助っ人のサムライ
ジュリアは青い山の中で一人真っ赤に顔を染め、胸を隠しながら茂みの中を走っていた。あんなに多人数の、よりにもよって殆ど男の部下に見られてしまったのだ。今まで誰にも見せたことないものを見せてしまった恥ずかしさと口惜しさが、走りながらも燃え広がるように募って行く。
「悔し~! あのチビ黒女め~、よくも私に恥をかかせてくれたわね~」
あの女を絶対に倒さなければならない。そうしなければ、この憎しみは癒えることはないと切実に感じていた。
「ジュリア様! ジュリア様―!!」
彼女の背後から、自分を呼ぶ声が聞こえてきた。荒々しくて野太い声は間違いなく自分の部下たちの声だった。ジュリアは慌てて背を向けながら、腕だけではなく、上着を引き寄せて胸を隠した。サイズが小さいのか、胸の方が大きすぎるのか、胸を隠すことに苦心した。
「ボス! ご無事ですか!?」
足音が異様に多かった。振り返ってみると、ひぃ、ふぅ、みぃ、さっき連れて行った部下たち全員がそろっていた。
「あ、アンタ達!! なんで全員で戻って来てるのよ!!?」
「それは、あの小さかったボスがいかに成長したかをこの目に拝みに……」
「違うだろっ!! 我々は、ボスの大きくて形のいいぷくっとしたおっぱいを拝みに来たのであります!」
「なにバカな事言ってんのアンタ達!!」
自然と、胸を隠す手に力を籠める。いくら部下と言っても、山で捨てられていた時分をここまで育ててくれた恩人たちと言っても、所詮男には違いない。
「じ、自分たちは、あられもない姿のボスが山に潜伏する暴漢たちに襲われてはいないかと心配になって……」
「その山に潜む暴漢たちはアンタらのことでしょっ!! 全く、私を追ってくる暇があったらあいつらをぶっ倒して来なさいよ!」
「そ、そんなのできませんよ。ボスですら敵わなかった相手に我々では歯が立ちませんよ……」
その返答を聞いて、ジュリアはため息を吐いた。それでも、彼らの言い分は十二分に理解している。自分ですら敵わない相手だった。この山賊団の中でも一番強い自分が。それが余計に彼女のプライドを傷つけ、口惜しさに拍車を掛ける。どうしてでも、彼女らと決着を付けなくては、胸の心地悪さがおさまりそうもなかった。
「全く……あんたらってば、男の癖してほんと情けないわねぇ……まぁいいわ。まずはアジトに戻るわよ」
「はっ! しかし、アイツらを放っておいていいんですかい? ここは山賊として、きちんとオトシマエを付けないと、俺達は今後舐められてしまいますぜ」
「オトシマエは付けるわよ。でも、その前に私は着替えが欲しいの! 後、当分生きていけるお金と食糧が必要ね」
「ボス、どうしてですかい?」
「そりゃ、アイツらを追いかけるからに決まってるでしょ。一度アジトに戻ってからじゃ、山にいる間には追いつけないでしょ」
そんなこともわかんないの、と口を尖らせるジュリアに、慌てながら山賊中の一人が尋ねた。
「ってことは、山を下りるんですか、ボスが!」
「そうよ。悪い?」
そうしないと、オトシマエ付けられないと、ジュリアは目で訴えかけた。
「い、いやぁ、でもそうすると、我々のボスがいなくなっちまいますし……」
「しばらく代理を頼むわ。あんた、やりなさいよ」
「お、俺ですか!? そ、そいつは構いませんが、やっぱりボスが山から下りるのは・・・・・・・」
うじうじとボスの言うことに反対する山賊たちにだんだんイラついて来たジュリアが、怒鳴りつけるように言う。
「文句あるのなら、あんたらであいつらの足止めをしなさいよ!」
「そ、そりゃ無理ですよ……俺達が束になっても、何秒かしか足止めできませんし……」
はぁ、とまたため息がこぼれる。情けないにもほどがある。これでは自分がいかに小山の大将を気取っていたかを白日の下にさらされているような気分だった。さらに、この言い分が随分と正しいのが、弱いのが彼らだけでなく自分も含まれているように思えてしまうのだった。
