剣VS槍
山賊たちの声が山に鳴り響く。どれもこれも、自分たちのボスであるジュリアを鼓舞するような言葉だった。荒々しい野太い声の集まる場所に、トヨは放り込まれた、いわゆるアウェーな状況だった。
だが、トヨはブレードに近いところの柄を持って、深く深呼吸をするほどに落ち着いていた。彼女にアウェーだのなんだのは関係ない。使命を果たすため、そのために一つだけでも強く進歩しなくてはならない。この一戦もその過程の一つに過ぎないのだった。
「行くぞ!!」
トヨがジュリアに向かって駆け出した。
「せえええええい!!!」
剣を横に構えて横に一閃する攻撃を放つつもりだ。だが、トヨがブレードの十分に届く距離にたどり着く前に、彼女の目の前にきらり、と光るものが近づいていた。
槍の切っ先だ。ジュリアは、近づいて先制攻撃を仕掛けようとしたトヨに対して、十分な距離をとって反撃をしていた。
「槍はリーチこそがその最大の強み! 剣なんかに遅れは取らないわよ!!」
トヨはジュリアの攻撃に気付いて、体を横にずらして避ける。そのせいで、走った勢いは死んでしまっていた。
「そこっ!!!」
避けて走りを止めたトヨに対して、さらに追撃の突きが放たれる。
「くっ!」
トヨはそれも何とか体をずらして避けるが、横っ腹にかすったようで、服が少し破れてしまった。
「速いっ!」
「そうっ! 私の攻撃は何よりも速さがウリなのっ! アンタなんかに反撃の隙は与えてやらないわよっ!!」
高速の突きがさらにトヨを襲う。初撃を回避しようとしたトヨであったが、すぐに次の攻撃が来ていた。避けるのは無駄だと判断したのか、大剣のブレードを盾にしてその攻撃を防いだ。
「ダメじゃないの! そんな風に体を全部隠しちゃったら、視界が遮られちゃうでしょっ!!」
攻撃を止めた途端に、ジュリアはトヨの横に回り込んでいた。まるで剣をガードに使うことを予見していたような動きだった。そして、回り込むと同時に、さらに突きを繰り出す。
「むっ!」
トヨはそれに気づいて、大剣を持ちながら後方にバク宙しながら回避する。
「そんなに馬鹿でかい武器を持ってるのに、凄い身のこなしね」
トヨのアクロバティックな動きに、敵であるジュリアも舌を巻いていた。
「でも、そんなに離れていいのかしら?」
トヨとジュリアは、お互いに相当な距離を置いていた。それこそ、長いリーチを持つ槍ですら届かない距離だ。しかし、トヨが攻撃をするのに、わざわざこの距離を相当詰めなくてはならないのに対し、ジュリアはリーチの分だけ近づく距離が短い。戦況はジュリアの方が有利だ。それも、剣と槍との得手不得手の関係によるところが非常に大きかった。
「む、確かに、槍を相手にするのはなかなか難しいな」
不満を漏らしつつも、トヨの口元にはまだ笑みがあった。
「だろ? ほら、やっぱり剣で戦うのには無理があったんだって」
「無理があるのは、普通の剣と槍で戦うときだろう? 私の剣はそんなたかが相性程度に左右されるような剣ではないわ!」
トヨが剣を持ち変える。さっきまでは短く持っていた柄を、一番長く持っている。ほぼ、三メートル級の大剣の最大の長さで使える持ち方だ。
「……なに、そんなに長く持って振れるのかしら?」
「振れるさ。わざわざ刃を少なくして多少の軽量化を図った槍などとは違って、この大剣「エンシェント」の一撃は重たいぞ」
余裕そうなジュリアに、トヨが自信たっぷりに言う。普通なら、背の小さい、それこそ大剣の半分にも満たない身長の少女が、あの馬鹿でかい大剣を縦横無尽に振り回すなど、想像に難いものだ。しかし、この戦いを観戦するアーニィは十分に知っていた。それができるのがこの少女だと。
「でええええええいっ!!!」
トヨが獣の咆哮のような声を上げ、ジュリアへと駆け出した。ジュリアも構える。
(近づいてくるなら好都合!)
