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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
19/104

恥じらいを持て

 夕方になってから宿を探すのは困難なことだった。王都には多数の宿が存在するが、その部屋数以上に都を訪れる人がいる。ある者は商売のために、ある者は移住前の仮住まいのために、ある者は旅の中継のため、一晩の休息所を探す。

 宿のクラスも上中下とグレードが分かれているが、すぐに埋まるのは上からだ。下のグレードの宿になればなるほどに、部屋の床や壁の木材や石材は古く、中には腐っているのに放置されているようなものもある。隙間風も吹いて、室内と屋外の温度の違いを全く感じられない。しかも立地も悪いから、昼の華やいだ王都の雰囲気から、荒れた夜の顔を見せる、暴力と暴言に満ちた喧騒が室内にもとどろいてくる。

 つまり、アーニィとトヨがやっとの思いで見つけた宿は、このすべてが当てはまる最低グレードのものだったということだ。

「で、その妙な気とやらをトヨはまだ感じるのか?」

 アーニィは夕食として持ち込まれた固いパンをかじりながら、一つ壁の向こうにいるトヨに返答した。夕食はパンと味の薄いコンソメスープだけ。昼に食べたものと比べると、天と地ほどの差である。

「ああ、ひしひしと感じる。どこに刀匠の店があるかはっきりと分かるくらいだ」

 壁越しに、ぽちゃんと聞こえてくる。トヨが狭い浴槽で身じろぎし、水面に波紋が揺らめくのが、アーニィには容易に想像ができた。高級な宿には必ず浴室があるものだが、こんなさびれた宿に浴室があるのは珍しい事だった。それだけは、この宿で十分に評価している。

「気のせい、なんじゃないのか?」

「違う。絶対にあそこに妖刀はある」

 トヨは強気に答えて、それに、と続ける。

「あの刀匠、ムツキと言ったか。あいつの態度もおかしかっただろう?」

 アーニィはぬるいスープを飲みながら思い出す。ムツキは職人肌の頑固そうな気難しいお爺さんという印象だった。それこそ、一日中誰にも会わず、店の奥の鍛冶場でカタナを静かに黙々と作っているような人だ。それが急に、水でも沸騰したかのように怒鳴り始めた。

「妖刀、って言った途端に怒鳴りだしたな。まるで、妖刀が禁句だったって感じで……!?」

 アーニィは、ことん、とカップをテーブルの上に置いた。口に出した言葉の中に、トヨも気付いているであろう、そのことのヒントが含まれていることに気が付いたのだった。

「ムツキは妖刀って言葉を知っていた? 俺はトヨから聞くまで全く知らなかったのに、本にだって載ってなかったのに」

「その上だ。あいつは妖刀なんかここには無いと言った。普通、妖刀を知らない奴は、妖刀を理解しない。お前のようにな」

 アーニィの反応は、まさに妖刀なんてものの存在を知らない、と言ったようなものだった。そんな自分の反応とムツキの反応を重ねあわせれば、彼が妖刀について知っているということを想像するのは容易なことだった。

「妖刀があることを知っているんだ、あの男は」

 浴槽からトヨが出てくる音がした。

「でもなぁ、知っていようが、持っていようが、俺達には何も教えてくれないし見せてもくれないんじゃないのか?」

 浴槽のドアが軋んだ音を立てて開く。

「いいさ。向こうにその気が無いのなら、力ずくでも聞き出すだけだ」

 浴室を出てアーニィの方へ近づいてくるトヨの足音を聞きながら、アーニィは小さくなったパンの最後の一切れを口に運ぶ。うつむかせた顔は、うんざりとしているようだ。

「だから、トヨのそう言う態度があの人を怒らせたんだぞ? そうやってすぐ力に訴えたり、高圧的に出ないで俺に任せてもっと穏便にやればよかったんだよ。そうすれば、もっとスムーズに話を聞きだせ……って、うわあっ!!!?」

 パンを飲み込んでアーニィが顔を上げると、目に飛び込んできたトヨの姿に驚いて叫び声をあげる。

「どうした? 何か思い出したのか?」

 自分の姿を見て驚かれたとは全く知らないのトヨは、素知らぬ顔でアーニィに的外れな疑問をぶつけていた。頭をタオルでわしゃわしゃともみほぐすように拭いながら、堂々と肩幅に足を広げ、アーニィの方を向く。

