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第4章 夜明けまで その4

 午後十時二五分


 口腔内を水で洗い流し、空っぽになった胃にとりあえず水を流し込み、祐太は落ち着いた状態で部屋へと戻った。

 吐き気を引き起こした動画は、すでに再生が終了していたが、別の音が部屋で存在感をアピールしている。携帯電話だった。バッテリーの充電量が警告レベルまで低下しているシグナルだった。祐太は慌てて携帯電話を充電ケーブルとつなぐ。

 チャットツールがずっと起動しっぱなしだったせいか、バッテリーをかなり消耗してしまっていた。

 チャットでは、祐太が急に反応を無くしてしまったことについて、寝落ちだろう、ということになっていた。


  >ゆーた ただいま。寝落ちじゃないよ、急に呼ばれて部屋にいなかったんだ

  >K おかえり

  >ほの おかえり~。あのね、寝落ちはちーちゃが言い続けたんだよー

  >CHIKA おかえり、この時間に反応がなくなったら、寝たと思うでしょ

  >メガネ そりゃ、ちーちゃんだったら、そうだと思うけどさー

  >ヒロ 知香以外が寝落ちするなんて、そうそうないでしょ


 チャットでみんなと会話していると、ささくれだった心が落ち着いてくる。これが今の自分に必要だと思えた。元凶であるパソコンをシャットダウンしてベッドに寝転がる。これでもう、心が乱されることもないだろう。

 もう何も考えたくなかった。ただ、この場に居続けたかった。



 午前零時


 もう寝るか、と誰かが言った。

 もう日付が変わってしまっていた。ついに来てしまったと思うが、それは誰も言わないでいた。


  >ほの もうおねむですよ~

  >ヒロ 大きなあくびしまくるから、こっちまであくびが止まらなくなってきたよ

  >ほの それはわたしのせいではないのですがー

  >K はは、もういい時間だしな

  >メガネ 自分はそろそろ寝るとするよ、明日は早起きしておきたいし

  >CHIKA 私は寝ないでいいように寝だめしておいたけど、やっぱり眠いかな

  >ゆーた 起きてるのと寝てるのと、どっちが幸せなのかな

  >K 起きて、自分の身に何が起きるかは知っておきたいな

  >ほの ギリギリまで、みんなとお話していたいのですがー

  >CHIKA 何事もないことを確認して、すっきりした状態で寝たいかな

  >ヒロ さすがに二度寝するような時間じゃないと思うけど

  >メガネ いつでも寝られるのはうらやましいね

  >ゆーた それはあるね、とはいえ寝ぼけすぎなのはなんとかして欲しいところ

  >CHIKA えーい、やかましいわー!

  >ヒロ あははっ


 一人、また一人とチャットから離れていく。

 最後に祐太が一人残り、誰もが戻ってこないことを確認して、チャットツールを終了させた。

 朝なるべく早く起きて、暇だったらチャットに入ろうか、という曖昧な約束だけが交わされた。

 部屋の電気を消して、布団をかぶる。しかし祐太の目は閉じない。あくびが出たのはついさっき一度だけで、眠さは感じるものの眠りたいという欲求は湧いてこなかった。

 カーテンの隙間から、かすかな光が漏れてくる。半身だけ起き上がって、カーテンの隙間から顔を出すと、都会から離れた住宅街の深夜だけに光源が少ないからか、ここは星の光がよく見えた。雲一つ見えない空に無数の星の光がちりばめられている。

