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第二十九話

 闇に染まりきった階段を下りると、そこには魔霊窟という名のとおりの神秘的な世界が広がっていた。


 思わずアーシェは感嘆した。いつまでも美しい、懐かしいあの場所を、光で包んだような様相。息を呑むとは、このことであろう。

「すっごいね…なんだか、月の光がいっぱい降り注いでいるみたいだ」


 ユズは興奮ぎみに呟いた。ユズの小さな足から産まれる足音は、静かに、だが鮮烈に、ひとすじの矢のように高い天井へと向かい、鐘の音のように響く。


「なんて、魔法が満ちたところなんでしょうか。素晴らしく綺麗ですが…これでは、毒ですね。」

「毒?」

 アーシェは頷くと、手をかざした。指先には、わずかに輝く帯を絡ませている。


「魔法は、大地を巡る偉大な力です。ですが、強大すぎる力の渦のなかでは、人の肉体はその組織を狂わせます。魔法中毒といって、肉体を少しずつ様々な病に冒されます。」

「ふぅん、魔法はあんまり使うなとか、ちゃんと勉強しなきゃ駄目って怒られるのってそういうこと?」

「知らなかったな…と、俺たち、やばいじゃん!」


 ユズとディノは目を合わせると、顔を歪ませた。

「大丈夫ですよ。聖園魔法使いのような、上級魔法を日常的に使うような方しか発病しません。ただ、長居が危険であることは、間違いありませんね。」


「はぁ…アーシェの話をきいたら、なんだか段々具合いが悪くなってきたよぅ。」

 ユズが舌の上で苦いものでも転がしているような顔をして、溜め息をつく。


「だなぁ…なんだか、頭が痛くなってきたよ。」

 相槌を打つと、ディノは周囲を見渡した。 風邪だと医師に診断された途端に、より体調が悪くなることがあるが、それと全く同じ現象だろうか。二人の顔色は少々青ざめていた。


 中央に懺悔室や書庫といった様々な部屋を置いて、円を描くようにつくられた特殊な作りの礼拝堂であるため、丁度おりてきた階段とは真逆の位置にある、目的地である地下へと下る階段はまだまだ見えない。

 が、その遠さはしっていた。例え、通常どおり四角の形をした礼拝堂であったとしても、向こうに蟻の巣程度に見えるくらいに違いない。

 それほどに、魔窟は広いのだ。その広さは、かつて自分が儀式を行った時にしっている。


 段々、足も重く感じられてきて、降り切るように思わずディノは走りだした。

「あ〜、クソッ」

「えぇ〜、走るの!?」

「危ないですよ、ディノ!」

「うるせ〜、ちゃっちゃと終らそうぜ!」

 走り出すと、流石に景色も早く後ろへと向かって行く。…とは言っても、白い壁のみの簡素な廊下では、イマイチ進んでいるかどうか分かりにくいが。


「勝負だぁ〜」

「うぉっ、やるか!?」

 真っ先に走り出したディノに負けじと、ユズがスピードをあげてディノの横に並ぶ。

「ってか、導き役の前に行くなって言ってんだろ!」

「導き役が儀式受けるやつを置いてくなって言ってるでしょ!」

 負けず嫌いの両者はギャアギャアとお互いを罵りあいながら爆走する。


「ふふ、楽しそうですね」

 極めてマイペースに、二人のあとをアーシェもついてゆく。


 …そしてその後ろを…白い影がゆっくりと近付いていた。



 淡く蛍火のような輝きを抱いて広がる堂内に、軽く単調なリズムが響く。

 疾走の爪先に、ようやく地下へと足をのばす階段が見え始めたころには、二人は激しくヒートアップしていた。

 罵りあうのをやめ、顔を真っ赤に膨張させて、ひたすら無言でひた走っている。


「…っゴ、ゴール…!!」

「きゃあっ」


 ディノが勝鬨をあげる瞬間、ユズが背後で音を立てた。

 その音の大きさに、ゴールを忘れて後ろを振りかえると、ユズがすっころんで毛皮の絨毯のようにのびている。

「ば、バカやろっ、大丈夫か?」

 なにかあったら、堂内ではしゃいだ自分の責任だ。

 ディノは床におでこからぶつかったユズへと小走りに向かうと、その小さい身を抱きかかえた。


「いい年して転ぶなよ。大丈夫か…ん?」

 みるみる内にユズの体が煙に包まれていく。

 濃厚な煙がユズを包みこんだと思うと、次の瞬間にはただの木彫の人形に変貌していた。

「まさか!」

「はははははは!!」


 背後からユズの高笑い。見ると、ユズは階段の入り口で謎のポーズをキメていた。

「しょ〜りのポーズ、はっはっは!」

「き、汚ねぇぞ!身代わりの術なんか使いやがって、ふざけんなっ!」


「あっ、どっかから負け犬の遠吠えが聞こえるよ〜」

「チクショー!」


 ディノは本気で悔しさに身をよじると、床をバシバシたたいた。

「ふはははは!あ、ところで、アーシェが見当たらないんだけど。」

「マジで!?」

 確かに、気付くと、前にも後ろにもアーシェはいない。

「何処いったんだ、アイツ。勝負放棄か?」


「ディノが置いてったんじゃん。ってか、風馬の足に聖園育ちの人がついてこれるワケないじゃん。」

「そりゃそーか、じゃん。」


 ディノは立ち上がると、トボトボと歩き出した。

「アーシェ〜、アーシェ〜ぃ。」

 ディノの呼び声が木霊となって響いてゆく。それは道の向こう向こうへと吸い込まれように、ゆっくりと消えていってしまった。


「なんだよ、聞こえないのか?広いったって、俺たち以外にいないのに。」

「だいぶ離れちゃったからね、仕方ないよ。あーあー、ディノが大人気ないから…きゃあっ!」


 ユズの調子の良い声色が一転するも、

「また転んだのか?気ぃ付けろよ、ったく。」

 ディノは、ユズの声に振り向くことなく、どんどん道を戻ってゆく。


「助けて!ディノ!」

 ディノは悲鳴に近い叫びを、片手を振ってあしらうと、スタスタ進む。

「はいはいはい、後で…」

 言葉を言い切る前か後か。

 ふいに背後からまがまがしい気が突風のようにディノの背中を押した。


「…!?」


 瞬時に体を反転させて壁につける。その横を、なぐように黒い何かがかすった。何かは直ぐに急旋回すると、ディノへとその鼻先をのばす。息を飲み、瞬時に抜刀をし、ディノはそれを弾いた。

 刃と刃がぶつかる音と共に、それは壁に突き刺さる。


「…手裏剣?」

「ディノ、あぶないっ!」


 ユズの声よりも早く、ディノは体を螺子って倒す。頭上を再び手裏剣がかする。

 ひれふすように、手裏剣を投げた人物をディノは見上げた。否、それは人ではなかった。


 黒い、ただ黒いだけの…何か。


 ぐるぐると喉をならし、佇むその姿は、形容するならば黒すぎる暗雲だった。それが雷鳴のように喉笛を転がしているのだ。

 生き物かどうかさえ分からない、あやふやな何か。

 その影からのびる黒く忌々しい触手が、ユズの腹部を包みこみ、空中に抱えていた。まるで、赤子でもあやすように。


「きゃああ!」

 黒は、ユズを抱えたまま、音もたてずに階段へとぬるりと落ちてゆく。


「ユズッ!」

 ディノは無我夢中で再び大地を蹴った。



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