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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
104/104

銅剣

 さすがはウェスタンブールの士官学生だといったところか。マーブルはすいすいと階段を下りていき、あっという間に城壁の上部にあった投石場から、一番下の地上にまで降りて来れた。

 レバーを使って扉を開けると、眼前に壁の外の光景が広がった。

 落ちた木の割れた一部。城壁を形成していた石垣の破片。それから、倒れている兵士たち。飛ばされた木に当たったか、あるいは風圧か何かに倒されてしまったか。

 辺りを見渡しているとふいに全身が重くなって、足がかくんと崩れた。慌てて、アーニィは近くの壁に手をつく。

「連れてってくれないのかよ」

 こうなった原因は単純にアーニィを支えていたマーブルが、アーニィを支えるのを止めて後戻りを始めたせいだった。

 アーニィが彼に抗議の目を向けると、マーブルは鼻で笑った。ジュリアを前にしている時とは態度が百八十度違う。

「僕は君をここに連れてくることしか任されていないからな。早く戻って姫様の新たな指示を仰がなくては」

 マーブルはさっさと走り去ってしまった。

 アーニィは一人取り残されてしまったわけだ。アーニィ的には別に構わなかった。

 これから一人であの怪物の元に向かわなくてはならないのは、面倒この上ないが、長い距離を歩く必要もない。幸い、怪物も城壁に向かって近づいてきている。

 地上から見上げると、怪物は一つの山のようで巨大さが誇張して見える。

 その怪物の前に上空から岩が落下してきた。あのエリートたちの攻撃だろう。今回は怪物は木を飛ばしてきてはおらず、防衛のために行ったものではなさそうだ。やはり、攻撃か。

 岩は足元に転がっているだけ。続けざまにもう一つの岩が怪物の前に落とされた。

 何をしようとしているのだろう。あれはきっと、今頃指揮をしているジュリアの案で行っていることだろう。

 何か考えがあるはず……。

 そうか、とアーニィは気が付いた。前に岩を落とすことで行く手を塞ぎ、少しでも回り道をさせようとしているのだ。アーニィのために時間を作ろうとして。

 自分のために仲間が動いてくれている。

 アーニィもちんたらしている場合じゃなさそうだ。

 アーニィは背筋を伸ばして、外に一歩踏み出した。背中は痛むが、だからといって止まりはしない。

 アーニィは銅剣を抜いた。まだ怪物と距離はある。

 まずは試しに、だ。

 シヴィルは言っていた。銅剣を振る際にはありったけの気持ちを籠めろ、と。

 気持ち。何の気持ちを込めればいい? アドヴァイスをしてくれたくせに、いやに抽象的だったせいで困る。

 逆に言えばなんでもいいということか。どんな気持でも。

 今、アーニィが籠められそうな気持ちは……トヨを助けたい。トヨの力になりたい、ただそれだけのシンプルな感情。

 トヨを助けるために、俺に力を貸してくれ!!

 ありったけの思いを込めて、アーニィは銅剣を勢いよく振り下ろした。

 振り下ろした!

 振り下ろした!!

 ……。

 …………。

 銅剣は、ただの短い刀身のままだった。

「おいおい、気持ちを込めたって何にもおこらないじゃないか……」

「我を使おう者よ。何者か」

 声が、聞こえた。無機質で無感情な声だった。

「誰だ!?」

 アーニィは辺りを見渡す。近くには誰にもいない、

「誰とな? 陳腐で短絡的な問いだな。予想もできぬとは……長い眠りの間にニンゲンの知能は低下したか」

「……まさかとは思うが。コレか……」

 アーニィは手にもった銅剣を目の高さまで引き上げた。銅剣がしゃべったのか?

