貧VS巨
木陰で固唾を飲んで見守っていた山賊たちがざわめき始めていた。
「おいおい、これじゃやばいんじゃねーのか?」
「そんな、俺達のボスが負けるはずねーだろ」
「あ! こっちに来た!!!」
砂煙を上げながら、後退してきたジュリアの背中が、彼らの前に現れると、すぐさま蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。というのも、この戦いに巻き込まれないためである。本来は巻き込まれるようなはずはないのだが、今回ばかりは違った。
「でえええええええいっ!!!」
トヨがまた、横に振り回す大きな一撃を放つ。柄は最大の長さで持っている。すなわち、最大威力の攻撃だ。
ジュリアはその攻撃を避けるしかない。細い槍では受け切れるはずがないのだ。転がって、しばらくそのままの姿勢を保つ。
ばぎん、めきめき! とジュリアの背後にあった木が唸りを上げた。トヨの薙ぎは、ジュリア標的のジュリアではなく、後方にあった大きな木に命中していた。まだ若いけれど、木材とすれば十分に役立ちそうな大木だ。しかし、その木にトヨの大剣が命中するや否や、何度も斧で同じ個所を叩き割った時のように、半分以上が抉られてしまっていた。
「ちっ!」
トヨは木に大剣が挟まると知ると、すぐに剣を引いた。さすれば、支えを半分以上失った木は、見事にバランスを崩した。
「ほんと、規格外の馬鹿力ね」
ジュリアは反撃もせずに、その場から離れた。ぐらぐらと揺れる木を見てしまったからだ。そして、ずしん、と山全体を揺るがす様な地鳴りを立てながら、その木は倒れた。これを予見しての、山賊たちの回避だった。もくもくと砂煙が上がる。視界が一気に、淡い黄色に包まれた。
「むっ、また倒してしまった。こうすると良く見えんから気を付けたいものなのだがな」
砂煙の中でトヨは目を細める。あたりの木々はもう何本も切り倒されていた。それも全てトヨの仕業であった。
トヨがあたりを見回している間に、ジュリアは距離を詰めていた。幸い、視界の悪さがうまく働いてくれているようだった。
「隙ありっ!!」
ジュリアが、突きを放つ。
「むっ! そこかっ!!」
同時に、トヨも大剣を振り下ろした。二人の攻撃はたがいに当たらなかった。トヨは少し体をずらして避け、ジュリアは一歩も動いてはいなかった。
「あら、あんた、随分勘が鈍って来てるようね。それとも、目に砂が入ったのかしら?」
「むー、当たらなかったか……」
ジュリアは、この砂煙の中でも十分に狙いを定められているようだった。槍の扱いやすさがそうさせるのか、それとももともとの目の良さが効いているのか。対するトヨは、大振りな一撃になりがちなためか、優勢ではあるものの、まだトドメとなる一撃を当てられないでいた。
「はぁ、はぁ」
「ふー、ふー」
お互いに息は上がっている。二人とも近づく決着を予感していた。
「はああああああああっ!!!」
ジュリアが掛け声を上げながら先に動く。すでにジュリアの攻撃圏内に入っていた。槍が十分に届く距離、ということは柄を長く持っているトヨは大剣で攻撃をするには懐に入られ過ぎているということだ。
一撃、さらに一撃、と迫りくる槍を、トヨは体を逸らして避ける。ただ、トドメを刺すには大剣を使わざるを得ない。そのためにも再度距離を置かなくてはならない。
三度目の攻撃が来たときに、トヨは一歩下がった。だが、まだ距離は足りない。思い切り飛び下がる必要がある。
(飛び退くには、この隙しかない!)
