝一番に二人は宿を出た。王都の朝は早く、大通りに出ればすでに多数の行きかう人を見ることができる。多くが仕事に向かう、生気に溢れる仕事人たちだ。

「ふわぁ」

 アーニィは酷く眠そうにあくびをする。

「だらしないぞアーニィ」

 いつもの凛々しい顔つきでトヨがアーニィに詰める。

「誰のせいで寝れなかったと思ってるんだよ……」

 アーニィはぶつぶつと不満を零す。トヨが服を着たのは今朝になってからだった。アーニィが風呂から上がっても、まだトヨは裸だったし、寝ているときも布団に全裸で潜り込んでいた。無防備な格好の少女が、同じ部屋のベッドで寝ている。そのせいでアーニィは不毛な我慢しなければならなかった。身じろぎするトヨが、布団からそのおみ足を覗かせてもそれに触れることはしてはならない。それどころか、同じ部屋にいるせいで、自分をどうこうすることもできない。燃え上がる劣情にひたすら耐えること、それは年頃の男であるアーニィにとって非常に厳しい試練だった。眠気も吹き飛ぶほどの感情を制したころには、朝日が窓から差し込んでいた。それからすぐに起こされ、今に至るというわけだ。

 一人元気なトヨと、死にそうな顔をしたアーニィ。二人は大通りを突っ切って、ムツキの店を目指した。

 二人がムツキの店のある通りに差し掛かった。

「ん? 店の戸が開いてるな」

 昨日はしっかりと閉じられていたドアが、今日は開け放されていた。

「む、今日はちゃんと店をやってるらしいな」

「それだけならいいんだけど。嫌な予感がするんだよなぁ」

 と、アーニィが言ったとき、ふとトヨが立ち止った。

「どうした?」

 トヨは首をひねって後ろを見ていた。視線はしっかりと、一点を見ていた。

「……あの気を、向こうから感じる」

「例の妖刀の気か?」

「ああ、だが……」

 トヨは視線を刀匠の店の方へと戻した。

「気のせいなんじゃないの? 刀匠の店はあっちの方にあるんだ。妖刀があるのなら、そこだけだろ?」

「……そうだな」

 まだ不審そうな目をしながらも、トヨは一応納得したようだった。

「おい、邪魔するぞ!」

 トヨが先頭を切って店の中に顔を覗かせた。それから「む?」と眉をしかめる。アーニィも続いて中を覗いて見ると、中の光景にぎょっとした。

 二人は仲に入ってその惨状を見渡した。壁に掛かっていたカタナが床に転がっており、店の中央に置いてあったガラスケースが割られていて、その中にあったカタナが一本無くなっていた。トヨがその前に立って、ケース内の名札を見て、その名を読み上げる。

「……オニキリマル」

 昨日、図書の塔にあった本でも見た名刀の名前だった。

「あ! ムツキさん!?」

 アーニィが店の中を見渡していると、突如声を上げた。視線の先には、石畳の床にぐったりと倒れている刀匠ムツキの姿があった。すぐにアーニィが駆け寄る。

「おい! ムツキさん、大丈夫か!?」

 ムツキの体を起こすと、うぅ、と呻いた。

「……誰だ?」

 薄目が開かれる。

「昨日の、えーと、妖刀について聞きに来た客です」

「なんじゃ、またアンタらか……アンタらが犯人じゃなかろうな?」

「犯人?」

「ふん、とぼけおってからに……。妖刀を盗もうと明け方に襲ってきて、何を言うか」

 今朝襲われた、どうやら店の惨状から察するに今朝方強盗に侵入されてしまったらしい。

「違う、俺達じゃない。俺達はさっき来たんだ」

 誤解を解こうと説明するが、ムツキはふん、と鼻息で一蹴してしまう。そこへ、トヨが歩み寄って尋ねた。

「おい、刀匠。盗まれたのは妖刀なんだな?」

「またとぼけたことを……自分たちで盗んだくせに知ったことを聞くんじゃないわい」

 それを聞いて、トヨがにやりと勝ち誇った顔をした。

「アーニィ、クロだったな」

 刀匠ムツキは、ここに妖刀があったことを認めた。それを確認すると、トヨはすぐに店の出口へと向かった。

「トヨ、どこに行くんだ!?」

「さっき感じた気はやっぱり妖刀のモノだった。気を辿って行けば妖刀は見つかる」

「場所が分かるのか?」

「ああ……でも……」

 トヨは何か気がかかることがあるのか、ムツキの方を見た。

「なんだ?」

「……いや、今はいい。やっと気難しいじいさんの元から離れたんだ。奪い取るにはこの上ないチャンスだ」

 トヨは向き直って店から飛び出した。

「奪い取るじゃと!? やはりお前たちっ!!!」

 トヨの無神経なひと言にムツキは老体に鞭を打つように怒鳴り上げた。

「だから違いますって……、いいですか? わざわざ盗んだ奴が現場に戻ってくるなんて間抜けでしょう? 普通犯人だったらこんなことしないですって」

「……そうじゃが……」

 ムツキは言いながら、視線を動かした。見ているのは店の奥、おそらく鍛冶場のある部屋の方だった。

「原理は分かりませんが、あの女の子は妖刀の気を感じることができるんです。かならず、妖刀を取り戻すことができますよ。それに、俺が絶対にアイツに妖刀を壊させやしません。必ず、ここに持って帰ります」

