② 別れの末に
魔法帝国ディアシールの帝都アルテナ。
冒険者ギルドの総本部が存在し、この大陸においての最大の都市の一つである。
ギルド本部などは都市の中央部分に存在し、このあたりの地価はとんでもないことになっていた。
そんな本部から少し離れたところに彼らの家と呼べる場所があった。
冒険者として大成した彼らが手に入れた最も高い宝と言ってもいいかもしれない。
ただ金を積むだけではそこの館を手に入れることなどできない。人脈、実力を兼ね揃えた彼らだからこそそこに住むことができた。
パーティー名――フォルティス
【不滅の盾】エリック・セスピード
【戦乙女】フィオナ・A・セレニス
【不断】シン・アオバ
【不可視の手】ディール・ウェザード
【幻想の魔女】ミラ・ディエル
ギルドで彼らを知らぬ冒険者はいないとまでされた存在である。
◇
「――私、あの話を受けようと思っているの。」
皆が沈黙する中、フォルティスのプリースト、フィオナ・A・セレニスは意を決して発言した。
正直言って私は彼女が嫌いだった。
まっすぐ前しか見れず、光輝き、無鉄砲で、がさつで…上げればきりがない。
「――それがどういう意味かわかって言ってるんでしょうね!」
彼女への怒りが最高潮にまで達しかける。多分次の彼女の発言次第…いや口を開いた途端殴る。
そんな気持ちが私の中で渦巻いている。
「ミラ、落ち着け」
「これが落ち着いていられるけないでしょうが!!」
フォルティスのリーダーであるエリックは【魔女】を制する。
だが、私の怒りが収まるわけがない。
――こいつはこの居場所すら破壊しようとしているのだ。
「大体、他のやつはこいつの言うことに賛成なわけ!?」
わたしの怒りはフィオナだけに止まらない、静観しているシン、ディールにまで及びだした。
バンッと叩いた拍子にテーブルの上に合った酒や料理が溢れる。
シンはだまり続けている。
ディールは落ちた料理や皿を床に落ちる前に器用に拾っていた。
「――フィオナが決めたことだ、俺が口を挟むことじゃない」
「おいらも、同感だね。それにこんないい話は二度とないのはミラも知っているだろ?」
シンはようやく口を開く。ディールもそれに乗る。
そう、頭では理解している。これが彼女にとって最大、そして最後のチャンスであることぐらいは。
フィオナは、彼女が信仰する白神の総本山の大神官の娘である。
問題は、その大神官の浮気相手が彼女の母親だったことだろう。
フィオナを孕んだ彼女の母親は、その事実が暴かれ大神官としての地位を危うくすることを恐れた彼女の父によって、
辺境の町の教会へと左遷された。
母親に決定権はなく、事実上追放されたような形だったのである。
そんな彼女が、私たちと冒険者として共にし得た好機。
本山の最高指導者である法王からの勅命をこなした報酬として、本山の大神官として彼女を迎え入れたい。
そんな夢の様な話を掴んだのである。
辺境の町出身の一介のプリーストが、本山の大神官として呼ばれるなんてことは前代未聞であり、これを逃せば二度とこんな話は来ないだろう。
それは、フィオナも理解している。
故に話に乗るのだ。そしてそれは彼女の夢であった。
その代償は、このパーティーからの離脱ということになる。
優秀なプリーストが一人抜ければどうなるか。
いや、長年付き添ってきたメンバーが一人欠ければどうなるか。
皆がわかっている。
それは、このパーティーの終焉を意味するということを。
「もういいわよ!好きにすればいいじゃない!!」
私は限界だった。誰も止める人間がいないことに対しても怒りを覚える。
もうどうでもよかった。
わたしは話を切り上げ、自分の部屋へと戻ることにした。