 窓を開けると、とても静かだった。車の音も、動物の声も、何も聞こえてこない。

 これが最後なのかもしれないと思うと、無性に涙があふれてくる。

 大丈夫、きっと大丈夫。

 みんなと会話をしてそう思える程度にメンタルは回復していたが、一方でこれでもうおしまいなんだという心の声も聞こえてくる。

 ダメだ、余計なことは考えないようにしよう。

 祐太は再び横になると、暗い部屋の中で一人、静かに目を閉じた。



 午前六時三十分


 頭上でバッテリーの充電をしたままにしていた携帯電話が鳴りだした。

 数年前に流行ったラブソング。これは知香からの着信を知らせるサウンドだ。今の携帯へと買い替えたときに、私の時はこれが鳴るように設定したよ、と言っていた。

 まだはっきりとしない頭を振りながら手を伸ばして手に取ると、通話ボタンを押す。

「ふぁ……ふぁあああああああああ」

 口を開いたら欠伸が出てしまった。

「ごめん、寝てたよね」

「そりゃあね。知香がこの時間に起きてるなんて珍しいな」

「……寝てないからね」

「どうりで、こんな朝早くにしっかりとした口調なわけだ」

 一方で、祐太は欠伸を噛み殺しつつ、タイミングを見計らって盛大な欠伸を漏らす。

「それで、どうしたの」

「ちょっと、出てこれる? すぐ近くの公園にいるから」

 知香が指定した公園は住宅街の中にある小さなもので、住宅街の子供たちの公園デビューに使われているところだった。

「オッケー、すぐ行く」

 知香の返事を聞いてすぐに、祐太は携帯を閉じた。高校の制服に手を伸ばしたが、私服にしようと衣装ケースへと向き直る。

 一階に降りると、両親はまだ寝ているようだった。普段なら父の出勤のために、この時間には起きているはずだったが、ある意味でラッキーと言えた。静かに玄関のドアを開けるとすっと身を滑らせて外に出た。鍵をかけるとき、少しだけ大きな音が出てしまったが、どうやら気付かれはしなかったようだ。

 自転車に乗り込み、一路公園を目指す。


 知香はちょっと窮屈そうにブランコに座っていた。入口に自転車を止めると、手を上げて知香に来たよと声をかける。

「朝って、なんか気持ちいいね」

「こんな朝早くに起きたの、いつ以来さ」

 隣のブランコに座った祐太だったが、すぐに立ち上がった。幼稚園くらいの子供向けサイズなだけに、高校生となった今では窮屈すぎる。

「中学の林間学校以来かな」

 それは、わざわざ遥か長野まで行ってのキャンプだった。テントと寝袋での睡眠、そして早起きしての登山。起きたてで測った体温が非常に低かったことを覚えている。

 知香は座ったまま、祐太のほうを向いた。

「今さらだけど、気づいちゃったの」

 祐太は何も言わず、知香の次の言葉を待った。

「ああ、私って恋する乙女だったんだ、って」

 目を丸くして知香を見返す祐太。似合わないことをいきなり言われて、なんと返せばいいのか、言葉が見つからなかった。

「ちょっと、なんか言いなさいよ」

 ちょっとだけふて腐れたような知香。祐太は昨夜のことを思い出しつつも、苦笑して言葉を返した。

「ああ、そういえば、そうだったな」

 言葉にならない笑いが漏れた。知香はその言葉には不服そうだったが、それについては言及しなかった。

 立ち上がって、祐太の前に立つ。

「言ったでしょ、昨日」

「ああ、覚えてる」

「なんかね、祐太に会いたくなった」

 そういって、知香は祐太を抱きしめる。

 そのまま何も言わずに抱きしめたまま、知香は目を閉じている。

「帆華には悪いな、とは思うんだけどね。それはそれ、ってところかな」

 肉感的な知香の柔らかい体から、とてもいい匂いがした。目をつむっていても分かる、これは知香の匂いだ。今までずっと、十年以上この匂いが側にあった。

「なんか、すごい、自分じゃない感じがする。あれだね、なんかちゃんと告白とかしちゃったせいで、心の中が変わっちゃったのかもしれない」

 しれっと、好きだよ、愛してるよ、と言った知香。何を当たり前のことを、という感じだったが、改めてきちんと告白、という形をとったことで、色々と変わってしまったのか。それとも、これから起こりうる未来が、そうさせたのか。

「よっし、祐太分の補給完了」

 そう言って祐太から離れる知香。

「なんだよ、なんからしくないな」

 そうは言うものの、祐太はとても嬉しそうな顔をしていた。

「いいじゃない。きっと、今はそういう感じなんだと思う。

 それより、ちゃんと返事は考えてるの?」

 そう言われて、祐太は目を逸らした。それどころじゃなかった、というところではあるが、考えているほど祐太の心には余裕がなかった。

 それを見て知香は、考えてなかったことを察した。

「でしょうね。わかってた。いいよ、どんな答えでも。どっちが好きだ、でも、二人とも好きだ、でも。もちろん、ヒロが好きだからごめん、でも。ちゃんと祐太の言葉として聞かせてくれれば」