「そうねぇ、なら、足止めはあきらめるしかないわね」
じゃあ、さっさと戻りましょ、とジュリアが歩こうとしたときだった。かつん、かつん、と軽妙な足音が山に響いた。後ろを振り向くと、山道の方から髪の毛を頭頂部で縛った、あの珍妙な格好をした男が歩いて来ていた。
「足止めの役目、拙者が請け負っても構わんでござるよ」
奇妙な男は、顎の無精ひげをなでながら、もう片方の手を腰に据えたカタナの柄に置いていた。
「助っ人の旦那!」
この男は、自分のことをサムライ、と名乗っていた。数日前に山のふもとで出会い、なかなかの手練れだと自称するので、用心棒として雇った男だった。珍妙な格好こそしているものの、その堂々と直立した姿は頼もしくも見える。
「あんた……できるの?」
「それぐらい、訳もないことにござる」
「へぇ、頼もしいこと言うじゃないの、変な頭の癖に」
ジュリアがそう言うと、こつん、と何かに疲れたように、サムライはずっこけた。
「へ、変とは何でござるか! この髪形は「チョンマゲ」と言ってサムライの正装の髪形でござる! りぃっぱな髪形にござる!」
自分の頭を指さしながらサムライは説得するように捲し立てるが、ジュリアはその指さされた頭を見れば見るほどに、正装とは思えない、滑稽でふざけた者にしか見えないのだった。ついには、ぷっ、と吹き出してしまった。
「南国フルーツのヘタ頭じゃない」
「違うでござる! そんなものと同じにしていただくのは止めるでござる!」
「まぁいいわ。きちんと足止めをしてくれるのでしょ? 任せるわ」
ジュリアは再び、背を向けた。
「ふん、最初からそう言えばいいのでござるよ、余計な事は言わずに……ところでジュリア殿」
「何?」
「足止めだけでよろしいのでござるか?」
首だけを回して、しり目にサムライを見れば、彼は細いキツネ目の黒い瞳を自信をたぎらせていた。
「何が言いたいの?」
「ふふ、倒してしまっても構わんでござろう?」
圧倒的な自信だった。この断言に、この男ならできそうだ、とジュリアは感じた。何にしろ、復讐をするのにわざわざ自らの手を下す必要もあるまい、死んだあの少女の首を晒すなり、生きているのなら自分以上の辱めを与えてやれば、それでも構わなかった。
「……やれるのなら、任せるわ」
ジュリアの言葉に、サムライは口をにやつかせた。
「よし、では、参るとしよう」
かつん、かつん、かつん、とゆっくりと足音が離れていく。ゆっくり、という点に気付いたジュリアが突然振り返って叫ぶ。
「ちょっと! アンタなにとろとろ歩いてんのよ! 走ってさっさと行きなさい!」
サムライは普通に歩いていた、というか、むしろ散歩でもする老人のようなゆったりとした足取りである。これでは、間に合うことにも間に合わない恐れもある。
「は、走るって……拙者の履いている下駄は、走るのには不向きなのでござる!!」
「うるさい! そんなこと言ってあいつらをみすみす山から降ろしてしまったら、アンタの報酬減給してやるわよ!!」
そう言うと、サムライは顔を青ざめさせ、膝を高く上げながら、かつん、かつん、と走り始めた。
「な! それは困るでござる!!! 明日のおまんまでさえ食べれぬ身になってしまうでござる!!」
サムライは、走って茂みの向こうに出て行った。
「……走れるじゃないの、アイツ」
その後姿を見ながら、ぼそり、とジュリアが呟く。それと同時に、どしん、と砂煙をあげながら、サムライが見えなくなった。瞬間移動、などと言うものはできるわけがない。ただ単に、あの男が転んだだけだった。
「あ、転んだ。本当に大丈夫かしら?」
さっき、彼の目に宿った自信は、口調からにじみ出るそれは慢心でしかなかったのだろうか、とジュリアは三度目のため息を吐いて、アジト目指して歩みを進めるのだった。
ども、作者です。こういう抜けたおっさんを書きたいな、と思って登場させました。