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第四十一話

 草原。

 風馬の里からはだいぶ離れた位置に、1頭の駆けるシンガがいた。


「だぁかぁら、なんだってそんなところに寄らなきゃあ行けないんだよ!三日も予定より遅れてるんだぞ!?」


 ディノはシンガを猛スピードで走らせながら、背中を必死に掴むアーシェに悪態をついた。


「でも、ルナファラ魔霊窟での封印に加えて、旅に必ず役立つものが手に入ったのですから、無駄な三日ではなかったでしょう?」

 そういって、アーシェは腰に下げた短剣を見下ろした。


 清純な銀色の輝き。キリアがアーシェのためにとダークベアの爪で作ってくれた極上の剣である。

 風馬の刻印が刻んであり、聖なる力をより帯びやすくなっている。

 風馬は基本的に外の者のためには剣を作らない。それは炎の魔法を使った独特の技術を外に漏らさないためだ。この剣は風馬に許された証でもあるのだ。


 必ず無事に旅を終えるんだよ、とキリアに剣を握らされたとき、その思いに答えようと剣に誓った。その熱い気持ちが、剣を見るたびにこみ上げてくる。


「ったく、折角のダークベアの爪がお袋の味に早変わりってか、もったいねーもったいねー。」

「ディノ!」

「おこんなよ、そんなこと言うと寄りませんわよオネーサマ。」


 ディノの返答に、アーシェの顔がパッと明るくなる。

「寄ってくれるのですか?」

「心優しいディノちゃんは子守の才能に満ち溢れていたのであった。」

 ひょうきんというより馬鹿にしているのが丸分かりのディノの態度に全く動じず、そればかりかアーシェは、突然ディノに抱きついた。


「ディノ、感謝します!」

「わ、わああっ、あぶ、あぶねええ!!」


 アーシェの激突にちかい抱擁にバランスを崩して落っこちそうになりながらも、一行は進む。



 行く先はハシェイブ!…ではなく。

 かつてアーシェとディノが住んでいた思い出の土地、ならず者の街『エドガー』へと。



 エドガーはアドベルト平原の西に位置する。方角的には火竜山脈に最も遠い。

 様々な人種が共存するドラグノアにある意味ふさわしい、身分も職種も何も関係がない、金と知識と力だけがものをいう町だ。

 乱雑で、粗野で、だが賢しい。そんな人々が住んでいる。


 だがそれも、昔のことだった。



「昔とは全っ然違うぜ、アーシェ」

 ディノは人混みをかき分けながら言った。ディノの言葉に、困惑に顔を染めたアーシェが傾く。


 街は、姿を変えていた。

 布と岩に木を組み合わせただけの汚い下級社会の町並みは、煉瓦の美しさが輝く上等なものに。

 石があべこべに並べられただけだった道路は、しっかりと整備整頓され、馬車が悠々と走れるほどに平に、広くなっている。


 そしてなによりの変化は、歩く人々の服装だった。

 人々は昔、必死に働いて流した汗により薄茶に染まった服をきていたのに、今は小綺麗な身なりで、過去の生活は跡形もなく消し去られているようだった。


「話には聞いてましたが、本当だったのですね」

 アーシェは美しい町並みに喪失感を覚えた。

 どこもかしこも芸術的な建物、そしてそれらに挟まるように息をするひと、ひと、人ばかり。


 かつて歩き、かつて走った、小さい子どもには世界のすべてだった思い出の場所は、何処にもない。あるのは、記憶にはない、整えられた見知らぬ土地だ。


「騎士の駐屯地ってのは、こんなものだよ」


 そう、ならず者がかつて集ったこの場所は、アーシェたちが去ってから半年後、その乱れを国に危険視され、人民保護の名の下に騎士団が置かれるようになった。

 違法な店は摘発され、荒くれ者は捕まり、不衛生な建物は撤去された。鎮圧され、洗浄されて、街と人々は姿を変えなければならなくなったのだ。


 街の全てのスタイルが、根本から変えられてしまった。

 以前のように、賭博に負けて昼から酒にあけくれる男たちが倒れていることはなく、娼婦たちが堂々と路地で体をくねらせることはなく、商人や農民が路上でモノを羅列させて売ることもない。


