王都へ
トヨ、アーニィ、コサンジの三人はなぜか山の中で正座していた。車座に座り、真ん中にはおられた剣の、柄のついている方が置かれている。
「うぐっ、ぐずっ……」
カタナを折られたコサンジは鼻をずるずると言わせながら、途方もない悲しみに暮れていた。
「ほら、トヨ。謝りなよ」
「……む、すまなかった……誤解とはいえ……その……」
「うぐっ……もう良いでござる……元はと言えば、拙者が襲いかかった身。体の良いことを言っていられる立場でもあるまい……」
とは言いつつも、未だに泣き止まない大人の姿を見ながら、アーニィは隣に座るトヨにこっそりと耳打ちをした。
「こりゃ、少し拗ねてるな」
「だな。いい大人の癖に」
「何をこそこそと……」
「あ!? いや、その……おたく、すっごく強かったなぁ、っていう話をしてたんだよ。な、トヨ?」
「え? 別にそんなことは……むしろ情けな……」
「いいから合わせるの!」
「む……まぁ、確かに強かった。この私でも手が出なかったのだからな」
二人が褒め称えると、コサンジもどうやらご満悦な表情を浮かべる。実に分り易い性格である。さきほどまで流していた涙もどこ吹く風で、胸を張っていた。
「当然にござる。拙者はありとあらゆる剣術を極めた者にござるからな」
えっへん、と言いたげなコサンジに、トヨはぼそり、と言った。
「剣術だけ、だな」
「い、痛いところを突くでござるな……」
「こらトヨ! もっと気を遣えよ」
「別に構わんだろう。それに、なぜ自称剣術を極めた者がこんなところで山賊と一緒におるのだ」
確かに、それはごもっともな指摘だ。アーニィはその答えを求めるように、コサンジの方へと視線を向けた。
「うぅ……それには語るも涙、聞くも涙の事情があるのでござる……そう、それは……」
「おい、この話は長くなるのか?」
「トヨ。少し黙ってろ。カタナを折ったことに非があると思うのなら聞いてやれ」
むぅ、とむくれながらも、トヨは黙った。勝手にカタナを折って、しかも誤解だったのだ。さすがのトヨでも、少しは悪くは思っているらしい。二人は、コサンジの話に耳を傾けた。
「拙者、王都で剣術指南所を開いて修業をしていたのでござるが、ついついすべての剣術の短所、長所を網羅することになり、それを境に常勝無敗の剣士になってしまったのでござる」
「おい、アーニィ。こいつの言い方ムカつくぞ。殴っていいか?」
「いいから黙って聞けって」
「そんな時に拙者は王都の図書の塔でサムライについて知ったのでござるよ」
「サムライ?」
「なんだ、それは」
「よくぞ聞いてくれたでござる。サムライとは、その昔、この大陸にいたとされる正義の剣士集団のことでござる。カタナを腰に差して、ちょうど拙者のような恰好をしているナイスガイなのでござる」
自分の姿を誇るようにコサンジは見せた。
「そうか、昔の人のセンスは壊滅的だったのだな」
しかし、女の子の意見は率直で残酷だった。
「そんなことないでござる。かっこいいでござろう、このチョンマゲも」
反応を待つようにコサンジはアーニィの方を見た。
「は、ははは……」
それに対して、アーニィはただただ肯定するでも否定するでもなく愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
「無理に合わせなくていいだろう、アーニィ。それより、話の続きだ」
「まぁ、見ての通り拙者はサムライにあこがれたのでござる。そこで、拙者はこれまでの指南所を全て閉鎖して、ムシャシュギョウの旅に出たのでござる。ムシャシュギョウというのは、サムライとしての実力を上げることでござる。拙者、サムライを目指していたのでござるよ」
「しかし、旅に出たまでは良かったのでござるが、これまでの財産の殆どをこのカタナにつぎ込んでしまったため、旅費があっという間にそこを尽きたのでござる。その日の食事にもありつけるかどうか分からない貧乏な旅は、実にひもじかったでござる」
「そうか。金のためにあの山賊たちと手を組んだのか」
「言い方が悪いでござるよ。手を組んだのではなく、用心棒として雇ってもらったのでござる」
「それでも、正義の剣士が山賊に肩を貸すなんて、本末転倒じゃないか」
「む! たまにはいい事言うな、アーニィも」
