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引退魔術師のセカンドライフ  作者: DEED
二章 野外活動
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3話 レティシア

今回もちょっとR-15な展開です。

「――――久しぶり。レティおねえちゃん」


 ああ、5年ぶりの姉の姿である。

 懐かしさもあるが、容姿は全く変わっていない。


 栗色のショートヘアに、蒼い瞳。

 凛としたその佇まい。間違いなく我が姉である。

 濃い紫の髪が肩まで伸び、どっちかといえば陰険な顔をしていると思う自分とは大違いである。


 私――ミラ・ディエルと姉――レティシア・ディエルは実の姉妹ではない。

 私は、養子なのだ。厳密に言えば孤児である。



 父は、ディアシールの宮廷魔術師であり、先代女帝の側近のうちの一人であった。

 そのため、彼はディアシールの領土拡大のための軍の指揮官として戦場を駆け巡っていた。

 支配下に置いたとある都市で私を拾った父は、姉のレティシアと一緒にウィザード、いや未来のディアシールの宮廷魔術師として育てていったわけだ。


 ――まぁ、結果として私は宮廷魔術師を辞退し、一教官としてやっているのだけれど。



 ディアシールの宮廷魔術師を辞退した私が言えた義理ではないが、姉のほうがよっぽどおかしいと私は思っている。

 彼女は【天導師】を拝命した後、わずか数年でその職を退いたのである。


 ディアシールの宮廷魔術師として最高の地位【天導師】は本来終身制であり、誰か一人が死ぬまでその枠が開くことはない。

 姉は、【天導師】の1人が病で亡くなった後、第一候補である父が辞退したため、その代わりに【天導師】となったのである。

 姉は、終身制にもかかわらず、その地位を返上し、この森で暮らすことを決めたのである。

 現女帝もこれには苦笑するしかなかっただろうに。


 なぜ姉がここに住むことを選んだのか。

 それは彼女が優れたウィザードでありながらも、裁縫職人としても卓越した才能を持っていたことに由来する。

 本人はちょっとした趣味と言っていたが、女帝やそのへんの方々の衣装の作成まで携わっていたのだから本家の職人も真っ青というレベルであろう。

 その趣味が講じて今ではこの大陸で私が知るかぎり最高の裁縫職人となったのだから人生とはわからないものである。


 彼女が裁縫職人の道を選んだのは、その素材の種類の少なさが原因だ。

 革や金属などは、より高品質なものが次々と見つかるのに、糸として使えるものは殆どなかったからだ。

 金属鎧などは言うに及ばず、革の鎧でさえ魔法詠唱の集中にとっては邪魔になることがある。

 故に、布を主とした服がウィザードにとっての装備となるわけだが、これでは防御力が確保できない。


 より強度が高い糸を見出すために彼女は宮廷魔術師という縛りから抜けだし旅に出たのである。


 と言っても何も策がなかったわけじゃない。


 そう、蜘蛛女アラクネの糸である。

 彼女はこれを素材にできないかとずっと考えていた。

 だが、蜘蛛女アラクネから糸を手に入れようにも、捕獲などしても糸は吐かないし、餌などとして巻かれたものを奪っても量がしれている。


 そこから考えだした結論が、アラクネと一緒に住むことだった。