魔道書や、その他の素材などがたくさん置かれた自分の部屋。
ここにはこのパーティーで積み上げてきた多数の思い出が入り交じっている。
私がこのパーティーに入ったのは15の時。
8年間一緒に戦い、笑い、泣き、苦しみながら、生き抜いてきた。
ずいぶん長い間冒険者としてやってきた。
何度死にかけたか記憶に無い。それぐらい危険とともに歩んできた。
でもみんなが支えてくれたからこそ私は【幻想の魔女】などという二つ名を得る程の力を手にすることができた。
そう、フォルティスはわたしの居場所なのだ。
だからこそ、この居場所を砕こうとする彼女の行為はそれがどんなに彼女にとって魅力的で正しいことであるとわかっているのに、わたしの心はそれを認めようとはしなかった。
「――ミラ、話がある」
エリックの声とノックで我に返る。
「鍵なら開いてるわよ」
そう言えば閉め忘れていたことを思い出しつつ彼の言葉に答える。
「よっぽどだったんだな。お前がそこまで動揺するなんて。」
いつもなら鍵をかけ場合によっては魔法で更に施錠までするわたしの性格を彼は知っている。故の慰め。
エリックはわたしの横に座る。
座ってもいいなんて言ってないのに。
「エリックは…あんたは、これでいいの?」
「――あいつが選んだ道だ。俺にあいつを止める権利も資格もない」
「あんたはリーダーでしょうが。このままだと――」
「俺達だっていつまでも一緒じゃいられないってことさ」
エリックの言葉は私の胸をえぐる。
私は言葉が出なかった。
「実はな。俺も、祖国の騎士団からスカウトされているんだ」
「すごいじゃない!あなたなら騎士団長も夢じゃないわね」
「フィオナのことは貶すのに、俺のことは嬉しがるんだな…お前は」
「うっ……」
「あと、ディールから聞いた。お前、ディアシールからスカウト来てるんだろ?俺としてはそっちのほうがすごいと思うんだがな」
あのお喋りめ。と思いつつも、私はエリックに一枚の封筒を手渡す。
「それよ」
「……お前。それ大事なものだろうが」
エリックは呆れ返る。
ディアシールの宮廷魔術師――それが意味することは、この大陸において最高峰のウィザード集団に入ることを意味する。
本山の大神官と立場で言えばそう違いがないレベルである。
「ディアシール…いえ、女帝様は私に【天導師】の地位をあげるから来てほしい。ってそれには書いてあるわ」
「【天導師】?」
「ディアシールの宮廷魔術師のなかでもとびきり優れた8人のウィザードに与える称号」
「めちゃくちゃすごくないか?それ?」
呆然とする彼に頷く私。
そう、それほどまでにディアシール、いや、この国の女帝は私を求めているということである。
「嬉しそうじゃないな?」
「だって、断る気だから」
「馬鹿だろ」
呆れつつも即答してくれる彼がほんと小気味いい。
「言ってなかったけれど、私昔ディアシールの宮廷にいたのよ。だからあそこは嫌いなの」
「初耳だぞ…それ」
「私も初めて言ったから。聞かれなかったしね」
エリックはもうため息しかでないようだ。
そう、私は8年も一緒にいるのに、言っていないことが山ほどあるのだ。
「ディアシールの招待断ってどうするんだ?」
「あんたのお嫁にでもなろうかと」
「まだ酔うには早いぞ?ミラ」
「――本気だけれど」
私は彼に微笑み、ウィンクをする。
「こんな時にしか言えないだろうし…正直に言うわ。私はあんたが好き。
だからもしあんたが俺と一緒に来てくれといってくれれば、私はすべてを捨ててでもあんた…いえ…あなたについていく。
料理だって学ぶし、礼儀作法は…ディアシールの宮廷で習ったからちゃんとしたものよ?
