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第二十七話

 早朝。


 東をみるとわずかに、火竜山脈から太陽が登り始めた。

 綾線から、光の帯が空へと、大地へと注がれる。洗われるように、闇から青へとその肌を表す世界が、再び「今日」に生まれ変わる。


 まだ、朝は寒い。


「…まさかアーシェがついてきちまうなんてなぁ。」

 ディノは、寝起きの頭をかきながら、シンガを走らせていた。背中には、アーシェ。

「ふふっ、すみません。」

 アーシェの唇から白い息が漏れる。


 アベドルト平原の朝は、比較的温暖なエアドラドにおいて、寒い事で有名だ。山脈から降りてくる風が、昼間に大地が蓄えた温もりを奪い去るのである。

今は、春と夏の間と、わりと暖かい季節だ。だから救われているが、これが冬だったら、まずアーシェは耐えられないのではないかと、ディノは思う。


 乾燥し、張りつめた空気が満たす、草木もわずかしかない大地。ここで生きられる動物は、一握りしかいないのだ。


 と、背後から勢いのよいシンガの足音。


「ディノ!アーシェに変な事言わないでっ。あたしが呼んだんだから、アーシェは悪くないんだからっ。」


 本日の主役、ユズである。


 昨夜と同じく黒い衣服で全身を覆っている。成人の式の服装。まだまだ、成人の儀式はこれからだ。


「ったく。…ユズもアーシェも、二人とも“導いて”やるよ!」


 ディノは叫ぶと、更にシンガを飛ばした。

 目指すは、平原の中央にある「ルナファラ魔霊窟」――――。


 シンガが更にスピードをあげる。

 烈風一列に駆け抜ける草原の冷たさに体温を奪われながら、ディノ達をのせてひた走る。


 アーシェは、ディノの脇腹から腹へと手を伸ばしてがっちりと掴んでいた。体をつけて、振り落とされまいと更に力をこめる。


 腕の表面から、太く血の流れる腹の暖かさとを感じた。温い。


 暫くすると、漸くシンガの足がおさまってきた。そうして、アーシェは細めていた瞼を軽く開けてみた。

 冷たい外気のために涙を微かに貯めるアーシェの熱い眼球が、ふいに何かを捕える。目を凝らす。


 それは…砂ぼこりと涙で揺らいで見えるそれは、墓石を彷彿させるようなの塊だった。

 ただし、ドラグノアのような竜の形をした墓石ではない。

 楕円の丸、青虫のたまごに似ている。


「…ディノ、あれは?」

「そろそろ着くぞ!」


 アーシェの声を押し押せる空気が遮り、ディノを叫ばせる。

 ディノはシンガの首に抱きついた。


 猛然と進むシンガが、ふと前足をあげた。

 そのまま流れるような、長い跳躍。


 太鼓が結末に力強く叩かれるそれのように、シンガが大地を踏みしめる。振動に耐える。

「到・着!」


 ディノは片腕を掲げると、すぐさまひょいとシンガを降りて、背伸びをした。

「う〜体なまっちまうっ。」


 目の前には、あの墓石のような石があった。

 アーシェはゆっくりシンガから降りると、墓石をまじまじ見つめた。

 高さはアーシェの腹部ほど。幅もそんなに広くはない。

 そして微かに、緩やかな魔法の気流を感じる…。


 あぁ…それにこれは…聖なる、力?


