表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/47

第二十二話



 巨人の背に、ひとつの半円形魔法障壁が築かれていた。

 その中に、セリスとジジはいた。


 セリスは巨人と死霊、そしてそれらと懸命に戦う一人の騎士と、二人の少女の様子を冷静に見つめている。

 一方、ジジは、早鐘のように打ち付ける心臓を押さえながら、一心に呪文を呟き、羅列していく。


 その指に、輝く石を持つ指輪があった。

 石が放つ高貴な紫色の光線は、緩やかに魔法陣と姿を変えながら、ジジを中心にみるみる内に肥大してゆく。

 その指輪は、街の異変に気付き此処に来る途中に、セリスが差し出したものであった。

 何故、これを?とジジは驚きと共に尋ねた。するとセリスは、こう言い放ったのだった。


――これは、貴方の命です――


 セリスの言葉は、全くその通りであった。

 もしも自分が、聖王となるならば。そう、イェズガルドの名を受け継ぐのならば。


 ジジの脳裏に、前聖王であり既に故人のシェイダの姿が。

そして、彼等の姿が浮かんだ。

なんという皮肉だろうか。

 まさか自分が、この力を使う日がくるとはのぅ…。不思議じゃあないか、師・イェズガルドよ…。


「てぇいっ!」

カッキュが槍を振り回し死霊の武器を弾いてゆく。

 牛系の獣人特有の二対の太い角が生えたその姿は、まるで気高い自然の王者のようだ。


 一方、一見カッキュとは対象的に穏やかな様相の羊系獣人スィクは、その可愛らしい風貌とは裏腹に、堂々と巨人の体を蜂のように突き刺している。

 若い女性ではあるが、二人はなかなかの腕前のようである。


 オルセは、巨人から放たれる糸を回避し、或いは次々とたたっ切る。

「しかし、この糸はなんなんでしょうか、ね!?」

「肉食系魔虫です」

「…―そういう事ですか。」

 スィクの返答に漸くオルセは、埃を被った海馬から記憶を弾き出した。敵は死霊だという、その思い込みが、全てを暗く閉ざしていたのだ。


 肉食系魔虫の中には、綿のように柔らかく、鉄のように固い糸を吐き出す生き物がいる。

 その糸で生き物を絞め殺し、食べるのだ。

 また更にその中には、生き物に寄生して殺した後、その生き物の全身に糸をはり、操るものがいる。

 そうして、安全で温かい場所に移動し、死体に卵をうえつけて、命を繋ぐという。


 つまり、死霊を操っていたのは虫なのだ。

 だからこそ、斬っても斬っても、再生して見える。正確には、糸で繋いでいるだけなのだ。


―敵は人の魂を操っているのではない、虫の魂を操っているのだ―


 それでは、ガアプがオルセと同じ状況だとしたら、まず勝ち目はない。

 ガアプも金獅子団長だった事から、多少の魔法を使える。


 だが、この怪物達は、多少の魔法で倒せるようなものではない。その上、ガアプは敵が虫を操っているとは知らない。明らかに、不利である。


 焦りの中、オルセは円形保護魔法陣で術を唱える者をチラリと見やった。

 その姿にオルセは先程、目を疑ったものだ。まさか、彼が聖園に関係するものとは…。

 ガアプ様はあの人に見覚えがあるようだった。聖園の上位階級者なら、それは理解できた。


 様々な謎や疑問が、頭を巡る。

 だが、考えはまとまらない。どの仮説も仮説の域をこえる事はない。

 ジジ達は味方であるという事さえ確証はない。だが今は、彼等の力を借りるしか道はない。


 オルセは敵が魔法陣に近付かないよう、牽制と攻撃を加える。カッキュとスィクもまた、それに習う。

 オルセには、この攻防が酷く長く感じられた。


 ジジもまた、魔法詠唱の長さに痺を切らし始めていた。

 なんという長さ、なんという精密さ、難解さ。

 また、唇から呪文がこぼれおちるほどに、体も重くなってゆく。体力がどんどん削られてゆく、おぞましい感覚。それが、精神をもそぎおとしてゆくようだ。死に近付く恐怖とは、このようなものを指すのかもしれない。


「…我、光の殉教者。我、闇の殉教者。」

 ジジの言の葉に、音律と周波紋とともに、神羅万象に絡み付いている魔法流が、次々と影響されてゆく。


「東西南北から出でる、認識への包括、そして知識への愛撫。」

 数々の反応が、パズルのように組み取られ、世界が結合してゆく。

「導くものよ、輝ける守護者よ、涅槃の森から覚醒せよ…!」

 ジジはその石を掲げた。


「出でよ!魔聖霊・イェズガルド…!!」


 瞬間、ジジの周囲の光が、爆裂した。

「な!」

 オルセは、強烈な光に思わず目を瞑った。それでも、瞼の薄皮を貫くそれは、一切弱まる事無く、瞬き、彼を包んだ。この世の全ての可視光線が膨張するかのように。


 それは、どこまでも四散し、やがて呪詛となり始めた。

 幾何学模様の光の束が、雪崩のように大地を埋め尽くす。

 巨大な魔法力がけたたましく世界を揺らす。


 やがてそれらは、収束して、見慣れた形を築いてゆく。

「…ひ、人?」

 光が漸く元の形に戻ったのを合図に、オルセは目を見開いた。


「「はぁ〜い、こんにちは」」


 宙に、先ほどまでいなかった筈の巨大な男性がひとり、浮かんでいた。いや、正確には、ふたり。

「……これは?」

 オルセはそのあまりにも奇怪な形に呆然とした。四本の足にほっそりとした肩からふたつに分かれて、顔がにょきりと生えている。


「魔聖霊、イェズガルド様です。」

 カッキュがいかにも感動をしているような様子で、イェズガルドを見上げる。その脇に立っていたスィクが洸惚を露に「聖典の通り麗しい御姿ですわ…」とやけに艶っぽく呟いた。


