12話 激闘の末
【幻想の魔女】が期待の新人とはいえ生徒で構成されたパーティーに負けたという話題はあっという間に学園中に広まった。彼女のことをあまり好んではない人は案外多かったらしく、嬉々として喜ぶものもいた。
後にそういう者達にはそれなりの代償は払わされることとなったが。
「はっはっはっ。あんたが負けるなんてねぇ」
【戦姫】カルロッタは大笑いである。これが彼女の地とはいえ少し不愉快になるところもある。
「これでも凹んでいるですけれどね」
夜の食堂の片隅での会話、いつもの女教官3人組である。
「まぁ、あんたが負けたんじゃ、前期であたしが負けたのも仕方ないというところかねぇ」
「あれは前日にお酒飲み過ぎたのが原因じゃないです?」
5人目の承認者となっていたカルロッタに冷静にツッコミを入れるイザベル。
直球な指摘に思わず顔をしかめている。
「しかし、ミラさんに挑んで勝てたのは良かったものの、その代償は大きかったですわね」
イザベルのため息混ざりのその言葉にに私もやり過ぎたとは思っているわけで少し後悔する。
《ウィンクラ》のメンバーはほぼ軒並み長期治療中。彼らの装備もほぼ使いものにならないレベルまで破損していたらしい。
彼らの装備は彼らがこの2~3年で自分たちの力で手に入れた装備である。
学園在籍中の冒険者のメリットは色々あるのだが、その中の最大のメリットのひとつが装備の支給である。
例えば、ナイトの装備となれば一式揃えるだけで相当な金額になる。学園が出来る前の冒険者は貧弱な装備から少しずつお金をためて装備を向上しより高難易度な依頼をこなしていきまた装備を強化するといった感じを繰り返していたのだが、学園では15歳になった時点でパーティーを結成することを許可された後基本の装備が支給されるのだ。これだけでもとんでもないことだ。
もちろん、それなりに実力と適性が認定されてないとそれに見合ったものはもらえないわけだが。
では、それ以上の装備はどうするのか。自分たちで揃えるのだ。
さすがに学園で霊銀製の装備なんぞ支給できない。構成比にもよるが例えばセリック君のミスリル製のチェーンメイルなら、王都の中規模の屋敷の一件は買える程度の価格になる。
素材の入手に関しては鉱石類であれば鉱山の護衛、その地域を牛耳っている存在からの依頼の報酬などで鉱石であったり、精製されたものをもらうなんてこともあるし、獣の皮などであれば自分たちで討伐した後剥ぎ取るなんてこともできるわけだ。
冒険者にとって装備品というのは命の次に投資するほどのものであるため、引退した冒険者がその装備品を叩き売ったら辺境とはいえ領主の地位を得ることができたなんていう話すらある。
とはいえ、ろくな装備すら持てないまま挫折したものや、途中で死んでしまうことのほうが多いだろうが。
更に、ここの強みは職人を囲んでいることだろう。希少な技術を有する職人は権力者が渇望するものの一つであるため、職人の保護を兼ねて職人たちのギルドと冒険者ギルドは提携を結んでいた。
それを利用してうちの学園長が彼らをここに招き入れたのだ。
元とはいえトップクラスの力を有していた冒険者達が守護する場所なのだから安全は保証されるし、丁稚や弟子が作った作品がどんどん若い冒険者へと支給されていくし自分が作ったものもいい腕の冒険者に与えられる。
更には有能な冒険者から希少な素材もよく運び込まれてくる。職人にとっては夢とまでは言えないだろうが素晴らしい場所となっている。
その職人の代償として冒険者は素材さえあれば非常に安い手間賃で自分の体に適する形で加工してくれるわけだ。
なんて素敵な場所なんでしょう。一方で経営がどうなっているのか凄まじく気になる。
そして、これがなかなかに面白いのだが。
実は装備品は作る技術より補修する技術が発展しつつある。
――冥術と言われる遺失魔法。時や次元を自在に扱う魔法技術なのだが。この詳細は未だなお知られていないところが多い。
高位の魔法に至っては別の時間・次元から物質を召喚できたらしい。
だが、その一部は解明されており、装備の補修技術として使われ始めている。
傷んだ装備品の時を戻すことにより元の形に戻すのだ。破損状態がひどければひどいほど戻すのは困難となり、最悪はよくわからない物質に変質してしまう欠点があるのだが元の素材がいらないメリットは非常に大きい。
私のお気に入りのアラクネちゃんのローブも預けているのだが、なにぶん希望者が多い一方でまだ技術者が足りないため順番待ちの状態である。
およそ40日程かかるとのことである。
――教官なんだし優先してほしいものだが。
「彼らの傷と装備品の補修…それだけで今期の試験期間は過ぎてしまいそうですね。全く余計なことをしてくれたものです」
イザベルの愚痴。
――こいつ今期で彼らが卒業資格に届くことに賭けてたんじゃないだろうか。私は届かないにかけてたので朗報だ。
「まぁまぁ、今日はミラちゃんの慰め兼ねて呑もうじゃないか!」
「あなたはいつも呑んでますよね」「あんたはいつも呑んでるじゃない」
二人の指摘も今度は効果が無いようだ。
勧められた酒を一気に飲み干す。いい感じの香りが口の中で巡ってくる。彼女がいつも呑んでるやつじゃないようだ。
「これは呑みやすいですわね」
「あたしのとっておきの酒さ。酒精は弱いんだけれど、味はいい。人を慰めるにはいい酒さね。」
イザベルは酒があまり好きではないようだが、これは気に入ったようだ。私ももらえるのであればほしいぐらいには美味しい。
果実の味を感じつつも、酒っぽさも残っている。誰かが言っていたがいい酒を作れる職人と場所は戦争に巻き込むなという意味がわかる気がする。
「ああ、そうだ。呑んでからあれなんだけれどさ。ミラちゃん。乾杯の音頭とってくれない?」
「今更過ぎますよ」
私は苦笑する。もう結構飲んでいるじゃないか。
「こういうのは気持ちの問題なのさ。あんたが今日のことを吹っ切るためにさ」
カルロッタさんの言い分も一理はあるかもしれない。
「――では。絆を繋ぐ者に乾杯を」
私は、酒の入った器を掲げる。
二人はきょとんとしたようだが付き合ってくれる。
キンッと甲高い音が響きつつ宴は再開する。
◇
《ウィンクラ》はいいパーティーだ。
今期は無理だろうが、近いうちに彼らが最初の卒業者になるだろう。なってもらわないと困る。私を倒した奴らなんだから。
しかし絆を繋ぐ者とは実に面白い名前だ。
話を聞けばエレインちゃんがつけた名前らしい。彼女が意図してつけたのかそれともただの偶然かは私にはわからない。
ワイズマン先生に聞けば彼らのことももう少しわかるのかもしれない。
でも、自分にはどうでもいいことだ。
彼らがどういう思いでパーティーを結成したかなどは聞いても仕方ないことだ。
そういうのは彼らが大成した時にでも詩人たちのネタにでもなればいいだけの話だ。
いずれ私を簡単に超える子たちがどんどん出てきてくれることを私は願っている。少々厳しいこともやるけれど、それは命を無駄に落とす子が少しでも減って欲しいからだ。
案外ここは私には向いているのだろうか。
まだわからない。でも私を好んでくれる人がいる。私を必要としてくれる人がいる。
ならば、ここはわたしの居場所だ。
冒険者という居場所を失った私が得れた新しい居場所。
――絆を繋ぐこの場所に祝福を。
ここで第1部終了です。第2部も早いうちに始まると思います。