 それは風俗の死、歴史の死。

 結果は、流麗とした都市、人。

 けれど。

「すこし、寂しいですね」

 まるで心にぽっかりと穴が空いてしまったよう、アーシェは呟いた。

「これでは、ディノもこの街のことを思い出せませんね」


 なんだ、俺に過去を思い出してほしくて此処に寄ったのかよ。


 アーシェの言葉に、ディノは思った。

 迷惑な話だ。幼少の頃の思い出を想起させてなんになるのだろう。俺に郷愁に浸ってほしいのかよ。


「なぁ、街は変わっちまったんだ。あんたの頭のなかにある街は、もうどこにもないんだよ。」

 アーシェがだんまりと頭をさげる。言わずとも。彼女にはショックだったのに違いない。


 もしかしたら、話に聞いていた街の姿を、信じたくなかったのかもしれない。自分の基盤を失うようで、怖かったのかもしれない。遊牧民出のディノでも、その気持は多少なりとも分かる。

 …少し、いじめすぎたか。


「なぁ、アー…」

「そこのあんたたち!」


 突然、ディノは立ち止まった。肩を捕まれたのだ。

 見ると、覚えのない年老いた顔。赤に白の刺繍が入った綺麗な服を着た老婦人だった。



 彼女はひどく驚いた、だが嬉しそうな表情で、

「もしかして、…ゃんと…シェち…じゃな…かい?」


 人の波が激しい。

 場所を変えようと老婦人に促されて、ディノたちは道の横にそれた。そして道の脇の、ある店に入る。


 パン屋だった。

 思わずよだれが出てしまいそうな色に焼けたパンの、こうばしい匂いが鼻に入る。

 そのまま奥の部屋へと通される。どうやら、客間らしい。


「ちょいお待ちよ」

 そう言って老婦人は部屋を出る。ディノはすぐさま、アーシェに耳打ちをした。

「あのばあさん、一体なんなんだ?」

 アーシェはディノの言葉にクック、と笑うと

「今に分かりますよ」

と返した。

 どういうことだろう。気さくさからか、ばあさんにホイホイついてきてしまったけれど、なんだか怪しい。

 ディノがもんもんと猜疑心を高めていると、食欲をそそる芳香を籠に詰め込んで、老婦人が部屋に入ってきた。

 籠の中には、きらきらと輝いたパン。すべて貨物種族ヒルポポスの形をしている。この形はイコール、中に甘い餡が詰まっていることを表す。

「うっまそう…!」

 思わずディノは感嘆の声をあげた。

「ディノちゃんは昔から変わらんね」

 その言葉に、ディノはクエスチョンマークを頭に浮かべた。

 なぜ、このばあさんは俺の好物をしっているのだろう。


「パン屋のおば様、お久しぶりです」


―どうやら、知り合いらしい―


 アーシェが会釈をすると、感極まったように老婦人は両手を頬にあてた。


 そして、


「ああ、ほんとう久しぶりだねぇ!

アーシェちゃんとっても美人になって、

本当おどろいちゃったよ!

すごい美人さんが歩いてるからすぐ気が付いたよ。

アーシェちゃんはエドガーで一番可愛かったものねぇ!


ディノちゃんは男前になって、ばばあは本当に嬉しくて、

ああもう、昔はこんなに小さかったのに!


すごく小さくてもう、

野犬に食われそうになるわ、

狂った売女に拐われそうになるわ、


その度に包丁もって追い掛けたもんだよ!


オルセさんが泣いてよく止めたもんだ、懐かしいね、


今度は包丁もって追い掛ける方かい?