「…はぁ、麗しい、ですか…」

 オルセは、紫の長外套に半裸を隠したそれを仰面する。彼女が言う麗しいポイントがイマイチ掴めない。


――魔聖霊――


 徳が高く、強い魔法力・聖なる力を持った人物の魂が封印された宝石を魔聖石、封印された偉人を魔聖霊と呼ぶ。その程度は、一般常識だ。

 だが、まさか、イェズガルドが魔聖霊だとは…。しかも、奇形?

 …と、イェズガルドのふたつの首がオルセに傾いた。


「あらぁ、タイプだわ♪」


「師は…全っ然お変わりが無いようで」

 足元にぽつねんと佇むジジに気づき、それが同時に毒づいた。

「やだわぁ、なにアンタ、ジジ?ちょっと見ない間に随分枯れちゃったのねぇ、なに?今、冬?」

 

 ジジとセリスは苦々しい顔で小さくため息をつく。

「魔聖霊イエズガルドよ…師よ、実に30年ぶりじゃ。…まぁ、師を呼んだ所為でまた100年は年をとったような気がするがのぅ。」

「そう、今度は貴方が聖王なのね…。」

「いやぁね、因果だわ」

 右の顔と左の顔、同じ顔が全く別のことを同時に話す。


「で、お相手はあの子?」

「やだぁ、結構素敵な子じゃない」

「やぁよ、なんだか金獅子野郎を思い出すわ、あの構え」

「やん、騎士なのね!」

「金獅子は騎士じゃないわよ、騎士オタク糞野郎でしょ」

「あの超絶救済不能馬鹿と騎士サマは違うわよ、あぁ〜ホントいいわ〜」


 四っつの目に捕らえられて、思わずオルセは後ずさる。何だか、妙な身の危険を感じた。

「違う違う、あっちじゃ、あのでかいのと、死霊じゃあ、見りゃわかるじゃろうがあ。」

 その会話を黙って聞いていたジジがついに声をあらげた。痩せほそりかわいたジジの指先が、巨人と死霊をズバリと差ししめす。


「そこが分からないのが」

「私たちなのよね」


 イェズガルドは、ぶらぶらと上体を動かす巨人と死霊を交互に見やると、鼻で笑った。

「…蟲ね」

 イェズガルドは即答すると、四本の腕をするりと真横に伸ばした。


「「消えなさい」」


 刹那。

 突然に、雷撃が空気を切り裂いた。

 光線が膨張し、飛散する。

 猛烈な火柱が直立し、激しい熱風を噴出する。

 爆裂音が、嵐のように街道を突っ切る―――!



 …それは、あまりにも一瞬の出来事であった。


「…な…」

 次の瞬間、オルセ、カッキュ、スィクは、自身の目を疑い、愕然とした。

 先程いた筈の巨人も、死霊もそこにはいなかった。

 ただ、彼等のいた場所には、円形の小さな影のような、存在と焼失の結果だけが大地を焦がしていた。


「…炎系高度魔法?雷と組み合わせ…?詠唱もなく?」

 カッキュが眉間に皺を寄せて、その現実を口にした。

 ゾッとする。なんて強大な力なのか。

 これが、魔聖霊――。


 オルセは、イェズガルドを見上げた。全くもって、平然としている。だが、

「聖王!」

 セリスが、ジジの体を支えている。ジジの顔は、すっかり青ざめている。


「…ほんに、容赦ないのぅ。」

 ジジは咳き込みながらイェズガルドを睨んだ。

 イェズガルドは遠くを眺めてジジを無視している。どうやら、魔聖霊の魔法の付加は、そのまま魔聖霊を召喚したものにかかるようだ。


 オルセはジジに歩み寄ると、すぐさま剣を下ろし膝をつき、躊躇なく額衝いた。

「聖王様。お力添え、まことにありがとうございます。何卒、様々な無礼をお許し下さい」

 オルセは、頬が熱くなるのを感じた。

 まさか聖王だったとは。


 知らなかったとはいえ、ジジをただのモグリの魔法使いの老人だと思い接していた事に、オルセは青ざめ、恥じた。

 なんという失態を犯してきたのか。


「…顔をあげては下さいませんか。わしはただの老いぼれですじゃ」

 ジジが酷く困ったような声を出した。それをセリスが正す。

「なりません。貴方はイェズガルドを召喚いたしました。貴方は既に聖王です」

 それは明らかな聖園管理人の戒めの言葉だった。ジジはうつ向き、溜め息を噛み殺した。


 …と、遠くの景色を傍観していたイェズガルドが、ふぃに言葉をついた。

「アンタ達、そんな形式じみたお遊戯やってる場合じゃないんじゃなくて」

「アレを見なさい」


 イェズガルドの言葉に、全員が彼等の視線の先を見た。

 街の外れの墓地。

 オルセは、身体中の血が地獄の底に沈められたように感じた。


 そこには、誇り高き竜の巨像が、赤く燃えていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