 アーニィはそう言って、壁にムツキをもたせ掛けて、自身もトヨの後を追って店の外へと飛び出した。

「ま、待て!!? 今壊すと言ったな!!? それはいったいどういうことじゃっ!!!!」

 店を出てから、ムツキの声が後方から聞こえてきた。

「やべっ、なんか無駄なこと言っちまったかな……まぁ、いい。トヨを追いかけよう」

 アーニィは呟きながら、すでに豆粒のように小さく見えるトヨの後姿を追いかけた。


 はっきりとその気を感じている。トヨはまるで足跡を追うかのように、妖刀の気の残滓を追って、広い通りから路地へ、家々の間を縫って曲がりくねった狭い道を走り抜ける。角を曲がる際にも迷いはない。刻々と、妖刀に近づいているのを確信していた。

「トヨ……待てよ!!」

 アーニィの声も、トヨの耳には入らなかった。目前に迫った目的の妖刀にトヨの意志は集中していたからだ。

 そして、ついにトヨは一人の男の元にたどり着いた。

「んあ? なんだぁ、ガキ」

 男は積み上げられた木造のコンテナの上で、酒瓶を煽りながら足元で自分を見上げているトヨの姿を見下ろす。その背には、細身のカタナを背負っていた。

「やっと見つけたぞ、妖刀」

「んあ? あー、このカタナの持ち主の手先か? へへっ、こいつはもう俺のもんだ。返してやんないぞ」

 男、盗人は空になった酒瓶を放り投げて、開いた手でカタナを抜いた。そのカタナを抜く姿を見て、トヨはこの男になら勝てると思った。あまりにも雑な剣の抜き方。この盗人は剣を扱ったこともないような素人に違いない。

「返してもらわなくて結構。お前から奪い取るだけだ!!」

 トヨがそう言って、背中の大剣に手を伸ばしたときだった。どすん、と盗人が堆いコンテナの上から飛び降りて来ていた。

「なっ!?」

 ほんのわずかな油断だった。

「へっ、隙ありだあああああ!!」

 その盗人の雄叫びを路地を突き進んでやっとのことで追いつきそうになったアーニィも聞いた。そして、トヨの姿を確認したときに、目を丸くした。

 抜き身のカタナを振り抜いた盗人の男。その凶刃を受けたトヨが地面に崩れるように倒れ落ちるところだった。

「トヨーーーっ!!!」

 アーニィが叫び、トヨの元へと駆け寄った。盗人の男は身軽に後ろへ飛び退く。

「トヨ、大丈夫かっ!! おい!!」

 トヨを抱きかかえるアーニィ。

「お前、こんなところでやられるなんて嘘だろっ!! おい、返事をしろっ、トヨっ!!!」

 トヨの体を激しく揺する。目を閉じた彼女の安らかな顔。

「こんな……こんなことって……」

 悲しみと怒りに顔を歪めたアーニィが、静かなトヨの顔に手を伸ばす。

 その手が、払いのけられた。

「アーニィ、うるさい」

 トヨが寝起きの顔のような不機嫌な表情でアーニィに言い放った。

「トヨ!! お前、大丈夫なのか!?」

「……らしいな。見てみろ。傷一つ付いていない」

 トヨの体を見ればいっさいに切り傷も付いていなかった。

「切られたんじゃないのか?」

「私も、そう思っていたが……」

 トヨはそう言いながら立ち上がる。

「へへへ……」

 トヨの視線の先にいる斬りつけた本人の盗人は、にやにやと笑っていた。トヨにダメージは一切ない。しかし、盗人はまるで目標を達したと言わんばかりに満足げな笑みを浮かべている。

「お前、いったい何が目的なんだ!!」

「まぁ、すぐにわかるって……」

 アーニィの叫びに盗人が答える。

「ふん、何を言って……」

 ビクともしていなかったトヨが、足を一歩踏み出したときだった。

 一陣の風も吹かない、路地の中で四角に切られた布が舞い上がった。その発信地はトヨ。舞い上がっている布は、もともとトヨの服を形成していたもの。つまり、トヨの服がはじけ飛んだのだった。

「……む?」

「んなっ!!!?」

 路地の日陰の中だが、青天のもとでトヨは全裸にされてしまった。

「うっひゃ~、小さいけどいいもん見たぜー!」

 盗人は鼻の下の伸びた顔で、後ろを向いて走り出す。

「……あの男、まさかこれが狙いで?」

 アーニィは戦慄する。まさか、こんな、服だけを切ることのできる剣があるなんて……、いや、もしかしたらあの男の剣技かもしれない。

「あいつ、相当やる……のか?」

 と疑問に思っているが、そんなことをしている場合ではなかった。ともかく、まずはトヨに服を着せなければ……。

「おい、トヨ」

 アーニィは自分の上着を脱いで、トヨに渡そうとする。彼女の裸をできるだけ見ないように、目線を外しながらだ。

 しかし、それをトヨは受け取らずに、足元に落ちた大剣を拾い上げていた。

「……あいつ、いったい何が目的だったんだ?」

「何って……そりゃあ……剣で服だけを切れるのなら男なら女を裸にするためだろ?」

「ふぅん、変わってるな、アイツ」

「いや、全裸にされて一切動じていないお前の方が……って、そんなことより服を……」

 と、アーニィが言ったときには、すでに目の前にトヨの姿は無かった。

「……あれ?」

 もしやと、盗人の走っていた方向を見てみると、大剣を片手に持った尻丸出しのトヨの走る姿があった。

「う、嘘だろ、あいつ!!! あ、あんな姿で盗人を追いかけるって言うのかよっ!!!? おい、待て!! さすがに外でその恰好じゃ不味い!! おい、待てええええ!!」

 しかし、トヨは止まらなかった。恥も外聞もないとはまさにトヨのことを言うのだろう。


ども、作者です。個人的にこの辺りは非常に好きです、ええ。

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