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第2章 明日を想う その2

午前十一時半


康平と別れて、祐太は一度家に戻り、カバンを置いて自転車を持ち出した。

昼過ぎに全員集合な、と別れ際に康平に言われた。

チャットで全員にそれは通達されているが、その昼過ぎまではかなりの時間がある。

知香、康平と二ヵ所に顔を出したのだ、あと二ヵ所くらい回ったところで大したことはないはずだ。全員で集まったら、真面目な話も出来なさそうであるし、個別に会ってみるのもありか。

そう考えて、残りの幼馴染みの元へと向かってみることにした。

外川紘華は、朝のうちに康平の元へ顔を出したらしいが、それ以外のメンバーは何をしているんだろうか。

おそらくは家にいるのだろうが。

これからの順路を考えると、駅前のマンションにある外川家へ行き、赤城家とは商店街を挟んで反対にある、古い住宅街の綿井家へ向かうのがいいか、と考えた。そして商店街の八百屋へ寄り自宅へ戻る、と。なるほど、康平が次はあっちだな、と駅前を指したのはこういうことか。

内装の三段ギアを操りながら、市道を走り抜ける。人通りは少なく、走っている車も少ない。

すいすいと市道を進んでいくと、やがて駅前にたどり着く。駅舎は商業ビルと一体化していて大きく見えるが、八階建てのビルのうち二フロアだけが駅でる。一応は急行が止まる程度に名の知られた駅ではある。

駅前も閑散としていた。小さなチェーン店がいくつか開いてはいたが、利用客はほとんどいないように見える。それらを一瞥し、駅前のバスターミナルを抜けていく。やがて駅前の再開発で建てられたマンションがいくつか見える。

目的のマンションの前を通り過ぎ、脇にある駐輪場に入る。来客用のスペースに自転車を止めると、エントランスに入り込む。オートロックのインターホンに向かって部屋の番号、呼び出しボタンを押して待つ。

「はい」

インターホンごしに声が聞こえてくる。この声は紘華だ。

「えー、山田と申しますが」

「山田は間に合ってます」

がしゃ、とインターホンが戻された音が聞こえた。ドアが開く──気配はない。改めて呼び出す。

「はい」

「鈴木でーす」

「当家は鈴木さんの立ち入りが禁止されております」

がしゃ。残念ながらドアの開く気配がない。おかしい、いつもなら一度で開けてくれるのに。

三度目の正直と行こう。

「ただいま、留守にしておりま──」

「あ、赤城ですがっ」

いきなり拒否してきたので、それを遮るように慌てて答えた。

「知ってる」

今度はドアが開いた。やれやれ、今日は機嫌が悪いのか、心に余裕でもないのか、それとも別の理由でもあるのか。インターホンごしにあの返し方をしてきたらのだから、そこまでではないとは思うのだが。さて、第一声はどうしようか、と祐太の悩みが解決する前に外川家の前に着いた。

さて、インターホンを押すかと腕を持ち上げるのと同時に、バンと勢いよくドアが開いた。腕を止めてそちらを見れば、見覚えのある少女が顔を出していた。

「えへへ、いらっしゃい、ユウちゃん」

出迎えてくれたのは帆華だった。外川姉妹の妹のほうで、姉妹揃って幼馴染みとして永い付き合いだ。

帆華に促されて外川家へと入る。この家は、いつも甘い匂いがする。祐太はそれがちょっとだけ好きだった。

「姉はどうした」

「お姉ちゃん? リビングでマンガ読んでたよ」

妹の後ろをに付いて、リビングへ。ソファの上で仰向けになり、片足を背もたれにひっかけたスカート姿の女がいた。インターホンに応答した姉の紘華だ。

「おい紘華、パンツ見えてる」

「まじかー百万払えー」

「高いな!」

「私なら千円でいいのですが!」

と、妹のほうがスカートを持ち上げる。

「お前らなぁ」

「えへへぇ」

姉のほうは起き上がって顔を見せようともしない。読んでいるのは、お気に入りだと言っていた少女マンガだった。テーブルの上に、全巻積んである。どうやら通して読み直す気なのか。

祐太は紘華が一人で陣取るソファの向かいに座る。紘華が、ふと祐太を見たが、すぐにマンガに視線を戻した。

「おじさんたちはいないのか?」

「ああ、うん。ちょっとおじいちゃん家に行ってくるってさ」

確か、二人の祖父は車で一時間程度の郊外に住んでいるという話だった。状況が状況だえに、近いから顔を出しに行ったのだろう。この孫二人はきっと断ったんだろうな、と祐太は思う。