「紘華はない、それだけはない」

 そもそも紘華が見ているのは康平だし、祐太と紘華の間にあるのは恋愛感情ではない。そこにあるのは、友情や家族愛、絆、そういったものだ。

「……ちゃんと考える。もうちょっとだけ待っていてくれ。きっと、返事をするから」

 約束は今日の昼。みんなでの集合時間より前。それはつまり、

「大丈夫よ、だって、お昼はきっと来るから」

 祐太の考えていたことを見抜いた知香が言ってくる。

 そう、お昼が来るためには、隕石が撃破されなくてはならない。きっと今、世界中でそのために働いている人々がいる。彼らを信じよう。祈ろう。それが、今の自分に出来ること。

「ああ、そうだな」

 不安はあるし、恐怖もある。だけど、こうして知香がいてくれる。今ここにはいない帆華もいる。それだけで、不安も恐怖も乗り越えられる気がした。

 それからしばらく、いつもの二人に戻ったようにおしゃべりをしていたが、知香の携帯に母親からの連絡があり、またお昼にね、と言って別れた。



 午前七時一五分


 そっと鍵とドアを開けると、パンの焼けるいい匂いが運ばれてきた。

「祐ちゃんおかえり」

 リビングのソファに座った母が、そう声をかけてきた。どうやら、完全にバレているようだ。とはいえ、やましいこともないので、ごくごく普通に「ただいま、おはよう」と声をかける。

 キッチンにいるのは、相変わらず父であった。声をかけて、朝のコーヒーをもらうと、母の隣に座ってテレビを見る。

 昨日から引き続き、国連の事務総長がスピーチを繰り返している。

「進展は、何もなさそうだね」

 日本語通訳の音声を聞いていても、新しい情報は聞こえてこなかった。ただただ、迎撃作戦の成功をあなたの信じる神に祈って欲しい、ということだけを伝えてきていた。

 配備を完了した各国の軍隊は、様々な機関による計算をまとめ、発射体制を整えている。あとは、降りかかる災厄を迎撃、撃破するのを待つのみなのだ。

 落着地点に関する情報は一切伝えられていない。

 テレビのテロップでは、日本政府は全交通機関に対して営業の一時停止を通達したとのことだ。隕石の迎撃によって、破片が降り注ぐ可能性があり、それが重大な事故につながる恐れがあるとのことだ。

 偉い人たちは大変だ、と祐太は思った。

 隕石が線路上に落ちて、それに気づかずに運行していたら、きっと大きな事故になるだろう。そんなことまで考えなくてはならないとは。

 作戦が成功することだけを考えず、その先にまで気を配る余裕が、大人になった祐太には生まれるか心配だった。偉くなる、というのは並のことではないのかもしれない、と思う。

 そんなことを考えていると、父が声をかけてきた。

 家族三人、もしかすると最期になるかもしれない朝食。

 冷蔵庫の中身が、ほとんど残っていないと父が言うと、午後はお買い物に行かないとね、と母がそれを受けた。とても混みそうだから、どこへ行きましょうか、と言う。

 もしかすると、それは両親の精一杯の虚勢だったのかもしれない。でも、それでもありがたかった。心の中を支配しようとする不安と恐怖が、少しだけ押し返してされていく。

 ほどよい焦げのついたパン、半熟のままきれいに焼きあがった目玉焼き、そして温かいコーヒー。昨日と同じメニューだが、とてもおいしく感じられた。家族三人揃っての朝食はいつ以来だろうか。

「黙って待つしかないんだ、今さらジタバタしたって仕方がない」

 父はそう言うと、一足早く食べ終えた。続けて母と祐太も食べ終える。今朝は新聞もないから、することがないなといった父はテレビのチャンネルをぱっぱっと切り替えていくが、どの放送局も内容は一緒だった。CMすら挟まる気配がない。

 携帯を開くと、幼馴染みたちが相変わらずのんきな会話をしていた。


  >メガネ さすがにね、親には勝てないわけさ

  >ヒロ はぁ~、あんたねー。それでも俺のところに来い、くらい言いなよ

  >ほの 浪漫溢れるなぁ~そんなこと言われたいなぁ~

  >メガネ 言ったさ!

  >CHIKA かっこいー


 今の話題は、直樹の彼女が家にいることにするものだった。付き合うことになったばかりではあるが、世紀の瞬間は一緒にいないらしい。


  >ゆーた とはいえ、みんな家にいるんだろ、親と一緒に

  >ヒロ まーね

  >ほの お姉ちゃんと一緒、なのですがー

  >メガネ いやまぁ、そうなんだろうけどー。こっちは一人なんだー!