「違うっ!! そんなことよりお前、服!! 服!!!」

「服? 私の服なら、自分のベッドの上に置いてある」

「そんな所在を聞いているんじゃない!!! 服を着ろって言ってんだよ!!」

 堂々と立つトヨの姿は実に涼しげだった。風呂に入ったままの姿、つまりは全裸だった。

「いいじゃないか、まだ濡れているし」

 トヨは相変わらず、唯一手に持っている布の類、タオルを頭に当てて髪を拭っている。しかも、髪を拭うのにわざわざ両手を使っている。アーニィへ体の正面を向けているため、彼女のすべてが、彼には丸見えだった。良心を振り絞って右手で目を覆い、欲望に打ち勝とうとするが、指と指の間は薄く開かれておりちゃっかりトヨの裸を覗いていた。

 一糸まとわぬ褐色の肌には、頭と顔以外には一本の毛も生えていない。細い腕、薄い胸、胴の括れもまだはっきりとしたものではないが、骨盤だけは大きく、腰から太もも、さらに膝に向かっての稜線は丸みを帯びていて、いかに成長不足な彼女でも、女の体をしていると分かる。

 と、そんなことを分かってどうする、とアーニィは雑念を振り払った。

「せめて前だけでもタオルで隠せ!!」

「タオルは髪を拭くのに使うんだ」

 けれども暖簾に腕押し、トヨは全く意に介さない。

「恥じらいってもんはないのかよ……」

「ああ、無いな」

 ぼやくように言ったアーニィの一言に、トヨは即答する。そのまま、彼女は窓の方へと歩いて行った。隙間風以上の涼しい空気が室内に飛び込んでくる。トヨが窓を開けたようだ。

「ちょ!? そんなことしたら外から見えるだろ!」

 アーニィはトヨの背中に向かって言った。背骨に沿ってくぼんだ筋の先に、人の字のような割れ目の入った丸くて小ぶりな尻があった。これだけでも悩ましい姿なのに、大きく開かれた窓から見えるトヨの体の部分はは、へそから上が上のはず。男なら目に焼き付けようと躍起になって見るしかない場所だ。

 外から男の声が聞こえる。

「おい! あれ見てみろよ、女だ!」

「何ぃ!? ……なんだぁ、まだガキじゃねーかよ。あんなの女に入んねーよ」

 すぐに足音と共に男達の声は遠ざかった。どうやら、トヨの子どものような裸にドギマギしているのはアーニィだけのようだった。

「あっちだな……間違いない、感じる。あそこに妖刀があるんだ」

 トヨはマイペースに先ほどの話の続きを大真面目に呟いていた。アーニィはもうそんな雰囲気に戻れそうもなかった。初めて見た本物の女の子の裸に胸は高鳴り、顔は熱くて真っ赤になってしまっている。

「せめて服を着ろっての……」

 アーニィは唖然と項垂れる。このままこの少女と一緒にいて、風呂に入るたびに全裸で出てくるのであれば、一人の健全な少年として非常に苦しい思いをしなければならない。耐えるべきか、素直になるべきか。

 悩んでいると、アーニィが座っているぼろいソファにぽすんと何かが乗った。石鹸の爽やかな香りと、甘酸っぱい生理的に心地よい匂いが香る。

「む……あんまりうまくないな」

 アーニィが隣を見ると、トヨがテーブルに置かれた彼女の夕食のパンを手に取って、ハムスターのようにかじっている姿があった。もちろん、彼女はまだ、服を着てはいない。

 アーニィは固まってしまう。目が泳ぎ、視線がをヨの顔から下へとずり落ちるように向けてしまう。

「む? どうした?」

 じっと見られて所在が悪いのかトヨはパンを食べるのを止めて、スープの入ったカップに手を伸ばした。少し上から見下ろすアーニィの視線の先は胸だ。いくら薄い薄いと馬鹿にされ続けた彼女の胸であっても、トヨも年頃の少女。決して成長していないわけではなく、先端に向かって尖るように、小高い丘を形成している。

「む、冷めているな」

 スープを口にして、喉を鳴らしながら飲むトヨの隣で、アーニィだけは沸騰しそうだ。

「……あっ!!!」

 もう我慢できなかった。アーニィは顔を真っ赤にしながら勢いよく立ち上がった。

「む? なんだ、急に声を出して」

「風呂、入ってくる!!!」

 我慢できない、とはいえ、ここで手を出す様な甲斐性はこの男には無かった。できることはこの場から逃げ出すことのみ。

「……ああ」

 この行動には、トヨもきょとんとしてしまう。あれだけ大げさに叫び声をあげたのに、そんなしょうもないことを宣言するだけなのか、と拍子抜けも甚だしかった。

 アーニィはカクカクと固く手足を直角に曲げながら、そそくさと浴室へと向かった。

「まったく、変な奴だな、アーニィは」

 全裸でもくもくとパンを食べるトヨ。むしろ、変なのは彼女の方であったが、それを突っ込むようなこともアーニィはしなかった。できないほどに、自分を冷静にするのに必死だったからだ。


ども、作者です。こういうシーンをもっともっと書きたいものですなぁ。

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