「く、確かに……いくら金のためとはいえ、山賊に加担するなど、拙者もどうかしていたでござる」
「そうだな。金に目がくらんでカタナまで壊されてしまったからな」
「トヨ、まるで事故でカタナが壊れたみたいな言い方してるけど、お前が壊したんだからな」
「分かっている」
「そうでござるな。カタナが壊れたのも、山賊に手を貸した罰なのかもしれないでござる。よし、拙者はこれから心を入れ替えるでござる! もう少し職場を考えるでござる」
「おいおい、おっさんもそれでいいのかよ」
「おっさんではござらん。コサンジと言ったろう」
「悪い、コサンジ。トヨを止められなくてすまなかった」
「いやいや、それはもう水に流すでござるよ」
「そうか。なら良かった」
コサンジはもうすっかり上機嫌なようだった。きっと、自分の身の上を誰かに語りたかったのだろう。それに、カタナの件も彼なりの結論にたどり着いて納得したようだ。しかし、アーニィとしては明らかにこちらの方が悪いと思っていた。一応、トヨにはまだまだ謝罪をさせた方が良さそうだった。
「お前はもっと謝罪をした方がいいぞ、トヨ。結構高価なものをぶち壊したんだからな」
「む、アーニィはそんなに私のことを悪者にしたいのか? ……コサンジ、すまなった」
渋々だが、それでもトヨは謝った。それをコサンジは笑顔で受け止める。
「もうよい、もうよい。これ以上くよくよはせんでござる」
「自覚はあったのか……」
「ところでコサンジ」
「なんでござる、トヨ」
「お前は妖刀を知っているか?」
トヨが突然質問をぶつけた。彼女としても、できる限り新しい情報が欲しいところだ。わずかなチャンスも逃す手は無いらしい。
コサンジも腕組みをしながら妖刀、というワードが自分の記憶の中のどこかに無いかを必死に探すが、うーんと唸ってこう答えた。
「妖刀? はて、拙者は知らぬでござるな……なんでござるそれは」
「む……カタナの一種なのだが」
トヨは少しぼかして説明をした。あくまで、彼は部外者であり、彼女の使命やら何やらを気取られるのは嫌らしい。
「カタナの一種……うむ、知らんな」
「そうか……」
結局、これと言った情報は得られなかったか、とトヨは肩をがっくりと落とした。
「拙者、カタナについては王都の図書の塔でいくつかの書物を漁って調べていたのでござるが、もしかしたら、その妖刀とやらも、図書の塔にある書物に載っているかもしれん」
しかし、そんながっくりするトヨに、コサンジは鶴の一声を掛けた。
「何!? それは本当か!?」
トヨの目に、希望の色が宿る。
「まぁ、本当にあるかどうかは分からんでござるがな」
「……前に俺も図書の塔には行ったことがあるが……確かに、あそこなら何か情報が得られるかも知れないな」
「行った事あるのかアーニィ」
「ああ。この山を越えて砂漠に行く丁度前だな。剣についていろいろ調べてたんだ」
「……やっぱりな」
「でも、その時はカタナについては調べなかったからなぁ」
「じゃあ、十分に行く価値はありそうだな」
トヨは立ち上がった。どうやら、行き先がきちんと決まってうずうずしているらしい。たたた、と走って木陰に置いてある大剣を取りに行った。
「おやおや、お主らも行き先が決まったようでござるな」
コサンジも立ち上がり、アーニィも立ち上がった。
「ああ、アンタのおかげでな。コサンジはこれからどうするんだ?」
「拙者はとりあえず、この山を越えるでござるよ」
「その先になら町があるから、そこで仕事を探すといいよ」
「お、それは助かる。では、しばらくは町に滞在することになるでござるな」
ほんの少し前までは敵同士だったが、こうして話をしてみれば、決して悪い人ではない、とアーニィは感じていた。この人が一緒に来てくれれば、トヨをいつでも止められそうでいいのだがな、と一緒に来るかどうかを誘おうとしたときに、トヨからの声が彼の背中めがけて飛んできた。
「アーニィ。行き先が決まったのなら早く行くぞ」
「ったく、トヨはせっかちだなぁ」
すでに大剣を背負った少女は、下り坂の方へと向かっていた。
「元気を持て余しているのでござるよ。まぁ、その元気をきちんと制御してやる必要がありそうでござるがな」
「だな……」
それは骨が折れるなぁ、と少しばかりの憂鬱をアーニィは感じて、ため息を吐く。
