第4章 夜明けまで その3
午後八時五分
携帯を開いてチャットツールを起動すると、いくつかのログがあり、参加したままのユーザー名も出ていた。
>メガネ 圏外ばっかで緑に連絡とれね
>CHIKA あんたと同じように、みんな隙あらば、って考えてるんでしょ
>メガネ デスヨネー
>メガネ あー、どうしよう
>CHIKA 遠いのかとか知らないけど、行けるなら行ってみたら
>メガネ そんなに遠くはないよ。ただ、親が出てきたら、って考えるとさ、すんごい行きにくい
>CHIKA 気持ちは分からないけど、行かないで後悔するよりいいんじゃないの
>メガネ そりゃ、ちーちゃんは祐太だからいいだろうけど
>CHIKA そうね
>メガネ おっと、否定しないでござるか
>メガネ ぐふふ、何があったか聞きたいで候
>CHIKA 何もなかったわよ
>ほの ふっふっふー、ほのちゃんですがー!
>ほの 知香ちゃんもついに、年貢の納め時なのですがー!
>メガネ 詳しく
>CHIKA なお、行ってきなよ
>ほの 聞きたい? 聞きたい?
>メガネ うーん、聞きたいけど、ちょっと行ってくるよー
>メガネ またあとで見るから、垂れ流しておいてくれると助かるでござる
>ほの 行っちゃうのー? リアルタイムに反応がないとつまらないのに
>CHIKA ヒロは帰ってきた?
>ほの まだー
>ほの あ、帰ってきた
>CHIKA そう
>ほの お姉ちゃんも、きっと後悔しない選択をしたのかなー
>CHIKA たぶんね、ヒロだもん
>ほの だよねー
ちょうどリアルタイムで進んでいたので、祐太も参加することにした。
>ゆーた めしくったー
>ほの うちこれから
>CHIKA 私はもう食べたわ
祐太は携帯を持ったまま机に向かい、パソコンを起動した。待っている間に携帯でカチカチ、とチャットに打ち込んでいく。
>ゆーた メガネは出かけたのか
>CHIKA ぐちぐち行ってるからケツ叩いてみた
>ほの あははー、あれだよ、背中を押して欲しかった、みたいな
>CHIKA 見え見えだったしね
>ゆーた ま、きっとこれで後悔せずに済むだろうしね
パソコンが起動を終えたので、祐太はポロリのツールを立ち上げた。画面にウィンドウが広がり、インターネットから取得されたログが大量に流れ込んでくる。
ログを流し見ていると、祐太も名前は知っている有名な繁華街で、暴れまわっている連中が出没したようで、その写真がいくつもアップロードされていた。襲われている様々な商店や人々。そして、そんな暴れまわっている連中に立ち向かう人々。
警察官の姿も映っていた。
内容はとてもショッキングではあったが、それでも大きく治安が乱されたとは言えなさそうだ。
>K ポロリを見てたんだが、この町は運よく平和だった、ってところか
>CHIKA そうね、運がよかった、というのが一番合っているわね
>ほの ちょっとご飯行ってくるねー
>ゆーた ああ、とはいえ、警察も頑張ってたみたいだな
>K だな
ポロリを追っていくと、悲観しすぎた作家が、連載作品の今後の展開をずらっと流しているのを見つけた。発言者のポロリを追っていくと、祐太も毎週読んでいた週刊マンガ雑誌のマンガ家で、今週の発売号の展開からの流れが書かれていた。
それに対する反応も様々で、知れてよかった心残りはもうない、というものから、来週からの楽しみが減るから止めて欲しいという願いまで、様々だった。いろいろと考えていても、それが今後も発表できるとは限らない。そんな流れがインターネット上に出来つつあり、そのポロリにつられた作家がどんどん出てきていた。
マンガに小説、アニメにドラマ。あらゆる媒体のあらゆる作品の結末が流れてくる。
>ゆーた ポロリ、ネタバレばっかになった
>CHIKA きっと続けることになったら、同じ展開にはできないから、作家さんもきつそうね
>ゆーた その発想はなかった
>メガネ そしてネット通販の発送もなかった
>CHIKA おかえり
>K また通販で買ったのか
>メガネ なんとか会えたよ
>メガネ 頼んだものがあったんだけど、来なかった、絶望した
>ゆーた 明日には届くだろ
>メガネ 全裸待機するしかない
>K まだはえーから
>CHIKA 本当に全裸になってそうだから困る
祐太はポロリを切り替えた。隕石について語っているログが抽出されて大量に流れ込んでくる。論調を追っていくと、隕石に核ミサイルが一発でも当たれば大丈夫なのかという議論を様々な立場の人が交わしていた。
追っていくと、直撃させるのか、近くで爆破させるのかで結果が大きく変わることが話の中心だった。きちんと当てて破壊する派と、近接爆破で同時にたくさんのミサイルを連鎖爆発させることで破壊するべき派の大きく二通りがいた。
そのどちらもが、難解な数式を並べて良好な結果が出ると述べている。どこに喧嘩をする要素があるのかが祐太には分からなかったが、結果が出ることだけでは満足できないのか、それとも互いの方法では無理だと思っているのか。
>ゆーた 当てるべきか、近くで爆破すべきか、か
>K 迎撃の話か?
