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引退魔術師のセカンドライフ  作者: DEED
一章 学園生活
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11話 勝者

 ウィザードを宮廷魔道士などとして各国が欲する理由、それは他の職業では生み出せない広範囲・高火力のためである。

 一人の優れたウォーリアー、ソードマン、サムライ、モンクなどは一回の戦闘で1000の兵を倒す。一人の優れたウィザードは10000の兵を一瞬にして消滅させる。

 要はこの差である。

 だが、もちろんこれは机上の空論にしか過ぎないし、実際にこうなるとはいえないだろう。そもそも万の兵を消失させるような大魔法をおいそれと使わせるわけがないし、それには当人にもそれなりのリスクが有る。


 ――参節詠唱

 制御節を3つにした結果、より複雑化し強化された魔法を展開できるわけだがこれができるウィザードは決して多くはない。もし安定して打てるようであれば稀代の存在になれるだろう。【幻想の魔女】ミラ・ディエルですらまだその領域には届かない。



 ――さすがに…もっていかれるわね。

 弐節とは訳が違う。弐節までであれば彼女は平然と打てる、まるで普段通りの呼吸をするように。

 だが参節は桁が違う。全力疾走を10秒ぐらいした感じの呼吸の乱れを感じる。普通のウィザードであれば失神、あるいはそのまま死んでもおかしくはないほどの負荷なのだが、彼女にとってはその程度だ。

 だが、負荷を感じるということは日常生活から常に覚醒(トランス)でい続けることに慣れている彼女にとってはそれだけで普段とは異なり危険なことなのだ。

 魔力の流れが一瞬理解できなくなり掻き消える、世界の視え方が変化し続ける。完全に安定するまではまだ時間はかかる。


 屋外の訓練場では先程はなった魔法の余韻が残っている。

 参節詠唱で破壊に特化した魔法は龍種ですら無事では済まない。世界が彼女を恐れ【魔女】という名を与えることをギルドに半ば強制的な命令という形を用いて与えさせたのはあながち間違いではない。

 ミラ・ディエルという【魔女】が初めて見せた殺意。それは《ウィンクラ》という存在に対しての最大の敬意である。


 ――でも。私は確信している。

 爆風によって生じる砂煙が収まる。もし彼らが策を誤っていたら、彼らはもう存在しない。



 ――でも、私は『彼らが生きている』と確信している。



 彼らの存在が見えたことに感ずるは安堵。彼らを信じたが故の危なき一手。

 煙などが彼らの周囲には届いていない。不可視であるはずの絶対的で強固な壁がおかげではっきりと見える。

 不可侵領域(インビンシブル)。ナイトにとっての神技。

 もし、ただの防御の奇跡などで防ごうとしていたら…彼らはこの世にはいない。判断に誤りがあれば、私は生徒殺しという禁忌を犯すことになっていた。



 ふぅと一息深呼吸をする。気休め程度だが今はこれでいい。視える世界はまだ完全に元の形ではないが、もうこれ以上は望めないしこれ以上均衡が崩れることはない。

 おそらくこれが私にとってのラストチャンス。もしもう一度均衡状態になったら。

 ――今度こそ私は彼らを殺しかねない。


 セリックくんはもう動けないはず。というかこれで動けたら困る。神技ってのはそういうものなのだ。

 この世界の理にすら干渉できる行為。神ですら影響を受けると言われるほどのものを一介の存在が行うことの代償だ。

 故に残りは三人。


 ――倒しきる。

 私をここまで追い込んだ以上合格と言っていいはずなのだがもはや意地である。

 負けず嫌いもここまでくれば病的だろう。



 ジンくんが無言で迫ってくる。向こうもわかっているのだ。これが最大の好機であると。

 少なくともまだ調子は元には戻らない。そして私が立て直したらもう彼らにわたしの攻撃を防ぐ手立てはない。

 さっきより早い剣速。わたしの能力低下もあるだろうが前は視認できた腕のふりすら見きれない。

 だが、もうこっちも被弾覚悟だ。私は彼の腹部に手を押し当てる。少し斬られた気がするがかえって迷いが消える。


「――蝕め」

 弐節は使わない。これで十分だ。

 ジンくんは危険への判断が強い。過敏すぎるほどに。

 案の定危険を感じた彼は剣を止め私から急ぎ離れてくれる。

 私が手を押し当てていた彼の服の部分がどろどろに腐敗し、肉が見え始めている。整えられた腹筋から嫌な音が聞こえてくる。

「ぐっ」という呻きとともに膝をつく。物質を腐敗させる魔法だ。薬品の調合などで事前に物質の腐敗や発酵を促進させるという形で使うのが本来の使い方ではあるが、強化すれば巨人族ですら悶絶させる。生きながら一部が腐っていく痛みなど私は理解もしたくはないが。

 今なら一気にとどめを刺せる。


 刹那、バン!!という爆音とともにわたしの体が左側から後ろに持っていかれる。


 ――何が起きた?

 頭が処理しきれない。伝わるのは左腕からの痛み。何かが左腕に直撃した。わたしの理解できない速度で。

 一瞬の後、ようやくそれがセシアちゃんが撃ったものだと理解できた。

 彼女が持っていたのは手のひらサイズの小さな金属の筒。くの字に折れ曲がった独特の形をした武器。


【銃】?古代の遺物とはとんでもないものを取り出してくるじゃない?

 思わず唇が震える。

 かつて【灰の国】と呼ばれたこの世界のほぼすべてを制したとされる超巨大国家。その国が使っていた武器とされるものだ。

【灰の国】時代より昔の銃ならば火薬という爆発性の物が使われていたそうなのだが、【灰の国】時代の銃は魔力で発動できる。だがそこから放出する銃弾が見つかることは稀有だしその弾を一発発射するだけで並みのウィザードの魔力ほぼすべてを奪う。

 セシアちゃんは前のめりに倒れる。文字通り彼女の最後の切り札だったのだろう。


 痛みが全てを鈍らせる。だがあと二人でいい。もう少しだけ頑張れわたしの体。

「――包み――裂け!バインドオブライトニング!!」

 光の網が私を包みこむ。動きの遅れた自分にはもう抜け出る隙間はない。

(稲妻を網状にした!?)

 複合習得者(スペルマスター)め。とんでもないことをやってくれる。触れた瞬間黒焦げじゃないか。それに稲妻の網はどんどん狭まっていく。考えている間はなかった。


「――全て――虚言なれ!」

 魔力を全て無効化する魔法。もう自分にはこれしか手はなかった。

 自身の強化の魔法すら消える。一気に重くなる自分の体。更に歪む自分の視野。

 だが一瞬でいい強化を貼れる隙があれば…立て直せる。


 その僅かな願いをも裂くサムライの刃。わたしの首元に死を誘う無慈悲な刃が辿り着く。



「お見事。降参よ」

 ――私の敗北だ。



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