第二十八話
ユズは口の開いた入り口からゆっくりと魔霊窟に入る。入った途端に、冷風が首元をかすめた。
平原は、火竜山脈から海へと向かう季節風の為に、からりとかわいていたが、地下はじっとりと湿り気を帯ているように感じる。そして、ひどく肌寒い。
魔霊窟は、光の魔法気流を全体に巡らせている為に、微かに光をともしていて、まるで冬そのものが降りてきたようだ。
静閑としている。
靴音ばかりが、やけに大きく響く。
沈黙を打ち破るような大きい動きで、ユズは両手で腕をこすりこすり、背後をみやった。
「さむい!」
「ははっ、もうリタイアかよ。」
そういうと、ディノは背負っていた皮袋を下ろした。
中から、するりと黒い衣を取り出す。衣には、火の魔法陣が銀の糸で編み込まれてた。
ディノは小さく魔法を呟くと、魔法陣は一瞬光り、すぐさま普通の銀の色をとり戻す。
「二人とも、これを着るんだ」
手渡された衣は、触れると、じんわりと暖かい。防寒の為の魔法のフードだ。頭まで被ると、すぐに全身が僅かに熱をおびた。
「さっきコレだしてくれればよかったのに」
「いちいち魔法こめねぇといけねぇだろ。ほら、ぶつぶついってないで」
アーシェがユズの肩をたたく。
「ふふ、頑張りましょう」
「…うん」
見据える魔霊窟の中は、光が僅かにともっているとは言え、やはり薄暗い。それは、魔霊窟の広大さの所為でもあった。
「廊下…だよね?」
奥まで、とても見えない、高い天井の続く廊下。見上げると、縦に巨人が二人、入ってしまえそうだ。
独特の雰囲気の暗闇の中、三人は歩を進める。
長い回廊の果てには、再びぽっかりと開いた入り口が口を開けていた。
三人が、入り口の前にたつ。
と、瞬間、アーシェの中で、記憶の糸がきらりと光った。
シオンの都、アルタナ湖の中央にある島。
巨大な竜の城を囲み立つ、王支える三種の砦。
王の剣、金獅子城。
王の盾、法采城。
王の杖、…我等が、聖園。
アーシェの心は、聖園を走る。
その道は、女帝のいる竜の城の上階から、聖園へと延びる空中回廊。
光の注ぐ回廊を風のように駆け抜けて、端にたつ白い扉の前に立つ。
そして。
魔霊窟の廊下の入り口をぬけると、更に天井は高く、ドーム状に広がっていた。
「うっわぁ〜…ひ、ひろい…」
ユズの唇から無意識に溢れた感嘆が、伽藍を木霊する。
隣に佇むアーシェもまた、思わず息を飲んだ。だが、それはユズとは違う意味合いのものであった。
「作りが、聖園と全く同じ…」
同じ時代に作られた?それにしては、あまりにもよく似ている、似すぎている。
アーシェは、すぐさま駆けだした。
「あ、アーシェ!?」
ディノが制す。
暗闇が深く、光は微か。床は見えにくい。
「気を付けろ、そっちは…!」
ディノが叫ぶ。が、すでにアーシェは立ち止まっていた。いや、ほぼ同時だった。…そして、アーシェのその輝く瞳は、まっすぐ床へと延びていた。
アーシェの目にうつる、それは、階段。
聖園と、全くおなじ。
まるで、聖園を模して作られたかのように。
いや…もしかしたら、逆?
