隣人の告白
それは、突然の出来事だった。自分でもいまなぜこんなことをしているのかわからない。
いつも思っていた。毎日がつまらないと。今もそうなのかといわれると答えはイエスだ。
あいつは真夏の日差しがまぶしい朝に俺の家を訪ねてきた。見たことがあるような顔だったが最初は思い出せなかった。そいつは俺を見るなりこう言うのだ。私は隣に住んでいるサンタクロースだ。手伝って欲しい、と。
・・・当然信じるはずもなかった。しかし、俺は繰り返しの毎日に現れたかすかな変化に興味をもった。誰かが自分をだまそうとしているのかもしれない、俺はその可能性をいまでも捨てきれない。それでも、その時そいつは真剣だった。何を思ったか、俺はそいつを家に招きいれた。
話だけを聞くとアホくさいような事だった。クリスマスの夜に送るはずだった少年のプレゼントがたった今完成したというのだ。そのプレゼントとはなんなのか、何度聞いても教えてくれなかった。俺は、教えなければ手伝わない、と言った。今、考えればあまりに幼稚だ。しかし、それでも教えようとはしなかった
その代わり、俺はそいつとある約束を結んだ。もし、手伝ってくれるならプレゼントを渡すとき、俺にそのプレゼントを見せるというのだ。確かに興味はあった。だが、それを知るために協力しなければならないことを考えると踏み出しにくいのも事実だった。
自称サンタクロースは、迷っている俺に言う。
これは君にとって暇つぶしに過ぎないだろう、しかし、考えても見たまえこのプレゼントが届かなかったときの少年の落胆と失望を。私にはそれが耐えられないのだよ。それとも君は、断らなければならないほど忙しいのかな?違うだろう。君にはあるはずだ。その時間が・・。
俺は言葉をなくした。認めたくないがその通りだった。今思い出してみると俺はこのときから少しずつ信じ始めていたのかもしれない。もしも、手伝う気があるなら今日の夜中の十時頃とある病院の裏門に来てくれと言い残してそいつは去っていった。
それからは、食事のときも、テレビを見ているときも一日中そのことについて考えていた。でも、答えはすでに出ていた。
俺はなぜか人目を気にして家を出た。その病院は歩いて数キロのところにある。夏の夜は意外に涼しかった。疲れはなく、奇妙に聞こえるかもしれないが楽しかった。遠足に行く子供の期待の足取りのように。門の前にそいつはいた。来ることがわかっていたかのように俺を迎えた。
裏門は開いていた。隠れるそぶりもなく、病院の中へ入っていく。もうすぐ、面会終了の時間だ。しかし、入ってきた俺たちに見向きもせず、看護婦は事務を続けている。病院の中は明るいが外はもう真っ暗になっている。あちこちに紙で作ったリングとツリーのシールが見栄え良く飾られていた。
301号室の前でそいつは止まった。どうやら個室のようだ。なかから声が聞こえる。夫婦喧嘩かなにか知らないが、俺はそれを聞いていてなんとなく気分が悪くなった。自称サンタクロースはチラッと俺のほうを見ると、また向き直りスライドドアを開けて中に入る。俺もそれに続いた。いよいよだと思った瞬間だった。
あなたにわかるだろうか、俺の気持ちが・・・。目の前に俺がいた。そこにいたのは少年時代の自分だった。言い合いを続ける夫婦は俺の両親だった。思い出した。俺は小さいころ身体が悪く、よく入退院を繰り返していた。そのことで両親はよく喧嘩していた。
そこにいる俺は悲しそうな表情で外を見ていた。雪が降っていた。誰にも俺たちの姿は見えていなかった。部屋の隅には小さなクリスマスツリーが飾られていた。俺とあいつはただの傍観者だった。やがて、両親は小さい俺に何も言わず部屋を出て行った。扉が閉まると少年は糸が切れたように泣き始めた。いつまでも泣いていた。俺たちは部屋を出た。
俺は病室の向かい側にある椅子に座った。あいつは言った。
さぁ、約束だったな。彼へのプレゼントを見せようか・・・。そういって、いつのまにか持っていた小さな袋に手を入れた。
俺は言った。
あんたは本当にサンタクロースなのか?
そいつは袋に手を入れたまま黙っている。
・・・いや、違うよ。あんたはそうじゃない・・・。そうじゃなくてもいい・・・。俺は顔を両手で覆って言った。
・・・・ありがとう。・・・プレゼントは見ない。彼にあげてくれ・・・。そういうと、あいつは俺に笑顔を作って、そしてもう一度部屋に入っていった。そして、しばらくしてドアが開く。
そこに立っているのは小さい自分だった。少年はこっちを見た。俺は思わず立ち上がった。少年は俺を見ている。
・・・・俺は昔ずっと言って欲しかった言葉があった。・・あの時あの言葉があれば・・・。
「・・あの、・・・あのさ、・・・メリークリスマス。誕生日おめでとう・・」
ささいな言葉を受け、少年はうれしそうにして部屋に戻っていった。しばらくすると、また扉が開き今度はあいつが出てきた。気になって中をのぞくと、もう少年は寝ていた。満足そうな寝顔だった。あいつはゆっくりとドアを閉め、病院の出口へ歩き出す。俺はそのあとをついて歩く。
今度は正門を通り病院を出ると雪はもうやんでいた。暗い道を歩いて家に着くと俺は自分の家に、そいつも隣の家に入っていった。
実に不思議な体験だった。最近はそいつとはたまに顔をあわす程度だ。以前と何も変わらない。でも、変わっていくのかもしれない。今はそう思うようになった。
ご愛読ありがとうございました。至らない点は多々あったと思いますが、読者の心に何か少しでも残っていただければ幸いです。