表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/47

第四十三話

「背が伸びたな…」

「当たり前じゃない。何年ぶりかしら?」

「随分だ。」

 本当に久しぶりなのだろう、二人の会話はどこかぎこちなく感じた。

 だが、すぐにそのぎこちなさは消えた。分からない空気感と、昔の懐かしい面影が循環し、二人を和ませる。


「ディノ、だね」

 予想だにしなかった人物の登場で悲しみも自責も吹っ飛び、ただただポケーっと口を開けていたディノに向けられた声。ディノは思わず、はい?、と聞き返した。

「相変わらず、人の話を聞いていないな」


 呆れる様な、小馬鹿にする様な表情。

 そうだ、こいつは。

「…ルキは意地が悪い。」


「驚いたな、俺を覚えているのか。」

「意地が悪かったってことは覚えてるぜ。」

「良い記憶力だ。」

 ルキは笑うと、ディノの頭をぐしゃぐしゃと回した。

「何すんだよ!」

「俺は意地が悪いんだろう?」

 そう言って静かにルキは笑った。笑うというか、ニヤリと口を曲げた。

―やっぱ意地が悪い!


「本題に入ろうか」

 ルキはそう言うと、突然アーシェに礼をした。騎士独特の、伸びた背筋を腰から曲げる礼。

「ルキ?」

 戸惑う、アーシェ。かまわず、ルキは続ける。儀礼的な態度で。

「聖なる祈り子、アーシェ・ジジ。私は王属専属騎士団金獅子団員、国家騎士第七隊隊長ルキ・ノエル。」


「あなたを連れ戻しに来ました。」



「え?」


 ルキは礼から体勢を戻す。そして困惑しきったアーシェとディノを交互に見やると、

「久方ぶりだが、時間は無い。準備をしてくれないか」

「どうして?私は祈りのために旅をして…」

「祈りは、都でも出来る」


 アーシェの言葉を遮るようにつむぐ。有無を言わせぬ、冷淡な瞳。

 アーシェは突然の出来事に戸惑いながらも、毅然とした態度でかえす。


「聖園からの許しは下っています。これは私の試練です。ルキには、関係ありません。」

「家族を、危険な旅に出したくはないんだ。俺も、聖園からの許可はとっている。」


 ルキの背に騎士が控えているのが見えた。しらずしらずの内に、彼の隊の騎士たちに家を囲まれているようだ。

 ルキは、本気だ。


「ちょっと待てよ、俺の仕事はアーシェをハシェイブに連れていくことなんだぞ?」

 ルキの突然な行動に、ディノが体を乗り出す。



「ディノ、君の契約はここで終了しよう。」

「なんだって?」

「契約を破棄した代償は俺が払う」

 ルキは腰から下げていた革袋をディノに握らせた。

 ずしりとした感触に、それが大量の金貨であることはすぐに分かった。キャンセル料としては、あまりに破格であろうことも。

「礼を言う。今まで、ありがとう。」

 事務的な、言葉。


 こんな契約破棄の仕方は初めてだった。

 ディノはただただ唖然として、ルキを見上げる。ルキはディノとは視線をあわせず、再びアーシェに見直った。


「さぁ、帰ろう」

 伸ばされた手。

 アーシェは後じさる。


「聖園も、聖王も君をとめたいと思っているんだ。君の選んだ試練は、今だかつて誰も乗り越えた者はいない。君の選択は、若気の至り。」


「そんなこと、ないわ」


「君は殺されにいくようなものだ。旅はもう十分だろう?さぁ、帰るんだ。」

 追うルキの手。

 アーシェは後じさるのをやめると、前進した。

「私は、帰りません。」

「死ぬかもしれないんだぞ」

「結構です」


 強い意思を抱いた瞳が、ルキに真っ直ぐ注がれる。

「私は、この旅を続けます。ここまで来る途中、様々なことがありました。私は、この旅の意味をより深く心に刻みました。戻りません、私は進む。」

 鉄のように硬く、鋼のように鋭い誓いは、都からの旅を越えて、より強固なものへと変わっていた。


 アーシェの意思は、もう誰にもとめられないのだ。