「アーシェ?」
ユズが不安げに見上げたアーシェの横顔には、真剣なおもざしがあった。
「ディノ、この下には礼拝堂、そして更に下に、魔法陣がありませんか?…中央に、魔法を帯た石、または石像のある…」
「え!なんでしってんの!?」
ディノは驚いた。まさに、アーシェが言った通りだった。
この下には多くの部屋があるが、その部屋を囲むように礼拝堂がある。更に下には、壮大な魔法陣が、広すぎるその床を覆い、中央に魔石を添えている。
アーシェは信じられないという表情で二人をみやると、こう言いきった。
「ここは聖園と全く同じ形をしています。もしかしたら、風馬の成人の儀式は、聖園の祈り子の儀式と同じものかもしれません」
聖園の祈り子の儀式。聖なる力を持った者たちが最初に受ける、聖なる祈り子になるための儀式である。
多くの才能あるものは、聖園で基礎を学び、祈り子の儀式を経て、正式な聖園のものとなる。祈り子は、もっとも力が弱く、もっとも人数が多い。アーシェは、聖なる祈り子の称号をもっている。既に、儀式を終えていた。
「聖園と、この場所、どうしてこんなにも共通点があるのでしょうか…」
「…やっぱアレじゃねぇか、旧王国を倒したエアドラドの初代皇帝ヒルドに関係があるんじゃねぇの?」
アーシェの疑問に、ディノが適当に推測すると、それに倣いユズも考えを述べた。
「聖園もアルタナ湖の鎮魂をしてるんでしょ?もしかしたら大元が一緒なんじゃないかなぁ?」
ユズの大元、という言葉に、アーシェは頭の中であの人を浮かべた。
イェズガルド様…今はジジ様が聖王の証として持っている魔聖石イェズガルドで眠っている。
かつてあの方は、初代皇帝とエルペソ様とオプカー様の四人で解放軍の中心人物として、獣魔人革命を起こし、その後の建国にも力を入れた。聖園を作ったのはそもそも、あの方だ。
あの方は風馬一族の遊牧にも、関係があったのでしょうか…。
「十六夜とイェズガルドが同一人物とは考えられねぇけど、なんか関係があったんじゃね?」
「十六夜?」
「風馬を遊牧民族にした、遊牧後の初代風馬の長の名前だよ。俺さっき、“十六夜の意志をつぐもの”って呪文言ったろ。」
「もしかしたら、十六夜とイェズガルドは友達だったのかな?」
ユズはピョンピョンと跳ねると、階段を降り始める。階段は光が灯っていないというのに、その動きはやけに軽快でウサギのようだ。ウサギははきはきと、
「でも、何も残ってないから分かんないけど。意思をつぐっていっても、風馬でいう、風馬やっとけ!みたいな?。」
途中で立ち止まり、振り向いた彼女の瞳は、まっすぐアーシェに注がれる。
「何も考えることなんてないよ。そんなこと考えても、大昔に終わった話じゃん。人間、今が一番大事!」
そのまま、謎のポーズを決める。どうやら、彼女はディノと同じ直球タイプのようだ。
なにはともあれ、ユズの言うとおり、今は今のことに専念すべきか。
今日のこの場所での目的は、魔霊窟の探索ではない。ユズの儀式を終えることだ。
「しっかりサポート頼むよ、諸君!」
「はい。」
「わ〜ってるよ!だから導き役の前には立たないでくれよ。」
ディノが前に割り込んで、階段でユズを制す。ユズは謎のポーズのまま、
「りょーかい☆」
と言った瞬間、首を傾げた。
「ううん?」
その体制のまま、目をこするユズ。
「どうしました?」
ユズの怪訝そうな顔。その目線に倣ってアーシェは背後を見たが、勿論おかしなところはなにもない。
「---や、気のせいかな。あははは!いこ〜いこ〜!」
ユズは景気よく腕を振り上げると、どんどんディノの背を押し始めた。
様々な疑問を振り払って、三人は進む。あっという間に、階段の深い暗闇に、三人は吸い込まれていった。
・・・だがこの時、実は彼らは考えるべきだった。
何故、聖園と風馬にこんなにも共通点があるのか。
何故、舞踏が何故おなじで、なぜ鎮魂のさだめを両者とも背負っているのか。
そしてユズが一瞬、見たものについて、考えるべきだったのだ。
考えさえすれば、あまり混乱をしなくとも良かったかもしれない。
三人が階段を下りていくのを、見つめる何かがいた。
その何かは、三人が地下深くへと足を進めたのを確認すると、ゆらゆらとついて行く。
真っ白な衣のような肢体を揺らめかせ、音も立てず、影すらもなく。