「導き役が飛ばすなぁ〜!」

 ユズが興奮気味に飛込んできた。見ると、シンガもなんだか疲れてみえる。


「お、シンガがぐったりしてら。形は得意でもシンガは苦手なんだな。」

「ちがうっ。ディノが飛ばすからっ。」


 プリプリと怒りながら、ユズもまたシンガを降りた。シンガにつけた荷物を下ろして、シンガを優しく撫であげながら、周囲を見渡す。


「…で、中央についたの?一休みするの?」


 アーシェは、え、と小さく驚くと、石とユズを交互に見つめた。

 ユズは、本当に石が見えていないようだ。


「アーシェは、集中しねぇでも『石』が見えるんだな。」


「…え、あ!もしかして、この石すべてが魔法なんですか?」

「おぅ。ルナファラの魂を留める石。全部魔法で出来てる。…というか、ルナファラ魔窟全体が魔法を帯てんだ。」


 ディノはユズに見えるよう石を叩いた。漸く見えたのか、凝視していたユズが小さく声をあげる。

「あっ、ルナファラ魔窟、来たんだ!」

「ルナファラ…魔窟…」


 遠い昔から何度か、アーシェはルナファラの物語を耳にしている。


 聖なる者たちを育成する為に存在する、聖園。

 その聖園では、ルナファラの物語は、旧王国時代を語る上でついばみ、鎮魂を学ぶ際にもついばむ。ルナファラ魔窟は、物語の最後を締め括る。


 聖園の教師達が、教科書をめくり、生徒たちに音読みをさせる授業風景が、アーシェの頭にふいに浮かんだ。

 春の日差しの中も、夏の暑さの中も、秋の乾いた音の中も、冬のわずかに湿ったガラス窓の中でも、繰り返された音律がふいに響いた。


 魔女ルナファラは、風馬の長に肉体を五つに斬られた。


 肉体はアルベルト平原を囲むように円に埋められ、円を鎮魂魔法陣として風馬の民が回る事となった。これが風馬の民の遊牧の始まりである。



 そして、円の中央には、ルナファラの魂を封じる為に、

 また、旧王国のかつての神である王族に、殺された人々の魂を慰める為に、魔窟が作られ、

 魔女ルナファラは、千年の時を越えた今も…


「…魔窟でさ迷っている。」



「ユズ、来い。」

 ディノがユズに手招きする。

 ユズは、緊張で手足をぎくしゃくさせながら、石の前に立った。「用意は、いいか?ちびんなよ。」

「ぅ…うっさい…」

 小声でユズは返すと、深呼吸をした。すぐさま真剣な熱が、ユズの眉目を整え、風馬の戦士の顔に変える。

「いいよ。」


 ディノは確認のためアーシェもみやると、石に手をかざした。

「いいん…だな。」

 ユズも、アーシェもはっきりと頷く。


 ディノはにんまり笑うと、石を両手で押さえるように、構えた。

 ディノの唇から、歌がこぼれてゆく。昨晩の『羽化の儀式』の歌と踊りと、同じリズムの力強い、律。


「我等、鎮魂の風馬の民である。暗闇の風馬の民よ、その瞳を開け、我等をしかと見よ…しかと聞き届けよ…」


 石が七色の柔らかい光を全体に帯る。ゆっくりと魔法陣が石に浮かび上がる。


「我等、十六夜の意志を継ぐ者なり。」


 瞬間、地響きと共に大地が突然―――消えた。


「「きゃああああっ!!」」


 唐突に、消え失せた大地。そのまま三人は落下してゆく。

 その様子をシンガが、ボ〜と見下ろしていた。



 三人は、どんどん落下してゆく。



「こんなのきいてなぁぁい!」


「ちびんなよっつったろ!」



 眼下には、巨大な岩の遺跡が広がっている。

 ユズとアーシェは青ざめた。目を閉じて、体を丸める。



…―――ぶつかる!!





ドサ、ドサ、ドサ。


「いてぇえ!」

 ディノが悲鳴をあげる。悲鳴でゆっくりとふたりは目を開けると、ディノが座布団と化していた。

 どうやら、ディノ、ユズ、アーシェの順番に落ちたらしく、ディノが二人の下敷になったらしい。

「ごっめーん。」

「すみません。」

「うるせぇ!マジいてぇ!降りろ!」

 陸にあがった魚のようにバタバタするディノを尻目に二人は立ち上がると、周囲を見渡した。


 あるハズの空が、もう無かった。巨大な遺跡を囲むように、まるで鳥籠のように大地は空洞となっていた。ただ、魔法気流が摩擦するように周囲を流れており、暗くはない。

 アーシェは、天井を見上げた。

 一本の塔が立ち伸びて、先端が天井に埋まっている。


 あの石は、遺跡の先端だったのだ。


 遺跡は不思議な事に、神竜殿のものではなく、旧王国を彷彿とさせる形をしていた。竜ではなく、ヒュームを崇めていた頃の、作り方。

 基本的な部分は現在と同じだが、竜のレリーフも竜の像もひとつもない。

 また、旧王国時代、人は神を象ってはならなかった。偶像の崇拝を禁じていた。それは、神である王族の魂が偶像に分裂するのを防ぐためだったと言われる。


 だから、美しいには美しいのだが、とても簡素な形をしている。石と石とを繋ぎ止め、正確な角度で組み込まれた、積み木のような姿。


「…ルナファラ魔窟が、旧王国時代に作られたものだったなんて…」

 アーシェの感嘆に、ユズが明るく反応する。

「あ、アーシェしらなかったんだ。ルナファラ魔窟は元々、旧王国王族達の隠れ家みたいなものだったんだよ。」

「初めて来ただろ、お前は」

「うん、初めて。」

 ユズはピースをすると、笑った。緊張で、うまく笑えていないが。


「築千年、サービスでルナファラ幽霊つきでこざいます。お客様どうですか?」

緊張と不安、そして期待の為で震えるユズをほぐすように、ディノは挑戦的な瞳で言う。


「問題な〜し!」

 ユズは言い切ると、その細い足を前へと伸ばした。


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