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第4章 夜明けまで その2

 午後七時十分



 商店街は相変わらず閑散としていて、朝には多少の人通りがあったが、もはや人の姿すら見えなかった。

 いつもなら、そろそろ店じまいの準備を始める店舗があり、慌ててそんな店に飛び込む人があり、買い物客に駅からの帰り道として通る人がいて、にぎわっているのだが。

 きっと明日には、そんな商店街に戻る、戻ってくれると思いたかった。

 八百屋の「みやま」はすでにシャッターが下ろされていた。今日の商売は、諦めてしまったのか。シャッター横のドアからは、光が漏れている。両親は家にいるようだった。

「それじゃ、またね。送ってくれてありがとう」

「おう、また明日」

「ばいばーい」

 とだけ言って別れた。

「さって、あとはわたしの家に向かうわけですがー」

「大丈夫、問題ないさ」

「だといいんですがー」

 念のため、駅前を通らないルートで向かうことにした。繁華街というほど栄えているわけではない駅前なので、それほど人は多くないだろうし、暴徒が発生していてもわざわざやってくることもないだろう。とはいえ、過信のしすぎはよくない。警戒くらいはしたほうがいいだろう。

 広くない道路を進んで、駅前の通りから見えない位置で大通りを超える。いつもより時間はかかったが、問題なくマンションの入り口へと着くことができた。

「寄っていってほしいのですがー」

「いや、帰るよ。さすがに、父さんたちも待ってるだろうしね」

「まぁ、そう言われるとは思っていたのですがー」

「それでも言うんだ」

「お約束、というやつなのですがー」

「知ってる」

 そんな軽口を聞いているうちに、帆華がエントランスのオートロックを開く。

「じゃあ、また明日お会いしますのですがー」

「さすがに、それは苦しい」

 ですがーを付けるのも、なかなか難しい。

「むむー。もっと頑張るよ。祐ちゃん、ありがとう。また明日ね!」

 手を振る帆華を見つめる祐太の視界を、オートロックのドアがふさぐ。帆華の足音が聞こえてきたので、家に向かったことが推測できた。そこでようやく、祐太はふぅ、と一息ついた。

 念のため、とは言っていたが、かなり緊張した。何かなんて起きるわけがない。いや、起きて欲しくなかった。そして、何事もなかった。取り越し苦労だったのかもしれないし、回避できたのかもしれない。それは祐太には分からなかったが、結果が良ければすべてよし、だと言い聞かせる。

 くるりと反転した祐太はひとり、自宅へと向かって歩き始めた。


 自宅に戻ると、父が夕飯の支度をしていた。母は戦力外通告を受けちゃったと、リビングで国連放送を見ていた。

「何か進展あった?」

 と聞いてみると、母はそうねえ、と前置きして新しい情報を教えてくれた。

「大きな進展というわけじゃないんだけど、ちょっとだけ隕石のことが分かったみたいよ」

 これまで、隕石はおよそ直径二十キロという概要しかわかっていなかったが、およそ十八キロ程度で、鉄に近い金属を中心とした組成であることが判明したそうだ。その判明によって軌道計算が行われた結果、地球への落着時間は標準時午前零時二九分頃と少しだけ変化があった。

「地球から逸れる、ってわけじゃないんだね」

「そうね、専門的なことはよく分からないけど、隕石の進む道を変化させるようなものが何もないから、それ自体は何も変わらないんだって」

「地球に近い惑星の側でも通るなら、その重力で軌道が変わるのかもしれないけど、それが期待できないのか……」

 惑星にもよるが、公転周期は年単位のため、都合よく隕石を塞ぐような位置にあったりしない。もしかすると、公転している惑星によって、これまでは飛来する隕石が防がれていた、という可能性があるかもしれない。

 分からないけどね、とそこまで考えて祐太はそれ以上考えるのを止めた。天文については、小学生の頃に理科で習った程度の知識以上は持ち合わせていないし、これまで大した興味も持ってこなかった。

 もし、大学に行けるのであれば、天文について勉強してみるのもいいかもしれない、と思った。

 英語のスピーチに遅れて聞こえてくる日本語訳のナレーションを聞いていると、父が声をかけてきた。

「よし、夕飯にしよう」

 夕飯は、冷蔵庫にあった野菜を使った焼きそばだった。

「こんな状況じゃ、買い物も難しいしな。明日は午後から買い出しにでも行こうか」

 余りもので作った、という割には十分なボリュームがあった。

「知ってるか、祐。フライパンに油を引いて切った野菜を放り込むと、野菜炒めが出来るんだ」

 とても男らしい料理の話だった。そこに、焼きそば用の麺を入れれば焼きそばが出来上がりさ、と父は続けた。確かに、そう聞くと自分でもできそうに感じる。実際にやってみると、きっと失敗するんだろうな、とは思ったが。

 男の一人暮らしなんて、それが出来ればいいんだ、と父が言う。それが出来れば一人暮らしにも困らないそうだ。これは覚えておいたほうがいいのだろうか。覚えていて損はないが、覚え続けることが出来るのだろうか。

 気が付くと、思考がそこへとたどり着いてしまう。十四時間後には隕石がやってくる。

 氷河期にユカタン半島へと落下した隕石による被害は、地球上にわずかな生物だけが生き残った。それから数億年をかけて人類へと進化し、数千年程度で現在の文明へと一気に駆け上がった。

 数億年に一度の確率で隕石が落ちてくる。そう聞けば、確率はとても低く感じてしまう。だが、あり得ない確率ではない。あり得なかったが故に、明日なのかもしれない。

 氷河期を呼んだ隕石は想像されたサイズはおよそ十キロ程度という話だ。今回はその倍の大きさである。ミサイルによってどれだけ小さくなるかは分からないが、半分になったとしても、同じことが起こる。

 それなら、三分の一になったらどれくらいなのだろうか。四分の一なら。思考がぐるぐると駆け巡る。

 考え事をしながら無言で焼きそばを咀嚼していたら、いつの間にかお皿の上には何もなくなっていた。

 いけない、考えすぎている。

 家に帰ってきたことで、どんどんと考え始めている。気が付くたびに頭から追い出すが、さらに気が付くと脳内の大半が隕石によって占められている。まるで無限ループだ。

「ごちそうさま。部屋に戻るよ」

「祐。今日は早く寝ておけよ。明日は、ちょっと早めに起きよう」

 と父が言った。

 寝ていたら事態が終わっている、というほうがありがたい気もしたが、やはり両親と一緒にいたほうがいいかもしれない、とも思う。

「そうだね、そうするよ」

 そう言い残して、皿をシンクに置くと、二階に上がって自分の部屋に入った。


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