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引退魔術師のセカンドライフ  作者: DEED
一章 学園生活
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6話 結果報告

 わたしの講義用兼雑務・実験を兼ねた館も相当な広さなのだが、

 それを軽く上回る広さの館を教官用の敷地に建てた教官がいる。


 ――教官敷地の約8割に相当する面積である。


 更に、その館の半分が彼が長年集めた書物の保管庫、図書館として充てがわれている。

 ウィザードともならずとも、過去の歴史に興味がある者からすれば理想郷といえる。

 古いものに至っては、【大破壊】以前のものどころか、神話時代にまで遡れるかもしれない書物まである。

 問題はそれを読める人間が皆無なことだろう。



 ◇



「――失礼します。ミラ・ディエルです」

 館の主がいるはずのドアをノックする。

 彼は一日のほぼ大半をここで過ごしている。いないほうが珍しいからおそらく居るはずだ。


 返事はない。

 私はため息を付きながらドアを開け、中に入る。


 ……いた。本の山の中に。

 彼なりに片付けたのだろうが、本の山を部屋の隅に移動させただけでほとんど意味は無い。

 読書に夢中なのだろうか、わたしの顔を見ようともせず、本を読み続けていた。


「かけたまえ。ミラ・ディエル君」

 声は聞こえていたようだ。しわがれた声ではあるが、しっかりとした強さを感じる声。

 ようやく本を机の横に置き、私を見つめる。

 齢70を超え、なおもウィザードの中において最高位の存在。


 ジェフ・ワイズマン。

【放浪の賢者】――この学園のもう一人のウィザード教官である。



 正直に言おう、私は彼が苦手だ。

 そもそも、彼がここにいること自体場違いだと思うほどだ。

【賢者】などという二つ名を有する存在である。一国の王、下手をすればそれ以上の存在なのだ。

 それが一応自分と同じ立場とか考えたくもない。


「読ませてもらったよ」

 彼はわたしの訪問目的をすでにわかっているようだ。

 この前の資質測定の結果報告の件だ。

 私が行った結果を彼に報告し、彼がそれをチェックし上に報告する。

 本来立場としては同等である教官同士なのだが、私と彼の関係は上司と部下に近いだろう。

 彼と向かい合うように用意された椅子に座り、彼の言葉を待つ。


「私が、再度行った試験結果だ。読んでみたまえ」

 彼は、机に一枚の紙を出す。

 私はそれを手に取り読んでみる。


 ――やっぱりか。

 それは、あの子供たち20人のリストである。私が評価した6人は彼の評価では合格となっている。

 そこまでは問題がない。

 問題は、更に7人が資格ありとされていることだった。


「君の方法では、優れた素質を持つものは選別できる。

 だが、それでは魔法が使える素質があるものをすべて見い出すことはできないのだよ」


 いつの間にか、彼とわたしの前にお茶が用意されていた。

 魔力を感じなかったことに驚く私を気にも留めないようだ。

 彼はそれを一口のみ、言葉を続ける。


「私は…すべての人間が魔法を使えるようになること。それこそがウィザード教官としての使命であり、役目だと思っている」

「不可能ですよ。魔力の差はどうやっても埋めれるものではありません」

「そうかね?より効率のよい魔力の運用方法が確立すれば、それは決して不可能な話ではない」


 私と彼の考えは根本的に違う。

 彼は、すべての人間に魔法という力を与えようとしている。

 彼が50年前に生み出した魔法生成理論によりウィザードの幅が広がったのである。

 それまで魔法が使えるものはもっと限られていた。

 彼がその裾野を破壊した。彼が【賢者】と呼ばれる所以だ。


 私は、中途半端な才は身を滅ぼすと思っている。

 才無き者が、努力することを滑稽と思っているわけじゃない。

 中途半端な才は人を濁らすのだ。

 そこで挫折し満足してしまう。上を見れなくなってしまう。

 それが怖い。

 中途半端な者が足を引っ張り、パーティーを全滅させる。

 そんな結果を見てきたのもあるのだろう。


「たしかに君が選んだものは優れている上、ウィザードになる権利を持つことになる。

 だが君が選ばなかったものはウィザードの権利を持つことが出来ない。だが魔法は使えるのだ。

 君はありえたかもしれない子供たちの未来の可能性を奪うことになる。

 それでも君は正しいと思うのかね?」


 彼の言うことに間違いはない。

 だが…どこかで否定したい自分がいる。

 でも反論できなかった。言葉が出てこないのだ。


「まぁ君をいびるのはやめようじゃないか。君の選別に間違いはない。

 実際君は優れたものを選別しているのだから」

 彼は苦笑する。



「ところでだ。君は――。君のその理論や考えを何らかの形にしようとは思わないかね?」

「どういうことでしょう?」

 突然切り替わる話題に頭がついていかない。

 頑張れ私。これでも頭を使うウィザード教官なはずなのだ。


「君の言う――覚醒現象。あれは非常に優れた魔法理論だ。

 あれをより研ぎ澄ませば、より強力な魔法の安定化につながるはずだ。君もよく知っているはずだがね?

