4話 狂気の代償
かなりひどい描写が書かれております。
グロいのが駄目な方はお読みになられないほうがいいと思います。
男にとってそれは最後の賭けであった。
自分という存在に対して評価してくれない世界に対して、それがどれほどの間違いであるかを証明するための。
地位も名声も金も人も全てをなげうった。
いや、全てが滑り抜けていった。
彼に残ったのはこのちっぽけな祭壇の間を作るための洞窟とたった一人だけ自分の才能を信じてくれた女だけだった。
「――これで、準備は整った」
男の服は土や泥、そして赤黒いもので染まっていた。
その代償として、地面には無数の文字と記号、それを包むような形で複雑な文様が刻まれていた。
彼が長きにわたって研究し続けてきた結果を証明するための行為。
もう引き返すことはできなかった。
「ほ、本当にやるのですか?」
彼と同じようにぼろぼろの服を着た女性は男に尋ねる。
男はもう何日もろくに食事もしていない。
もともと線が細い男ではあったが、もはや僅かな肉を残し皮と骨しか残っていないような状態だ。
女にとって、彼は天才であり、この世で最も愛する男なのだ。
彼の言うことならばなんでもしてきたが、目が充血し、息も荒い今の彼の姿からは心配しか生まれてこない。
「今までよく尽くしてくれた。――寝ろ」
男は、女を文様の中心にある台座に寝かせようとする。
感謝の気持がまるでないような言葉遣いであったが女はそれに従う。
今までもそうだったのだから。
女が台座の上で横になり本当の意味で準備が整った。
後は行動するだけだ。
女を台座に縛り付ける。
動かれたら困るからだ。
鎖で動けないように彼女を固定し、彼女の手首をナイフで切り裂く。
「うぐっ」という痛みをこらえる女とポタポタと流れ落ちる赤い液体。
――贄は捧げた。
「さぁ、俺に力を!俺を狂ったなどとほざくこの世界の評価をひっくり返す程の力を!!」
男は願う。
名も無き悪魔に。
――【邪術】と呼ばれる禁忌の魔法。
強力な力を使えるが、代償を要する魔法。
ウィザードである男が最後に辿り着いた、いや最後にすがるものはそれしかなかった。
だが、何も起きない。女の息を殺すようなうめき声だけが周囲に流れる。
「何故だ!何が足りない!!」
男は動揺する。儀式は完璧のはずだ。
最も大事なものを贄に捧げている。
――贄?
男は気づいた。
血では足りないのだ。
そう、本当に捧げないといけないのは…。
男は、斧を用意する。
大人であれば片手で持てるほどの小斧であったはずなのだが、男が持ったとたん男はバランスを崩す。
それほどまでに男は衰弱していたのだ。
「すまない、私が間違っていた――」
痛みをこらえていた女に見えたのは、愛する男の。
狂気に歪んだその顔だった。
私が声をかければ、あの人は待ってくれるかもしれない。
でも、もうよかった。
あの人のために死ねるのであれば。
女もまた狂っていたのだ。
何度も、何度も、何度も。
何度も、男は斧を振り落とした。
グシャ、ピチャと聞いてはいけないような音が洞窟の中で流れ続けた。
女はすでに物言わぬものになっていた。
いや、そういう言葉で済むようなものですらなかった。
男の狂気が生み出した結末。
女がただの肉と骨の混合物になるまで男は斧で砕き続けた。
周囲に血と肉が飛び散っていた。
だが、それだけだった。
何も起きなかったのだ。
男は斧を落とす。
内臓、脳、眼球、骨などを叩き続けた汚れた斧はもはや使い物にならなかった。
「何故だ!!!!!!!!」
男ももう限界だった。
そして、へたり込む。
「――いいものを見させてもらったよ」
突如聞こえてきた声に男は顔を向ける。
そこには妙な子供が立っていた。
年齢で言えば10歳ぐらいの男の子だろうか。
黒いシャツとズボンを履いただけの子供。
ただ、その子供の顔は顔を覆い尽くすような白い仮面で見えなかった。
「いやぁ、まさかここまでやるとはね……」
子供は関心したように、いやむしろ呆れるような感じでそれを見つめていた。
「で。力が欲しいんだったっけ?おじさん」
「くれるのか!お前が俺の願いを叶えてくれるのか!?」
「うん、こんなにいいものを見せてもらったんだ。あげるよ」
刹那。
子供の手が男を貫いた。
ガクンと崩れる男。
少年の手の先には、まだ動く男の心臓がある。
「自分の一番大切なもの?笑わせてくれるよ。あんたが一番大事にしてたのは自分じゃないか」
少年は簡単にその心臓を握りつぶす。まるでその心臓が砂か何かで出来ていたかのように。
「でもさ、力ほしいからって、ここまでしたあんたの狂気は認めるし、――それに契約だからね」
握りつぶした心臓を男の骸にふりかける。
本来であれば赤黒い血の色であるはずのその心臓を握りつぶした液体はどろどろのどす黒いものに変貌していた。
「力はあげるよ。でも生かした状態であげるとは契約にはなかったからね」
少年の顔は仮面でわからなかったが、きっと笑っているのだろう。
「――ついでに、これも使えそうかな」
少年は肉塊を見てまるでおまけで料理にでも使うような感じで独りつぶやく。
「久々の遊戯だ。哀れなるものどもよ。精々僕を楽しませておくれ」
肉塊にもどす黒い液体をかけた少年はいつの間にか彼の足元にできた黒い泥のようなものに沈んで消える。
そして、そこには誰もいなくなった。
ほんとはもう少しグロく書きたかったけれど、これ以上はさすがに駄目な気がしたので自重。
そういえば、なにげに主人公が出ない回でした。