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第三十九話

 草原は哭く。


 緑と土の屑の間をぬぐい、時が流砂のように流れる。時と時は時よりその頬を抱き、その肩を噛み砕き、舐め、せつなげに哭く。


 栄光と秩序、汚穢と悲壮の上に構築される新たな歴史を思って、ただひたすらに哭く。

 昨日、今日、まだ見ぬ明日へと。


 ビュー、ビュー…。


 それは生ける者への、逝ける者への、餞のようだ。


 ビュー、ビュー…。




 草原は、哭く。


 侵食をもって優しく大地を弔い、雨嵐をもって優しく大地を産み落とす世界の中心に。


 まだ見ぬ明日は極東からやってくる。まだ見ぬ明日は極西からやってくる。ひそめあい、ざわめきあい、人の世を跳躍する。

 山よ、谷よ、海よと。


 ビュー、ビュー…。




 人はそれを、風と呼んだ。




「十六夜は、ルナファラのことが、好きだったのかな?」


 獣の背に乗って、風の民が呟く。


「さぁな、しらねぇよ…」


 誰かがそれに答えるも、声を風がまきとって、天へ天へと昇らせる。天にはもう、濃紺がそのマントを広げ始めていた。


 何もかもを見知った時間たちは、何もかもを語らずに天空の藍に溶けこんでゆく。

 そしてやがて、全てが黒をおびた。時は結合し、その身を明日に委ねてゆく。ふつふつと、静かに明日が構築される。




―私はあなたを殺し続ける―


―私はあなたを愛し続ける―




 ルナファラ享年12歳。

 草原だけが哭き、歴史だけ横たわっている。


 風馬の里。

 明るい食卓の光の下で、キリアが大声を張り上げた。


「なんだって!?そんなことがあったのかいっ。」

 キリアはユズの話に驚いて、スープを溢した。スープがみんなの顔にかかる。


「おや、ごめんよ。それにしてもびっくりだ。あの場所にそんな秘密があったとはね。」

「初耳…」

 キリアの寡黙な夫、キリコがボソリと呟く。


「そんな中で式を無事にやりおえるなんて、さっすがユズだ。素晴らしい!」

「えへへ〜」

 口の中にスープを入れながらユズは満円の笑みを浮かべた。


「まぁ、話は所々秘密にしないといけないね。魔法気流の変化があるってのは巧くみんなに伝えなきゃいけないとは思うけれど」

「なんでだ?」


「ディノ、よく考えな。ルナファラの封印は怨念のためのものだ。そのルナファラが聖なる力をもっていて、自ら人柱になったなんて伝承が伝わったら、今までルナファラや十六夜の願いが水の泡になっちまうんだよ。」


 水の、泡。


 怨念はルナファラを恨み、そのお陰で怨念はそれほど人に影響を与えない。だが、ルナファラがひとたび聖人として扱われたら、怨念たちは散々になる。

「ディノって馬鹿なんだー」

「うっせ、ユズのくせに」

「あーら、落ち着きのない大人だわー、本当のこといっただけなのに〜」

 ユズの方が言葉では一枚上である。


「でも、成人の儀式が無事に終って良かった」

 アーシェの言うとおりだった。あのような状況で大した怪我もなくすんだことは、奇跡に近い。なんせ千年の時をおいても尚、力を示す印と念を相手にしたのだから。


「なぁ、アーシェ」

「はい」

「月に、本当に行くんだよな?」 ディノの唐突な問掛けに、アーシェはしばし沈黙してから深くうなづいた。


「はい」

「そっか…」

 ディノの頭の中には、あの言葉が何度も巡っていた。


―世界はやはり、灰の大地のようになるのですか―


―分かりません。それを知るためにあなたは月に赴くのでしょう―



 最初、アーシェと出会った時は、ただの家出少女だと思った。無謀なことを言い、現実と夢を混同した愚者だと思った。



―まぁ、頑張ればいいさ。あんたが死のうが行きようが、俺には関係ないからな。―


 そう、ディノは吐き捨てた。



 …だけど今は、ただの夢追い人には思えない。彼女の中にある誓いと決意、そしてそれをたぎらせる大きな勇気に触れたからだ。



「月に行けば、すべてが分かるのか?」

「えぇ、伝承によるとそういわれています。月には、全ての歴史、全人類の記憶があると。」


 エターナルレコード、と、キリアが呟いた。

「聞いたことがあるよ。ルナファラによると、ただの話ではないようだね。」

 再びアーシェは頭を傾ける。


「月に、行く…」



 あ、あの感覚だ。そう、ディノは思った。


 武者震いだ。




 武者震い。


 ディノの中で、マグマのように熱い血が流れ、心臓でドクドクとうなっている。

 剣と剣を交えるときに感じる緊張感に似た感覚が電気のようにピリピリと声をあげている。


 信じがたい感覚を、ディノは全否定した。愚かなんだ、それは馬鹿げてるんだ、と。

 それほどに、強者が簡単に死んでゆく世界を見てきた。憧れていたラムシェムの傭兵や戦士たちが、つぎ会うときは屍であったり、片足を失ってただのゴロツキになりはててしまった現実を。


 だけどもう、馬鹿気てると言えなかった。

 そして心臓は、激しく高鳴っていた。


 ディノはもう、気付いている。この感覚の正体を。

 …退屈な日々に嫌気がさして、里を出たあの朝に抱いていた感覚。無我夢中で未来へ駆け出した、あの感覚。


 目覚めろよ、と

 自分が叫んでいる。



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