>ゆーた そうそう。ポロリで今見てるんだけど
>CHIKA 手段と目的が入れ替わっているのね
>ほの たっだいまー
>ヒロ ただいま
>ほの おー、ミサイルの話かー。当てて欲しいね
>K 当てても当てなくてもいい、って話だな
>ヒロ そうね、落ちなければどっちでもいいと思うけどね
>メガネ いやいや、当てることにロマンがあるんだよ
>CHIKA ロマンはいい
>メガネ これだから現実主義者は
>ゆーた どっちが確率が高いか、で決めるのかな
>ほの すごい早いから、当てるのは難しいんでしょ
>メガネ ベランダから空き缶投げて走ってる車に当てるよりも難しいよ
>ほの えー、そんなの無理じゃん
>ヒロ そう聞くと、当てなくてもいい方法のほうが安全そうだね
>K どっちも難しいんだと思うがな
当てるのか当てないのか、というよりも当たるのか、当たらないのか、というが議論の結論になりそうだった。いわゆるスパコンによる計算が、どれだけ早いのかは分からないが、当てるための計算が、発射しなくてはならない時間までに行えるのだろうか。ポロリを見ていると、それについて語っているのは少数だった。もはや、それが出来るのは大前提なのだろうか。
とはいえ、それを追っていくのも疲れそうだ。何しろ、難解な語彙ばかりが並び、意味の理解をすっ飛ばしたら、それを探せなさそうな気がした。あとは何を見るかな、と思っていると、チャットでは新しい話題が提示されていた。
>ほの お姉ちゃん、今日はお姉ちゃんと一緒に寝たいんですがー!
>ヒロ はいはい、じゃあ部屋においで
>メガネ うひょー、百合キター!
>CHIKA 姉妹でも百合になるの?
>メガネ なるに決まっている! 生まれる前から
>K 最近、同じ言語を使っているのか疑問に思うのは気のせいか
>ヒロ しゃーない。切り替えていく。
>メガネ これは教育やろなぁ
>ほの いえーい、お姉ちゃんと一緒~
>ゆーた 二人並んで携帯かよ
>ほの えへへ、いいでしょ~
>ヒロ 大丈夫、おしゃべりしながらだから
>CHIKA あんたら、ほんと仲いいわね
>ほの でしょでしょ~
ポロリに「寝る前にこの動画を見ておけ」というアドレスが流れていて、多くの人々が見ておいてよかった、とポロポロしまくっているのを見つけた。祐太は何の気なしにそのアドレスをクリックしてみた。インターネットブラウザが起動して、その動画のページが表示された。
動画のタイトルは、これからの危機を知ろう、となっていた。再生ボタンをクリックする。
その動画は、数年前にどこかのテレビ局で放送された、様々な災害のシミュレーションを行う番組の一部だった。
地球が映し出された。
『地球には、年に数万という隕石が落下しています』
ナレーションと共に小さな隕石が多数、地球に向かっていく。その小さな隕石たちは地球の表面上で真っ赤になり、消えていった。
『しかし、隕石のほとんどは大気圏に突入後、摩擦によって燃え尽きます』
地上から見る夜の空へと場面が変わり、いくつもの流れ星がきらめいていた。
『大気圏に突入して熱を持った隕石が、地上では流れ星と呼ばれ、夜の空を彩っています』
それから、何とか座流星群として年に何度か、地表から観測される映像が流れた。そういえば、去年の夏にしし座流星群で盛り上がっていて、みんなで秘密基地で見たことを思い出した。あれも、隕石が大気圏で燃え尽きた多数の隕石の集まりだったのだろうか。
『しかし、大気圏で燃え尽きずに地表に到達する隕石もあります』
古代の隕石やら、いつだかの隕石だかが見つかって話題になることもある。そういったものが、燃え尽きずに地表へと届いた隕石なのだろう。
『過去、いくつもの隕石が地表に到達していますが、その最大級の隕石が、およそ三億年前、南米ユカタン半島に落ちたといわれる隕石です』
『直径およそ十キロメートル。この隕石の落下により、ユカタン半島には大きなクレーターが形成され、落下による衝撃で発生した津波が全世界を覆い、またその際に巻き上げられた土砂が空を覆って太陽の光が届かない世界を生み出しました。氷河期です。』
地球に向かう大きな隕石が映し出される。祐太はそれが3D映像であることを分かっていたが、今の状況にそっくりにも思えた。言葉もなく、ただまっすぐにその動画を見つめている。
地球へと到着した隕石は、大気圏を通り抜け、地表へと落ちる。
巻き上げられた海水と土砂。
海水が巨大な津波となって太平洋を渡り、日本はおろか中央アジアまで到達する。東へ進んだ津波が欧州、アフリカを飲み込んでいく。引き戻され、押し返されてどんどん巨大になった津波が、やがて全ての大陸を覆い隠す。
続けて巻き上げられた土砂が世界に降り注ぐ。空は太陽の光が届かないほどの厚い蓋に覆われ、地表は洗い流されたあとに土砂が積もって何もなくなる。
地球がどんどん壊れていく様子が続いていく。灼熱の世界になっていく地球。生きる生物のいない世界。死の星。
「ぐっ……」
不意に湧き上がってきた吐き気に、祐太は慌てて口を押えてトイレに駆け込んだ。トイレが二階にもあってよかった、両親には気づかれない。などと考える余裕はなかった。
便座を抱え込むと、祐太はさきほどまで和やかに楽しんでいた食事を吐き戻した。
洗いざらい吐き出しても、吐き気が収まらない。涙が出てきて、止まらない。嗚咽が飛び出してくる。
「なんでなんだよ! なんで……」
それは隕石への文句、何もできない状況を受け入れるしかない今への不満、幼馴染みたちが死んでしまう可能性への不安、そして死が訪れることへの恐怖。
「何がっ、何が大丈夫なんだよ! 大丈夫じゃ……ねえよ!!」
半日ばかり前には大丈夫だろ、と言っていた自分。そして今、状況を受け入れてしまった自分。
恐ろしいほどに恐怖を感じ始めた。数刻ばかり空っぽの胃の中身を吐き出そうとする吐き気に身を任せる。
その吐き気が収まったのは、トイレにこもって一時間ばかり経過した頃だった。