トヨは両足を曲げて踏ん張り、地面を蹴った。
「隙ありよ!!!」
その瞬間をめがけて、ジュリアが槍を突きだす。トヨは避けることも、防ぐこともできない。ジュリアは槍を最大限まで伸ばした。
「なっ! と、届かない!?」
飛び上がるトヨの胸の前、まだ成長しきっていない幼い胸にはぎりぎり届かなかった。切っ先と胸との距離は一ミリにも満たない位の隙間だった。ただ、それだけでも届かなかったのは事実だった。
トヨが後方に下がりながら飛び上がる。そして、地面に落ちながら自分の大剣を振り下ろした。
「でええええええいっ!!!!」
振り下ろされる大剣の赤いブレードの影は、頭上を見上げるジュリアに落ちていた。このまま突っ立っていればジュリアに渾身の一撃が落とされるのは間違いない。
「間に合うかっ!?」
ジュリアは片手に槍を持って、後ろに退いた。ちょうど、体の前を防ぐ槍も腕も無い、がら空きだった。
トヨの振り下ろしが降りてくるのは早く、ジュリアの頭に大剣の切っ先が触れそうなほどだった。さらに後退しなければ攻撃を避けられない。しかし、とっさに足をさげられることはできない。できたのは、顎を引きつつ顔に傷がつくのを避けることだけだった。
剣の先は鼻を掠めて落ちていく。
「やった!!」
避けられた、とジュリアはとっさに次の行動を考えた。大剣を振り下ろした直後のトヨになら、槍を突き刺すことだって可能、と次の攻撃に思いをはせていた時だった。
トヨの攻撃は、完全に避けれてはいなかった。
トヨの振り下ろした大剣の切っ先は、ジュリアの顔の前から下に向かい、確かな手ごたえを得た。
「当たった!?」
トヨは大剣の先を見据える。大剣が引っかかったのは、ジュリアの体の中で最も突き出ている部分、つまりは胸の丁度谷間の前にある、真っ黒い晒しだった。
「……え!?」
トヨの攻撃は止められない。重力に引かれて落ちながら剣を振り下ろしているのだから、それは当然だ。そのまま、ジュリアの晒しを剣先に引っ掛けたまま、地面へと落ちていく。
ばりっ! と晒しが真っ二つに切り裂かれる嬉しい音がした。
アーニィも、山賊たちもその次の瞬間に起きたそれを見逃さなかった。
ばりっ! ばいん! ぶるん! の三拍子でジュリアの大きく、そして形の良い胸が青天の白日の下に晒されたのである。
「……」
「……」
戦っていた二人の時が止まる。トヨは何が起きたのかと分からない様子でぽかん、としているが、ジュリアは目線を下におろしながら、目を丸くして顔を真っ赤に染めていく。
「きゃああああああああああああああああっ!!!!!」
可愛らしい乙女のような黄色い悲鳴をあげながら、ジュリアは槍を捨て、自らの胸を両手で隠しながらトヨに背を向けて、走り出した。
「あ、ぼ、ボス!! どこ行くんですか!!?」
「ボスー!!! まだ倒していませんぜ、ボスー!!!」
山賊たちは恥ずかしさのあまりに逃げ出した自分たちのボスを追いかけて、トヨとアーニィのことなぞ目にもくれずに走り去って行った。
「……なぁ、アーニィ」
「どうした、トヨ」
「なんであいつは逃げ出したんだ? まだ決着も付いていないのに」
大剣を持ち直して、こくん、と小首をかしげるトヨに、アーニィはまたも愕然とした。
「それぐらい、女なんだし分かるだろ?」
「知らん。どうしてだ?」
「…………恥ずかしいからに、決まってるだろ」
「そうなのか? 胸を出せば恥ずかしいものなのか?」
「……あー、こいつ、確か前の村で胸元をかっぴろげていたっけな」
ちょっと、ずれているんだろう、とアーニィは納得することにした。
「ほら、そんなことを気にするより、さっさと行こうぜ?」
「む、それもそうだな」
予想外の足止めは喰らったが、とりあえずは先に進めるようになったことを喜びながら歩き出した。
「疲れてないか?」
「あんなの、軽い運動だ」
話ながら歩く二人には、かつん、かつん、という軽い音は聞こえなかった。
「……ふぅむ、あれは雑にござるなぁ」
もちろん、変な髪の男が無精ひげの生えた顎を撫でながら言ったことも、聞こえはしなかった。
ども、作者です。とってもわかりやすいタイトルですね!