たくましくなったもんだ!」


 老婦人は唾を吐きながら、きちんとした身なりなのに語るにつれて言葉遣いがどんどん汚くなりながら、早口で巻くしたてると、荒い呼吸で椅子に座った。


「ガサツでごめんね、まぁ、あたしみたいな古い人間はさ、メッキみたいなもんだからさ。」

 けらけらと笑うと、ゼーハーと呼吸をする。やはり肺に空気が足りなかったようだ。



「…懐かしいねぇ…」

 老婦人はうっとりと呟くと、今度は静かに、たんたんと語り始めた。


 老婦人は、エドガーで昔からパン屋を営んでいた。

 そしてそのパンは、アーシェの育ての親…ガアプ、オルセ、キルアが作ったオリザ(穀物)を使って作っていた。ガアプたちは少ないものの、良いオリザを作っては、色々なところで売って生計をたてていたのだ。


 老婦人とガアプたちは仲がよく、子どもがいない老婦人にとっては、アーシェたちは本当の子どものように可愛かった。

 それは街のひとたちにとっても同じで、子どもが少なく、世を捨て家族を捨てた孤独者の多いこの街では、アーシェたちは宝物と同じだった。


 パン屋は、汚くて貧しいかったけれど、幸せだった。

 だけどある日、死霊が街を襲った。その事件から騎士たちや聖なる者たちが増え、街は少しずつ、けれど劇的に変わった。


 生活がよくなった。けれど何故だか寂しかった。


それは多分、あの荒れた街が大好きだったから。あの退んだ人々が大好きだったから。

 乱暴で、惨めな街だったけど、誰もを受け入れる暖かさがあったのだと、老婦人は語った。


「ふふふ、最近じゃあ、昔の楽しかった日々ばかり思い出すんだよ。」


 そう言われても、ディノにはピンとこない。

 横に座るアーシェは老婦人の言葉に耳を傾け、しきりにうなづいている。二人についていけなくて、仕方なくヒルポポスパンを黙って頬張る。


 自分は知らないのに、他人は自分のことを知っているというのは、なんだか奇妙な感覚だ。しかも覚えのない幼年期で、ことのほか奇妙に思う。


「覚えて、ねーなぁ」

 ぽつんと呟いたディノに、

「あんたはよく、アーシェちゃんとルキちゃんについていったんだよ。おぼつかない足でね、泣き喚きながら追い掛けてったんだよ。あーちゃ、るきちゃ、って呼んでね」

手を広げ、バタバタさせる。顔はいかにも泣いています、といった顔。

 老婦人の適切であろう描写に、ディノは不機嫌になった。


―覚えてないっつーの!


「しっかし驚いたもんだね、アーシェちゃん、その格好…」

 老婦人はじろりとアーシェを見ると、

「聖なる者かい。やっぱりただ者じゃないと思ってたよ、おしとやかだし、気品があったしね。さっすが、我れ等がゴミ溜めの姫様だね…おっと!」

 口を押さえこんだ。


 ゴミ溜めの姫様…街の人間にこう呼ばれていたのか。なんていうネーミングセンスだ。

「くはは、ゴミ溜めかよ!」

「ディノちゃんはゴミ溜めの怪獣だよ」

 思わず、閉口。


「でも今じゃ、ゴミ溜めの、なんて言えないね。聖なる園のお姫様、そしてゴミ溜めの騎士様は、金の獅子…」

「ルキを、知っているんですか?」

「あったりまえさね。ルキちゃんの出た騎士大会を見たけどね、すごいもんだったよ。ドーン、バーンッ、女たちがキャアアア〜☆ってね」

 老婦人は両手を振ると、再びうっとりとした表情に収まった。その目元には、涙。


「みんな、立派になって…。これで、亡くなったガアプさんたちも安心だねぇ。」





 …―え?


「二人で、お墓を拝みに来たんだろ、きっと喜ぶよ」


 …―どういう、ことだ。


 ディノはアーシェに目線を合わせた。


 ガアプって人は、旅に出たんじゃないのか。

 たちって、どういうことだよ。


 けれど疑問の答えは得られない。目を、そらされた。

 アーシェはディノの視線から逃げるように後頭部を見せると、そのまま黙ってうつ向いてしまった。


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