「コレとな? 自らが持ち使おうとしているものの名も知らぬのか? ニンゲンは無知に……」

 銅剣がしゃべったようだ。

「いちいち口の悪い剣だな。お前は剣なのか?」

「問いに答えよう。我は剣であり、厳密には剣でない。銅剣に収められた命だ」

「命? ……じゃあドラゴン!」

 トヨと初めて会ったときに闘った銅の巨竜を思い出す。あいつ、しゃべれたのか? 全くしゃべってなかったと思うんだが。

「我が銅剣を通して顕現する姿はそう呼んで差し支えなかろう。しかし、我は厳密には……」

 銅剣はやけに説明したがる。

「いいや、いい。これ以上話しを聞いている暇はないんだ」

 正直、いろいろと説明してもらうのはどうでもよかった。

「せっかちだな、ニンゲン」

「なんだっていいよ。それよりお前、使えるんだよな?」

 大事なのはそこだ。使えるかどうか。使えなければ困る。

「使えなくてどうする。使われてこそ価値と意味のある道具だ」

 答えを聞いてアーニィはほっとした。使えるのであれば問題はない。

「よし、それじゃあ……」

「……しかし、今のお前には使えまい」

「は? 使われなくちゃ価値と意味がないんじゃないのかよ」

「我に何のために命が、意志があると思うか? 強大な力を扱う者にはそれ相応の理由と格というものがあるのだ」

「それをお前が判断するのか?」

「そうだとも。たかが女を守りたい程度のことで我を扱うとは。また守るのも勘弁だが、あまりにも陳腐」

「……分かるのか」

 アーニィが心の内で思っていたことを銅剣はすらすらと述べていた。心仲が分かるというのか。

「無論だとも。そもそも銅というのは……」

「だから説明はいいって」

 要するにお前の今の気持ちじゃ足りないから使えない、ということ。

 銅剣の鈍く光る刀身に、困り顔のアーニィの表情が映る。剣の癖に手を焼かせてくれる。銅剣の力なくしては、アーニィは役立たずだ。なんとしてでも、使わせて貰わないと。

 アーニィは目の前の妖刀に意識や目線を集中させていた。それを変えたのは、ずどんとすぐに目の前から物々しい音が聞こえ、視界の端を何かが掠めた。一秒にも満たない時間に映っただけだったが、何かが落下してきたように見えた。

「よし、着地成功」

 ぎょっとアーニィは目を丸くした。落下してきたのは、ジュリアだった。

「ジュリア! お前、なんでここにっていうか、落ちてきた!?」

「ん? あ、ここにいたのアンタ。良かったわね、下敷きにならなくて」

 振り返ったジュリアはけろりとしている。落下してきた衝撃なんてまるでなかったかのよう。上から、つまりはあの投石場から降りてきたのだろうが、頂上に近しいあの場所から直接ではなかったようだ。