「で、暇つぶしにマンガと」

「暇つぶしじゃねーよー。もう読めないかもしれないんだから、もう一回は読んでおかないとさー」

これも一つの、覚悟を決めるということなんだろうか。

少しして、帆華が二つのコップを持ってきた。片方を祐太の前に置き、祐太の隣に座った。

「んでさー、ゆーくん、何かあったん? お昼過ぎに集合なのに、わざわざ来るなんて」

「お姉ちゃん分からないのかな。祐ちゃんは私に会いに来たんだよ」

「あー、そういうことね」

「お姉ちゃんと一緒ってこ……」

「へっ、部屋に行ったほうがいいんじゃないかな!?」

帆華の言葉を大きな声で遮り、がばっと起き上がる紘華。

「どうした紘華、そんな大声を出して」

「いやいやいや。何も気にすることじゃ」

「んとねー、チャットのログを、ちゃんと読み返すと──」

「ほの! 余計なこと言わない!」

「ええ~だってぇ~」

頬を少しだけ膨らませて不満げな帆華。その頬を、顔を真っ赤にした紘華が左右から広げる。よく分からない構図だ。

「あひゅ、ふぁっ、ふぉーひゅんとひょほ──ひひゃひひひゃいのふぇうあっ」

「だまる、オーケー?」

「おーひぇーおーひぇーえふあー」

両手を上げて降参の意を示す帆華に、紘華はようやく許したのか、その手を頬から放す。

「祐ちゃん、部屋に行きたいのですが」

「その前に、紘華とも話がしたいんだ」

と、帆華のコップに手を伸ばした紘華に水を向ける。

「ん?」

ぐい、とコップの中身を一飲みした紘華は、それを自分の近くに置く。

「いや、あれのことさ」

「ああ、隕石? そうね、いいキッカケにはなってくれたかな」

「は?」

「あ、いや、なんでもなくて……」

「お姉ちゃんは今幸せ中だったりするから、聞いても無駄だと思うのですがー」

「ほーのー?」

無言で両手を上げて降参アピール。

「ま、なるようにしかならないし、なるようになる、ってところなんじゃないかな」

紘華は祐太に目を向け、しっかりと目を合わせて言った。

「あたしらができることなんて、せいぜいどういう結果になっても受け入れることだけなんじゃないかな。だったら、受け入れるしかないよね」

「なんか、康くんと同じようなことを言うね」

「そりゃ、だってお姉ちゃ──いえ、なんでもないですがー」

姉の鋭い眼光を受けて、妹が押し黙る。とはいえ、その二人の間にある空気には険悪なものは感じなかった。姉妹のじゃれあい、とでも言うべき空気とでも言えばいいのだろうか。一人っ子の祐太は、時折そんな空気をうらやましく思うことがある。

「祐くんは受け入れられないって感じだよね。だから、こうして会いに来た、と」

「お前はエスパーか」

「えええええ。ほのに会いに来てくれたんだと思ってたんですがー」

「いやいや、祐くんの考えることなんて分かるよ。伊達に幼馴染みやってないし」

「私も幼馴染みやってるんですがー」

「ほの、あんたは見方が違うから」

「こればっかりはお姉ちゃんに負けたくなかったんですがー」

「勝ち負けじゃないって」

ふう、と一息吐くと、

「んじゃ、そういうことでマンガに戻るから、ほのと遊んであげて」

紘華はそう言うと、マンガを一冊手に取り、ソファに寝転がる。祐太が入ってきた時と、同じ姿勢だった。

「それでは祐ちゃん、お部屋に行きたいんですがー」

「ほいほい」

帆華に連れられて、祐太はその部屋へと移動した。


帆華の部屋は玄関に近い六畳ほどの洋室だった。いくつかのぬいぐるみが並べられ、暖色が中心の色合いに囲まれた、女の子っぽい部屋だった。

よくよく思い返してみると、幼馴染みの女子三人のうちで、一番性格が女の子らしいのは彼女だ。残り二人は、どうにも無頓着だったり、大雑把だったり。スタイルでは帆華が年少であるせいか微妙に負けていることもあるが、総合的に考えると並んでいるとも言えなくもない。

