アーニィの実力?
トヨと男の戦いは続いていた。トヨは連撃を重ねる。
「やああああああっ!!」
けれど、雄叫びを上げての気合の入った攻撃であっても、男にブレードが触れることはなかった。ある時は木刀で受け流され、ある時は身軽な動きで避けられる。あまりにも当たらないために焦りが出始めたのか、トヨ自身の攻撃にも精彩を欠き始めていた。
「連打しても無駄でござる。むしろ一撃に仕留める意志がなければ、拙者に触れることですら無理でござるよ」
男の言うとおり、もはや彼がわざわざ受け流そうとしなくても、軽い足さばきで動くだけでトヨの攻撃は避けられるほどのがむしゃらなものだった。そして、一番大振りな縦斬りの一撃を放った後に、男はトヨの真横にスライドするような軽やかな動きで移動した。
「そこ、隙ありにござる!」
がつん、とまたもやトヨの頭に木刀が振り下ろされる。たんこぶができた場所への追撃は、尋常ならざる痛みだった。さすがのトヨも、目を潤ませながらしゃがみこんでいた。
「ぐああっ!!うぅ、痛い……」
「真剣では痛いではすまんでござる。拙者が手加減をしているのを嬉しく思うでござる」
「はぁ、はぁ……一度も攻撃が……あたらんとは……」
トヨの息が上がっているのを、アーニィは見逃さなかった。このまま戦いを続けても、トヨがあの男に勝つ見込みは無い。男の方も体力を消耗しているはずなのに、奴は息が上がるどころか、最初から今まで涼しそうな顔をしている。トヨの攻撃を捌いているから、疲れていてもおかしくはない。だが、あくまで最小限の動きに留めているために、体力の消耗も、最小限になっているのだった。
このまま戦わせていても意味は無い。アーニィは立ち上がり、トヨに向かって声をかける。
「トヨ、ちょっと休め」
「な、何だと!? 休むわけにはいかんだろう! これは私とこいつとの戦いだ!」
トヨは振り向いて怒鳴る。交替なんてする気はさらさらない。
「誰もそなたと一騎打ちをする、などとは言ってござらん。むしろ、その若造と一緒に戦ってもいい位でござる。十分なハンデとなろう」
「むぅ……言わせておけば……はぁ、はぁ」
トヨも、あの男との実力差は重々承知だった。このままでは敵わないことも、元来の負けず嫌いの彼女でも認めざるを得ないほどの実力差だった。それに体力の消耗が早くも体に現れていた。彼女の肩に、アーニィの掌が乗せられる。
「いいから休めって……別に俺がアイツを倒せるだなんて思っちゃいない。休んで体力を回復するんだ。そうしないと、アイツに勝つのは無理だ」
「…………分かった。少し休む……すぐには、倒されるなよ」
トヨは渋々承諾した。少し離れた木陰まで移動して、三角座りをし、口を尖らせる。
「分かってる。トヨが十分に休憩できる程度には時間を稼ぐさ」
アーニィはそんな彼女のふくれっ面を見ながら言った。
「拙者を相手に、どれくらい持つかな?」
「さぁな、あんたは随分と腕が立つようだから」
「ほう、そなた、よぉく見ているようでござるな」
「そりゃあね。俺はアーニィ・マケイン。アンタの名前は?」
「拙者、コサンジと申す。剣術を極めしものでござる」
「極めた、なんて自分で言うものか?」
「現に極めたからこそ、自分でも言えるのでござるよ」
「そうかい。アンタの強さが折り紙つきだってのは分かったが……これで、なんとか抵抗させてもらうぜ!」
アーニィは背中から一本、腰から一本の剣を抜いて構えた。前にドラゴンと対峙したときと同じ、長剣を上に、短剣を下にしての構えだ。それを見ながら、サムライも木刀を握る手の力をぐっ、と強めた。さっきの少女とは違い、この男はある流派できちんと鍛練を受けたものだと分かったからだ。
「……ほう、二刀流か……しかも、長短一対の構え。そなた「二天流」の者か」
「良く知ってんなぁ……こいつは、長い事持たせるの難しいかもな」
二刀流は動きを知らない相手にならより有利に戦える。それがある種の切り札的要素を持っているのだが、構えだけで流派を見破られてしまった。これでは有利どころか、もしかしたら不利になるかもしれない。冷や汗がアーニィのこめかみを伝う。
「アーニィ! 時間稼ぎをするのだろう!? 弱気なことを言うな!」
不安を抱く彼に、トヨが発破をかける。全く、誰のために戦おうとしているんだか、とアーニィは眉を顰めた。
「ははは、小娘は手厳しいことを言うでござるなぁ」
「全くだ」
「そなたの見立ての方が、正しいと言うのに……。そうでござる。そなたからかかってくる来るでござるよ」
「ホントに余裕そうなことで……じゃあ、遠慮なくいかせてもらうぜ!」