だから、お願い!私のことを受け入れてほしい」
「ミラ――」
彼の言葉が全て出る前に私はエリックを押し倒していた。
そのまま、私は彼の口に自分の口を重ねる。
「――どうして。ねぇ、エリック。どうして」
彼は私が口を離すまで抵抗しなかった。
いや、何もしなかったのだ。
あのまま流されて彼の方から最後まで行ってくれていれば一番良かった。
最悪拒絶してくれても良かった。それはそれで諦めが付く。
ただ、何もしない彼に私は絶望しつつあった。
エリックには恋人がいる。
――フィオナだ。
二人の仲は知っている。一緒にいるところも何度も目撃しているし、同じ部屋にいたことも知っている。
でも、フィオナはエリックではなく、自分の夢を選んだのだ。
――ならば、自分がエリックのそばにいこう。
彼女に代わり、自分が好きな人のそばへ行く好機だった。
だが、エリックの行動は私が求めていたものでなかった。
「――ミラ。お前の気持ちはわかるし俺としても嬉しい。でもそれはお前が逃げただけだ。ディアシールの宮廷魔術師が嫌で。フィオナに負けるのが嫌で。俺にすがってきているだけだ」
「違う……私は。私は……」
「すまん――ミラ。少なくとも、お前が進む先は俺のそばじゃないはずだ。お前は俺にはもったいなさすぎる。
もし宮廷魔術師がそんなに嫌なら他に道はあるかもしれない。でも俺はお前にも前を見て進んでほしい。そして自分で本当の居場所を見つけてほしい。そしてその時が来たらもう一度お前の本心を聞きたい」
「煩い!!!」
彼の言葉なんてどうでも良かった。
そして私の感情がもう止まらない。
声が上擦り、まともな言葉すら思い浮かばない。
「出て行って…出て行ってよ!!」
――彼に対する拒絶の言葉。
エリックは無言のまま私の部屋から出て行った。
「うぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!」
もう涙が止まらない。
ただ、声と涙を放出し続けた。
それは、私の初恋が潰えたことが所以か。それとも彼に私の本心を見ぬかれたことだったのか。
今の私には、わからなかった。
ただただ泣き続けた。その思いが少しでも掻き消えるまで。
次の日、冒険者ギルド本部前にフォルティスは集結していた。
私は、黒の三角帽を他人が私の顔を見れないぐらいまで深くかぶっていた。
一夜の間ずっと泣き続けていた私の顔はとても見れたものではなかったからだ。
少なくとも、フィオナには見せたくない。
「じゃあ、手続きしてくるよ」
エリックはギルドにパーティー解散の申請をしに行こうとする。
本来、解散の申請など必要ないのだが、高レベルのパーティーの場合いろいろと問題が発生することも有り、そのような手続きを取らせるようにしていた。
「まった」
フィオナの一声でエリックは立ち止まる。
「最後にね。一枚写真撮りましょうよ」
「写真?」
フィオナの聞きなれない言葉の提案にディールが聞き返す。
「そう、写真。こういう紙に私たちの姿を写してくれるのよ。で、近くに撮影してくれる場所があるのよ。もうみんながこうやって集まれることなんてそうはないでしょうし。ね?」
「記念か…生死を共にした者同士なのだ、わるくはない」
シンは乗り気のようだ。
「おいらもいいよ。思い出も大事だけれど、こうやって何かに残すってのもいいもんだと思うし」
ディールも賛同する。
少なくともフィオナの意見にしては上出来だと思う。
「――いいじゃない。撮りましょ?」
その拍子に深くかぶっていた帽子が浮いてしまい私の腫れた顔がみんなに見られてしまう。
その顔を見て皆が笑う。
ちくしょう、ディールだけでも殴ってやろうと思ったのに全く当たらない。
こら、シンまで笑うな。普段鉄面皮だろうが、あんたは。
フィオナに至っては引くぐらい笑ってやがる……いつか殴ってやる。
でも、嬉しかった。
フィオナのことは嫌いでも、仲間なのだ。そこだけは変わりない。
「行こうか」
「ええ」「おおー」「……ああ」「行きましょう」
その日、パーティー 勇敢なるもの(フォルティス) は解散した。
ナイトは、祖国の騎士となり。
プリーストは本山の大神官となり。
サムライは、修行の旅に出た。
シーフは、どこへ行ったのか定かではない。
そして、ウィザードは、指導者となった。
今でも、そのウィザード――ミラ・ディエルの机には彼女の腫れた顔が目立つ5人が揃った写真が飾られている。
きっと、他の者達も大事に持っていると信じて。
そういえば、仲間の話を書いてなかったなぁ…と気づいたのがついこの前という。
みんな、いずれ出てきます。
そして、次話から第二部の予定です。