4話 教官たちの食事会 その2
彼女に最初に出会ったのはここの教官採用試験の時。
彼女は赤子を抱いていた。
おそらくだけれど、周囲も彼女を訝しんでいただろう。
わたしだってそうだ。
だが、それが間違いであることに気づく。
まだ生まれて数ヶ月も経っていない赤子をだいてるのもかかわらず彼女の体はしっかりと鍛えられていた。
よっぽどの鍛錬を積んだのか、それとも産んだ子ではないのか。
気になった。彼女にも。その子供にも。
「はじめまして、もしかして『戦姫』カルロッタさんですか?」
「あなたはどなたかしら?」
彼女が疑問に持つのは当然のことだろう。
明らかに警戒している。
「ああ、すみません。ミラ・ディエルと申します。その子はあなたの子ですか?」
「もちろんよ…!」
彼女から感じる少しの怒り。
うん、質問間違えた。
自分に余裕があったからだろう。教官採用枠が20人と聞いていたが、
ウィザードっぽいひとは2~3人。
一人は勝てる気がしない人がいたけれど、まぁ落ちる心配がなかったのだ。
油断大敵怪我一生。
「その子から、すごい魔力を感じるんです。きっと良いウィザードの方が父親になられたんでしょうね」
彼女の顔色が変わる。
怒りではない、驚き、そして感じる歓喜。
「ありがとう…ええ、この子の父はそれは素晴らしい人だったわ」
よかった。機嫌を直してくれたようだ。
「ミラ・ディエル……。もしかして『幻想の魔女』?」
「確かに『魔女』なんて言われていますね。そんな大したことをしたつもりはないのですが」
私は苦笑する。
私には過ぎた二つ名だ。
「お互いに頑張りましょう?ミラちゃん」
「ええ、今度は一緒に教官として」
固く握手し別れる。
彼女ならきっと合格するだろう。その確信があった。
◇
「――あら?ご一緒してもよろしいですか」
チェーンメイルを着た女性が、私達の隣りに座る。
持っているのは、スープとパンだ。
あー、そっちも良かった。
程よく柔らかくなったパンとスープ。美味しいに違いない。
「午前の訓練は終わったのかしら?イザベル」
「ええ、最近皆さんが強くなってきて鍛錬のしがいが有りますわ」
――ナイト教官、イザベル・S・フォレット
彼女は、元々冒険者じゃない。
この学園の教官としては珍しい騎士団からの出向組である。
神殿騎士団。騎士団の中では、まず間違いなく最大勢力の騎士団に該当する存在である。
彼女は、そこの副騎士団長補佐だったのだが、自ら好んでここにいる。
奇特なものである。
まぁ、彼女にも色々事情はあるのだろう。
20代前半で神殿騎士団の副騎士団長の補佐。
実質ナンバー4まで上り詰めた彼女の苦労はうかがい知れないが、その実力は確かだ。
神殿騎士団、更にそれを統べる上の存在の意向はよくわからないが、
コネクションを持っておきたいとかそういういうことなのかもしれない。
二十代前半のイザベル
30前の私
30代前半のカルロッタ
年齢こそ差があれど、私達はなかなかに良い関係だと思う。
色々と話しながら食事は進む。
期待の生徒、他の教官たちの話。
そして、みんなが仕入れた周りの国の状況。
学園の中では情勢ってのはわかりにくいのだ。
だが知っておいて損はない。情報ほど目に見えないが大事な財産はないと思う。
入手する方法は手間がかかるが。
「そろそろ、息子の様子が気になるし、あたいは戻るとするよ」
カルロッタが席を立つ。ずいぶん呑んでた気がするが酔いは殆ど無いようだ。
姫より鬼が似合いそうとか言ったら殴られそうだし黙っておく。
前に彼女に関節技を決められたがあれは洒落にならない。
殴られでもしたら?想像したくもない。
ウィザードは前衛にまともに殴られたら死ぬもんです。
「では、私も午後の授業があるので」
イザベルももうすでに済ませていたようだ。
私の食事の遅さが目立つ。
学園の授業は、午前と午後の二限で構成されており
教官は、特別な事情がなければ最低週に2度授業もしくは試験、訓練を行えば良い。
それ以外は自分の時間として使ってもいいのだ。
だが彼女は、ほぼ毎日のように授業を行っていた。
彼女の真面目さがよく分かる。
「イザベル、午後の授業は何をやるの?」
「訓練ばかりでは面白くもないでしょうから、騎士団の歴史や人物について講義でもしようかなと」
――やばい、行きたい。
教官の講義や訓練に別の教官がいっても別に問題はない。さすがに試験は別だが。
自分たちの研鑽にもなるし、何より面白いことが多い。
例えばカルロッタが前にやった講義は、【人体の構造から学ぶ有効な攻撃方法】だったか。
どの角度からの攻撃が脳震盪を起こしやすいかとか、素手での人の簡単な殺し方とか。
なかなかに物騒な話だが、いつだって完全武装でいられるとは限らないし、興味深く面白い授業だった。
さて、昔のイザベルの講義ならば、寝てしまいそうな古い歴史を延々と語る感じになってしまうだろうが、
最近はそのへんもわかってきたようで、例えば騎士団の誰々と誰々が仲がいいとかそういう話が多くなってきている。
馬鹿にならないのですよ?こういう話って。
例えば依頼を受けた時に人の関係を知っているかいないかだけで、依頼の信憑性や危険度が一気に変わる。
もちろん、ただの噂話程度ではあまり役に立たないが、神殿騎士団の上層部にいた彼女から語られる騎士団内部の話なんぞ滅多に聞けるものではない。
信憑性も高い。まぁ二年前の話になるってのはあるだろうが。
定期的に彼女も戻っているし、騎士団と連絡を取り合っているはず。
じゃないとそんな授業はやらないだろう。
こっちの授業中止してでも行こうかな。と私は考えだしたところで首を振る。
まだ残ってた少し冷めてしまったスープのなかにライスをぶち込んでかきこむ。
下品かもしれないけれど一番美味しい食べ方だ。
最近訓練や試験が多いので、講義やろうと考えはじめる。
純粋な魔法云々の講義だとウィザードぐらいしか参加してくれないだろうし、もう少しわかり易い内容でやるといいだろう。
薬草と毒草についてとか。回復役が足りないなんてこともあるだろうから。
そんなことを考えながら私達のちょっとしたお食事会はお開きとなるのだった。
ようやく同僚が出せてきたよ。
そろそろ魔法とかの具体的な話を書きたい。
だが、来週忙しい気配です。