アーニィが攻撃を開始する。長剣での横からの攻撃がまず、コサンジへと向かう。それをコサンジは木刀で弾いた。すぐに長剣を引き、次は短剣での突き。コサンジはそれを避ける。
「ほう」
攻撃に転じても、それが通じる隙は無いと、コサンジは判断した。どちらかの剣で攻撃をすれば、その片方が防御に使われているからだ。
「さすがは二刀流。防御、攻撃とバランスよく動かせているでござる」
コサンジが、アーニィの攻撃を受けながら褒めるように言った。
「へ、それを全部避ける奴に褒められてもなぁ」
攻撃はかすりもしない。圧倒的な実力差にアーニィは薄ら笑いを浮かべる。
「ははは、実力差も良く理解しているでござるなぁ。では、少しばかり攻勢に出るとするでござる」
アーニィが長剣で突きを放ち、コサンジはその顔の横を通る突きを避けながら、即座に木刀を振るった。
「でえええい!! コテえええええ!!!」
狙いは、長剣の柄を握ったアーニィの手の甲だった。がつん! と当たると、まるではじ出されるようにアーニィの手から長剣が零れ落ちた。
「ぐっ!」
アーニィが呻く間に、コサンジの視線はもう片方の手の方へと向けられた。そして、さらにもう一撃、剣を握ったアーニィの手の甲へと繰り出される。
「それ、もう一丁、コテええええええ!!!」
「ぐあっ! しまった、剣を両方とも……」
からん、と無残な音を立てて、アーニィを守る手段も、攻める道具も失ってしまった。
「ふふふ、丸腰でござるなぁ……拙者、サムライ故、丸腰の相手に剣を振るうのは気が引ける。さ、早く小娘に代わって……」
コサンジの言うとおりに交替するわけにはいかない。第一、まだまだトヨの体力も十分には回復してはいない。交替することは勝ち目を一切放棄することだ。
「まだ、交替なんかできるか!」
他の武器は、腰に背中にある。しかし、それをわざわざ引き抜いている暇はない。アーニィは拳を握り、自分自身の体を武器としてコサンジの顔面にめがけて殴りつけた。
コサンジは木刀でその拳を防ごうとするが、彼の防いだところを拳は縫うように避けて、コサンジの横っ面に突き刺さった。
「んなっ!? ひ、卑怯でござる! 丸腰相手に手は出さないと拙者は言ったのに、そなたから手を出してくるとは……もう容赦はしないでござる!」
殴られた頬を腫らせながら、コサンジがアーニィに向かって斬りかかる。
「く、来る! だが、ここで何もしないわけには……」
アーニィは再び拳を握りしめた。
「いかないんだよおおおおおおおお!!」
その拳を前に突き出す。殆ど素人に近い慣れない殴り方だったが、その拳は避けられることも木刀で防がれることもせずに、再びコサンジの顎に当たる。骨と骨のぶつかる鈍い痛みと共に、アーニィは相手に攻撃の通る確かな手ごたえを覚えた。
「あぐっ!!」
「……当たる……攻撃が当たるぞ」
アーニィは目を白黒させる。無理もない。さっきまで一切の剣での攻撃が当たらなかった相手に、急に攻撃が当たるようになったからだ。痛む手の甲を摩りながら、アーニィはもしかしたら、と勘繰り始めた。
「く、くぅ……」
殴られたコサンジは、脳震盪を起こしたのか、木刀を杖にしなければ立ち上がれないほどにふらふらしていた。アーニィにとって、自分の予感を試すにはちょうどいい機会だった。これを逃す手はない。
「うおおおおおおおっ!!!」
「ま、また来るでござるかっ!!?」
アーニィは三度目の拳での攻撃を繰り出した。コサンジも木刀でガードしようとするがそれは見当はずれのところをガードしていた。コサンジは顔面に拳が飛んでくると踏んでいたようだったが、アーニィはコサンジのボディにめがけて拳を放っていた。
「あぐあっ!!!」
拳は綺麗にコサンジも鳩尾に決まった。
「……おいおい、素手の方が全然攻撃できるじゃねぇか……間違いないな」
その手ごたえに確かなものを感じると、アーニィはトヨの方を向いた。
「おーい、トヨ!!」
「なんだ、アーニィ」
さっきまで黙っていたトヨがのそっと立ち上がる。まだ、十分に体力が回復したようではなさそうだ。
「交替だ」
けれど、アーニィはさっきまでこだわっていたことを忘れたかのようにトヨにそう告げた。
「ん? 交替するのか。お前、結構有利に戦えているのに」
交替をすること自体には不満は無いらしく、トヨはすぐにアーニィのところに歩いてくるが、それでも急な交替には何か疑問を抱いているようだった。
「そりゃあな、こいつの弱点を知ったからさ」
「弱点?」
「そう。こいつ、剣を相手に戦うのは常勝無敗な実力を持ってるくせに、それ以外の攻撃にはてんで弱いんだ。多分、素手で戦った方がトヨは勝てるぜ」