 共に旅をして、ディノはアーシェの気持がどんどん強くなっていく様を、見てきた。その姿勢が、安易な考えから産まれてきたものではないと、ディノは分かっている。


「アーシェに何を言っても、無駄だぞ」

「その…ようだな」


 ルキは小さく呟くと、こうべを垂れた。

 止めることが出来ずショックだろう、そう思いよく見ると、…ルキの口許は緩んでいた。

 予想外の微笑。その原因は、すぐに判明した。


「思ったとおり、アーシェは相変わらず頑固者だな。まったく、残念だ…。」


 ルキは最初から分かっていたのだ。アーシェが自分を拒むということを。自分を拒み、旅を続けると断言することを。

「ルキ、ごめんなさい…」

「いや…良いんだ、アーシェらしいよ。だから、俺が来たんだ」


 ルキは笑って、アーシェの肩を叩いた。真意の分からない言動に、えっ、とアーシェは首をかしげる。


「俺も、行くよ」



 アーシェは、ルキの言葉に目を丸くさせる。

「どういうこと、ですか?」

「そのままの意味だ。君が試練に出ると聖王に聞いた時、君の護衛を申し出たんだ。だから、許しをもらったと、言ったろう。」

 許可とは、そういうことだったのか。心強い兄弟の申し出に震えるように呟く。

「ルキ、それは本当?」

「なんだ帰りたいのか?」

 アーシェは喜びに真っ赤にさせた顔を左右に振った。

「ありがとう…」


 ディノは頬を紅潮させるアーシェをじっと見つめた。

 ルキがどれ程の実力を持つかは分からないが、かたい絆をもつ者が側にいて共に歩んでくれるということは、アーシェにとって有難く、なによりも嬉しい支えとなるに違いない。ディノにとってもそれは、喜ばしいことだった。


 けれど。


 嬉しさと同時に、ディノにはなんとも言えない冷めた感情が生まれ始めていた。真っ白な布に落ちゆく滴が染みをつくるように、ゆっくりと広がる重たい感情。

 空虚だ。

 何故か、空虚だった。

 面倒な旅も終って、大金だって手に入れた。キャンセルされたとは言え、比較的大きな仕事を遂げたのだから、ランクだってあげてもらえるかもしれない。


 なのに。

 どうしてだか分からない。今までにない感覚だった。体にぽっかりと大きな穴でも空いてしまったんだろうか…。


 ディノ、と呼ばれ顔をあげると、アーシェが心配そうに顔をのぞいている。

「…なんだよ、見んな…」

 なぜだかアーシェと瞳をあわせることが憚られ、思わず顔をそらす。

「ディノ…」

「よかったな、騎士と同行してもらえて、」

「ねぇ、ディノ、聞いて」


 アーシェの両手で、顔を真正面に動かされる。バチッと、目が合ってしまう。もう動かせなかった。



「…ディノと都で会えて、母さんが元気って分かって、いろんな人に会えて、ユズちゃんっていう、可愛い妹がいるって知って、」


「ルナファラさんのことや…十六夜さんのこと、辛いこともあったけど、」


「楽しかった」


 アーシェの言葉がゆっくりと耳に入るのが分かるのに、頭や気持はぐちゃぐちゃで、ひどく遠くから聞こえる。

 もう旅はおしまいと、言われてるのは分かる。


「おじいちゃんのこととか、内緒にしてごめんね。そのくせ連れ回して、ごめん。…ありがとう」


 言葉が雪のように積もって、どんどん体が冷えてゆく。思考がだんだん白を帯びてゆく。

 声がひたすらに遠い…。


 けれど。

 その言葉だけ、はっきりと聞こえた。


「ディノも来ませんか?」


 無音の世界に、ひとつの音がポロンと弾けたようだった。

 ディノはハッと我に帰り、聞きなおす。

「なに?」

「契約を延長する形で…来てくれませんか?三人がここで会えたことが私には、なんだか必然だったような気がするんです。おかしなことを言うなって、ディノは思うかもしれないけれど。」


「一緒に、旅をしませんか」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