第四十話
風がひた走っている。
炎の竜が住まうという高い山脈から真っ直ぐに吹き降ろす疾風は、茂みを小さく引きちぎり香りを巻き上げて大地を駆ける。軽やかなそれは、幼い子どものようでも、気高い青年のようでもある。赤子の皮膚のように穏やかに繋がりゆく世界を、冷たい手で触れる母のようでもある。
風はやがて草原を抜け、川を横切った。人の住処の近い僅かに汚れた大河を渡ると、疾風は強風へと姿を変えていた。そして力強さを得た風は、水田の上空を飛び、大きな畠を越えて、人の街に滑り込む。
ビュウ!
風が勢いよく窓を叩いた。
木枠が軋んで、泥棒でも訪問してきたような音を立てる。その音に、小首を掲げて反応する男がいた。
「風が、強いな…。」
18、19の若々しい青年だった。青年は書斎らしき部屋にて卓上に広げられた地図を折ると、窓の外を再び見やった。
彼の黒髪が隙間風に揺れ、長い髪から瞳が覗く。深淵を思わせる深いブルーの瞳。
その瞳の色のためだろうか?外見から判断できる年齢には相応しない独特の空気を、青年は所有していた。
五十を…いや、百を越した者のような落ち着きが彼にはあった。まるで、『竜』のような…。
「ルキさまぁ〜!」
一人の騎士が青年の部屋に飛び込んできた。
「どうした?」
飛び込んできた騎士は激しく息をしながら、青年−ルキ−に敬礼をした。青年より一回り年上のようだが、その姿勢には青年に対する敬意が溢れている。
「は!せ、聖なる祈り子アーシェ様の情報が入りました。予想通りです!」
「どの予想だ?」
「あ、はい、アルベルト平原ルートです!シンガに乗っている模様。引き続き鳥人族部隊が追跡。昼にはこちらを通ると思われます。」
「そうか。では、聖園に連絡を。配置はAで頼む。すぐに用意を。」
ルキはテキパキと騎士に指示を出すと、壁掛けにかけていた黒いマントを羽織った。
「ルキ様は?」
「私は…。」
ルキは、卓上を見下ろした。地図のほかに、紙切れが一枚ある。その紙切れには、ある人物が魔法転写により明確に映っていた。
「…ディノ、か。運命とはかのように数奇なものか。」
青年は紙切れを摘むと、扉を勢いよく開けた。