第四話
「ガアプ様、貴方様には、このまま我々とともに名を捨て、新しい名で生きていたただきます。騎士団長ガアプという存在は、竜との戦いで、すでに死んだこととなっているのです。これは、聖女からの直々の命。」
線と線が交わってゆく。
「貴方様のお命を、狙う者がいます。」
自分の命を狙う者、それは最大候補であるジオを次期皇帝としようと動いている一派だろう。
ガアプは、ジオの特有な稚子のような残虐性を正す教育を早々に行うべきである、と訴えていた。それを、謀反や暗殺に繋がると考えたのだ。
自分の騎士として、王族につかえる者としての誇りを、あまりにも軽視する判断に、ガアプは虚しさを感じだ。貴族は、農民からいでた者を、同種とは見ていないのだ。
慈悲ある聖女は、ガアプを理解し、あわれみ、のがしたのか。騎士の誇りを最も汚す方法で。
ガアプは、それでもほどけない解を紡いだ。
「神竜を、聖女は知っていたか。」
オルセは、一度身震いし、沈黙した。
「我の存在までは、聖女にはわからぬ。我がいると知っておったら、このような策はせぬよ。我はだからこそ、お主らを利用する。」
竜の首が少しずつ繋がり始めたからか、声に美がともる。竜は首をもたげ、ガアプとオルセを真に見つめた。
「我を神と崇めるのなら、我の願いをききいれよ。血飲み子を託す。どうか、彼等を導けよ。」
幼子の、あの言葉が浮かぶ。
これも、運命のようなものだろうか。何者かにたぐられ、気付かぬ内に結ばされた。
ガアプは剣を取ると、刃を下にし、目を閉じた。
「剣と、失われた翼に誓いを。」
それは、帝国の騎士の、承諾の言葉だった。
神竜は、ガアプの誓いを真に受け止めると、口を開く。
「我を殺してはくれぬか。」
ガアプはその問いに、きっぱりと答えた。
「出来ません。竜皇国の民として、竜を信仰する人間として、それは出来ません。」
「…すまぬ、愚問であったな。」
竜は一呼吸置くと、そのまま天に瞳を向ける。七色の光に満ちた伽藍に、それはガアプとオルセには、自分達の神以外には見えない。
「他に、方法は無いのですか。火竜を使役し、竜皇国に申告し、保護を求め……。」
ガアプの言葉の羅列が、そのまま拡散し、分解されていく。
「神竜、貴方様の命を狙う者は、まさか。」
あまりに嫌な予感にガアプの顔は青ざめていく。
神竜は、未だ完全に繋がってはいない首を弱く左右に振ると、ガアプにその美しい漆黒の双眼を傾けた。
「お前が愛しく思う者は、氷ではなく水晶の心を持つ者。我の命は、欲と憎悪に捕われた冷酷な人間の基面に乗る。その基面は、やがてドラグノアに広がるだろう。我を殺し、我の肉を使役し、その者はやがて天に浮かぶ竜さえも打ち落とす。」
絶望的な神竜の予言に、ガアプと背後のオルセは雷撃に打たれるようであった。
「…我はその悪魔の足に杭を刺そう。悪夢の使者の歩みを捕えよう。生むは一時の猶予だが、それは僅かな光を放つ糸を紡ぐだろう。」
我は、人に賭けよう。
神竜の肉体が、その全てが、吠え立つように震えた。長い首がたわめき、やがて山脈のような牙が、先ほどガアプが付けた傷口を噛んだ!
血の奔流。
猛々しい雄叫び。
神の首が、千切れ飛んだ。 重い振動。ガアプ達は、背けていた瞳を正した。
神竜の長い首が胴体から離れ、生臭い血の池を作り出している。おびただしい血にまみれながらも、神竜の足は巨躯を支え、瞳は熱くガアプ達を見据えている。
… 神竜は、何度か瞬きをすると、そのまま深く瞼を閉じた。
神の、最期。
ガアプ達は打たれたようにすぐさま、長く黙祷を捧げた。
なんという壮絶な終焉だろう。暗く残酷な惨劇。
それでもそれは、か細く曖昧な未来に、可能性と希望、そして選択の糸を力強く紡ごうとしている。
ガアプは震える肉体を懸命に整えた。武者震いだろうか?なんと、重い。
ガアプは、神竜に礼すると、そのまま踵を返した。託されているのは自身で、押されている背中もまた、自身のものだ。
「……ゆこう。」