 勿論最初からうまくいく訳がなかった。

 だが、姉は何度も挑戦し、ついにアラクネから信頼を得ることに成功し、ママとまで呼ばれるようになった。

 そして、彼女が確保したアラクネの糸で作り出される装備品は最高級品の美しさ、そして従来の布装備ではありえない強度をもたらした。


 裁縫界にかつてないほどの衝撃を与えることを彼女は達成したのである。





「ミラ、来るなら来るって連絡してくれよ。娘たちが怖がる。まぁ、お前が娘たちを傷つけるとは思ってないがな」

 声だけならば、きれいな高い女性の声にもかかわらず、姉の口調はまるで男性である。

 宮廷魔術師だった頃の姉と比較すると全く別人である。

 だが、昔から知る自分からすればそれが彼女の本来の姿なのだ。

 それだけ、宮廷魔術師ってのは窮屈な場所でもあるということである。



「ルディールにも聞かれたけれど、一週間前に行くって連絡したんですけれどね」

「一週間前?あぁ、それなら……わりぃ、こっちのせいだな。最近取りに行ってない」


 ――納得。

 姉の住む場所まで来るのは困難なため、森の外に連絡用の荷物置き場があるのだ。

 わざわざ森に近づいてまで荷物を奪うものもいないため、仮置きという感じになっている。


 あ。荷物置き場のところに転移すればよかった。

 などと後悔してたら、おねえちゃんが尋ねてくる。



「で、今日は何をしに来たんだ?ミラ。まさか姉の顔を見に来ただけってことはないだろ?」

「…ああ、うん。えっとね…」


 ここで怖気づいてどうする。

 だが、はっきり言えば私は姉以上に怖い存在を知らないのだ。

 言葉遣いはともかく優しい姉なのは分かっている。でも彼女が本気で怒った時の恐ろしさを知るのも私と父ぐらいなのだ。



「――実はね。おねえちゃんがくれたあのローブなんだけれど」

 意を決して、私はローブだったあれを袋から放り出す。


「ごめんなさい!!」

 私は頭を下げて謝る。



「ミラ」

「ごめんなさい!!」


 私はもう姉の顔を見ていられない。

 実はこれは、姉が私が教官になった時の祝いで作ってくれたものなのだ。

 それをこんな風にして怒らないわけがないわけで。


「ごめんなさい。ごめんなさい」


 私はもう謝るしかなかった。



「――ミラ」

 いつの間にか、姉の手が私の肩に乗っていた。


「まずは――服を脱げ」


 姉の一言にとてつもないほどの動揺を感じる。


 えっ。

 いや、あの。

 私、おねえちゃんのことは好きですけれども、そういう趣味というかそっち系では……。



「――脱がないと、サイズ測れないだろ?」

 姉の顔はとても優しい笑顔だった。







 うん。

 いくら姉の前とはいえ、全裸は恥ずかしいのですが。

 まさか、下着までダメとか言われるとか想定外です。


「ミラ。お前」


 あの、率直な感想言わないでください。

 結構気にしてるんですよ。


「あれ、合わなかったんじゃないか?」

「ちょ、ちょうどいいサイズでした!!」

 明らかに動揺している私の声に姉がため息をつく。


「――いや、俺がいいたいのはな。あれ5年前のお前の魔力を元に作ってるんだよ。で、だ。お前の魔力が5年前と比較すると遥かに上がってるんだよ。故にだな、逆にあれがお前の力を損ねていた可能性が高い」