トヨが納得する前に、アーニィの言葉に即座に反応したのはコサンジだった。
「な、なんてことを言うでござるか!!?」
一瞬言葉の詰まった男の声に、アーニィは笑うしかなかった。これでは、その通りだと言っているようなものだ。
「ほら、慌ててる」
「なるほど……。あの慌てようを見るに、図星らしいな。なら、ちょっとばかりさっきの仕返しをしてやろう」
アーニィからバトンタッチされたトヨが、今回は大剣を持たずにコサンジに向かって駆け出した。
「な、や、止めるでござる! た、戦うならきちんと剣を使って……」
まるで命乞いをするかのように攻撃されるのを拒否するコサンジに、駆け寄ったトヨのとび蹴りが決まった。
「ぎゃああああああああああっう!!!!」
コサンジが、転げまわる。
「む……本当だ。結構あっさりと決まるのだな」
こんなに簡単に手ごたえの感じる攻撃が決まるなんて、とトヨはまだ少し信じられない様子だった。
「あぁ、ぐ、お、おのれ……」
コサンジが立ち上がろうとする。
「むん!」
そのコサンジの後頭部に、トヨは無情にも折りたたんだ足の膝を落とすギロチン攻撃を放った。
「ぐあっ!!!」
コサンジは、ぴくぴくと動くだけで、もはや戦闘不能の状態だった。
「トヨ、お前容赦ないな」
さすがにこれはやりすぎなんじゃない? と思うが、トヨがさっき仕返しだ、と言っていたことから、よっぽど同じところを木刀で叩かれたのが痛かったのかな、とアーニィは勝手に結論付けた。そりゃ、仕返しするにはこれぐらいがちょうどいいかも。
「当然だ。これを貰う必要があるからな」
しかし、トヨの目標は決してそんなものではなかった。当初の目的を考えれば、すぐに彼女の取る行動は分かるはずだった。アーニィはそれを忘れていたが、彼女がコサンジの腰に据えてあるカタナを鞘ごと奪い取ったのを見て、すぐに思い出した。
「あ、お前、それどうする気だ?」
「もちろん、壊す」
トヨは即答した。それに対して真っ先に反応したのは倒れたままのコサンジだった。
「な、今、壊すと申したか!? 止めるでござる!! それは大切なカタナなのでござる!!」
コサンジが懸命に止めるように言う。いくら敵だとはいえ、これに関してはアーニィも同意だった。
「止めるんだトヨ! ほら、おっさんも言ってるだろ? 剣やカタナは大事なものなんだ。壊しちゃダメだ」
即座に彼もトヨを止めるように説得を始める。
「しかし、これほどにまで大事にするということは、よっぽどなカタナだと思うんだ……もしや、妖刀かもしれん」
けれど、トヨは聞く耳を持たない、というよりもカタナを壊させようとしない持ち主の姿により一層これは自分の探しているものではいかという疑念を募らせていた。
「それでも折ったら、おっさんが可愛そうだろ?」
「そうでござる! 拙者激しく泣き崩れるでござる!」
「なぁ、アーニィ」
「壊すの止める気になったか?」
「いや……このままカタナをこいつの手に渡していたら危険だ。さっきはうまくいったが、次は無いかもしれん」
トヨは自分を説得しようとするアーニィのことがうっとおしくなって来たのか、彼女からもアーニィを説得しようと試みた。
「それだったら、カタナを奪うだけでいいでござろう!」
「そうだ! わざわざ壊すなんて……」
けれど、トヨの説得は聞かなかった。もともとこの場合においては相反する考えを持っているので、それを聞き入れようとする気など、どちらにもないのだ。
「ええい! うるさい!! こうなったら強行手段だ」
痺れを切らしたトヨは、もう説得など面倒なことはできないと、カタナを鞘から抜き出して、思い切り地面にたたきつけた。ばきん! と折れやすいカタナはいくつも鉄の破片を飛ばしながら真っ二つに折れてしまった。
「うおおおおおおおおおおおん!!! 拙者のカタナがああああああああああ!?」
宣言通り、号泣し始めるコサンジ。それでもトヨはコサンジの方には大して興味を向けないままに、折れたカタナを見ていた。
「……むぅ、折ったが……特にこれと言った変化は無いな……これでいいのか?」
「いいわけあるか! この鬼少女!!! あああああ、拙者の、拙者の初めてのお給金で買ったカタナがあああああああああああ………」
大の大人が泣き止まない姿、というのは非常に情けないながらも、もっとも同情を誘う姿である。見過ごせないアーニィが、トヨに話しかけた。
「なぁ……トヨ」
「なんだ?」
「やっぱりそれ、妖刀じゃないんじゃない?」
トヨは半分に折れたカタナを元の鞘に納めながら、アーニィの問いに返答した。
ども、作者です。順調に二章も七部まできました。この調子で小出し小出しにしていきたいと存じておりまする。