  >K 気にするな、おれも一人だ

  >ヒロ 康平、うち来る?

  >メガネ いや、さみしさマックスのうちだろ

  >ほの なおちゃんが行けばいいんじゃないかと思うのですがー


 みんな家にいる。いや、みんなではないか。康平はおそらく家ではなく秘密基地だ。こんな時でも家にはいたくないのだろう。むしろ、こんな時だからこそ、か。


  >CHIKA あと二時間くらいね

  >ほの こうしてたらあっと言う間だと思うのですがー

  >ヒロ まだ時間あるし、ほのでも抱き枕にして寝てようかな

  >ほの うひゃー、幸せすぎるのですがー

  >メガネ 仕方ない、二次元嫁に切り替えていく

  >K さみしいやつめ

  >ゆーた うわーうらやましいなー

  >ヒロ ゆーは両手に花だろ


 祐太が知っている中で、唯一迫りくる脅威に立ち向かっているのが直樹の父である。きっと直樹に連絡する暇もないのだろう。知らない人間に対して祈るのは難しいが、知っている人が成功してくれることは祈りやすいと思った。

 おじさん、お願い……そう心の中で祈った。届いて、そして叶うと信じて。


  >メガネ 両手に花が画面のこっち側にあるなんて、ありえない!

  >K お前、片手で満足してるだろ

  >メガネ まーね、一人でもいっぱいいっぱいだよ

  >ほの いっそ、両手両足頭に体、まで行ってもいいんだよ

  >CHIKA それ意味分かんないから

  >ヒロ うちの妹の心の広さに全米が号泣


 こんな状況でも、チャットを通じて心が休まるのはとてもありがたかった。いい仲間を持ったと思う祐太。きっと、みんなもそう思っているに違いない。でも、そんなことはチャットに言うわけにはいかない。言ってしまえば会話がそういう流れになって、泣いてしまうと思った。

 心でつながっている。心の深いところで理解しあえている。祐太はそう思っている。だから、今はそれは心の中で感謝を向けておくことにした。

 午後に、再会したときにそれを言葉にしよう。そう決めた。



 午前八時三十分


 テレビの放送内容が急に変わった。

 画面に映し出されていたのは隕石で、解説の音声がしばらくして聞こえてきた。

『ついに隕石が映像として映せるところまで迫ってきました』

 右下に小さく、事務総長が映っている。

 映像で見ると、隕石の大きさがよく分からない。比較する対象がないので、どれだけ大きいのかが判別できなかった。


  >メガネ 隕石大きすぎだろ

  >ほの えー? これじゃ大きいとか分からないんですがー

  >ヒロ 隣にタバコの箱でも並べてくれないかな

  >CHIKA それはさすがに小さすぎる

  >K 埃くらいのサイズになりそうだな

  >ゆーた 近づいて、来てるだね

  >ヒロ もうすぐね

  >メガネ エンディング直前の最後のヤマって感じ


『各国の軍隊は迎撃態勢を整え、命令の発令と同時にミサイルの射出が行える状態になっています』


  >ほの 発射から当たるまで、どれくらいなのかな

  >メガネ 1分はかからないってところじゃないかな

  >K どのくらいの距離で撃つかにもよるしな

  >CHIKA 2発目を撃つ余裕があるなら、早めとギリギリみたいになるのかな

  >ヒロ その余裕はないと思うけどなー早すぎて

  >ゆーた 連射性能ってどんなもんなのかね

  >メガネ 基本的には、発射台を大量に並べての時間差だと思うけど。その時間を調整して、常時発射しているようにする、みたいな

  >K そうすると、今回は2発目は難しそうだな

  >CHIKA 同時発射数が気になるところね


『祈りましょう、みなさん。世界は、まだ終わりを迎えない。神はそのようなことは言っていません』

 神、とだけ言っているのは、様々な宗教に対しての配慮か。国際的な放送で名を上げることは出来ないのだろう。だが、そう言うしかないのだろう。現場の人間ではない事務総長は、報告を受け取って、それを発表しているだけに過ぎない。

 様々な宗教が存在する以上、きっとそれについて詰問され、解任という未来が近くに迫っていることだろう。それでも言わずにはいられなかったのかもしれない。

 お昼ご飯の時間まであと三時間。その後に知香と帆華と会う約束だ。だが一時間もしないうちに、大きなイベントが起こる。


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