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第八話

 月が漆黒の夜空に唯一の光源として瞬いていた。

 ディノとアーシェは狭いテントの中で八日目の夜の帳にまどろみ始めていた。


 突然、ディノはその気配を感じ飛び起きた。遠くの空気が震えたような感覚。アーシェも気付いたのか、素早く体をあげた。暗闇に、耳をそばだてる。


「ディノ…」

「静かにっ」


 雪に冷えたような緊迫した空気。そして糸は、何者かの咆哮によって断ち切られたーー!



「がぁぁぁぅっ!!」


 獣らしき声が奔流となって四面を囲う。

 戦士達がぶち叩く警鐘の音が木霊する。


 ディノは揺藍を蹴るように立ち上がると、直ぐ様に剣を担ぎアーシェの手を取りテントから走り出た。

 辺りでは既に戦士達の戦いが始まり、四方八方で刃が爆ぜている。完璧に囲まれている。よりによって大群に。


 隊商を襲っているのは魔物であった。

 魔物の群れとはディノも対峙した事があるが、その時の比ではない。百近くいるだろう。もしかしたら超えているかもしれない。

 そればかりか種族も様々で、旅人がよく目にする狼魔だけではなく泥魔や木魔、見慣れない魔物までいる。魔物が別種族と群れなして人を襲うなど聞いた事がない。


 アーシェが周囲を見て震えている。

 ディノはアーシェの手を強く握ると「走るぞ!」と叫んで大地を蹴りあげた。


 逃げ場を失った武器を持たない人々が一箇所に集中するべくひた走る。

 その列を容赦無く魔物が牙を向ける。風が駆け抜け、魔物の腹から血が吹き出し跳ね返される。


「はやくロッゾのテントへ!」


 戦士達に守られるようにして人々がロッゾの元に駆け込んでゆく。

 空では騎士達に向けられた、救済を求めるのろしと花火がもつれあい戯れていた。


 テントに入ると、人々が祈り、泣き、震えているのが二人の目に飛込んだ。それは宛ら、狼に襲われる羊の姿だ。

 中心にいるロッゾと目があった。


「お嬢さんはコチラに!ディノさん、お願いする!」

「ああ、任せろ!ここは頼んだ!」


 ディノはアーシェをロッゾの元へと導くと、踵を返して戦場に向かった。

 体は震えている。ぶるぶると。恐怖?いや、ディノはそれが武者震いである事を知っていた。


「うおお!」

 テント横の戦士を囲む狼魔の固まりめがけて突進する。

 狼魔が気付いて拡散する。逃げ遅れた何匹かを切り伏せる。

 続け様に横へ刃を伸ばす。狼魔が跳躍、かわす。ディノがそれを追わず大剣を翻す、背後に詰め寄っていた狼魔を弾いた。


「ふあー、やるじゃねえか、ガキ」

「まあね」


 狼魔に囲まれていた戦士は傷をおっていた。

 バンシャの戦士に傷とは敵はかなりのようだ。戦士は斧でディノが叩いた残りの狼魔を退くと叫んだ。

「ありがとよ、ここはいい。頭の所が一番てこずってる、行け!」


 戦士に促されディノは再び戦場を駆ける。


 左右の森や切り立った崖からウヨウヨと魔物が出て来ているのをディノは横目に疾駆する。

「くそ!」

 ディノは魔物達を威嚇しつつ大テントの北東部に向かう

 。回り込んだ途端、吐気を感じた。生命が、食らい合う様だ。


 女戦士バンシャと仲間が両手に斧を持ち魔物を弾いてゆく。

 魔物が次々と両断され、魂が空に飛弾する。魔物の屍を魔物が食らい、さらなる獲物を得る為に戦士達を襲う。


 むちゃくちゃだ。まるで終りがないじゃないか。


 ディノは魔物達の飢餓状態の人間と変わらない瞳の色に、背筋が凍るのを感じた。

 人間は多少ではあるが皆、魔力を持っている。その為に魔物にとって人間の魔力を帯た肉は美味なのだという生命論がある。


 だが、これは飢えだ。

 枯渇に近付く生命が水からに力を注ぎ生き残る為に決行する殺戮だ。

 何故、こんなにも飢えている?


「きりがない!」

 バンシャの声が聞こえた。それは泥のような焦りに染まっていた。


 テントの中にも周囲の殺戮が響く。

 布地に血のりが爆ぜる音は激しい雨音に似ているが、叫び声が雨である事を許さない。


 刃が肉を切る音、血の落ちる音、獣の息遣い、足音、罵声…戦いの音、臭い。それらはテントの隙間を抜け、あるいはテントの布地を叩いて人々を残酷に揺さぶり続ける。


 アーシェは杖を握りながら、必死に考えを巡らせていた。

 今まで教わってきた様々な呪文が頭の中を右へ左へ駆けてゆく。魔物への魔法や聖なる力の実践は一度もない。

 失敗したら?

 戦士達も巻き込んでしまったら?

 アーシェは迷いの沼地を彷徨っていた。


 ふと、視線を感じた。

 それは、震える熱と共にアーシェの皮膚に触れた。

 子供である。幼いペルシャ―族の子供がアーシェにしがみちきながら見つめている。ガタガタと、恐怖に凍えながら。


腹をきめた。


「ごめんね、少し離れていて」

 アーシェの言葉に子供が痙攣するように離れる。怒られたと思ったようだ。


 違うよ、ごめんなさい。


 言葉は、出なかった。子供が離して直ぐに、アーシェは目をつむり自らの思考の海に落ちたのだった。


 しんと静まっている。魂が空間の中に揺れたり走ったりしている。密集してちじこまっている魂の群れ、アーシェは世界を魂の欠片で見下ろしながら、群れは自分達だと知る。

 感じ慣れた魂、私自身だ。

 あれは子供、商人達、ロッゾさん。

 ああ、あれはバンシャさん、戦士達。


 ……ディノ。


 守りたい。


「冷徹なる死神、全ての魂を溶かした黒衣、終幕の運び、導く、あるいは引きずり、空の門を叩けよ、………死の世界。」

 瞬間、光が放たれた。


「ごめんなさい」





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