「おい! 早く行くぞ、アーニィ!」
「はいはい! じゃ、コサンジ。気を付けて山を越えろよ」
「言われるまでも……。では、達者でな」
アーニィとコサンジはお互いに背を向けて、一方は山道を下り、一方は山道の険しい道の方へと登って行った。
下り坂も、そろそろ佳境らしく、もうほとんど平坦だった。それに、つい先ほどこの先は王都、と書かれている看板を見つけたから、完全に下山するのももうすぐだ。
「トヨ。これからは勝手にカタナを折るようなことはするなよ?」
「なんでだ? 私はお前の言うことを聞く義理はないぞ」
この少女はあんまり人の言うことを聞かないのか、それともモラル的なことはほとんど学習しないのか。
「……また今回みたいなことを起こす気か?」
アーニィがそう言うと、トヨがむっ、と渋い顔をした。どうやら、今回のことで多少は学習しているらしい。他人の物を勝手に壊す、なんてことはこれからはしないでくれるかな、とちょっとアーニィは安心した。
「む……これからはちゃんと見定める。そのためにこれから王都の図書の塔で調べるのだろう?」
「そうだな。とにかく、勝手に、片っ端から折るなんてことはするなよ? それ以外なら、まぁ……何とか……」
アーニィはそう言いながら、彼女がカタナを折ることをある程度許容してしまっているのではないか? と疑問に思った。やっぱり見過ごすのは、剣マニアとしては、彼女がカタナを折るなどという強行に出るのは何としてでも防ぐ必要があるのではないか?
そんなことを思っていると、アーニィの足は止まっていた。急に立ち止まったアーニィにトヨが振り向いて行った。
「おい、アーニィ。立ち止まるな。私は早く王都に着きたいんだ」
「はいはい」
まるで小さな子供のようなトヨ。これがあんな大剣を振り回して大暴れしたり、勝手に人の物を壊したりするのだから、人は見かけによらないものである。けれど、そんな小さい子だからこそ、きちんと手綱を握らなければならない。アーニィはそう思いながら、彼女の後を吐いて行った。
山を登っていると、コサンジは山賊団に出会ってしまった。あの、元雇い主のジュリア率いる山賊団である。
「……おい、サムライ」
ジュリアは、サムライを見た途端に、不機嫌そうな低い声で言った。
「ややっ! お、お主らは……」
「足止めは、どうした」
こんなところにコサンジがいるのは、どう考えてもおかしい。ジュリアとしては、あんなに自信満々に言ったものだから、てっきりきちんと足止めをしていてくれていると思っていた。
「せ、拙者はお主らの用心棒はもう廃業したのでござる!」
廃業。その言葉と、コサンジの腫れている顔を見て、ジュリアは一つの結論にたどり着いた。
「ということは……あいつらをみすみす逃したってことね!? アンタ達! こいつをやっちゃいなさい!!」
「おう!」
「了解、ボス!!」
ジュリアが命令を下すと、数十名の山賊が一斉に前に出た。
「な、なぁに、そなたらが剣を使うのでござれば、拙者は……」
「全員、槍でやっちゃいなさい」
「んな!? な、なんてことでござる!!?」
ジュリアは彼が剣以外の武器にとんと弱いことを知らない。それでも槍を使わせるのは、彼らに本気で戦え、という命令だからだ。
しかし、さっきのこともあり、コサンジはいつの間に自分の弱点が見抜かれたのか、と焦っていた。
「あいつを捕えたらいかがなさいます!?」
「適当に殺しちゃいなさい」
「はっ!!!」
殺される、とコサンジは即座に思った。
「ぐ、ぐぅ……こうなったら」
できることは、ただ一つしかなかった。
「逃げるでござるっぅうううううううう!!!!」
下駄をかつんかつんと鳴らしながら、コサンジは山の林の中へと入って行った。
「あ、逃げた!!!」
「追いなさい!!!」
逃げたコサンジを、ジュリアは部下たちに追わせた。部下の全員がいなくなった中で、ジュリアは苛立ちながら、呟く。
「ったく、とにかく私はアイツらを追わないと……待ってなさいよ……」
その後、山の中では一晩の間、コサンジの悲鳴が鳴り響いたと言う。
「ぎゃああああああああああ!! でござるうううううううう!!!」
ども、作者です。二話が終了です。めっきり冷える季節になったことを思うと、この作品も長く続けられているなぁ、と感じますわ。