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第2章 明日を想う その3

午前十二時十分


煙草屋の角を曲がって三つ目。

高校入学の頃に引っ越し、みんなで何度も迷いまくったおかげか、いい加減に道を覚えることができた。

その古ぼけたアパートの敷地内に無造作に自転車を止めると、そのまま一階の奥へと向かう。

綿井、と書かれた手書きのプレートがドアに張り付いているドアの前に立ち、ピンポンに手を伸ばす。

ぴんぽーん、と鳴ると同時にドアをドンドンと二回ノック、そしてドアを開け──

鈍い音を出して、ドアが引っかかった。鍵が掛かっている。

出かけてるのか? と思ったが、とりあえず声をかけてみる。

「おーい、直樹~」

ばたばたばた、とう足音が聞こえてきた。どうやら、不在というわけではなさそうだ。

しばらく待っていると、額に汗を浮かべた幼馴染みが顔を出した。

綿井直樹である。

ずんぐりむっくりした体型にメガネの幼馴染みの姿を見て、

「よう、元気?」

と声をかけた。

「あ、ああ。祐太か、どうしたのよ、集会前に来るなんて珍しいじゃん」

直樹は何かを警戒するように、ドアが開きすぎないようにしている。おたく趣味全開の部屋であることは幼馴染みの誰もが知っているし、それについて誰も何かを言うこともない。むしろ、「面白そうじゃん、これ新しい奴?」と部屋を荒らしていくくらいだ。

とても、不自然だった。

「まぁ、集会だとみんながいて聞けないこともあるし、昼まで暇だから、みんなのところを回ってるんだ」

「き、聞いてない……」

「ま、いきなり押しかける、なんてうちらん中じゃいつものことだろ」

誰の家も、いきなり押しかけられることが珍しくない。約束も何もしていないのに、特定の家に集まってしまうことだってある。唯一の例外は、ほぼ確実に家にいないし、行っても煙たがられる康平の家くらいか。

「なーに隠してるんだよ。いいじゃん、今日は別に荒らしたりしないって。お前と話がしたいだけなんだから……さっ」

言い終わる瞬間に力を込めて、祐太はドアを大きく開いた。

そして、部屋の中にいた薄着の少女と目があった。

「……えっ?」

時間が止まった気がした。

どういうことだ?

「が、画面から嫁が出てきたのか……?」

「……はぁぁぁ。見られたからには仕方ない、入って」

と、諦めた顔の直樹に促されて、祐太は部屋に入った。

綿井直樹は幼い頃に母を亡くし、父親と二人暮らしだった。その頃は祐太の家に近い場所に住んでいた。父親は海上自衛官で、直樹が大きくなるまでは、と後方勤務だったのだが、高校入学と同時に基地を異動し、また艦船勤務へと異動していた。

直樹も一緒に連れていくつもりだったのだが、地元から離れたくないという意思を尊重して、このアパートを借りてくれた。今では休暇があるときに父が泊りに来る、という状況である。

幼馴染みたちは、本職の自衛官である直樹の父に尊敬を抱いており、今でも帰ってくると聞けば挨拶だけでもと顔を出す。

だから、幼馴染みたちか父親かがこの部屋にいることは珍しくなかったのだが、見知らぬ少女がいる、というのは初めてのことだった。

その見知らぬ少女の横に直樹が座り、祐太はその二人の正面に座る。

「えっと、彼女」

と直樹が言った。

「……は?」

三次元の女は幼馴染みの三人以外にはいらん、と公言してきた直樹である。理解が追い付かない。

「……画面から出てきた?」

「いや……」

とだけ答える直樹。

「初めまして、坂本緑です。直樹くんと……おつきあいしてます」

頬を染める少女。

顔は整っていて、縁なしのメガネがちょこんと乗っている、長めの髪を三つ編みにして、垂らしている。この少女のやや汗ばんでいて、ブラウスが肌に密着している部分が見て取れる。

「あ、ああ。初めまして、直樹の幼馴染みで、赤城祐太です」

ぺこり、と頭を下げる祐太。

「あー、なんだ。いきなり押しかけて申し訳ない。まさか、直樹が一人でいないとは思ってなくて」

「い、いえ。幼馴染みのみなさんのことは、直樹くんや紘華さんからも聞いていますよ」

「……紘華?」

なぜここで紘華の名前が出るのか。いや、思い当たる節がある。

「紘華が言ってた、新しい彼女、って……」

「一応、ちゃんとした彼女は初めてだけど」

「え、っと。寝とり? ました」

部屋に漂う消臭剤の香りが、いつもより強く感じられる。

話を聞くと、二人の出会いは紘華の画策によるものであった。

予備校で画面の向こうの彼女といちゃらぶするゲームをしていたら、女の子と通信で連れ違ったということを紘華に話したらしい。それを聞いた紘華が携帯ゲーム機の本体ごと直樹から奪い取って、その女の子を特定した。それが、緑だった。

そのゲームで彼女が同じだったことから、直樹と緑の話が弾み、お付き合いが始まったとのことだった。

「紘華さんが、直樹くんはいいやつだ、って」

出会いから付き合うまで、紘華がサポートをしていたそうだ。聞けば、付き合い始めて三ヶ月ほど経っているとのことだった。

「ええええええ、聞いてないぞ」

「いやー、いつか言おう言おうと思ってたんだけどね。紘華からも、まだ言わないのかーってせっつかれてたし。でも、なんか僕のキャラじゃないから言いにくくて」 それは確かに、と祐太は思う。直樹が「新しい彼女が出来た」と言いだしても、新番組のアニメか、新作のゲームか、と軽く流していただろう。季節ごとに嫁が変わる浮気者め、と女性陣から突っ込まれているのを聞いたことがある。

「だからさ、どうやって言えばいいかな、って。一応、チャットでそれっぽいことは言ってみたんだけどね」

今までが今までだけに、誰もが気にしていなかった。

そこまで話して、祐太はようやく気が付いた。

「えっと、邪魔、しちゃったか」

「い、いえいえいえ。大丈夫ですよ」

慌てて否定する緑。

「そうそう。お昼のあとは集会だし、時間的には、もう、ね」

非常に、居辛い。

「最期になるかも、と思ったらつい、来ちゃっただけなんで」

フォローが、とても痛かった。邪魔をしてしまったことは、どうしても覆りそうにない。

「と、とりあえず帰るわ。直樹、今日の集会で言えよ、紘華とフォローしてやるから」

「あ、ああ了解。さすがに、今日言わないとね……今日しかないかもしれないし」

「大丈夫さ、お前の父さんがなんとかしてくれる」

海自がなんとかできるのか、とは思わなくもないが、少なくとも他に頼れる、信じられる人もいない。

「そうだね、言えないが作戦行動で帰れない、全てが終わったら顔を見に来る、とは言ってた」

「そっか」

祐太は可能な限り早く直樹の部屋を辞した。

考えなくても、あの部屋の消臭剤の濃さの意味、微妙に汗をかいている理由が分かった。それ以上は、踏み込んじゃいけないところだと思い、何も言わずにいた。

さて、どうやって集会でこの話へと持っていき、どうやって余計なことを言わずにいられるか。紘華が知っているというだけに、いろいろと不安はあるが、まぁなんとかなるだろう、と自転車で自宅へと向かった。

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