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第四十五話



 ガキイイイン!


 鋼と鋼が互いの喉に噛み付く音。

 横なぎに放たれるルキの剣は細い光を発してディノの身体へとのばされる。間一髪を飛翔してかわす。ディノはルキの頭上を高く跳び越すと、手入れが忘れ去られた庭に着地する。

「手を出すな!」

 ディノの剣戟に驚いて飛び出した騎士たちにルキが言い放つ。

「お前達、見ておけ!これが戦いというものだ!」

 ルキは騎士の証である細身の剣を握りこむとディノの喉下めがけて撓らせる。ディノは首をそらすと、それをかわした。

 更なる剣の追随。ディノは戦士の勘で後退する。瞬間、ディノがいた場所に生えていた雑草が姿を消した。


 千切れた草が舞う。どこか懐かしい芳香が二人の間を駆け抜ける。


 ルキの乱れ突き。細身で軽い剣を生かしたその突きに、ディノはひたすら後退を迫られる。

 エリート中のエリート、最年少の金の獅子、その肩書きは嘘ではないのだと、ディノは痛感した。隙が全くない。それどころか、力の格差がうすうす分かる。まるで糸くり人形にでもなってしまったようだ。

 こんなやつは初めてだ、とディノは戦慄を覚えた。ディノは今まで様々な者と剣を交えてきた。獣だけではなく、人間、そして亡霊までも。

 だが、こんな風に操られていることを感じさせる敵はいなかった。

 ディノはまさに死神に囲まれ、踊らされているのだ。死はすぐ横にあり、ディノの心臓をぐりぐりと握り締めている。


「どうした?威勢が良いのは口だけか!」

 容赦なく放たれる雷撃のような剣先。ディノは弾く事も出来ずに間合いを離す。詰められては離し、詰められてはまた離す。

「ゆくぞ!」

 その一言にぞっとして、ディノは大きく大地を蹴った。

 瞬間、どすんと背中を打ち付ける。予想外の衝撃に、ディノはハッとした。この家を囲むように植えられた木のひとつに背中を打ったのである。

 気づかないうちに、ここまで追い詰められていたとは。なんてことはない、ルキはディノの動きだけではなく感情をも手の内にしていたのである。

「どうやら、決着はついたようだな、足手まとい」

 侮蔑の言葉とは違い、ルキの表情は真剣そのものだ。この男は言葉を武器と共に使ってはいるが、感情においては平常そのものなのである。ディノは奥歯を噛んで俯いた。

「金を握って都へ帰るがいい。雇われ戦士などやめて、畑でも耕すんだな」

 ルキの毒に、ディノはまったく反応しない。戦意を喪失したのだろう。緊張を軽く緩ませて、ルキはディノに向けた剣を下ろそうと…した。

「バカいうんじゃねーよ」

 ディノがようやく、顔をあげる。その瞳に、炎は燃えたままだった。

「俺みたいなピチピチな十四歳はな、戦士でもやってねーと退屈で・・・死んじゃうんだよッ!」


 ディノの大剣がルキの下顎を割るために振り上げられる。なんなくルキはそれをかわした。勢いづいた刃は止まらない。ディノは頭上で刃の円を描いた。

「どこを狙っている?俺はここだ」

「う・る・せ・え」

 ディノは次の瞬間、驚いたことに前ではなく後ろに動いた。当たり前のように、背中を樹皮で強く打ち付ける。ディノの奇怪な行動に眉間に皴を寄せるルキ。だが、行動の答えはすぐに判明した。

 ディノが伐ったのであろう。大木が無数の葉とともにルキめがけて落ちてきた。


「くう!」

 想定範囲になかった攻撃に視界を妨げられ、ルキは横に逃げる。大木の下敷きになるのをまぬがれたものの、強くしなった枝に肩を打ちつける。利き腕に響く激痛。思わず細めた瞳に、休ませることなくディノの姿が映る。

「うおお!」

 ルキの額めがけて振り下ろされる剣。だが、これもルキは剣で流した。枝に逃れられないと瞬時に判断し、いつの間にか剣を持ち替えていたのだ。剣と剣がすれ違う。ディノは右へ、ルキは左へ。獣達は大きく間をとりあう。

 はぁはぁ、と熱い息が肺に押し上げられて激しく吐き出される。ようやく取れた間を確認したと同時に、どっと体から汗が噴出したのが分かる。ディノはだらだらと流れる汗をふき取ることもせず、じっとルキを見据えた。・・・ルキは、殆ど汗をかいていなかった。

 あの、「言葉」が響く。


―アシデマトイ―



 泣いてしまいたかった。心底おそろしかった。

 ディノはこれまで、生と死が激しくぶつかり合う戦いを幾度も経験してきた。幼い頃はキリアにみっちりと剣技を叩き込まれた。雇われるようになってからは大人たち相手に異種格闘をしてきた。だから僅かに自信があったのだ。いくら四歳の差があるとはいえ、もう何十年と戦争をしていない国に使えるお坊ちゃま騎士に負けるはずがないと思っていた。

 それがなんだ。この力の差は。

 いったいなんだ。俺は。

 俺は・・・。


「もう遊びはお終いだ」

 ルキが急に構えを変えた。利き手だけで剣を握り相手へと向ける、伝統的な騎士の構えではない。両手で剣を握り、斜めに構えるという、見たことのない構えだ。そして何故か、ルキは黙祷するように深く瞼を閉じた。

 馬鹿にしているのか?急所ががら空きだ。

 ルキの奇妙な構えに、だがディノは動くことができなかった。この男が、わざわざやられるようなことをするはずがない。

 不思議なことに、周囲にいる騎士たちが後退している。その顔に浮かんでいるのは怯えだった。

 ディノは考え、防御を選んだ。

「良い心がけだ…」

 そう、ルキが呟いた。と同時に、剣が鈍く輝きだす。色は夕日のような赤。いや、炎。

 どこか、見覚えのある光景だ。そう思ったとき、ディノに浮かんだのはふざけた考えだった。

 嘘だろう?それは不可能だ。


 ・・・それは、多くの者が挑戦し、だが実現せずに爆死してきたこと。鋼の流れに逆らわない聖なる力ならまだしも、その力が剣に宿るわけがない。


 魔法を剣に宿らせるなんて


「あああっ」

 ディノは自分の考えを否定するように走り出した。無表情に徹していたルキが、僅かに眉をよせる。

「バカ野郎・・・!」


 瞬間、ルキの周りから光が四散し、ディノの身体が、いや周囲が真っ赤に染まった。

 火達磨になったのだと、すぐに理解するが、なす術がない。炎は大きな舌となり、ディノの身体を蝕み、食らう。炎がぶくぶくと膨張し、火柱を形成する。

 そして今度は恐ろしい速さで収束すると、ディノとルキの間で小さなひとつの点となり、再び轟音を響かせて爆裂した。


 身体を動かすことができない。全身は熱さも痛みも超えて感覚がない。息すら、できない。瞬きさえもできない―。


 ディノは、すべてが真っ白になった中、自分が倒れたことを意識の奥底で感じた。誰かの声が遠くからしたが、誰のものなのか予想がつかなかった。どんどん遠ざかる意識。どんどん失われる感覚。

 ディノは、意識を失った。




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