「いや、それよりもなんで。上で命令だしてんじゃなかったのか?」

「さっきまではそうしてたのよ。でもね……あの化けものの腹のとこ」

 ジュリアが怪物を指さした。腹の部分を指さしているのだろうが、ここからでは何があるのかさっぱりわからない。

「リオがいたの」

「リオが!? なんで!? 二人で闘ってなかったのか!?」

「ンなことアタシに聞かれたって分かんないわよ。なんか刺さってたんだから」

「刺さってた!? どうすりゃそんな状況になるんだ!」

 ただでさえあんなところにリオがいると聞いて驚いているのに、刺さっているなんて訊いたら、頭を抱えてしまう。もう何が何だか。

「だから知らないっての。ま、だからあいつをちょっと助けにいかないと」

 ジュリアが軽く言ってのける。

「できるのか?」

「さぁね。やってみるしかないわ。アイツに借りもあることだし。アンタがなにをしでかすのか知らないけどさ。もうちょっと時間かかるんでしょ?」

 アーニィはもう一度手元の銅剣に目をやった。

「ああ」

 時間を稼いでもらっている、ジュリアにリオを助けに言ってもらえる。途方にくれている場合なんかじゃないな。

「じゃあ、それまでには間に合わせて見せるから。アンタは自分のやることに集中しなさい。いいわね、今のところアンタしか希望はないんだから」

「……分かった。必ず止めてみせる」

 銅剣の柄をぐっと強く握った。力強い言葉を聞けたおかげで、ジュリアもにぃと笑みを零した。

「ふふ。ちょっとは頼り甲斐のある男になってきたじゃない……任せたわよ」

 ジュリアは怪物に向けて走って行く。進み行く彼女の背中に迷いはない。後のことは全てアーニィに任せている。後顧の憂いはなさそうだった。

「また女か、ニンゲン」

 やっと再び銅剣がしゃべりだした。

「見て……いや、聞いてたのか?」

「両方とも我にはできる。そもそも我には視覚聴覚だけでなく……ふむ、そう言えば説明はもういらんのだったな」

 やっと分かってもらえたようだ。なんというか、剣の癖に人間臭い。本当にドラゴンなのかもよくは分からないが、感情や思考などはこいつにはあるらしい。無機質な声だが、人間と話しているのと感覚は変らない。

「触覚は?」

 アーニィが尋ねた。聴覚も視覚もあるのなら、触覚だってあるだろう。

「無くはない。柄にあるのみだ。しかし、触覚自体の精度は高いぞ。握っているのが男か女かは手の固さで分かる」

 やっぱり。まさかとは思うが……。

「柔らかい方が?」

「いいに決ま……どちらでも構うまい」

「……」

 やっぱり。銅剣を見るアーニィの目が冷めていく。

「なんだその目は!」

「嫉妬してるのか。そのせいで俺に使わせないんだな?」

「嫉妬とは愚かな人間の勘定だ。人間を超越した命たる我にそのような感情はない」

 否定するあたりが余計に怪しい。

「……はいはい。じゃあお前が好きでもない柔らかい手をした女を助けるために力を貸してくれよ」

 アーニィがそう言うと、少し間が空いた。何か変なことを言ったのかと思っていると、銅剣は何事も無かったかのように先を続けた。

「力を貸す? 違うな。お前の意志を我に乗せよ。力を貸すのではない、お前の意志と気持ちを持って我を使うのだ」

「嫉妬して出し惜しみするなって」

 と、アーニィ。気付ぬ間に軽口を言うようになっていた。

「断じて違う。さぁ、早く我を使いたまえ。その際の意志や気持ちが我を使うに値すると判断すれば……お前の言う通りに力を貸して、やろう」

 これまでと態度が大きく変わっていた。

「……感情を交えるなよ?」

「交えぬ。感情など、既に人を超越した我にはない」

 うそつけ。銅剣のお前の方がよっぽど人間らしいぞ。

 そう思ったアーニィの内心も、この銅剣には伝わっていることだろう。

 木を改めて、アーニィは銅剣を強く握る。握力に熱い手の皮に自分の今考えていることが全て伝わるように。

リオとトヨ。二人を助けたい、守りたい。大事な仲間、命を守りたい。

「守るか。ニンゲンはいつも我に守ることを命令するのだな」

「?」

 突然にしゃべりだした銅剣に疑問の困った目を向けるが、抱いた疑問い銅剣は答えなかった。代わりに、

「ふむ。しかし、命を守るのは初めてだ。我の命も次の一振りで尽きるだろう……命を持って命を助けるとは、皮肉なものだ」

 そんなことを淡々と語った。

「じゃあ、使ったらお前、死んで……」

「死ぬのではない。消えるのだ。なにより、お前が気にすることでもあるまい。我は剣。すなわち道具。道具は使われてこその本望。お前の下す使命に、我は従うのみだ」

 なんとなく、トヨに似ているような気がした。使命に従うとかなんとか。

 アーニィの胸に寂しさが不意に訪れた。少ししゃべっていただけだけど、話していて楽しかった。初めてで最後になる。

「……すまない。使わせてもらうぞ」

 寂しいけれど、使わなければならない。使わなければトヨを助けられない。ジュリアの期待にも堪えられない。

「使えるかどうかは、もう一度試してみよ」

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

 アーニィは銅剣を振り下ろした。ありったけの、トヨをリオをジュリアを守りたいという気持ちを込めて。

ども、作者です。


書き始めのころから銅剣はこの辺りで使おうと思っていました。三年も前なんですねぇ……。

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