 全力で恥ずかしいのですが。

 ってか今なお成長しているのか…私は。

 たしかに、参節やその上の魔法を使っても前ほどの辛さはなかった気もするが、現役を退いてもなお成長しているとは思っていなかった。



「おい、ラディア!そろそろ来ておくれ!」


「ハーイ!」


 元気な声で出てきたのは、蜘蛛女アラクネの少女。

 まだ蜘蛛の部分も小さく、まるで人間のように二足で立っている。


「ラディア。このおねぇちゃんの体を優しく巻いておくれ」


 蜘蛛女アラクネの少女は手慣れた様子で、糸を私の体に巻きつけていく。


「――ちょっとまった。ミラ、お前」

 レティシアが右腕を触る。


「つっ!」

 走る痛みに顔を歪めてしまう。


「お前な…せっかくの綺麗な肌なのに。傷さらに増やしてどうするんだよ……。ここもだろ」

 次に彼女が触るは、銃で撃たれた傷。

 弾は貫通していたので摘出することもなく、傷を塞いだのだが、姉にはその傷跡もよく見えるようだ。

 姉は次々と魔法で綺麗に治したはずの私の古傷を適格に触っていく。


「ママ?ツヅキ?」

「――ああ、頼む」

 ラディアの言葉に我に返ったのか、姉は私から離れる。



 この後、10分ほど立ち続けていた私は、アラクネの糸まみれというか、体に沿った形で糸に包まれていた。

 姉は手慣れた様子で、繭のようになった私に巻きついた糸の塊を断ち切り、それを剥がす。


「うん――サイズも微妙に変わってるな」

 私の体のラインに沿って巻きつかれた繭もどきで私のサイズを測ったらしい。


「ラディアご苦労様」

 姉は蜘蛛女アラクネの少女の頭を優しく撫でる。

「エヘヘ」と満面の笑みは、私も見ていて朗らかになる。


「私からも。ありがとうね」

 私は彼女に、飴玉をプレゼントする。


「おい、ミラ。なんだよ!それ?」

 と姉の質問は無視しつつ、彼女の飴を食べた時のまた違う笑顔を堪能するのであった。






「――さてと、他に要望はあるか?」

 あの後ちょっと怒った姉に飴の残りを全部持って行かれた私は、持ってきた袋の中身をテーブルの上に全部出す。

 動物の革や、金属の糸、木材などが袋からどんどん出てくる。


「この中で使えるのがあれば使ってほしい。あと、色を前の漆黒じゃなくて少し紫っぽくしてくれると嬉しいかな」

「それは、髪色と似た感じってことか」

 袋から出てきた素材を吟味していた姉の質問に私は頷く。


「ふむ……なかなか難しい依頼だな」

「無理?」

「私を誰だと思ってるんだよ」


 姉は任せろと言いたい表情を私に見せてくれる。

 だからこそ、私は姉に無理そうなことでも頼めるのだ。





「――それじゃあ、帰るね?」

「ああ、一週間後には仕立てて送るよ。期待してろ」

 あれほどの無理を言ったのに、姉は一週間で作るという。


「無理はしないでね?」

「しないよ。約束だ。」

 私は姉の家を出る。

 なんだか、緊張の糸が一気に切れた気がする。

 帰り道には、ルディールが待っていてくれた。



 ――ありがとうね。レティおねえちゃん。

 私は誰にも聞こえない感謝の思いを姉に向けて送るであった。

 ついでに、厄介事も。





 ◇





「――でだ。お前はいつまでそこにいる」

 妹を見送ったレティシアは家の片隅に向かって苦言を呈する。


 そこに何もいないように見えた。

 いや、何かがいる。

 黒い靄のような何かがそこに漂っていた。


「気配遮断の魔法か、この俺ですら今まで気づかないほどの使い手とはな」

 レティシアは感嘆しながらも、それに対する殺気は抑えない。



 靄は人の形を表していく。


「なんだ。お前か。びっくりさせるな」

 正体に気づいたレティシアは殺気を四散する。


「―――驚かすつもりはなかった――だが」

「わかってる、納期は守るさ」

 靄はようやく声を発し、その言葉の意味をわかってるレティシアは即答する。


「だが、まずはこれが先だ。可愛い妹の頼みだぞ。最優先だ」

 テーブルの上の素材を適当に片付け、型どった繭を上に載せる。

 レティシアにとって、ミラは目に入れても痛くない大事な妹なのだ。

 それがあんなに謝罪してきたのだ。それだけで十分だった。



「――お前らしい」

「黙れ。ってかよくここまで来れたな。それなりに高度な結界を貼ってるんだが……?」

「――ミラの後ろをついてきた」

「そういうことかい」

 レティシアはようやく納得する。ついでに、妹の狙いも。



「悪いが俺は戻る気はないぞ?あそこは面倒なところだしな」

 作業を開始しつつ靄が求めているだろう質問の答を返しておく。


「――」

 靄はどうやら質問する前に言われてしまって言葉が出ないようだ。


「ついでに言うとだ、ミラもあそこに行く気はない。それはお前さんたちも分かっているだろう?」

「――なぜ?」

「ほい、妹からの言伝だ」

 靄に紙を投げるレティシア。


「『過去を追うな、それは捕まえられぬものだ。追うならば未来を追え』――親父の言葉だな」


 靄に投げた紙が灰となって消える。

 いや、靄もまた姿を消していた。



「全く…諦めを知らない連中だよ」

 ため息をつきながらレティシアは淡々と作業をしていく。妹との約束を果たすために。



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