 …だが、口授では駄目なのだよ。書物や何らかの形にしなければ。

 そうすることにより、より多くの者へ伝わる。

 そしてなにより口授では伝えるものに限度がある、伝えるものの命と言うもののね」


 私は人に教えるのもあまり得意ではない。

 じゃあなんでこの仕事を選んだのか?これしかなかっただけだ。


 嘘だ、そうじゃない。


 自分のパーティーが解散した時に、どこかの宮廷魔道士として雇われても良かった。

 実際、ディアシールからの引き抜きもあった。

 だが、あんな狭苦しいところは嫌だった。

 別のパーティーに参加しても良かった。

 でも、過去の仲間たちよりいい場所があるとは思えなかった。

 故に、ここの仕事には興味をもった。


 自分の名声を活かせ、束縛もそこまでではない、新たな人間と命をかけることもないだろう。

 そう考えるとここは都合のいい逃げ場だったのかもしれない。なんて考えている自分を察したのかどうか。

「受け取り給え」と彼は別の紙の束をわたしの前に置く。


「これは?」

「君の言う覚醒現象を、私なりにまとめたものだ。

 私は残念ながら、君の言う世界を見ることが出来ない。

 私は君のように才ある人間ではないのだよ…故に羨ましい。

 だが、私はその才を埋めるために努力をしてきた…。

 いつの間にかわたしは【放浪の賢者】などと言われるようにはなった。

 だが、それでもその差は埋まらなかったようだ」


 中身を読んだ私は驚く。

 軽く読んだだけでも覚醒現象を起こしていないとは思えないほどの、詳しい内容がそこには書き記されている。


「書いたのは私ではないよ。

 今は亡き我が友が書いたものだ、当時の私には彼の言うことが理解できなかった。

 彼こそ私が認める【真の賢者】だ。

 君に会い、ようやく彼が言っている理論が正しかったのだと理解できた。

 君の魔法理論は彼と非常に似ている。故に感謝するなら我が友に頼む」

「ありがとうございます、ワイズマン先生」


 ――感謝しかない。ここまで完成されたものがあればあとは少し書き足せばなんとかなる。


「君に先生と言われるとはね。それに【賢者】といわれるより聞こえがいい」

「あら、今のウィザードは全てあなたの生徒ですよ」

 彼は笑う。私も微笑み返す。

 そう、彼なしでは今のウィザードは存在しない。それは私を含めて。


 苦手だったはずの彼の印象が少し変わっていた。



「さて…今回の資質測定結果だが、異はあるかね?ミラ・ディエル教官」

「いえ、ありません。ジェフ・ワイズマン教官」

「ならば、これを持って上に報告する。ご苦労だったな」

「いえ、失礼します」


 彼が淹れてくれたお茶を飲み干し、部屋を出ようとした私を彼は呼び止める。


「ああ…そうだ。彼は、君が見た世界を【原初の海】と名づけていた。ぜひともその名前だけは残してほしい」

「【原初の海】…素敵な名前です。ぜひ使おうと思います」



 私は、紙の束を持って彼の部屋を出る。

 ずいぶん長居をしてしまったようだ。

 外はすっかり暗くなっている。


 ずいぶん大きな宿題を与えられた気がするが、気にしない。

 残念だが私は彼の後継者にはなれない。私は【魔女】であって【賢者】ではないのだ。

 考えに違いがある以上、私が彼の考えを理解できたとしても彼と同じ道は歩めないだろう。


 だが、そのうち【賢者】の後継者がうまれるだろう。

 少なくとも、彼はそうしようと今も努力している。


 ならば、せめて自分は【魔女】の後継者をつくろうではないか。

 いや、【魔女】なんて忌みられた二つ名を有しなくていい。

【ミラ・ディエル】の後継者が育てばいいなと。

 私はそう思うのであった。


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