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第七話

 苔むした石畳の街道を深い森が囲む。

 太陽は傾いて綾線が橙に染まりはじめていた。もうすぐ夜か。


「そろそろテントを張らなきゃな…」

 ディノの言葉に前を歩いていたアーシェが嬉しそうに後ろを向いた。

 大分歩き疲れていたらしい。無理もない、白衣の裾から見える腕や足はあまりに細い。


「えーと、旅の技言うぞ」ディノの旅の知識の講義。アーシェが途端に真面目な表情になる。

「テントを張るのは日が暮れる前、周囲にテントがないか見渡す。あったら隣接していいか交渉!何故?」

「群れをなすと襲われる確率が低くなる。あともし襲われた時に逃げれる確率もあがる…かな?」


 ご名答と言うと、ディノは街道の先を指差した。そこにはテントがまるで集落のようになり始めていた。

 二人は早速向かう。


「ディノじゃないか、駆け落ちかい?」

(この悪い冗談は…)

「バンシャ!って事は…」

 見渡すとテントを張っている者達に見覚えがあった。

 女戦士バンシャを頭とするバンシャ戦士団――今朝方シェムバスで会った戦士達だ。どうやら大きな隊商の護衛をしているらしい。


「隣接ね。うちの雇い主に聞くと良いよ。おいで」

 バンシャに促されテント村を通っていく。老若男女の商人達、見習いの子供。荷を運ぶ大小の動物。

 まるで民族移動のようだ。


 一番大きく派手なテントに入り、ようやく気付いた。

 噂に聞く長い兎のような耳、顔を持つヒュームの子供ほどの背丈の人物。

 隊商の長は、竜皇国で最も金持ちだと言われている男。ロッゾ商会の会長ロッゾそのひとであった。


「やあやあ、こんばんはシェムバスの風馬さんと依頼主さん」


「はじめまして」

 挨拶に促されるように二人は頭を下げた。

「隣接希望?だよね?いいよいいよ、ドンドンね」

「あ、そう、サンキュー!」ディノは踵を返そうとした。だが、待ってよ!という大声にとめられる。


「ロッゾも頼みがあるな、聞いたよ、ハシェイブに行くんでしょ?じゃさ一緒に街道渡らない?」


 ロッゾの提案にディノはピンと来た。

 ロッゾはラルシェムを支える大商人のひとりだ。彼は自分を守る者をひとり増やそうとしているのである。こちらにも得ではあるが…。


「俺の雇い主次第」ディノの発言にアーシェが目を丸くする。

「え、えと、どうしましょう?」知識が足りないアーシェが逆に問う。ディノは溜め息をついた。


「俺の雇い主が全ての優先だ」

 ディノの発言にロッゾは手を叩いた。


 二人は暫くの間、隊商と同行する事となった。

 商隊との穏やかな旅路。ディノはアーシェに旅の合間合間に知識を与え、アーシェが水を吸う砂漠のように覚える。


 時間がゆっくり流れてゆく。だが、変化は唐突にして起った。


 群れをなして二日目の昼の事であった。

 ボロ切れのようなものが道に転がっているのを、先頭護衛の戦士が見付けた。隊商は、一時停止する事となった。


「ディノ、来てくれ」

 戦士に呼ばれ、ディノはアーシェに待つように言い戦士の元へ走った。

 先頭に戦士達の垣根が出来ている。割るように中心に入る。


 悪臭、肉と血が腐った臭い。


目に飛込んできたもの、それは旅人の死体であった。

「酷いな、これは」

 死体は無惨にも肉を食われ内蔵をさらけ出していた。魔物に食われたのだ。持ち物が散乱しているのを見ると、死者の金品をさらに盗賊が奪っていったようである。


「噂通り、ひでぇ事しやがるな」

「ったく、警備兵共は何をやってやがるんだ」

 戦士は悪態をついた。

「ゼルダ街道は無駄に長いからな。治安悪化に兵が対応しきれないんだ。それにしても…魔物とは対峙したくないな…」


 以前はこんな事はなかった筈である。

 魔物の食物は大気に巡る魔力、また魔力を蓄積する力を持つ一部の草木だった。魔物が人を食らい始めたのは近年の事だ。


「国は早急に手を打つべきだな。そのうちみさかえ無く魔物が村や街を襲う日が来るかもしれない」


 ひとりの戦士の言葉に、皆ゾッとした。

 そんな悪夢がいつか始まるのだろうか。目の前に横たわる虐殺は、序章に過ぎないのだろうか。


 商隊は旅人を埋葬すると、静かに歩み始めた。


 それから五日がたっていた。襲われた旅人の無惨な姿をもう何度も見ていた。隊商に同行を頼んで良かったと、ディノは心底思っていた。

 ゼルダ街道の端まであと一、二日といった所だろうか。もうすぐ、端に付く。それまで、何もなければ良いが…

 隊商は自分達は襲われないだろうと信じきってた。いや、誰もがそう祈っていた。だが、祈りは脆くも崩れ去る事となる。



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