祐太は、机の前の椅子を引っ張り出して背もたれに寄り掛かるように座る。ベッドに腰掛けた帆華と向かい合う形だ。

「祐ちゃん、不安に感じてるように思えるんですがー?」

「別に不感症じゃないからなぁ」

「まったく、祐ちゃんてば──」

帆華は笑顔だった。とてもとても嬉しそうな笑顔。ふと気を緩めると不安が顔に出てしまいそうで、ずっと気合いを入れっぱなしの祐太には、なぜ彼女が笑顔なのか聞きたくなった。

「帆華はなんでそんな嬉しそうなんだ?」

「だって、祐ちゃんが会いに来てくれたからですがー」

「それだけ?」

「うん、それだけですがー?」

まっすぐに祐太を見つけてくる双眸に嘘の色は見えなかった。すっと手を伸ばして、帆華のセミロングの髪に触れる。とても落ち着く気がした。幼いころからの癖とも言えた。そのまま、頭を撫でる。

「そっか。なんか帆華を見てると、不安に感じてるのもあほらしくなってくるな」

「そうそう。だって、不安に感じてたら、人生楽しくないよ」

「ほう、年下のくせに偉そうなことを言うじゃないか」

「ま、康ちゃんの受け売りなんですがー」

くすぐったそうに撫でられながら、帆華は言った。

他人の言とはいえ、それをきちんと自分の中に持っているだけでも立派なもんだと祐太は思った。確かに康平は常日頃からそのようなことを言ってはいるが、自分はそれをあまり受け入れているとはいいがたかった。

「私はね、祐ちゃんがいてくれるから楽しく感じられるのですがー」

「そう、なのか」

「そう、なのですがー。残念なことに、理解してもらえていないのが悲しいのですがー」

と、帆華が急にまっすぐ祐太の目を見据える。

「祐ちゃんは、隕石を怖がっているように見えるのですがー」

「え? いや……なんとかなるんじゃないかと思ってるけど」

「ほんとにー? うーん、帆華さんの目には、そう言ってごまかしてるように見えるのですがー?」

帆華のストレートな追及に目をそらしてしまう祐太。「わかってるんですが」と、言われている気がする。

「……もしかしたら、そうかもしれない」

「ふっふっふー。やっぱりー。でもでも、私にはわかっちゃうのですがー」

帆華の頭を撫でていた手を引っ込めようとしたところで、その手を帆華に掴まれる。その手を、まるで大事な壊れ物を扱うように胸の前で両手で包む帆華。

「大丈夫、とは言えないんですがー。来年から祐ちゃんとのラブラブ同棲生活が両手を広げて待ち構えているわけですがー」

「そんな予定はなかったよね」

「予定なんて言ったもの勝ちなのですがー」

帆華は両手を広げ、

「我が腕の中で息絶えるがよい!」

どこかのラスボスのセリフを吐き捨てる。

「いやいや、隕石より先に殺す気か」

「帆華さんの魅力に、という意味だったのですがー」

「……とても硬そうですね」

「くっ、一年程度の差が現在の決定的な戦力差でないことを教えてくれるんですがー!」

胸を張る帆華の薄い胸に、祐太はやれやれ、という挑発ポーズをとる。一年前の知香は、紘華はどうだったかな、と思い出そうとして見るが、あまりよく思い出せなかった。

その二人がそこについて争っていることはなかったが、知香のほうがやや薄かったかもしれないという程度には思い出せた気がする。とはいえ、比較対象である紘華が大きすぎるだけかもしれないのだが。

高校に入ったばかりの頃は、二人とも同じくらいだったような気がする。卸したてだった濃紺のブレザーを押し上げられかたに、それほどの差はなかったと思う。それからおよそ一年と数ヶ月。今となっては、大きな差ができてしまったわけで。

「そもそも、お姉ちゃんのサイズを見れば、来年の私がどうなるかは一目瞭然だと思うのですがー」

学年的にはひとつしか違わないが、生まれの差は一年半ばかりある──ということは祐太は言わないでいたが、同じくらいの時期を比較しても、帆華が負けているんじゃなかろうか、と祐太は思った。もちろん、そんなことは言わない。

知香と紘華は気にしないタイプだが──標準程度にはあるからかもしれないが──帆華はかなり気にする。集会で、誰かがボコボコと殴られていたような記憶がある。見えている地雷に踏み込むのは、祐太ではなく、別の幼馴染みが担当してくれている。

