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カタナガリ  作者: リソタソ
オニキリマル
102/104

 なぜクイーンが出て来るのか。なぜ負ってまで差し向けて来ているのか。ちっとも理由がわからん。

 なんであれ、ジュリアは捕まらないために、殺されないために逃げるしかない。

「……逃げられるのかしらね」

 また、背後で家の崩れる音が聞こえた。

「あああ! 民間人に被害があああああ!!」

 兵士だろう声。本当に気の毒だ。あんな力を持っているような奴に追われているジュリアは自分の方が気の毒だと思うけれど。

 とにかく走り続ける。路地をまっすぐに進み、角を曲がる。どうか先に行き止まりがありませんように。

 角を曲がった先は行き止まりではなかった。が、ジュリアは立ち止まった。

「あ、メガネ!!」

 アーニィがいた。壁に手をついて歩いている。なぜ壁に手を付きながら? 怪訝そうに見ているジュリアにアーニィも気が付いた。

「ジュリア!! ちょうど良かった。肩を貸してくれ」

 アーニィがとろとろと歩いて近づいてくる。本調子ではなさそうだ。明らかに体の調子に異変がありそうな歩き方。どうしたのだろう。

「え、ちょ、アタシ逃げなきゃいけないし……」

 しかし、他人を心配している暇などない。ジュリアは家同然にぶっ潰される恐れがあるのだ。アーニィに近づいて真横を素通りしようとする。

「逃げる? ま、待ってくれよ。俺も急がないといけないんだ。力を貸してくれ! トヨとリオが……」

 説明しようとしているアーニィをスルーしようとするが、ジュリアは腕を掴まれてしまった。

「あーもう! 聞いてる暇なんか……」

 思わぬ足止めを食らってしまう。話を聞いてる暇なんてない。早く逃げなくちゃ……。ジュリアは背後を見やった。

「げ……」

 声が漏れる。背後にクイーンがいた。

 アーニィもジュリアの背後にいる女性に目がいく。

「もしかして、クイーン?」

 似ている、ジュリアと。見た目も瓜二つ。親子って言われるとそうとした見えない。

「行きずりの男を色香で惑わしてかくまってもらうつもり? 無駄な事をしないで」

 クイーンのしゃべり方も声もジュリアに似ている。

「変な勘違いしないでくれる? 今更母親面しようっての? アタシは破壊神みたいな母親を持った覚えはないんだけど?」

 ジュリアはつんけんした態度で答えた。アーニィは何があったか知らないが、一つだけは分かる。どうやらこの親子の対面はいい対面はしなかったらしい。

「母でもなんでも構わないわ。アンタの罪状に脱獄まで付いたんだから、何が何でも逃せないの。子供にはそれくらいのことも分からないのかしら?」

 脱獄? アーニィは眉間にしわを寄せた。なぜ脱獄? 捕まってたのか、ジュリアは。

「その子供の減らず口にムキになるなんて大人げないんじゃない?」

「すぐに話を逸らして本題から目を背けるなんて、実に子供らしいわね」

 売り言葉に買い言葉の応酬。ああ、これは絶対に親子だ。

「さ、逃げるわよ」

 ジュリアがアーニィの腕をつかみ返す。こうなったら旅は道連れ。連れて一緒に逃げるしかない。ジュリアはそのまま走り出した。

「ちょ、待ってくれって! 俺は……」

 アーニィは訳が分からない。逃げる理由なんてアーニィにはないし、ジュリアが逃げている理由も知らない。引かれるままに走ることもできなかった。

 アーニィはうめいて転んだ。

 ジュリアは振り向いて、倒れたアーニィを見る。

「ちょ、何やってんの……アンタ、背中……」

 服の上に血がにじんでいた。アーニィの背中から染みでている。体の調子が良くないどころではない。人目で分かるほどの大けがだ。

「なんだ、トヨたちから聞いてないのか?」

 よろよろと起き上りながらアーニィが訊く。

「聞けるわけないじゃないの。牢屋に入れられてたんだし……」

「またかよ」

「またって言うな! アンタこそそんな怪我でまた無茶しようって言うの? 何が起きてるか知らないけどさ」

「無茶でもなんでも、行かなくちゃ……」

 立ち上がったアーニィ。けれど、怪我のせいで体がよろめく。それをジュリアが支えた。

「前は何もできなかったんだ、俺。俺の力で、トヨもリオも助けられなかった。今、トヨとリオがたたかってるなら、今力になれなくてどうすんだよ……」

 ジュリアは何があったかは知らないが、本気だと言うことは伝わってくる。ジュリアはふとノルストダムのことを思い出した。

 あのときもまっすぐにトヨを助けようとしていた。ここで自分が見捨てるのは格好がつかないわね。

