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第三十一話

 アーシェは、慎重に、だが早めに歩みを進めていた。


 ディノたちがムキになって先を急いで走るものだから、すっかり取り残されてしまったアーシェは、自分の靴音をひとり聞いている。なんだか、寂しさがするりと心をさする。


 ふと、廊下の末端にもうすぐ着くという頃だろうか、重い振動が体を揺らすのを、アーシェは感じた。どきりとして、更に足を早める。


 ようやく、廊下が途切れた。距離も、聖園とさほど変わらない。ということはやはり、作りはかなり似ていることになる。

 アーシェは、そこにあるべき階段へと更に向かう。


「あら…?階段が崩れてしまってる…」


 アーシェは、崩れて瓦礫の山になってしまった階段を見下ろした。地下へと続くはずのそれは、数段を残して、レンガの屍になってしまっている。みっちりと隙間無く積もっており、とてもでは無いが、降りることは不可能に思えた。

 よく見ると、階段は崩れたばかりのようで、わずかではあるが空気に土煙が混ざっていることが、においなどで分かった。


 さきほどの振動は、この階段の崩壊が起こしたものなのだろうか。

 この先に、ディノたちがいるのだろうか。


「…でも、これでは進めないわ…」

 迷いながらも、アーシェは数段しかない階段を降りてみた。瓦礫を丁寧にさすってみる。

「ディノ!ユズちゃんっ!そちらにいらっしゃるんですか!?」

 大声を出してみるが、反応は無い。もしかしたら、厚く埋まってしまったのかもしれない。

「どうしましょうか…」

 魔法で破壊しようにも、どれくらいの規模のものを放てばいいのか見当はつかない。なにより、万が一、この崩壊にディノたちが巻き込まれており、瓦礫の中に埋まっているとしたら…無闇に魔法を使用することは危険だ。

 アーシェは考えを巡らせた。

 アーシェの記憶と憶測が確かならば、この階段以外に地下へと向かう道は無い。ここが本当に、竜の城を模した建物ならば、非常時は、隣の棟へと移る橋、いわば空中回廊を使用する。

 だが、竜の城とは違い、ここに隣接する棟はない。


 しかし、それでは非常時に対応出来ない。万が一、棟の一部が崩れた時は、人が閉じ込められてしまう。ここは深い地下だ。そんなことが起こったあとに、外から堀り進むなんてことをしていたら、閉じ込められた人間は救出時には、酸欠で死んでしまっているだろう。


 ここは地下を想定されて作られた棟。ならば設計上、必ず非常時に使用するルートや、空気孔があるはずだ。

「とにかく、他の道を探すしか方法はないですね…」

 アーシェは肩を落として呟いた。


 その時だ。

 アーシェの指先を、電流のようにまがまがしい邪気がひた走った。

「きゃっ…!」

 思わず、あとずさる。

「これは…」

 びりびりと指がしびれ、全身を寒気が襲う。身体中の毛が逆立ち、皮膚が泡立つようだ。この感覚には、身に覚えがあった。

「…怨霊。」

 怨霊とは、肉を持たぬ死霊兵。憎悪や怨恨といった負の感情に縛られ、天に昇る術を失った悲しみの魂魄。生への願望と執着が、生きるものの魂を狂わせ、飲み込む。

 アーシェの体に悪寒が走る。かつての記憶がさざなみのように甦る。あの日、遠いあの日、最初に暖かな日々を壊したものは死霊だった。恐怖で指先が震える。

「はっ…」

 ずきんという刺すような痛みで、アーシェは我に返った。目をむけると、瓦礫からもうもうと吹き上がる邪気がアーシェの細い足首を締め付けている。

 すぐさま杖を取り出し、アーシェは聖なる言葉を放った。

「肉体の保護よ、魂とその緒を深く結び、我を保て…魂の楔!」

 邪気に掴まれたくるぶしに聖なる紋章が浮かび上がり、瞬時に邪気を追い払う。邪気は、あらゆる物質の形骸を歪ませて、蛇のようにするりと瓦礫の向こうへと消えてゆく。

「はぁ、はぁ…。」

 アーシェはゆっくりと呼吸を落ち着かせた。急激にあがった心拍数は、熱で心臓を握りこむ。気を取り直すと、直ぐに言い知れぬ不安がアーシェを襲った。


「ディノ!ユズちゃん!どこに行ったのですか!」

 これほどまでに重い邪気にあの二人が襲われたら、ひとたまりもない。十分も経たずに、魂を貪欲な怨霊に食われてしまうだろう。いくら鎮魂の民と呼ばれる風馬一族であろうと、この歪んだ魂に対応できるとは思えない。聖園の指導と加護を受けたアーシェでさえ、これほどの怨霊を鎮魂する術を持っていない。

 そう、この魂はあまりに歪んでいる。濃厚な怨念がいくつも重なり合い、混ざり合い、一般的な怨霊のカテゴリーをはるかに超えている。この魂のひずみを消し去る方法は、一時的に封印をし、長い年月をかけて鎮魂する以外ない。何年も、何十年も、何百年も。気が遠くなるほどの、時間を−−−。

「まさか…この魂は。」

 たったひとり、アーシェは覚えがあった。

 あの人物ならば、これほどの魂を核とするかもしれない、と。

 かつてその人物は王家の娘であり、絶対無二の力を持つ魔女であり、革命の中、このアベドルトという地で首を落とされ、肉体を刻まれた。

 伝説の悪魔。


「魔女、ルナファラ?」

 風が吹いた。アーシェの首筋を、冷たいひとすじの風が吹いた。澄んだ紅茶のような髪が揺れる。

 背後に気配がある。

「…だ、れ?」

 アーシェは、ゆっくりと振り向いた。

 それは白い布地であった。まっさらに白い布地が、空中に浮かんでいた。さらりさらりと、まるでやさしい夜風に踊るカーテンのように揺らぐ。高さはアーシェの胸元ほど。中には人間でも包んでいるのだろうか、奇妙な立体感がある。

 アーシェに目視されると、それはゆっくりと動き出した。

 布が擦れる音などない、それはすべるように廊下を渡ってゆく。しばらく浮遊すると、廊下に並んだ扉のひとつが無音で口をひらいた。そしてその扉へと、吸い込まれるように向かう。

「ついていけばいいのね?」

 アーシェは意を決した。なんの導きかは分からない。もしかしたら、悪霊たちの罠かもしれない。だが、ここにいても時間の無駄だ。今はディノとユズの安否を信じて、自ら闇に飛び込まなければ、前に進むことなど出来ない。

 アーシェは再び走り出した。



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