「まぁ、あれさ。現実感はないんだよね、実際。でも、自分じゃどうしようもならないことで、どうすることもできないから成功も失敗もなくて」

「そうですがー」

「たぶん、祈るしかできないってことが不安になってるのかな」

合格率がC判定だった入試を突破できるかどうか、入試後から合格発表までもやもやした状態で待ち続けているようなものだ、と続ける。

「言いたいことは分かるのですがー、入試と一緒にされるのは隕石としては不本意なのかと思うのですがー」

隕石に本意か不本意かがあるかはともかく、スケールは違うが、もはや自分の手に届かないところで結果が出る。

「とはいえ、帆華と話せて気が楽になった気がするよ」

「なんとっ。でわでわ、そろそろ好感度がカンストしたりすると思うのですがー」

「いやいや、好感度と親密度はとっくにカンストしてる」

「それは驚きですがー。こうして二人っきりなのに押し倒しイベントが発生しないのが不思議なのですがー」

「そっちは別のパラメーターだからなぁ」

「ええええええ~。そっちのパラメーターもアップさせて欲しいんですがー」

「考えとく」

「がーん」

目を見合わせ、あはははは、と笑いあう。幼馴染みとしての付き合いが長すぎるせいか、祐太は帆華を女性としてはあまり意識できないでいた。知香にしろ紘華にしろ、三人とも近すぎた。

十年以上の付き合いで、一緒に遊びに出かけることもあれば、親に一緒に風呂に叩きこまれたことだってある。それは祐太に限った話でもない。さすがに、紘華のように、男だと意識してないぞと言わんばかりに下着姿で出てこられても何とも思わない。

集会するぞー、と集まることもあれば、暇だからと遊びに行ったり来たりすることもある。そこに、男女の意識はあまりない、と思う。少なくとも祐太はそうである。

最近は、知香や帆華と二人きりになることが少し多いかもしれない、という気もするが、きっと誤差だろう。

ふと部屋の時計に目を向けると、お昼までそこまで時間がなくなっていた。

「おっと、そろそろ行くかな」

「直ちゃんとこ?」

「そそ。よく分かったな」

「祐ちゃんのことだからですがー。わざわざ学校まで行ったなら、知香ちゃんとこ、康ちゃんとこは行ったんだろうなーって推測したわけですがー」

「順番もその通り」

「直ちゃん、紳士スタイルって言ってたし、きっと画面から嫁が出てこないーって叫んでると思うわけですがー」

「なんか彼女が出来たって言ってたぞ。嫁じゃないから、きっと新しいゲームかな」

「あー、言ってたねぇ。奈々さんは嫁じゃねぇ、彼女だーって」

「それは去年だったな。端末を縦に持って、飛び出して見える奴。彼女といちゃいちゃするゲームだって言ってたが」

「そうそう、貸してって言ったら寝とりか! それもアリだ! って言って貸してくれたんですがー」

「未来に生きてるな」

そんな話をしながら、リビングに顔を出すと、紘華は相変わらず同じ姿勢でマンガを読んでいた。積まれた本の山が少し変化していた。

「紘華ー、帰るわー」

「おー」

ソファの背もたれに手をついて、紘華が上半身を起こす。相変わらず足を広げっぱなしなので、パンツが見えるというか見せている。

「お、百万でいいぞ」

「イヤだね」

もはや代名詞すら不要である。

「直樹のところに行ってくるわ」

「はいはい、新しい彼女によろしく言っておいてよ」

「……言葉が通じればな」

「通じる通じる」

なぜか笑う紘華。その様子からすると、どうやら「新しい彼女」の正体を知っているようだ。しかし、それについては何も言わないところを見ると、すぐに分かるから言わなくてもいいだろ、と考えているのが見て取れた。

「ま、言ってみれば分かるか。んじゃまた集会でなー」

「あいよー、知香はあたしが連れていくか?」

「そうだな。一応声はかけてあるけど、あいつのことだから寝てるかもしれないしな」

「任されたのですがー」

紘華ではなく、帆華が答えた。

紘華は手を振ると、再びマンガを読む体勢に戻った。帆華とともに玄関へと向かう。

靴をはき、玄関ドアを開けると、むわっとした空気が漂っていた。暦の上ではすでに夏であり、もうすぐ梅雨が訪れる。そんな時期を感じる空気だった。

「またねー」

外川家を出ると、自転車に乗り込んで古い住宅街を目指していく。

綿井直樹の住むアパートは、昔からある住宅街の中ほど、狭い道と一歩通行だらけで車のほとんど通らないような場所にある。


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