 ジュリアはアーニィの片腕を反対の肩に回し、彼を支え直す。アーニィの体はぐったりとしていて、重たい。力がほとんど入っていないようだった。

 いくら自分で決めたからといって、そんな役目ね。

 自嘲しながらジュリアはクイーンに目を向けた。

「って訳よ。アタシやることができたから、アンタとの鬼ごっこはここで打ち切りね」

「見逃すとでも?」

「見逃してもらわなくちゃ困るわ」

 ジュリアの強がる声に、クイーンはハンマーを振り上げた。

「ま、待ってくれよ! 俺達にだって事情が……」

 アーニィが仲介しようと言った。しかし、クイーンの険しい目は変らない。

「事情ならアタシにだってあるわ。一方的に聞き入れる道理があるとでも?」

「物わかりが悪い女ね。歳のせいかしら?」

「へらず口で人を動かせると思うな、子供っ!!」

 クイーンが襲いかかってくる。

 ジュリアは武器もない。アーニィの武器を一つだけ。銅剣のみ。これでは敵わないし、逃げることもできない。銅剣を今ここで使うべきか。使わないと逃れることもできそうもない。

 振り上げたハンマーが、ジュリアとアーニィたちへと振り下ろされようとする。

 そのときだった。

「もうその辺にしときな」

 後ろから声がした。呼応するようにクイーンはハンマーをただ下ろした。

「あら、誰かと思えば……久しぶりじゃない。元指南役様」

 アーニィとジュリアが振り返った。

 背後に立っていたのは、アーニィの父親、シヴィル・マケインだった。

「指南役って……アンタの親父なかなか偉いじゃない」

「元だから偉くはないよ。俺が産まれるよりも前らしいし」

 王都士官学校剣術指南役。シヴィルの役職は確かこんな感じだったと、アーニィはかつてに聞いたことがあった。嘘ではないだろうし、嘘だったとしてもどうでもよかったが、クイーンと知り合いだったとは聞いてなかった。

「で、どうしてアンタに邪魔をされなくちゃならないのかしら?」

 しかも、クイーンの口ぶりから察するに、シヴィルとクイーンもタダの知り合い程度の関係ではないようだ。上司や部下でもなく、かつての師弟だったかのような。

 シヴィルはパイプを口から話し、ふぅと紫煙を吐いた。

「倅の見送りに来てな。見知ったのがいく手を塞いでおるのが珍しくての」

「答えになってないわね。手助けのつもり?」

「そんなもん、こいつにゃいらんわい。親は子の独り立ち程、嬉しいもんはないじゃろう?」

 シヴィルは分かるだろうという顔をクイーンに向けた。

「さぁ……親心なんて今のアタシにはいらないもの。理解も同調もできないわね」

 ……。

「いつまでもぐだぐだ大人の会話しないでよっ!! アンタもさっさと退きなさいッ!!」

 ジュリアがキレた。どうにも硬直した現状が気にらなかったらしい。

「……!?」

「いい? アタシはこれからやらなくちゃいけないことがあるの。邪魔しないでって言ってるの!」

「そう言って……お前の言葉を信じられると思う? 自分の立場を考えなさい。逃げ出すことだってできるもの」

「ンなことしないわよ! アタシには今、この目の前のことをどうにかしなくちゃいけないの! その後の事なんて、微塵も考えちゃいないわ」

「それを……」

「信じろなんて言わないわ。アンタにも立場ってもんがあるものね。アタシの立場はアンタが見れば限りなくしたよ。でも、捕えた側だから、親だからって全部ジンで従えようとしないで! アタシにだって意志がある、気持ちがある、アタシにだってアタシなりの立場ってモンがあるの!」

 ジュリアは叫んだ。決意と意志とともに。

「終わったら戻って来てやるわよ。アタシの意志でね」

 ジュリアはアーニィの手を掴んだまま、クイーンの横を通り過ぎる。クイーンも今回ばかりは止めようとしなかった。

 気おされていたわけでも、納得をしたわけでもなかったが、止める気が起きなかった。

 なぜだろう。そんなこともクイーンは考えなかった。

「見逃すか。親ばかにでもなったかの」

 シヴィルは再び、パイプを咥えた。

 こいつのせいかもしれない。親だなどと他人に言われてしまったせいか、心内のどこかで自覚してしまったのかもしれない。娘の反論に成長を認めて……それで……。

 いいや、よしておこう。

「親ばかはあんたでしょう? わざわざ後を付けてたくせに」

「ふん。さあなあ……」

 嫌味を言われても、本当の大人は売り言葉を買わなかった。

ども、作者です。


しばらくぶりに長めですね。まぁ、すごく長いのと比べると全然短いのですけれど。

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