リーチの差は十分にある。そう思っていたジュリアの眼前に突然、あの錆塗れの大剣の縦に長く見える、ジュリアに向かって尖った先端を向けた切っ先が迫って来ていた。
「え、ちょっ!!?」
ジュリアは突然のことに驚きながらも、辛くも体を倒してその突きを避けた。まるで、今まで自分があの少女にしていたかのような神速の一撃に、ジュリアはただただ目を丸くするだけだった。
「は、速い!!? あんな重そうなものをどうしてあんな子供が……!?」
地面に倒れ、体を起こしながらそうこう言っているうちに、大剣はトヨの方へと引き戻され、今にも振り下ろさんと担ぎ上げられている。
「ほら、次行くぞ!!」
トヨはわざわざ宣告して大剣を振り下ろす。まるで斧でまきを割るときのような、縦割りの一撃だ。
もちろん、背後にブレードが行くまで振りかぶったその攻撃をする際に、膨大な隙ができていた。それはジュリアも見逃しはしなかった。けれど、その隙を突くことができない。自分の持っている槍では、トヨのもとまで攻撃が届かないのだ。
振り下ろされる大剣を、退いて避けるジュリアに、地面を割って飛び散った礫が襲いかかる。
「くっ!」
ジュリアは目をつぶり、腕で顔面を防ぐ。
「隙だらけだぞ、山賊女!!」
そこに、さらにトヨは追撃を叩き込む。再び横なぎの攻撃だ。
「なめんじゃ、無いわよっ!!!」
それを、ジュリアはしゃがんで避ける。ぶおん、と頭上で物々しい音が鳴った。けれど、彼女はひるむことなくトヨの方へと近づいて行った。
「長い武器はね、攻撃の後が隙だらけなのよっ!!!」
ジュリア自身、槍を使うからこそ知っている、長物の弱点。攻撃の後に懐にさえ潜り込めば、相手はガードする隙も暇もなくなるものだ。現に、トヨも攻撃後に、左手一本に大剣を持ちつつ、それで横なぎの攻撃の勢いを殺しながら、体を開いてまるで打ち抜いて下さい、とでも言わんばかりの的になっている。
ジュリアは両手で槍を持った。リーチは短くなるが、確実な一撃を食らわせることができる。その一突きをトヨの腹部めがけて放った。
これならいける、そうジュリアが確信したときだった。どすん、と地響きと共に重量のある音がした。それはちょうど目の前で、トヨが大剣エンシェントを手放し、まだ殺し切れていない勢いを乗せて、少々一メートルばかり左側に放り投げ、それが地面に着地した音だった。地面は砂煙をあげながら、その大剣の重量をそのまま沈めるように、先端が埋まっていた。
軽い地響きのせいで体勢が崩れそうになるものの、ジュリアは持ちこたえつつ、予定通り槍を突きだした。
けれど、それは空振りに終わった。
大剣を手放したトヨは、より身軽になったのか、ジュリアの刺突を避けつつ、彼女へと向かって走り出していた。
「なるほど。長物の武器と戦うときは避けてから距離を詰めればよいのか。勉強になった」
そう言いつつ、トヨはジュリアの懐に潜り込んでいた。
(まずい!)
ジュリアはそう思いつつも、身動きが取れないでいた。突きの一撃は確実に仕留められるように、両足を広げて踏ん張り、両手で柄を掴んで放った。そのせいか、次に来るトヨの攻撃を防ぐ手だてが何一つとして残っていないのだった。足を動かせばバランスを崩して倒れる、どちらの手を離したところで、防ぐのは間に合わない。
「はああああああっ!!」
ジュリアの横っ腹に、トヨの肘鉄が当たった。
どっ、と音がして、ジュリアの手から槍が零れ落ちる。ジュリアは横っ腹を抱えながら、地面に膝をついた。
(くっ、避けられるどころか、まさか弱点を晒して、敵に塩を送る結果になるだなんて)
ジュリアは口惜しさに歯噛みした。
その間にトヨは、追撃を掛けずにそそくさと再び後退して、先ほど投げてしまった大剣エンシェントを取りに戻っていた。
(まるで、トドメを刺す必要が無いって言ってるようなもんね……屈辱だわ)
ジュリアは転がった槍をもう一度手に取ると、石突を地面について、杖のようにして立ち上がった。
「なんだ、まだやるのか」
トヨは振り返りながら、大剣を持ち直す。
「当たり前じゃないの、まだ戦えるわ」
肩で息をしながら、ジュリアが槍を構えた。彼女の目からは一切闘気は失われていない。むしろ、屈辱のあまり、火に油を注いだように、より一層闘気を燃えたぎらせているようだった。
ども、作者です。ちゃっかり更新を忘れていたので、しれっと二日遅れで更新します。次は必ず、日曜に更新。覚えておきます。